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【クリエイティブとLIFE Vol.1】返本率は驚異の8%。元『QJ』編集長が設立した出版社「百万年書房」の戦略

【イントロダクション】
※100円に設定されていますが、全文無料で公開しています。
noteの使い道を諸々考えていたのですが、新たなシリーズをはじめます。個人的に興味のある人やサービスについて取材する【クリエイティブとLIFE】。ジャンルを問わず、じっくりと話を聞いてみたかった人に会って、その人(やサービス)と暮らしについて原稿をまとめていきたいと思います。不定期になりますが、続けていきたいなと。第1回目に登場していただいたのは、百万年書房の代表取締役、北尾修一さん。かつて『Quick Japan』の編集長(3代目)として活躍し、現在は独立されて出版社を運営されています。『QJ』時代には一緒にお仕事をしたこともありますし、『Quick Japan』で北尾さんが書いた岡村ちゃんの記事(Vol.28掲載)を読んでなかったら、私はこの仕事についていなかったかもしれない、という存在なのです。そんな北尾さんが立ち上げた出版社「百万年書房」、最近、ブームとも言える小規模出版社の中でもまた異彩を放っています。ということで、渋谷にある事務所を訪ね、根掘り葉掘り聞いてきました。「ひとり出版社ってどうですか?」と。では、本編をお楽しみください。

【INTERVIEW:北尾修一(百万年書房)】

太田出版が発行するユース・カルチャー誌『Quick Japan』や『hon-nin』の編集長として活躍した編集者・北尾修一さんは、2017年に独立し、出版社「百万年書房」を立ち上げました。肉類を一切使わないヴィーガン料理のレシピを集めた『ブッダボウルの本』、Instagramで話題を呼んだプライベート感溢れるポートレイト集『愛情観察』、中野に実在する喫茶店を巡る『しょぼい喫茶店の本』など、ジャンルや読者層を絞らない本作りを行っています。斜陽と言われる出版業界に版元として飛び込んだ北尾さんの、本作りに対するスタンスを伺いました(取材・構成=公森直樹/撮影=飯本貴子)

Profile
北尾修一 編集者。1968年京都府生まれ。出版社『百万年書房』代表取締役。1993年に株式会社太田出版に入社し、2017年まで24年間在籍。1999年~2003年まで『Quick Japan』で編集長を務めたのち、2006年から松尾スズキをスーパーバイザーに迎えた文芸誌『hon-nin』を立ち上げ、全12冊発行する。2017年9月1日、出版社『百万年書房』を立ち上げ、現在までに6冊の本をリリースしている。
百万年書房HP=http://millionyearsbookstore.com/works/
Instagram=https://www.instagram.com/millionyearsbookstore/
Twitter=@millionyears_bs


会社を辞めたときは、
もう出版業界で働かなくても良いと思っていた


コウモリ  太田出版ではユース・カルチャー誌『Quick Japan』の編集長・発行人も歴任された北尾さんですが、そもそも何年間、太田出版に勤めていたのでしょうか?

北尾  24年と少し、在籍していました。

コウモリ  24年! 独立しようという想いは以前からあったのでしょうか?

北尾  全然。ただ、ずっと会社にいるわけではないだろうな、とはどこかで思っていました。たまたま2017年がそのタイミングだっただけで。大体、辞めたときは自分で会社を立ち上げるつもりはまったくなかったですから。

コウモリ  編集やライター業はやっていくとしても。

北尾  いや、それすら考えてなかったですね。極端な話、出版業界じゃなくても良いかなと思っていました。誰にも辞めることを言ってなかったので、退職報告したらみんな驚いて、きっとそこから何か始まるだろう。何も始まらなければそのときはそのときで別の仕事でもしよう、という感じでした。

コウモリ  もっと段階を踏んで辞めることを考えていたのかと思っていました。

北尾  もともと自発的に動くタイプではなくて、状況に巻き込まれて流されてくタイプなので。そんな、まさかねえ、自分で出版社を作るなんて。

コウモリ  退職を発表した直後から、本の編集依頼なども来たのでしょうか?

