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2. 抱きしめる 【30日CPチャレンジ】

※古泉×長門の二次創作小説です





初めて古泉一樹と身体的接触を行ったのは、映画撮影のときのこと。
〝イツキは私のもの!ミクルになんか渡さない!って気持ちで抱き付くのよ!〟という涼宮ハルヒの指示を、わたしがどこまで再現できていたかは分からない。動作は問題なかった。けれど〝気持ち〟は表現できていなかったと考えられる。その頃のわたしは彼に対して特殊な感情を持ち得ていなかったから。
それでも、そのときの彼の反応はわたしに微小な興味を抱かせた。

「うわ、何ですか?」

うわずった声、心拍数の上昇、強張った身体。
日ごろ、彼が〝古泉一樹〟の下にひた隠しにしている姿が露呈した瞬間。
しかしその反応は一瞬のことで、彼の表面的な状態異常はすぐに平常へと戻った。鼓動だけはしばらく不自然な速度を保っていたが、特殊な能力を持たない有機生命体がそれを感知するのはほぼ不可能。よって、彼の変化は周囲に認知されなかった。
彼と密着していた、ヒューマノイドインターフェースであるわたしを除いて。

このとき感じた高揚を、わたしは今でも思い出す。


***



「有希さんは、カフェラテでいいですか?」

カウンターキッチンの中から、彼がわたしに呼びかけた。本から顔を上げ、ソファ越しにふり返る。
目で返答すると、まだ少し眠気の残る微笑が小さく頷いた。

「〝いつもの〟にします?」
「いつもの」
「角砂糖6個はさすがに入れすぎだと思いますけど」
「……混ぜずに飲み干して、カップの底に残った砂糖の味は格別」

ははっと声を立てて笑い、彼が前髪を指で弾いた。寝起きのまま整髪していないため、後頭部の一部の髪が跳ね返っている。それは彼が頭を動かすたびにぴょこぴょこと動き、わたしの目を楽しませた。
わたしの視線の先が己の頭部であることには気付かぬまま、彼はカップの準備をしている。

「苦味も甘味も楽しめて、ある意味、理にかなっていますね」
「あなたも試してみるべき」
「いや、まあ……目を覚ましたいので、今日はブラックにしておきます」

広げていた本に栞を挟み、立ち上がる。
彼はわたしに背を向けて、キッチンの後方にある冷蔵庫の扉を開けていた。牛乳を取り出そうとしているらしく、こちらの動きは彼の視野に入っていない。
無防備な背中を見つめる。
もしもわたしが今、刃物を手にして襲撃したならば、即刻彼の命は失われるだろう。さながら風前の灯火のごとく、彼の後ろ姿は警戒を解いている。
まるで、何かしてくれと言わんばかりに。
……つまり、何か、するべき。
音を立てないようにスリッパを脱ぎ、そろりとフローリングの床へと足をすべらせた。
一、二、三、四歩。
すぐにキッチンの入り口へと辿り着き、そっと覗き込む。
彼はしゃがみ込み、シンク下の収納をごそごそと探っていた。牛乳を温めるための鍋を探しているのだろう。……今が好機。
するりとキッチンへ入り込み、静かに彼の背後へ忍び寄った。
あったあったと小声で呟く彼は、わたしを全く察知していない。気配を消すのは得意。
実行する。
彼がミルクパンを手に立ち上がったところで、すばやくその腰に腕を回した。

「ーーうわ、何ですか?」

後ろからの突然の抱擁に、彼が身体をびくりと震わせた。振りほどかれないよう、腕に力を込める。

「あの、ちょっ……!」

苦しいです、という彼の言葉は無視して、温かい背中に耳を当てた。とくとくと確かな心音が響いている。心拍数の上昇を確認。
再現は、成功。
わたしの中にいつかの高揚感が蘇りーーかけたのはつかの間で、それは瞬時に失われた。

