2012年2月13日「ある城職人」


 誰も住まない城を一人で作る男がいた。


 彼はゴミ捨て場から資材を拾い集め、街の外れの寂しい空き地に一人で城を黙々と作り続けていた。

 住民は誰もが不審に思い、男に会うたびに「止めてほしい」と苦情を言った。しかし男は気にせず城を作り続けていた。いくらいっても聞いてくれないので、いつしか住民たちは苦情をいうのを止めてしまった。

 苦情をいうだけでは飽き足らず、実際に行動に移す住民もいるにはいた。すなわち武器を持って、その城を壊そうとしたのだ。街の腕自慢たちが集まって、ある晴れた日の朝その攻城戦は実行された。


 結果は散々なものだった。城はとても頑丈で、しかも数多くの罠があり、近づくことさえ出来なかったのだ。街の中で一番力の強い大工の棟梁は、あやうく命まで落としかけたのだ。すごすごと逃げ帰ってきた街の精鋭たちの情けない姿を見て、もうあの城にかかわるのはやめようと街の人々は思った。

 その城は、目新しいものはなんでも好む子どもたちの興味を引いた。これはもう当然そうである。近づいて冒険をしようと試みる子どもたちもいた。しかし、そういう子どもたちは、簡単に城に侵入できてしまうのである。罠も全く発動しない。しかも城の中は見かけよりもずっと狭く、ちょっと歩くだけで全て見て回ることができた。子どもたちは最初のうちは面白がって城を探検するのだけれど、やがて飽きて城になど見向きもしなくなってしまう。これも飽きっぽい子どものゆえ当然のことである。子供たちはやれやれと肩をすくめてこう言う。

 「なんだ大人たちは危険危険だいうけれど、全然大したことがないじゃないか。結局大人というのは何でも大げさにいうものなんだな…」


 そう言って、次々と子どもたちは次の「スリル」を求めて巣立っていくのである。

 無論、大人には命すら脅かす罠が発動し、子どもにとっては面白みのない空き家に変貌するという仕様は、城を作る男が導入したものである。子どものことを思ってのことなのか、それとも別に理由があるのか、あるいは特に理由などないのか、それは誰にもわからない。

 男は城を黙々と作り続ける。そのことで何が変わるというのか、誰にもわからない。もしかしたら彼自身にもわかっていないのかもしれない。

 城には特に統一したコンセプトはないようである。まず和風なのか洋風なのかもわからない。屋根には瓦をはり、レンガの壁を組むのだ。入り口には上部にアーチがついた鳥居があり、中庭には中世ヨーロッパ風の泉がある。畳の部屋にシャンデリアがかかり…などなどといった具合なのである。一体何を彼はしたいのか。全く誰にもわからなかった。

 中には物好きな美術雑誌の編集者や、サブカル系の評論家などが、この城を絶賛することもあった。しかし芸術としてこの城を評価する輩が近づいてくると、男は決まって激怒し追い返した。彼が唾を撒き散らしながらこう怒鳴り散らした。

「この城は芸術なんていうくだらないものではない。敵から身を守るための城だ。ちゃんと目的があり、その手段として作られた存在だ。この城を芸術などというのは最大の侮辱なんだ!…」

 これは城で、敵から身を守るためのものらしい。だとすれば敵とは誰のことなのだろう?聞いても彼は答えない。また、誰を守るのだろうか?これも、聞いても彼は答えない。

 彼は今日も城を作り続ける。その理由は誰にもわからない。彼自身、なぜ作るのかということがわかっているのか?それもわからない。今日も彼が城を作り続けるであろうということ以外には、何もわからない。

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