2012年7月15日「知人たちの話」


・知人Aの話


「なんでもいいから感情を吐露してくれよ。俺はお前の言っていることを聞いてみたいんだよ。それ以外は何もしたくないんだ。」


「君はずいぶんと勝手なことをいうんだね。」


「勝手?そんなことはないだろ。俺はただお前の本音が聞きたいだけなんだから。」


「人の本心なんて、他人の感情なんて、暴き立てるようなものじゃないよ。というかそういう性質のものじゃないんだよ。いつからか紙とペンで感情は書き表すことができるようになってしまった。そのときから、感情から神秘さは失われてしまった。それはなんていうか、鋭くとがった岩の破片で肌に刻まれた傷と、本質的に違いのないものになってしまったんだ。


 …ねえ、この前ね、河原のほとりの自動車教習場で、白バイ隊員たちがなにやら訓練?みたいなのをしているのを見たよ。大型バイクが20台も30台も並べてられていて、それらが全部白バイなんだ。新人警官みたいな人たちがそのバイクの運転の練習をしているんだけど、もちろんその中には転倒してめちゃくちゃに怒られている隊員もいてさ。なんていうか、ちょっと見てはいけないものを見た気分になったね。その時私はランニングをしていて、立ち止まりたくはなかったからすぐにその場所は離れちゃったけれど、なんとなく、うん、不思議な気分になったよそれを見てさ。」

-------------


・知人Bの話

「言葉は柱だ。柱をたてて、僕たちは家を作る。でも言葉だけじゃだめだ。それだけじゃだめだ。外からは丸見えだし、2階に上ることはできない。雨も風もふせげない。柱だけじゃだめだ。骨組みだけじゃだめなんだ。ちゃんとした肉体がそこにはないといけないんだ。」

-------------------


「僕には何も語ることができない。僕はなんにでも、ちょっとでも興味の持ったものにすぐ手を出しては、すぐに飽きてそこから離れていってしまう。そして次のまた面白いものを探す。それはそれで楽しいことだけど、時々むなしくなる。だからそのむなしさを埋めようとできるだけ間をおかずに次の楽しいものを探そうとしてしまう。これは必ずしも僕の責任じゃない。世の中には楽しいものがあふれすぎているんだ。そのわりに人の時間は限られている。だから自然と広く浅くにならざるをえない。確かに世間もいけない。でも最終的な責任はやはり僕自身がとらなければいけないのだと思う。

 僕はたくさんの勘違いをたくさんしてきた。知らないことを知っているふりをすることも数え切れないほどやってきた。だって広く浅くを続けていると、本当にいい加減な知識しか自分の中に残らないんだものね。それはそれで仕方のないことなんだと思うよ。

 でも僕はこれだけはいえる。僕は僕についてだけは詳しい。僕の見てきたもの、僕の感じたことは良く知っている。いくら外の世界に興味をもったとしても、自分はいつもその近くにいたのだもの。だから僕は僕の心の動きにはとても詳しい。僕自身のことについて僕より詳しい人は世界にはきっといないと思う。」


-------------


・知人C


「川がある。川は水をたたえている。川に何かがうかんでいる。とすればその浮かんでいる何かはきっと水よりも比重の軽いものなのだろう。そんなことはわかる。物理法則にのっとるほどのことでもない。水は高いところから低いところへ流れる。とすればこの川をさかのぼっていけばきっとより高い場所へ、より高い場所へといけるのだろう。高い場所、僕らは大体それを山と呼ぶ。山はなんでできるんだろう?誰かが地面をつまみあげて引っ張り上げたのかもしれない。誰かとは誰だろう?なんでそんなことをしたんだろう?引っ張り上げる気力はどこから補充したのだろう?あるいは上から引っ張り上げられたんじゃなくて、下から押し上げられたのかもしれない。川をさかのぼっていく。少しずつ勾配が急になっていく。いい感じだ。やはり川は間違えない。人間のように低いところから高いところへ登っていくなどといった間違いを犯さない。河原のそばに蘆が生えるようになる。木々がさらに生い茂るようになる。ちょっとした森のような感じになってくる。実にいい気分だ。リスや、小鳥があたりを飛び回る。水辺にひざまずき、自分の顔を映し出してみる。ねぼけた顔の向こうに、気持ち良さそうに泳ぐめだかの親子の姿が見える。水の中に手を差し入れてみるとめだかたちは逃げていった。僕は自然と顔がほころんでいるのに気づいた。


 この森を抜けると山に入るのかと思ったが、それは違った。森はある地点で唐突に終わっていた。コンパスで線を引き、カッターナイフでくりぬいたかのように、森はある地点を越えると、忽然と姿を消していた。しかしなおも川は流れている。


 なおも川をさかのぼる。勾配は少しずつきつくなっていくが、山に入りそうな気配は見えない。やがて遠くに何やら建造物らしきものが見えてきた。

 それは塔だった。僕はさらに近づく。全貌が姿を現す。塔はいかめしい悪魔の像とか天使の像が外壁にこれでもかというほど張り巡らされいて、とても異様な雰囲気を漂わせていた。そして塔の最上階の窓からは、一人の少女が身を乗り出していた。手には桶を持っている。彼女はその桶をかたむけていて、

 桶の中からは絶え間なく水が流れている。


 それが、川の水源だった。ついに僕は水源を見つけたのだった。その時の嬉しさが君にわかるか?」

-----------------

・知人Dの話


 「しかし僕にはCの言っていることはよくわからなかった。僕はまだ依然として水源を発見することが出来ていなかったからだ。


 25歳。25歳なんだ。


 よくよく考えてみたらすごいことさ。僕は25歳になるまで、この砂漠の町でずっとキャラバンを見て過ごしてきたような気がする。様々な人がいたよ。ターバンを巻いている人、壺の中から蛇を呼び寄せる人、ランプをこすって魔人を呼び寄せる人。むかでにかまれた人を蘇生させる人…いろいろな人がいて、色々な特技を僕に見せてくれた。僕は面白がって、それを日記に書いたり、絵にかいたりしてみた。だけどそれだけだ。楽しいものはみんなどこかへ行ってしまい、後には大量の文字と絵だけが残った。キャラバンの小隊は今ではもうあまりこなくなってしまった。

 そして僕は25歳。もう僕はどこにもいけない。やせっぱちのらくだ1匹すら僕は持っていないんだ。

 砂漠を越えることは僕にはできない。ねえ、オアシスの水も永遠じゃないんだ。少しずつ泉の水は枯れていっている。

 やがてここも砂漠になって、そうしたら僕もおしまいさ。誰にもみとられずに、誰にも省みられることもない文字と絵だけを抱えて砂のもくずと消えるのさ。


 人類の未来だって?

 人類の未来のために何をしてるかだって?

 人類の未来のために仕事をしたいんだったら、よりたくさんの人間のために仕事をしたいんだったらまず日本人であることをやめなくてはいけない。

 なぜなら日本人は絶対的に幸せだからだ。物質的に恵まれているからだ。物質的に恵まれている人間が語ることの出来ることなんて存在しないからだ。欠乏の中からしか言葉は生まれないからだ。


 …結局のところ、厚顔無恥にそんなことを語ることができる人間にろくなやつはいない。それだったら複雑な専門技術のことについて延々と語り続けてもらったしてもらったほうが幾分かましだ。」


「君はまず雛形を考えなくてはならない。全ての物事の雛形だ。」

「雛形?」と彼は繰り返した。

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?