再び手塚治虫

線でマンガを読む『再び 手塚治虫』

たとえば、現代のマンガと、絵本の違いはなんだろうか。すぐに頭に浮かぶのは、絵が「コマ」と呼ばれる枠線によって仕切られている、ということ。日本のマンガは基本的に右上から左下のコマへと読んでゆく進めてゆく規則になっていて、それに伴って時間の経過や場所の転換が起こる。つまり物語が進む

絵本の場合は物語を進めるために、ページをめくる必要がある。それはマンガも同じことだが、マンガの場合、コマによって絵を仕切ることで、ひとつのページのなかでも物語を進行させることができる

(※ただし、枠線によって絵が分割された、絵本とマンガの中間のような本もある)

ひとつのページの内部で物語をどんどん進めてゆける、ということがマンガの特長である。絵本ならば何十ページもかかるストーリーを、数ページで、コンパクトに素早く読み進めることができる。また、コマの大きさや形を工夫することで、見せたいシーンをより印象づけることだってできる

メリハリのあるコマ割りが、物語をよりドラマチック、迫力あるものにする。これがマンガというメディアの大きなの武器のひとつ。しかし、欠点もある。コマの形状を変えすぎてしまうと、読む順番がわかりにくい。迫力と読みやすさを同時に成り立たせるのは難しいのだ。その両者を可能なかぎり共存させようと腐心したのは、またしても手塚治虫その人である。

(『火の鳥 生命編』手塚治虫)

ちなみに、私は図版をスマホのカメラで撮影しているので、画面の端が歪んでしまうのはご容赦いただきたい(これでもけっこう頑張ってるつもりなんですが…>_< ;)。

それはさておき。このページは5つのコマによって構成されている。先ほどの、私がてきとうにフリーイラストを枠線で囲って並べたものと比べてほしい。とうぜんのことながら、手塚のコマ割りはより複雑であるし、絵も細かい。情報量が多いので、ふつうならコマを読む順番がわかりにくくなっているはず。しかし、非常に読みやすい。マンガに初めて接する人でもないかぎり、迷子になることはないだろう。

よく見てみると、左上にあるコマの枠線が水平になっておらず、跳び箱を横に寝かせたような形をしている。これがポイントである。さらに、コマの中の絵にも、マンガを読みやすくする工夫が施されている。「コマの線」「絵の線」をガイドラインのように使って、正しい順番でコマを読んでゆくことができるように作られているのだ。いわゆる「視線誘導」である。手塚が洗練させた、作画テクニックだ。このページについて、読者の目の動きを図示してみよう。おおむね以下のようになるはずだ。

読者はまず、無意識に刷り込まれているマンガのルールにしたがって、右上のコマから読みはじめる。このコマでは雨が降っている。雨の線に従って、視線が下へと落ちてゆく。すると、葉っぱが見えてくる。

読者の視線は右寄りに降りてきているので、まず右側の葉っぱに注意がいく。その輪郭をたどっていくと、左にも葉があることに気づく。そして、今度は左の葉っぱを見あげてゆくようなかたちとなり、視線が左上に跳ねあがる。その勢いのまま上昇してゆけば、2番目に読むべきコマに描かれた太陽に視線がぶち当たるのだ。最初のコマからつぎのコマへの移動がスムーズに行われるよう、葉の輪郭線がガイドラインの役割を果たしている

さらに続けよう。2コマ目に移動した読者の目は、太陽を見てから、左にある森林の輪郭にそって右下に降りる。ここも、森の描線がガイドになっている。その先に待ち受けているのが、右へ傾いたコマの枠線。これがすべり台のように働き、視線は右下へと流れてゆく。すると、自然に3コマ目の右端の「ああ…だめだ…」というセリフにたどりつく

3コマ目。右の「ああ…だめだ…」を読み終えると、こんどは男のお尻から背中の線をガイドに、左上の「虫の息だ」へと視線誘導が行われる。また、セリフの直下に寝ている女の顔。これを目にしたあと、右上にのぼってゆく枠線が、読者を4コマ目右端の「もう…残された道は」というセリフへと運んでゆく。

4コマ目については、男の胸→鼻面をなでて、左端の「一つしかない!!」へと視線が誘導される。さらに、そのまま下の5コマ目に突入する。読者が最初に目にするのはいちばん左端に生えている木。目線はその太い幹にしたがい、ドシンと沈んだのち、草むらのうえを、コロコロと右下へと転がってゆく。その先には、担架に乗った女の顔。そこから男の背中→男の頭…と、人物の輪郭を時計回りにぐるりと見ていくこととなる。そのさい、誤った方向に視線が進まないように、男の背中付近の木はシルエットにされている。そうして、男の体を回ってきた視線は、ふたたび女の担架に繋がり、最後は手前に描かれたシダ植物を突っ切ってページの左外へ抜けてゆく。

『火の鳥』は右開きのマンガなので、左へと向かって脱出した視線は、即座に次のページに移ることとなる。コマと絵、双方の線によって計算しつくされた視線誘導を用いて、ドラマチックな物語をスマートに描く。すぐれて理知的なマンガ家である手塚の腕の見せどころだ。

【ついでに】先ほどの野球のイラスト、見よう見まねで視線誘導を取り入れてみました。素人なので上手には出来ていないと思いますが、一応こんな感じ。

出来はともかく、パズルを組み立てているようで、けっこう楽しかった。自分の好きなマンガについて、どのように視線誘導が設計されているかをチェックしてみるのも面白いのではないでしょうか

write by 鰯崎 友

※本コラム中の図版は著作権法第三十二条第一項によって認められた範囲での引用である。

火の鳥 9 宇宙・生命編』手塚治虫 角川文庫 1992

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