紳士

目に見えない紳士

#web小説
公園の前のアパート。窓からは公園の森が見える。アパートと公園の間には、ちょっとした谷があるために、森の木々まで視界を隔たるものが何もない。そして森との絶妙な距離が絵画的な風景を生み、爽やかな風を部屋に送り込んでいた。昼下がり、優しい光が部屋に差し込んできて、森からの風がカーテンを静かに揺らしていた。

この街のスーパーで働く青年が、その部屋にひとりで住んでいた。青年は真面目で一生懸命働いた。スーパーを訪れる客に極めて親切に接し、頼れる好青年として覚えられている。しかしこの青年、働けど働けど、職場で認められることはなかった。どうも要領が悪く、時間内に求められる仕事量がこなせない。

青年は一日必死に働き、帰宅すると気絶するように眠った。次第に青年は体調を崩していく。寝起きにはびっしょりと汗をかき、ベッドに人型のシミが出来た。出社するときに動悸に苛まれ、酸素が足りない感覚に陥った。その度に「僕はいつでも辞められる。今、やりたくて仕事をするんだ」と言い聞かせていた。

ある日の休日、青年が疲れ果てて窓辺のベッドに転がり、時折カーテンを揺らす風に癒しを求めていたとき。背筋の通った素敵な紳士が部屋に現れた。細身のスーツに身を包んだ紳士は、青年に声を掛ける。青年は紳士の姿と声に気がつかないようだった。紳士は気にせず、穏やかに、しっかりと語りかけた。

「君がここで潰えることはない。君の未来は輝かしい。たくさんの人に必要とされるんだよ。今は信じられないかもしれないが」紳士は、30年後の青年だったのだ。彼はかつての自分にそっと応援にやってきたのだった。青年はそんなことに気づかずにため息をついていた。紳士はそんな青年に優しく微笑んで姿を消した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?