断片


「僕はどこにも行けない。僕は何にもなれない。僕は何もできない」

 僕は紙にそんな言葉を書きつけた。そして紙を丸めてゴミ箱に入れた。僕は電気を消してベッドにもぐりこんだ。眠ることはできそうになかったので目は開いたままにしておいた。すると僕の目に光が飛び込んできた。光はゴミ箱からもれ出てきていた。僕は電気をつけておそるおそるゴミ箱へ近づいていった。中を覗きこんでみると、光を放っているのはさっき捨てた紙であることがわかった。その紙をつまみあげてみると、光はおさまった。今の現象の意味についてあれこれ考えをめぐらせているといきなり肩を誰かに叩かれた。僕は心臓を吐き出してしまいそうなほどに驚いた。後ずさりながら振り返ってみるといつのまにか見知らぬ女性が僕のベッドに腰掛けていた。その女性はショートデニムのパンツを履き、肩と背中の大きく開いた白のシャツを着ていた。肌はこんがり小麦色に焼けていた。彼女は片脚を天井に向けて真っ直ぐに伸ばしてからもう片方の脚に乗せた。僕は股間が熱くなってくるのを感じた。そんな僕の様子を見て、彼女は微笑んだ。そして彼女は口を開いた。

「紙をもう1度開いて、そこに書かれている言葉をもう1度読んでみなさい」

 彼女は長い爪の生えた人差し指で紙を指差した。僕は言われるままに紙を開いてみた。するとそこにはこんな事が書かれていた。

「僕は神殿にしか行くことができない。僕は神官にしかなれない。僕は祈ることしかできない」


僕は戸惑った。僕がさっき書いた言葉とは違う言葉がそこに書かれていたからだ。

「僕はこんなこと書いていない」と思わず呟いた。

「違うわ」彼女は手の甲の上に自らの顎を乗せ、挑発的に僕を見ながら言った。

「あなたは要するに、そういう意味のことを書いたの。あたしは問題を明確にしてあげただけ」

「明確にって…」

 その時僕の部屋の扉が開いた。ドアノブを握って部屋の入り口に立っていたのは僕の妹だった。妹は硬直し、ベッドの上に腰掛けている見知らぬ女性と僕のことを交互に見つめていた。僕の目の前の女性は妹の方に目すら向けなかった。やがて妹は部屋のドアを開けっ放しにしたままで「おかあさーん!」と叫びながらドタドタと下へと降りていった。一瞬呆けた後で「まずいことになった」と僕は気づいた。

「どうしよう、母さんがすぐにこの部屋にやってくるよ」

 僕は平然と微笑む彼女の前を行ったり来たりして慌てた。僕はとりあえず彼女の手をとって、部屋の中をうろうろと歩き回った。とりあえず部屋のドアを閉め、それから机の下に隠せないかとか、押入れの中に隠せないかとか色々と思案した。やがて下の階から誰かが上がってくる音が聞こえた。僕は仕方なく彼女を部屋の隅っこに体育すわりさせ、その上に外套だの制服だのといったものを被せて隠し、その前に仁王立ちしてやりすごしてしまうことに決めた。それでうまくいくとは僕だって思っていなかった。でも僕はあまりに混乱していたから、それ以外にうまく彼女を隠す方法を考え出すことができなかったのだ。

 そして部屋のドアが開いた。まずガマのような体型の母が、その後ろからにやにやと憎たらしい笑みを浮かべた妹が部屋に入ってきた。

「あんた、女の子連れ込んでるの?」と、母が僕の顔をにらみつけながら言った。

「そんなわけないじゃないですか」と、僕は思わず敬語で答えた。

「嘘だよ!めちゃくちゃケバい女が部屋にいたもん」妹が口を尖らせていった。


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母音

大学卒業後ずっと書き続けていた日記や雑文や小説などを投稿していこうと思います。面白いかどうかはさておいて、とにかく量だけはたくさんあります。今までそれしかやってこなかったからです。試行錯誤しながらやっていきたいと思っています。

2014年の日記など

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