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龍の血が水を濁した

むかしむかし、あるところに、古くから人々の喉を潤してきた井戸がありました。底からしみ出してくる水は、とても冷たく、柔らかい軟水で、魚を洗うと臭みが取れ、米を洗うとなんともふっくらと炊きあがるので、人々はその水をとても大切に使っていたのです。

この井戸のある村の一角に、居を構える弓の達人がいました。はるかかなた、豆粒ほどの大きさの鳥を、たった一本の矢で撃ち落とす名人で、自分の腕前にたいそうな自信を持っていました。その自信が災いして、人から嫌われてしまう態度を取ってしまうこともあり、達人は孤独で、家族もいませんでした。しかし、そのことに寂しさを感じるようなひまもなく、来る日も来る日も鍛錬にうちこんでいたのです。

ある日、一人の旅人が、弓の達人のもとを訪れ、こう言いました。

「達人、あなたほどの達人はこの広い世界広しといえどもほかにいるとは言えないだろうほどの達人だから、ぜひ倒してほしい龍がいるのです」

「ふむ、そこまで言われては断ることもできまい。その龍というのはどこにいる」

「千里のかなた、あるいはあなたの瞳の裏側に」

妙なことを言う旅人だ、と達人は思ったのですが、瞬きをして「あっ」と声を上げました。まばたきをするたびに、自分のまぶたの裏側に、ありありと龍の姿が映るのです。達人はさっそく自分の弓を持ち出し、ぎりぎりと弦をひきました。そして、一寸の狂いもなく自身の真上を狙って矢を射たのです。

天高く射られた矢は、やがてその勢いをなくし、今度は逆に地上を目指して落下をはじめます。寸分の狂いなく打ち上げられた矢が、達人もとへと戻ってゆき、その瞳を打ち抜きました。達人は自分の瞳を撃ち抜くことで、そのなかにいる龍を殺そうとしました。そして、思惑通り龍は断末魔の叫びを残して息絶え、達人は片目をうしなうこととなったのです。龍が死ぬときに流した血は、井戸の水を濁し、それ以降その井戸の水を飲むものに災いをもたらすものとなりました。

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