「どうしました、急に……あ、そういえば先日の涼宮さんたちの結婚式でもらったクッキー、まだ食べてませんでしたね」

わたしを腰に下げたまま、彼は食料棚へと移動した。引き摺られるようにして二、三歩進む。わたしの存在を意に介さないかのようになめらかな動きで、棚に保管していた缶入りのクッキーを手に取った。
一時的に高まっていた心拍数は、すでに静穏に戻っている。
………………。

「これを開けましょうか。朝食はーー…と言っても、もうブランチですね。コーヒーを飲んだら、すぐに用意しますから」
「……彼女はもう〝涼宮〟ではない」
「ああ、そうでした、つい。なかなか呼び慣れなくて。……それより有希さん」
「……」
「何か、怒ってます?」
「……」

腕を解き、彼を解放する。
自由になった彼はクッキーの缶を棚に戻し、わたしの方へと向き直った。困ったように笑ってこちらを覗き込み、わたしの発言を待っている。
5.8秒の沈黙ののちに、仕方なく応答した。

「……べつに」
「有希さんがそう言うときは、大体何かあるときですよね」
「ない」
「そうですか?」
「そう」

小さくため息をつきながらも、彼は笑顔を維持し続けた。
胸の奥に、ちりちりとした痛み。
痛みの正体を掴むべく自身の内面を分析する。……しなくても、分かっていることだけれど。
わたしが感じた情動。
そのひとつは、憤懣。
それは、わたしの行動で彼を揺るがせたいという希求が達成されなかったことに起因する。
もうひとつは、寂寥。
それは、彼があの頃のような反応をすることは、もう二度と無いだろうという予測に起因する。
この二つを統合し平易に表現するならば、つまり。

ーーわたしは拗ねている。
この事実の伝達を、避けたいと思う程度に。

床を見た。彼と目を合わさないために。焦茶色の床板の上にわたしと彼の素足が向かい合っている。
所在なく二人の足の爪の大きさを比較していると、唐突に彼がわたしの肩を掴んだ。反射的に開こうとしたくちびるを、そのまま塞がれる。

「…っ……」

触れるだけの口付けが、二度、三度。じゃれるように繰り返された。温かく湿った感触に、思わず目を閉じる。
肩に置かれていた手がゆっくりと背中をなぞり、やがてわたしの腰を抱き寄せた。強引ではない。けれども、確実な力で。
彼の次の行動をわたしは知っている。現在に至るまでの彼の習癖から、すべてを予想できてしまう。
……これは、彼がわたしの機嫌を取るときの常套手段。

「……ん…」

こちらの反応を伺うように、やわらかな舌がわたしのくちびるを弱くつついた。習慣的につい開きかけた口元を引き締め、彼のバイタルチェックを実施する。
ーー心拍数は、平常。
………………………………不愉快。
彼の胸に手をつき、身体を離した。
鳶色の瞳が虚を突かれたように見開かれる。わたしの拒絶は想定外だった模様。
しかし彼の驚愕はすぐに、戸惑いを含んだ微笑みへと変化した。

「……すみません、嫌でしたか」
「あなたは変わった」
「えっと……?」
「あばずれた」
「あ、あばっ……!?」

彼が頓狂な声を上げ、絶句した。
二の句が告げないままぱくぱくと口を開閉する様子に、わずかに溜飲が下がる。
でもまだ、解消には至らない。
彼が先ほどよりも大きなため息を漏らし、一拍置いてから引き攣った笑みを浮かべた。

「……いつもの有希さんの方が、よっぽどだと思いますけど」
「今しているのはあなたの話」
「卑怯じゃないですか?そのかわし方」
「以前のあなたはわたしにその様な物言いはしなかった」
「いや、ですから有希さんも昔はーー…」

