アラフォーが初めて相席居酒屋に行った

その日の婚活パーティーも惨敗だった。
誰ともマッチングせず、誰からも連絡先をもらえず、渡した連絡先にも音沙汰がない。
一緒に参加した友人もほぼ同じような状況で、惨めで、二人とも下がり切った自己肯定感を持て余して死にそうになっていた。「とりあえず焼き鳥でも食べるか・・・」と言って串鳥に行った。
串鳥は混んでいて、カップルで来ている客に「見せつけやがってよう」などと二人でこそこそ悪態をついて遊んだ。

35を過ぎてから、マッチングアプリでも婚活パーティーでも本当にうまくいかない。
婚活市場にいる男性は当然のようにほとんどが子どもを望んでいて、子どもを望むなら30代前半までが良いに決まっていて、きっと私は「婚活適齢期」を過ぎてしまったんだと思った。

「もう今から若くなることは無理なんだから取り合えず痩せよう」
と二人で百回くらい話した。
焼き鳥を頬張りながら、二人とも言いようのない絶望感に苛まれていた。
「私たちって見た目だけは若くて可愛いはずじゃなかった?!」
「何がいけなくてマッチングしないの?!」
「理由が実年齢だとしたらもう今からどうしたらいいの!?」
私たちは笑いながら泣きそうだった。
「下がりに下がった自己肯定感を高めたい・・・メンズに褒められに相席居酒屋に行ってみよう・・・? 」
その提案が、地獄への第一歩目だった。

Google Mapで一番評判のよい相席居酒屋へ向かった。写真で見る店内はおしゃれそうで、私たちは少し浮かれていた。
そこへ行けばメンズがいて、相席ができて、私たちは褒められるはず。
今思えばババアが何を浮かれていたのか、私たちは確信に似た予感を持っていた。
到着したお店で、「アプリ登録して下さい」と言われ、今時だな~と思いながら生年月日や名前を登録して店員に見せると、店員は何の感情もこもらない声で言った。
「あーここ、30歳以上は入れないんですよ」
と。

な、何・・・?!
ね、年齢制限・・・!?!

まさか相席居酒屋に年齢制限があるとは思わなかった。私は既に7年前からとっくに出禁だったのだ。
急激に自分たちがそこにいることが恥ずかしくなって、なんだか申し訳なくて、私たちは急いで店を出た。

「年齢制限あるなんて聞いてないよ!!」
「30歳以上が入れないならGoogleMapに書いておいてよ!!! !!!」
私たちは二人で叫んでいた。
私たちはついさっきまで、そこへ行けばいくらでも男性と相席できて、お世辞でもいいから褒めてもらえるものだと思い込んでいた。確信しきっていた。
だが、ババアにとって現実はそんなに甘くなかった。
下がり切った自己肯定感が、更に下げられていた。
「次だよ次!次に行こう!!年齢制限ないか電話して聞こう!!!」
同じ目に遭ってはかなわないので、次は事前に電話をした。
「当店は40歳以上の方は入店できません」
と言われた。
セーフ!
あと三年は入れる。
いや、あと三年しか入れないのか・・・
そんなことを思いながら店へ向かうと、
「今満席なんですよ~」
と言われた。
満席・・・・・・
本当かどうかはもはやわからなかった。
ババアである、というだけで断られたさっきの件がトラウマになっていた。
「次も入れなかったらさ・・・もうホストに行ってみようか・・・」
「そうだね・・・ホストだけは褒め散らかしてくれるはずだよ」
「こうしてホストの需要ってあるんだね」
「知らなかったね」
私たちの自己肯定感はホストに頼らざるを得ないところまで来ていた。

