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明日の騒動を僕達はまだ知らない

20230111

水曜日

朝礼後。
 
 更衣室にいると、外からボス、オタプリ、令嬢がドアの前で会話しているのが聞こえて来た。
オタプリと令嬢は一階のシール部門のパートさん。

 ボスは味方の顔をして上手く丸め込もうとする時のトーンで話している。真剣な話をしているようだった。
なんか部屋から出にくくなってしまったので、わたしはハンドクリームを丁寧に施しまくった。


 今年からシール部門のパートも天気娘の手伝いのメンバーに加わるよ、と発表された件を話している。
 
天気娘の手伝いというのは、地味でちまちましてて量が多い作業なので、ほぼ休みなく稼働した方がいいやつ。
 
 ボスはシールの二人が「手伝いなんて行けません」と言い出す気がして丸め込む気満々。
ボス「人も入ったし、ランボーさんも手伝ってるんだから楽になったでしょ?」
これはシール部門の弱味を突いた。
 
 シール部門には弱味があって、ランボーを本気で会社から追い出そうとした癖に、現在、なんやかんや一番良いようにランボーを頼ってるのはシールというお粗末な弱味。
ランボーの事は哀れに思ったボスが拾ったので、二階の加工部門の所属になった。
要請があったら他部署へお手伝いに行かせますよ、という形だが、ランボーは毎日、ほぼ一日中シールの仕事を手伝っている。
ランボーの管理だけ加工部門になっている。
 
人手不足という理由から今まで免除され、加工のパートからも不公平だと不満が出ていたシール部門も、やっと他部署への応援を再開出来るという訳。
それも、感染予防で一階と二階で一時間ずれて休憩を取っているから、二階が休憩中の一時間だけでいいのだ。後はやるのだこっち(二階)が。

「……なのに、何か問題ある?」という風に、ボスは親身に相談に乗るフリをして突いている。


 どうやらオタプリ達は今年最初の全体朝礼で初めて手伝いの事を知ったという。
お?
所属しているシール部門の方からは何も聞かされていないと。
おお?そりゃ問題だ。
おかしい。三代目が自分から伝えとくと確かに言っていたのに。

ボス「去年、三代目さんに言ったら『僕から伝えておきます』って言ってたんだよ?鳩おじさんも『余裕で手伝いに回れると思いますよ』って。
ほら、今シールで出来ない分はランボーさんやってるし」
オタプリ「余裕、ではないですけど、以前よりはですね。二階が休憩の間の一時間だけだし、これが前みたいに二時間ってなると出来ないけど」

良かった、出来るってよ。
 
だがそんな話聞かされてなかったぞ、と。
おかしいぞ?と三人は擦り合わせを始めた。

ボス「三代目が言ってたけど、シールは三代目が仕切ってるんでしょ?」

事実ではないらしく、オタプリと令嬢はお互いに「そうなの?」と聞き合っていた。


なんだ三代目、さては幻か?
現実にいないのか?


 更衣室からは五分くらいで脱出した。
ハンドクリームだけじゃ持たなかったので、ロッカーを整理した。

 



昼前。
 
 三代目は営業会議中で不在とは分かりつつも、シールの人に伝言をしてもらおうと内線をかけた。
パートの令嬢が出た。

 令嬢はせっかちな人で、受話器が口に届く前から「はい令嬢です」と名乗り始め、こちらには「です」しか聞こえない。
「す」の時もある。
でもそういう人は令嬢だけなので、「す」だけで誰だかが分かってしまう。
それと、せっかちなので要件が理解出来た時点で受話器を離してしまう。こちらはまだ喋っている。

「伝言伝えといてくださいお願いします」の途中でガチャ切りされた。
令嬢なのに電話マナーも落ち着きのなさもなっていない。

 一階の現場は機械の音が大きいから電話の音量を最大にしている。
恐らくその影響でこちらに聞こえる音も最大になっていて、部屋が静かなもんだからシールの方の受話器が何かに擦れる音ですら鼓膜を虐められてしまう。
部屋の隅まで一言一句よく聞こえるほどに音がでかい。腹が立つ。
 
こちらで出来る対処としては、声が届くギリギリまで受話器を離し、トランシーバーのように使って鼓膜を守るという方法だ。腹が立つ。
 
ただでさえ腹が立っている。スタート地点から腹を立てている。
そしてゴールはガチャ切りだ。

わたしは言うぞ。
指で通話を切ってから受話器を置けと。
他の人の時はどうでもいい。わたしの時だけでいいのだ。頼むぞ。



 
 休憩前に急遽、ランボーに金型を進めて欲しいという依頼が来た。
午前中はシールの応援、午後は加工の仕事で材料の貼り合わせをするスケジュールが組まれていたランボー。

ランボー「Nさん、ご相談があります。今いいでしょうか?金型をやって欲しいと言われたのですが、金型とどっちを優先すればいいでしょうか?というご相談です」

 ランボーの伝えたい事は、「嫌な奴から急に仕事をやれと乱暴に押し付けられました。どうしましょう?」だ。
「金型なんてやらなくていい。なんで急にそんな事になるのよ!」とNに守ってもらいたい思惑がビンビンに伝わる浅はかなもの。

それは金型の担当がランボーに厳しい醤油おじさんだから嫌なのか、スケジュールを崩されるのが嫌なのか、作業が嫌いなのか。
どれかは分からないけど、とりあえず庇護される事を望むランボー。
 
ランボーは伝えようとしない方がちゃんと伝わるな。

で、どうなったかと言うと、Nは金型の進行なんて把握してないので、いつのをやろうとしてるのかをランボーに聞き返した。
ランボー「分からないですけど……えーっと……十六日だったように思います」

 ランボーは自分で優先順位が付けられない人なので、優先順位を付けるのに必要な判断材料を回収してくる事も無い。
材料が無いので、後から文句を言われたくないという面倒臭さで、Nは金型を優先するようにランボーに伝えた。残念。

Nは「なんで昨日も急遽金型頼まれて今日もなのよ」と不信感。
一応、ちゃんと臨戦態勢にはなっていた。



 急に入る金型の事を天気娘に話すと、
「予定があるだろうし、今日じゃなくても良いから空いてる時にってあたしランボーさんに言ったよ!?」

言ってないよ。(ランボーは)
 
「確かに十六日のは時間かかるけど、優先しなくていいからって言ったのに!あたしはそう言ったってNさんに言っといて!」

天気娘がランボーに要請したのか。金型担当の醤油おじさんかと思ってた。


 昨日も今日も急に金型の要請が入るのは、三代目が「シールを止めるな!」と言ってシール部門にいる醤油おじさんが金型に来られないかららしい。
生放送でゾンビドラマでも始める気かよ監督。

 ちなみに監督(三代目)がランボーをクビにしようと頑張っていた張本人。それと主演のマー君も頑張っていた。
お粗末な事に、面倒臭い事を全部ランボーにやらせていたので、いないとそれが出来ない彼ら。
それのおかげで今やランボーは名バイプレイヤー。
いつもいると邪魔だけど、いないと困る。
彼らの作品に欠かせない存在となっている。




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