言いかけて、彼は言葉を呑み込んだ。堂々巡りになると踏んだのだろう。
三度目のため息と共に口元を静かに緩めて、

「ふがいないことに……有希さんの言いたいことも、不機嫌の原因も、よく分からないんですけど」
「……」
「要は、昔の僕の方が良かった、という話ですか?」
「……」

いつの僕なのかは分かりませんけど、と付け加えて、彼が苦笑した。
……想定してみる。
今ここにいる彼が、あの頃の〝古泉一樹〟だったなら。
整えられた頭髪、かっちりと着込んだ制服、隙のない微笑。
今より少し若い姿の〝古泉一樹〟。
おそらく彼は、わたしとの接近に一時的に動揺するも、すぐに平静を装うと考えられる。『どうしました?長門さん』。などと言ってさりげなく、わたしと距離を取ろうとする。その腕を掴んで引き寄せる、もしくは正面から抱きしめたなら。
きっと〝古泉一樹〟は、内心ではさらに激しく動転しながらも努めて冷静であろうとするだろう。結果、苦心の末に描写しがたい独特な表情のまま発汗し赤面するなどの、非常にユニークな姿を見られるかもしれない。
それはきっと、とてもかわいい。
でも。
改めて、目の前の彼をまじまじと見つめた。
起き抜けのままの乱れた髪、首まわりの緩んだ部屋着、わずかに伸びた無精髭。
以前の〝古泉一樹〟なら決して他者に晒さなかったであろう姿。
今のわたしにしか、見られない姿。
あの頃の〝古泉一樹〟と引き換えに、これらが失われるとしたら。
ーーそれはきっと、とてもつまらない。

「……あ、」

ふいに、彼が何かに気付いたように目と口を開いた。慌てたように口周りを手で隠し、目を泳がせる。
わたしの視線が自身の顎に集中していることを感知したらしい。
手の隙間からくぐもった声が漏れた。

「す、すみません。もしかして身だしなみとか、そういうことですか?」
「……」

齟齬がある。
わたしは彼の様相を非難している訳ではない。けれど、わたしの内面の変化と全く無関係な事象という訳でもない。彼の現在の様相とわたしの情動がどのような関係にあるのか。これはいかなる言語表現で伝達するべきなのか。
的確な表現を模索するための沈黙を、肯定と受け止めたのだろう。彼が矢継ぎ早に言葉を放出し始めた。

「確かに、最近はつい気を抜いてしまってーーあ、いや、でもそれは決して有希さんを蔑ろにしているという訳ではなくて」
「いい」
「とりあえず髭だけでもすぐに」
「いい」

一歩踏み出す。
わたしから離れようとしていた彼の服を掴んで、そのまま抱き付いた。
広い胸に顔を埋め、くたびれた部屋着に鼻を押しつける。わたしの衣服と同じ柔軟剤の香りの中から、ほのかに彼の肌の匂いがした。
嗅ぎ慣れた匂いに、わたしはひとつの確信を得る。

「……今の方がいい」

わたしの言葉に、彼は返事をしなかった。
代わりに、ふっと小さく息を漏らして、わたしを抱きしめた。
温かい腕の中に、すっぽりと収まる。
ここがわたしの在るべき場所。そう錯覚してしまいそうに優しい温度が、わたしを包んだ。
このぬくもりを知らなかった頃、わたしはどのようにわたしを維持していたのだろう。そう思えるほどに、わたしにとってこの体温はすでに必要不可欠なものとなっているらしい。
……少し、くやしい。
けれどそれを上回る安寧が、この腕の中には在る。大きな手に背中を撫でられる心地よさに、目を閉じた。
彼が遠慮がちに声を上げたのは、それから45.6秒後。わたしが彼と恒久的にこのままの体勢を維持する手段を考えているときだった。

「あの、そろそろ……」
「いや」
「有希さんの熱烈さは本当にうれしいんですけど、そろそろ」
「いや」

身体を離そうとする彼の衣服を握りしめ、その場に固定する。しかしわたしの抵抗を見越していたかのように、すかさず彼が言葉を続けた。

「コーヒーがまだですし」
「いい」
「洗面所にも早く行きたいんですが」
「だめ。そのまま」
「でも、このままではせっかくの休日なのに、どこにも出かけられませんよ」
「いい」