北尾  いくつか来ました。その依頼の中に、個人事業主では請けられない仕事もあったので、渋々「じゃあ会社でも作るか」となったわけです(笑)。本当は合同会社で良かったんですけど、周りに相談したら「おまえの場合は株式会社がいい」って言われて最終的にそうなった。株式会社、お金がかかるんですよ……。

コウモリ  編集の仕事をやるためには、会社を作らざるを得なくなったと。

北尾  現在はありがたいことにクライアント仕事も編集請負も一切せず、版元として自社書籍の編集・販売だけで食べていけていますが、結果そうなっただけなんで。当初はウェブビジネスに参入するとか、メルマガ発行して信者を囲い込むとか、怪しい話もあるにはあった(笑)。そういう迷走期間はありましたね。

コウモリ  周囲には急に退職の話をしたとのことですが、さすがにご家族には相談されていらっしゃいました?

北尾  家族にも事後報告です(笑)。会社から帰るなり「辞めた」と伝えたらちょっと家の中がザワッとしていました。いきなり無職になったので、当時、中1だった娘が気を遣って、あくまでも世間話を装って「そういえば近くのジョナサンでバイト募集してたよー」と教えてくれて、ずいぶん気を遣われてんなーと。

→現在は自宅兼事務所で作業。本の制作・営業はもちろんのこと、WEBの更新や経理処理関係などもひとりでこなしている。


出版社を立ち上げてから、以前よりも暇になった


コウモリ   49歳になったばかりのタイミングでそれを決断するというのは勇気がいることですよね。ちなみに出版社『百万年書房』立ち上げから1年半が経ちましたが、経営は順調ですか?

北尾  出版という事業は軌道に乗るまで時間がかかるし、全然安定しているとは言い難いですけど、それなりに順調なんじゃないかなという気はしています。気のせいかもしれませんが。でも、少なくとも周りからはそう思われている感じはしますね。今のところおかげさまでコケた企画は一冊もないので。

コウモリ  出版社を立ち上げてみて、ご自身としての状況はどのように変化しました?

北尾  それが、出版社を立ち上げてから暇になったんですよ。

コウモリ  そうなんですか?

北尾  前の会社だと会議があったり、打ち合わせをしたり、企画書を作成したり、そもそも通勤にも時間がかかっていたわけです。でも、今は自宅でひとりで仕事しているので、なんか暇(笑)。ひとりだと自分で自分にGOサインを出せばいいだけだし、昔から決断スピードが異常に早いのだけが取り柄なんで。

コウモリ   責任は増えるけれども、やりやすくはなっていると。

北尾  そうですね。昼間からハンモックでお昼寝したり。楽しいです、普通に(笑)。

コウモリ  編集者になった人間って、一度は独立を考えるとは思うのですが、踏み出す上で北尾さんがこだわった部分はありますか?

北尾 こだわった部分というか――会社辞める前後に話をもらっていた大きな企画があったんですけど、それがものすごくくだらない理由で突然中止になったんです。その影響は大きかったですね。その仕事のために他の仕事を断ったのに、半年ほどスケジュールが空白になって、あてにしていた収入もゼロになってしまった。

コウモリ  それは死活問題ですね……。

北尾  で、ヒマになった時間で改めて考えたんですよ。どうやってこの状況を逆手に取って動けば一番面白くなるかを。そこで今の刊行ラインナップや、WEB「百万年書房LIVE!」のプランが見えてきた。WEBに関しては、規模が小さくてもいいからどうしても自前のメディアを持ちたかった。

コウモリ  とは言え、WEBではなかなかマネタイズできないですよね。

北尾  WEBでお金を儲けることは一切考えていません。あくまでも自社刊行物への入り口、という位置づけです。今のところ百万年書房の本はどれも風化しない企画なので、WEBと連動しつつ細く長く売っていくことを考えています。そういうロングセラー企画の既刊をまずは10冊ほど揃えて毎月の売上が見込めれば、ますます自分は暇になる予定なんです。メルマガとかは更新し続けなきゃいけないから忙しさから逃れられない、危ないところでした(笑)。

→WEBでの展開では、香港に拠点を置くインターネットテレビ局「Lotus TV」と資本提携を結び、著者のインタビュー動画や、「TVODの焼け跡テレビ」などを配信中だ。

出した本の返本率は大体8%くらい。
だから、売上の見込みは立てやすい

コウモリ 「百万年書房」の本がデビュー作の著者も多いですが、どのようにして書き手を見つけているのでしょうか?

