遠藤

線でマンガを読む『遠藤浩輝』

遠藤浩輝が格闘技マンガを描きはじめたとき、大丈夫かな、と思った。遠藤には『EDEN 〜It's an Endless World!〜』という近未来SF作品があって、これが傑作だったからだ。『EDEN』にはJ・G・バラードの影響を多分に受けたとおぼしい、人類のゆくえに対するドライな視点と、それだけに留まらない骨太のヒューマンドラマが共存していて、その作者が、格闘技のマンガを手がけることは畑違いではないかと、多少の違和感をおぼえた。

しかし、そんなことはまったくの杞憂だった。遠藤は、『EDEN』でみせた手腕を格闘技マンガでも変わらず発揮した。その結果生まれたのが『オールラウンダー廻』だ。主人公は、アマチュア総合格闘技に打ち込む高校生、高柳 廻(たかやなぎ めぐる)。まだ経験も少なくパワーにも乏しい、地味な選手だ。しかし、咄嗟の機転に長けている。彼が自分よりも高い技術と力を持った選手とどう戦うか、それがこのマンガの骨子だ。

『オールラウンダー廻』

そして、メグルには、同じく総合格闘技をやっている幼馴染がいる。山吹木 喬(やまぶき たかし)。いろいろな思いがあって、メグルとタカシの間には溝ができており、顔を合わせてもうまくコミュニケーションがとれない。タカシは強烈な威力の左キックを持っており、若くしてアマチュアナンバーワンの実力者と目されている。幼馴染であるが、選手としての注目度、スタイルはまるでちがう。

『オールラウンダー廻』

しかし、タカシは複雑な家庭環境に育ち、児童養護施設で暮らしていたこともある。孤独の身だ。メグルとタカシ、ふたりの青年がそれぞれに課された試練をどのようにして乗り越えるのか。どこで、どんな形でふたりが相まみえるのか。なかなかぐっとくる展開が待っている。

私はこの作品を、「理系格闘技マンガ」と呼んでいる。主人公のメグルが「必殺技」を一切習得せず、その場その場のやりくりで戦うスタイルなので、「うおおお!」とか「でやあああ!」とかいうノリではない。代わりに、客観的で精密な描写を存分に味わうことができる

『オールラウンダー廻』

私は格闘技には明るくないが、総合格闘技がどういうものなのか、どこが面白いのか、このマンガを読んでちょっとだけ分かったような気がする。とても律儀な直線によって構成された、ひとつひとつの動作。「総合格闘技って、こういうことをやってるのか」と気づかされる。遠藤は総合格闘技のことをとても好きなのだろう。マンガのみならず、このスポーツじたいを知って、楽しんでほしいという作者の思いがひしひしと伝わってくる。また、選手同士の読み合いや駆け引きで魅せる、この作品を象徴するような線の存在にも注目してほしい

『オールラウンダー廻』

選手の身体に刻まれた直線。遠藤は、筋肉の陰影を、トーンや角度の異なる線の掛け合わせを用いず、ほぼ平行に引かれた線だけで表現する。この線は、試合中のコマのなかの、スピードを表現するための効果線と質的にきわめて近い。まるで効果線が身体のなかに埋め込まれているかのようだ

試合開始前、一見静止しているように見えても、お互いの頭のなかですでに戦局はめまぐるしく動いている。本作の緊張感は、こういった微に入り細を穿つ描線によって支えられているのだ。さらに、筋肉の陰影が効果線を兼ねることは、コマの中の線の総量を減らし、スピード感を維持しつつ、画面をすっきりと見せる効果があるだろう。遠藤は緻密な画面構成力をもつ直線の使い手だ。ふたりの青年の成長ドラマはもちろん、彼の描く、リング上の息を飲む攻防は、総合格闘技を見たことがない人でもおおいに楽しめるはずである。

※本コラム中の図版は著作権法第三十二条第一項によって認められた範囲での引用である。

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