サイ

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最近の記事

むしろ現実がバーチャルを侵食している、という話

バーチャルが現実を侵食している、というのは頻繁に聞く。 「ゲームにかまけて生活が疎かに」「ネットに没頭してリアルの人間関係が疎かに」そういう意味合いでは確かに理解できる。 ただ、侵食しているという意味ではむしろ逆なんじゃないかと思う。 すなわち、現実「が」バーチャル「を」侵食している。 ARゲームは、現実がないと遊べない不便な代物だし、わざわざバーチャルの空間でコミュニケーションするVRチャットなんてものも出てきた。 人間は本来「繋がりたがり」で「共有したがり」らしい。だ

    • 「自分を嫌いでいい」と本当は思ってない人たちの話

      「自分を嫌いでいい」って話題でふれこんでるエントリを見ると、概ね 「今は自分を嫌いでいい、いつか自分を好きになれます」みたいな結論があるんですよね。 そもそも書き手の中での答えは「自分を好きになるべき」で決まっていて、「(今は)好きにならなくていい」っつー譲歩でしかないんだなぁと感じます。 僕はそういう「受け入れてない人間が、受け入れてる感出してる」ような主張が心底嫌い。 別に今の自分自身は嫌いじゃない(むしろ結構好き)だけど、「好きになるべき!」みたいなものにはかなり

      • 勝手に"思いやられる"ことの苦痛

        「○○したくない」という主張に対して、 「(本当は○○したいけどーーだから)○○したくない」って勝手に解釈する人が多すぎだと思う。 僕は一人旅が好きです。一人旅"が"好きなんです。景色や匂いに浸るのに、隣に人なんか要らない。 なんで「本当は人と行きたいけど誘えないから」とか、そういう解釈をされなきゃいけないんだ。 僕は恋愛なんてこりごりです。自分の時間を過ごしたい。煩わしい人間関係なんてこりごりだ。 なんで「モテないから強がってる」とか勝手に解釈されなきゃいけないんだ。

        • 「過去の経験」に自分の本質が眠っていてたまるか

          「私は面接で未来の話は聞かない。過去の話しか聞きません」 そう宣言する人事の方がいるくらい、皆「過去」が大好きなようです。 実際、過去してきたことの話を聞くメリットというのは確実に存在しているのでしょう。 「今の価値観に紐づく経験が過去にあれば、再現性が担保できる」 これが"過去ばかり見る"最大の理由だろうなと思います。 さて。 私はこの「過去深掘り」が嫌いです。 もっと具体的に言うと、「過去の経験と今の自分を紐付ける行為」が嫌いなんです。 理由はとても明白で、 「過去の

        むしろ現実がバーチャルを侵食している、という話

          「変わらなきゃいけない」わけがない

          「変わらなければいけない」「自分を変えなければいけない」 なんて言葉が、本や記事には蔓延ってます。 そして、なぜ変わらないといけないのかの理由を求めると、”進化論”が出てきたりする。 自然淘汰の仕組みを持ち出して、 「環境が変化するから、変わらないと生き残れない」という主張が出てくる。 そんなわけねぇじゃん。 別に変わらなくたって生きていけはするでしょう。 変わらずにいるとヒドい生き方をする羽目になる、というのはある程度あるんでしょうけど、 「生き残れない」とまで言われ

          「変わらなきゃいけない」わけがない

          ロングノーツはつまらない

          音ゲーのロングノーツが嫌いな人と、 「は?ロングノーツ最高だろ。嫌いとか意味わからん!」な人向け記事です いきなりですが僕は音ゲーのロングノーツがとても嫌いです。 大人げないことこの上ないですが、「ロングノーツ全部廃止されればいいのに」くらいに思ってます。 なぜそこまで嫌いかというと、そもそも嫌いになった理由としては 途中で指を放してしまってミス! 最後で指を離し損ねてミス! 何本も降ってきて、順番がわけわからん! みたいなことが多い、つまるところミスりまくるからですね

          ロングノーツはつまらない

          妥協、迎合、価値観のようなナニカ

          きっと大学入ってからずっと自分を見失い続けていたであろう落第生の備忘録。 1.今従っているのは本当に自分の価値観か?こんなことを考え出したのは、大学4年生の時の経験がきっかけです。 端的に言うと、「好きで選んだはずの、2年学んだ専攻に全く魅力を感じなくなった」のです。研究を続ける意欲も全くなくなっていました。 そして「このまま研究を続けて、運よく卒業できたとしても、次に待っているのは全く興味のない大学院でしかない」ということに気付いてしまった時、私は生きている実感すら失って

          妥協、迎合、価値観のようなナニカ