北尾  普通に生活してて、面白そうな方に声をかけているだけです。新しい出版社なので、やっぱり新しい著者を発掘する姿勢がないとカッコ悪いなとは思っています。

コウモリ   自身の目利きが問われますね。

北尾  でも、すでに売れている作家の二番煎じ、三番煎じの本を出すのはつまらなくないですか?

コウモリ  確かにそうですが……ちなみに、流通や取次はどのように対応しているのでしょうか?

北尾  取次会社とは契約せず、トランスビューという会社に直取引代行をお願いしています。既存の出版社から独立して「ひとり出版社」を立ち上げるのは、この2、3年ちょっとしたブームになっているんです。なので、自分より先に「ひとり出版社」を立ち上げた人たちには片っ端から連絡をして、可能な限り実際にお会いして話を聞きました。その上で自分なりに考えて、自分のやろうとしている方向性に一番合っているのはトランスビューかなと。ちなみに倉庫もトランスビューにお願いしています。

コウモリ  トランスビューという会社は、取次ではない?

北尾  そうなんです。書店からの受注とりまとめや配本、請求業務を代行してくれる会社ですね。取次と違って、委託配本はありません。ただ、自分の出したい本や規模感を考えると、現時点では最良の選択かなと。

コウモリ  書店流通では返本のシステムがあるじゃないですか。そのあたりの対応はどのようになっているのでしょうか?

北尾  返本はありますが、返本率はものすごく低いです。というのも、書店には黙っていても毎日大量の本が自動的に届くのに、わざわざうちの本をトランスビュー経由で注文してくださる書店さんは、はっきり言ってものすごく売る気があるわけです。なので、今の返本率は大体8%くらい。

コウモリ   8%! 大体40%から半分くらいが返本されると聞きますが。

北尾  ほとんど返本されてこないですね。注文が来て売上があがった! と思いきや後から大量に返本されて、結局相殺されて赤字だった、ということがトランスビューではほとんどないので。それが一番良いところです。だから、売上の見込みが立てやすい。

コウモリ  Amazonなど大手通販サイトも代行してくれるのでしょうか?

北尾  代行してくれますが、そこはAmazonと直で契約しています。Amazon用の倉庫は別で借りて、出庫作業はそちらにお任せしています。

→【書籍紹介】百万年書房の第一弾として制作されたZINE「何処に行っても犬に吠えられる〈ゼロ〉」。北尾さんが『QJ』で執筆していたルポ記事の再録と、小西麗さんによるエッセイが交互に掲載された構成。90年代後期~ゼロ年代前半の『QJ』のテイストやムードを創り上げた北尾さんの記事は、現在でも一読の価値あり。

僕がやりたいのは、既刊を動かし続けること


コウモリ  そこで取次を通すかどうかはひとつの賭けにも近いですね。

北尾  百万年書房は自分ひとりでやっているので、固定費がそれほどかからないんです。だから、毎月の支出を抑えれば、そんなに初版部数を増やさなくてもやっていけるし、むしろ手堅く、しつこく売り続けることが大事になると思っています。

コウモリ   10万~100万部売ることよりは、より身近な人に届けるというか。

北尾  うーん、それはちょっと違ってて。自分が狙っているのは、既刊を動かし続けることです。大手版元だと、新刊を出し続けなくちゃいけないし、その毎月の搬入金額で社員全員が食べているわけですが、その消耗戦から降りたいんです。版元と同じく書店さんも平台に置いた新刊の売上で勝負しているわけですけど、でも、本当に体力のある書店=棚差しの本がよく売れる書店ですよね。版元も同じで「いかに既刊の売上を伸ばすか」がこれからの肝だと思っています。

