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「感情は命そのものです」

いささか極論であるかもしれません。
それでもあえて言いましょう。

「感情は命である」

何故こう思うのかといいうと、
感情が抑圧された状態に長く付け込まれると、うつやコミュニケーション障害などを引き起こしたり、セルフイメージを著しく低下させて社会活動に支障を来したりするのを見るからです。

またこんな経験もあります。
僕が看護師をしていた時、脳梗塞でほとんどコミュニケーションが取れなくなった高齢の男性がいました。病棟の忙しい業務の中で、物のように扱われているのが僕の胸を痛めました。僕は「このひとは理解出来ている。身体が不自由なだけだ」と思っていましたから、返事は帰って来ませんが人として丁寧に接しました。

ある時、定時の訓練でリハビリの先生がやってきました。いつもは反応のない患者さんの関節を先生が機械的に動かしていきます。その時は僕がその場にいたので、いつものように声をかけました。「◯◯さん、リハビリの先生がやってきましたよ。少し起きましょうか。」寝たきりで表情も乏しいのですが、僕が少し身体を支えると、協力的に身体を起こしてくれました。それを見たリハビリの先生が驚愕しています。「細川さん! 何をしたんですか!? すごい!マジックのようです。。」

僕にとっては何のことはないのですが、驚いたようです。
今はこの出来事をこう理解しています。「このひとは理解出来ている。身体が不自由なだけだ」という扱いと「このひとはもう動かないんだよね。反応も帰ってこないし、丁寧に扱っても意味ない」という扱いをされた時、どちらが感情的つながり感があるでしょうか。

感情的につながり感があったほうが、生命が躍動するのです。
たとえ脳梗塞で不自由な状態だったとしても、感情という切り口が一筋の光にもなり得るのです。

感情的なつながりをネガティブに表現するひともいます。
怒りを撒き散らしているようなひとです。このタイプの方は、相手に怒りを吐き出すことで命を絞り出して生きています。その相手が何らかの理由でいなくなり、他に代わりに自分の感情を受けてくれる人物が現れなかった時、ポッキリと心が折れてしまいます。

こういったことを見るにつけ、ひとは感情の動物であること。
感情を表現し、分かち合うことで生きているんだという確信を深めます。
この確信を持ってあなたに伝えたい。

「感情は命です」

あなたはどう感情を使いますか?
そして、あなたの命は何に使いますか?

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感情の学校を主催しています。

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細川一滴

心理カウンセラー。「感情の学校」を主宰。 感情をガイドにしながら自分の中心にある大事なものを大切にする生き方を提唱している。

感情の学校

心理カウンセラー細川一滴先生と、大切なものなんだけれど、しっかり勉強したり、見直すことのない感情についての学校を開講しました。
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