何としてでも今日、メンズに「若いね」と言ってもらえなければ、死ぬ。

私たちの背中には、もうそのくらいのものがあった。

次に向かった相席居酒屋は混んでいるようだったが断られることもなく、廊下にある長いソファに座るよう促され、
「順番にご案内しますのでお待ちください」
と言われた。
相席居酒屋を知らない私は「順番」の意味を何の疑いもなく信じていた。
だが、実際は思っていたのとは違った。
後から来た若くて可愛い女の子たちが、先に呼ばれていく。
私たちは
「順番って何・・・?」
と相席居酒屋にしか存在しないルールの「順番」に疑問を持ち始めていた。
「もしかして来た順番じゃなくて、若くてかわいい順って意味じゃない・・・?」
私たちより後に来た子がどんどん呼ばれていくにつれ、その説の信憑性は増していった。
完全に状況を理解した私たちは次第にやさぐれて行った。
「どうせずっと呼ばれないんだろ!」
「ババアには席なんてないって言いたいんだろ!」
二人でひっそりと悪態をつきながら、それでもどこかで期待をしながらソファで「順番」が来るのを待っていた。店内が、天竺くらい遠く思えた。
そうしていると不意に
「中へご案内します」
と言われるはずのない言葉を掛けられ私たちは動揺した。
動揺しつつ、促されながら中へ入った。
店員は丁寧に言った。
「カウンター席だとすぐにご案内できますが、いかがなさいますか?」
と。
相席居酒屋のルールがわからない私はカウンター席がどういう意味をなすのかわからなかったので、聞いた。
「?カウンターだと、相席はできるんですか?」
と。
すると店員は
「できないですね」
と当然のように言った。
あ、相席居酒屋なのに?!
相席ができない席?!!?
ババアには、相席すらさせてもらえないという現実に、眩暈がしそうになった。
「ち、違う席でお願いします・・・」
消え入りそうな声で言った。

私たちはどうしても相席がしたかった。
相席をして、知らないメンズに若いですねと言ってもらわなければ死ぬ。
私たちは瀕死だった。

相席居酒屋で相席できない席に通されそうになり、もうこれ以上自己肯定感は下がりようがなかった。
「ナンパ禁止、すっぴんでの入店禁止だって」
レジに貼られた案内を見ながら友達が言った。
「相席居酒屋なのにナンパは禁止ってどういうルールなんだろうね?」
などと言っていると、
「ご案内します」
と声をかけられた。

通されたフロアは思っていたよりかなり広く、薄暗いワンフロア全体が相席居酒屋になっていた。
しかし右を見ても左を見ても、若い。
どう見ても20代にしか見えない子たちがワイワイと楽しそうに相席していた。
「こちらへどうぞ」
通された席は、薄暗い店内の中でもさらに暗く、そこだけダウンライトが存在しない席だった。
「なにここ・・・暗くない?」
今日の待遇を受けて、すぐに私たちは勘付いた。
「・・・もしかして、ここ、ババア席じゃない?」
多分、そこはババア席に違いなかった。
身の程も知らず相席居酒屋にやってきたババアにクレームを入れられないようにするために、一旦通す席。
そこに私たちは通されたのだ。

今日のことが、走馬灯のようによぎった。

婚活パーティーで惨敗したこと。
一軒目は年齢制限で入店を断られたこと。
二軒目は「満席」を理由に断られたこと。
「順番」は若くて可愛い順という意味だったこと。
さっきは相席できない席に通されそうになったこと・・・・・・

多分全て、ババアであることに敗因があった。

私たちはタブレットで無料の酒を頼み、心で泣きながら、飲んだ。
私たちはババア席に一時間、いた。
メンズが誰もやって来ない一時間は長くて、自分たちがいかにババアであるかを嚙み締めて、噛み締めすぎて、自己肯定感はもう瀕死どころではなかった。
「も、もう・・・ホストに・・・行こう・・・・・・」
二人で背中を丸めてトボトボと向かったホストクラブでは、
「すみません、もう閉店です」
と言われて、断られた。

私たちの自己肯定感は、地をめり破ってマントルまで達した。

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