コウモリ  著者からしても、その方が嬉しいですよね。

北尾  そうかもしれませんね。「百万年書房は書籍を長く売ってくれる」という評判が得られれば、著者にも喜んでもらえるかも。実際、今は長く売れそうな企画しか刊行していませんので、版元としてはそちらを目指しています。

コウモリ  どうしても書籍制作・販売というところは、次から次へと書籍を作っていく自転車操業的なイメージがあります。

北尾  そうですよね。でも、せっかくサラリーマンを辞めて独立したので、自分としてはどんどん労働時間を減らしていきたい。大原扁理さんの「なるべく働きたくない人のためのお金の話」には共感しかない(笑)。そのためにどうすればいいか、と考えたときにメルマガやオンラインサロンはありえないな、と。ちゃんとした良い本を丁寧に作って、それが読者に評価されてロングセラーになってくれれば、自分が家族と旅行したり食事したり爆睡したりしている間に、本がひとりでに売れてくれるわけで、みんながそれをなぜ目指さないのか、正直意味が分からない。

コウモリ   これまで『QJ』、『hon-nin』と、毎度厳しいスケジュールだった雑誌メディアを作り続けてきた反動もあるのでは?

北尾  というよりも、年中ぶらぶら海外放浪してる「自称・会社社長」への憧れがあるんですよね(笑)。版元を作るなら「既刊を売り続ける」が大命題。初版部数は多いけど半年後には売れなくなるタレント本や、多忙な起業家の内容の薄い本を作るくらいなら版元を立ち上げる意味なんてほとんどないと思います。

コウモリ
 トレンドとの相性みたいなものは考えますか?

北尾  考えないです。むしろ将来風化しそうだと思うものには絶対に手を出さないと決めています。人気のある芸能人やSNS有名人を著者に起用すれば、話題にはなるし、初版部数は増やせるんです。でも、初版部数を増やす必要は、今の自分には、ない。逆に無名の新人のデビュー作を売ろうとすると、ネームバリューには頼れないから、必然的に本のテーマと構成と語り口、つまり内容がすべてになる。そこを徹底的に著者と詰めながら本を編集していく。しかも、たいていの場合、その人の処女作が代表作になることって多いですから。その人の抱えている一番大事なところをきちんと編集して、長く売れる本に仕立てあげる。そこは外さないでいきたいなと。

コウモリ  そういった一般的には知名度のない作者と仕事をする上で、制作段階ではテーマ決めが大事だと思いますが、宣伝ではどのようなことを心がけていますか?

北尾  本の告知はあらゆる手段を考えます。本を作っている段階から、プロモーションの方法も並行して考えていますね。自分ひとりしかいないので、編集・営業・広告の垣根がない。全部自分の脳内で混在しながら進めています。

コウモリ  その方がやりやすいと現状、北尾さんは考えていると。

北尾  そうですね。


【書籍紹介】『ブッタボウルの本』(前田まり子・著)。恵比寿(現在は大岡山に移転)でランチタイムに営業していた「Marideli」のシェフ、前田まり子氏考案による菜食丼=ブッダボウルのレシピが20種掲載されている。ブッダボウルの鮮やかさもあり、ページを眺めるだけでも楽しめる。

【書籍紹介】『なるべく働きたくない人のためのお金の話』(大原扁理・著)。現在は台湾で隠居生活を送っている大原氏による、隠居生活の実践本。お金をいかに稼ぐか、ではなく、お金をいかに使わないで暮らすか、がテーマになっている。

生きることは、もっと適当で良いと思う
そういうガス抜きのための本を作る


コウモリ  本を作る時に想定読者とかは明確に設定するのでしょうか?