つま先で立ち、困惑した笑顔に接近して、

「今日は、家から出ない」

耳元でささやいた。
背伸びではわずかに足りなかったので、強引に彼の首を引き寄せて下を向かせる。開きかけたくちびるが異を唱える前に、すばやく口付けた。
掠めるような接触を二度、三度。
これは、先刻の彼の模倣。
ゆっくりとくちびるを離し、彼を見上げて言った。

「……つづきを」

最低限の語句で、わたしの欲求は正確に伝達されたらしい。
彼がぽかんとした顔をして、それからみるみるうちに頬を赤くした。ごくりと喉を鳴らし、唇のかたちをさまざまに変形させる。
弱っているような、笑っているような、戸惑っているような、乗り気なような、例え難い奇妙な表情。
……なかなかに、ユニーク。
彼に対するアプローチには、まだまだ改良と工夫の余地があるようだ。ならば、これからはもっと多様な趣向を凝らしてみてもいいのかもしれない。

新鮮な高揚感を覚えながら、彼の部屋着の裾に指先をすべり込ませた。



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同棲か結婚か、とにかくそこそこの期間を一緒に過ごしてきた古長です。捏造度高めだけど好きなんだ。
キョンハルが結婚するくらいの年齢で想像してもらえれば宜しいかと(人によってめっちゃ違いそうだけど)
長門の意図不明な行動に振り回される古泉という古長が大好きなんですが、長く付き合うことによって古泉が対応に小慣れてきたら長門はどうするかな?っていうのを常々思っていて…
やっぱり長く一緒に居ると、気を抜いたり面倒くさがったり色々あると思うんですよ。
それこそ〝古泉一樹〟からかけ離れた人格になってたりしそうというか、そのくらい気を許せる関係になっていて欲しいです、推しカプには。
古長同棲(or結婚)if、飽和するくらい書き続けたいな〜

ちなみに古泉の「うわ、何ですか?」は「朝比奈ミクルの冒険」の原作からです。

このビハインドを挽回すべく、ユキは秘策でもって打って出ることにした。
「…………」
「うわ、何ですか?」
 ところかまわずイツキに抱きつき始めたのである。

谷川流「涼宮ハルヒの動揺」


「うわ、何ですか?」……「うわ」ですよ「うわ」。素の男子高校生っぽい動揺めちゃくちゃ可愛い。
あと〝至る所で〟ということは、長門による古泉ハグシーンが複数回撮影された可能性が…あるのでは…!?という妄想も広がりますね。ありがとう

アニメのこのシーンもめっちゃ好きで…
長門が抱きついた瞬間、古泉が「!」って顔してすぐにいつもの苦笑になるのが芸コマで大好き。
原作でも、古泉が驚いたり〝古泉一樹〟の仮面が剥がれちゃったりするのは対長門な時が多くて、やっぱり推しカプ最高に好きってなります。




最近noteサボってるんですが、アレです。本読んだり、他ジャンルの推しカプ二次創作読んだり、ワーフリのキャラエピ消化をしてるとついつい…という感じです。読みたいものが多すぎる。
あと「スキップとローファー」を見始めて、めちゃくちゃ良くてどハマりしました。原作読んじゃおうかな…でもアニメでドキドキしながらストーリーを追いたい気持ちもある……
それとあんまオタク関係ない話なんですが、近所で捕獲したクマケムシとカナヘビを飼い始めました。
虫、全然得意じゃなかったんだけどクマケムシは超かわいい…もふもふ…
成虫になるとシロヒトリという蛾になるみたいで、この姿もまたかわいいです。見れるといいな
カナヘビもエサの確保が大変なんだけど(庭や近所でバッタやコオロギを捕まえる必要がある)、しゅるっとしたフォルムがめちゃくちゃかわいくて…すごいがんばってます。エサの確保。おかげで色んな虫を捕まえられるようになった。でも冷凍コオロギとかも試してみようかなー


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