【勉強させられて、本当に苦しかった】

来る日も来る日も、勉強、塾、勉強、塾。友達と遊ぶことも出来ず、ずっと勉強していました。親がやれというから、勉強し、当時は仕方のないことなんだと受け入れていました。でもお思い返せば本当は遊びたかった。友人と過ごしたかった。そう言って涙する方がいます。

私の知る一日ひと組のレストランを経営しているシェフも似たようなことを言っています。「来る日も来る日も、大根を桂むきした。友達が遊んでいる時に、僕は練習をした。おかげで腕は上がったが、友達とか、楽しむとか、よくわからない。」この方は自ら進んで、訓練の境遇に身を置いたのですが、人と繋がるということがわからないと言います。

遊び倒して、何も身につかないのではそれも困りますが、やはり適切な人間関係を保つ経験やスキルは、仕事のスキルと同等に幸福や充実感にとても重要なようです。これはどちらが重要と比較するするようなものではなく、そのどちらも必要なのでしょう。

感情の学校的にいうと「仕事」というのは感情を切って物事を遂行する場であると考えます。でもそうすると感情を感じている自分の本体が死んでゆきます。友人との付き合いは本体の自分が自由でいられる。自然な感情を大切にできる場であると考えます。本来の自分に必要な気づきを得ることができ、幸福感も上がります。本当の自分が何を感じているのか、自分で把握すること。そして周囲にシェアできることが、幸福には不可欠なのだろうと思います。


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