北尾  していないです。逆に、読者はこういう層、と設定されるような企画は興味がない。老若男女、全人類に届く本、つまり、おじいちゃんおばあちゃんでも中学生でも読めるし、海外で翻訳しても売れる本だけ出しているつもりです。――冗談で“メシ(ブッダボウルの本)、カネ(なるべく働きたくない人のためのお金の話)、オンナ(愛情観察)の百万年書房”と言ってるんですけど、どの本も「無関係な人類がいないテーマ」を扱っているつもりなので。根源的なテーマを、これまでにない角度で本にする。そんな本なら確実にロングで売れるものになるんです。で、それを10冊作って数年後には海外放浪(笑)。今まで出した既刊は、現状でも1冊あたり月に30~40万円程度の売上にはなっているので、このスケールの売上が10冊ぶん揃えばと考えると、ひとりでやっているぶんには新刊に頼る必要がないじゃないですか。事務所も自宅と兼用なので、このミニマムな状況なら無理やり新しい企画をひねり出す必要がない。

コウモリ  無理して働く必要もなし、と。

北尾  無理する年齢でもないですからね。もう50だし。ただ、まあ、「根源的なテーマを」とか偉そうなこと言いつつ、単に自分の無意識がダダ漏れになっているだけという可能性もある。なるべく働きたくなくて、美味しいブッダボウル食べて、エロい女の子を観ていたいだけという(笑)。

コウモリ  自分の欲求に素直な本ばかりに(笑)。

北尾  そうなんです。今、書店行くと自己啓発本とかビジネス本だらけじゃないですか。なんでこんなに向上心持たなきゃいけないんだ? と思うわけです。もっと適当でいいと思うんですよね。世の中が「向上心を持たなきゃだめだ」と脅す本ばかりになってしまうと、空気が悪くなってギスギスするだけだと思うので、それはイヤだなと。

コウモリ  その生き方こそすべて、みたいに見えてしまいますからね。

北尾  今の若い人たちはマジメなので、素直にそうしなきゃいけないと思っちゃうわけでしょ? 『君たちはどう生きるか』がベストセラーになりましたけど、自分なら「どう生きるか」なんて考えたくもない(笑)。実際そんなこと考えなくても生きていけるし幸せになれますよ。そういうガス抜きが大切だと思うんです。美味しいもの食べて、女の子の可愛い写真を見てて良いんですよ。

コウモリ  そういうメッセージは百万年書房の本に感じますね。世の中、正しい道がひとつしかないように見えていますけど、実際、生きていくにはいろんなやり方があって、常識とは何ぞや? というパラダイム・シフトが感じられるというか。

北尾  「ブッダボウル」、本当にめちゃくちゃ美味しいですから。これを家で作って食べるだけで幸せになれる。『愛情観察』もエロくて生々しい写真だらけで、眺めているだけで良い気分になる。この2冊は特に、大手の出版社だったらそもそも企画が通っていないと思います。ブッダボウルなんてまだメジャーな料理じゃないのにレシピ本はコストがかかるし、「女性読者のための女性のヌード写真集」も企画書だけでは誰にも理解してもらえなかったでしょうね。ひとり出版社だから、やりたい放題できる。

【書籍紹介】少女漫画サイズの写真集『愛情観察』(相澤義和・著)。相澤氏が撮影する、プライベート感溢れる女性たちの姿。若い女性から熱狂的な支持を集め、現在、三刷目が発売中。

【書籍紹介】『しょぼい喫茶店の本』(池田達也・著)。中野区・新井薬師に実在する喫茶店「しょぼい喫茶店」の店主が、就職活動の失敗からはじまり、喫茶店の開業、自身の結婚までを描いたノンフィクション。Amazonでは☆5つレビューがえらいことに。


好きになったその衝動のまま本にする。
そのための場所が百万年書房


コウモリ  どんどん記事が消えていくWEBサイト「百万年書房LIVE!」の仕掛けとしては、ある一定の期間を過ぎると内容が抹消されることです。これはどのような意図ですか?

北尾  本はロングセラーを目指して、WEBはあっという間に消えて読めなくなる。両極端にして自分の中のバランスを取っている感じです。とにかくどんどん消えていくので、自発的に読みに来てくれる読者しか読めないものになっていて。あれを毎回読んでくれている人たちは百万年書房ファンと呼んで良い存在だと考えています。大体、WEBにはいろんなものが残りすぎているんですよ。なので、PV数とかどうでもいいし、広告も入れる予定はないですね。

コウモリ  ちなみに電子書籍に関してはどのように考えていますか。

北尾   自社刊行物は今のところすべて電子書籍化しています。紙と同時発売です。紙で欲しいという意見と、電子で読みたいという意見があって、その両方に届けるのが仕事だと思うので。百万年書房はわりと電子が売れている方だと思いますね。

コウモリ  4月に発売された新刊の『しょぼい喫茶店の本』は、初版1万部だそうですね。

北尾  大手版元でも今どきあまり聞かない初版部数(笑)。発売前の注文数から考えると、たぶん初版5000~6000部なんですけど、内容に自信があったので勝負に出ました。

コウモリ  その注文数もかなりすごいですが、さらに倍、積んだんですね。

北尾  編集者的に考えると「重版」って喜ぶべき事態ですが、経営者的に考えると重版する度に印刷費がかかるので、一冊の原価率が上がるんです。内容に自信があれば、先に1万部刷った方が原価率は下がる。

コウモリ  印刷費は馬鹿にならないですからね。

北尾  重版を小刻みにかけることが良いことかどうかは微妙なんですよね。『しょぼい喫茶店の本』に関しては、出来栄えからいって、1万部売れなかったらそれは版元として「負け」なんです。

コウモリ  著者とその本に対する思い入れがダイレクトに伝わるのは、『QJ』時代から引き継がれる北尾さんの特徴ですね。

北尾  初期衝動のまま本にするのが一番面白いじゃないですか。『愛情観察』著者であるカメラマンの相澤義和さんも、そのとき仕事を手伝ってくれていた子が彼のインスタを教えてくれて、いろいろ調べたら渋谷で展覧会をやっていると。それで遊びにいったら相澤さんがいたのでその場で話しかけて、数日後に設けた打ち合わせの席であっという間に出版が決まった。結果的に、初めて相澤さんのこと知ってから4ヶ月後には、もう書店に『愛情観察』が並んでいるという。昔からそうなんですけど、興味があったらすぐに会って、すぐに形にしたいんですよ。

コウモリ  そのフットワークの軽さが百万年書房になってからさらに増している感じはありますね。

北尾  何より会議が要らないですからね。出版するかどうかの決断も自分ですべてできますし、『しょぼい喫茶店の本』だって持ち込み企画から「はい、採用!」と即決(笑)。だから、百万年書房は、自分が夢中になっているものをテンションが高い状態のまま編集し、長く売れる本にしていく。それを積み重ねていけば版元として存在感が増していくはず、というのが今の考えです。

『百万年書房LIVE!』のホームページ。記事は無料で読むことができるが、それぞれ期間限定公開となっており、期限を迎えると消去される。有料でバックナンバーを購読することも可能。

→「百万年書房の評判ですか? “ジャンルがバラバラすぎて何がしたいか分からない”と言う人と、“他のみんなは分からないだろうけど自分だけは分かるぞ”と言ってくれる人がいて。今、それがちょうど五分五分くらいの比率なので、ちょっと面白い(笑)」(北尾)
【北尾修一さん出演のトークイベント、開催決定!】
『Didion』02刊行記念トーク「書き手と編集者の間にあるもの」
九龍ジョー(編集者)×北尾修一(百万年書房)
日時:6月27日(木)1830開場/1900開演
会場:Readin’Writin’BOOKSTORE(東京メトロ銀座線田原町駅徒歩2分)参加費:1000円(紹介は以下のリンクよりご確認ください)
※ご参加をご希望の方は、お名前、連絡先を明記のうえ、readinwritin@gmail.comまでお願いします。

【執筆者Profile】
公森直樹(コウモリ) 編集者、ライター。
アニメ系、カルチャー系を中心に執筆中。
お仕事も随時募集中。noteへの投げ銭歓迎です! 
batbeats.k@gmail.com

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