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ダークマターと、「死を赦す」デザイン

今回の記事は社会システムや行政サービス等の複雑系のデザイン論になるが、ロンドンのコミュニティデザインNPO: Worldwide International Global Solutions (WIGS) のディレクター Jo Harringtonと先日議論する機会があり、いくつか面白いトピックがあったので書き留めておく。

元々ロンドンのGoldsmiths Collegeで教鞭を取っていたJo

ソーシャル・イマジネーション

Joらが提唱しているのは、気候変動や移民問題、自然災害などの地球規模の厄介な問題(Wicked Problems) に対して、組織や社会の想像力を解放し、既存の枠組みを超えた可能性を発見する Social Imaginationという考え方だ。
下図のように、コミュニティや社会の考え方・動き方は「既成概念」の壁に縛られた状態 (左)。そこに彼らが働きかけ、組織間の協業や1つの集合体としての創造を促し (中央)、既存の概念に縛られない、新しい可能性を拓こう (右)、という考え方である。

WIGSのWebサイトより抜粋

これ自体はスペキュラティブデザイン[1]やサービスデザイン[2]が生まれたのもイギリスなわけだし、現在のデザインの潮流もトランジションデザイン[3]やシビックテック[4]など、そうした社会規模・地球規模の課題を扱うためのデザインに向かっているので、別に驚くような内容ではない。ただ議論の中では、さらにこれをどうプラクティスにするかという所で、いくつか参考になる切り口があったのでそれを共有する。

保存 / 進化 / 死の許容

デザインワーク実践の中では、彼らは保存(Preserve)、進化(Evolve)、死の許容(Letting Die)という切り口で考えるという。以下は私の解釈となるが、彼らがリデザインの対象とする、社会インフラや行政サービス、組織などの大きく複雑なシステムに対して、

「保存」は、現在の状態を変えずに残すアプローチ。
何を残すか、どう残すか、残すために何を変えるかを問う。
伝統や理念を重視し、要素分解やロジカルシンキングを通して、何が存続すべき本質なのかを考える。

「進化」は、現在の状態を改変してより良い状態を作るアプローチ。
何が必要か、どう獲得するか、獲得するために何を変えるかを問う。
改善や改革を重視し、ギャップ分析やデザインシンキングを通して、何が理想的な状態なのかを考える。

「死の許容」は、現在の状態を取り去り全く新しい状態を作るアプローチ。
何が取って代わるか、どう生み出すか、生み出すために何を変えるかを問う。
飛躍や想像を重視し、ストーリーテリングやスペキュラティブシンキングを通して、何が生まれる可能性があるのかを考える。

死が新しい文脈を解放する 

さて、まだ依然として抽象的だが、「死の許容」はなかなかインパクトのある語感だ。Joはその意味を Death unlocks a novel context.と表現する。これを聞いて自分は何か既存のモノ・コトのリデザインをする際、現行のありものをベースとした「保存」か「進化」の2択でしか考えていないことに気づいた。

例えばCIのリブランディングをするにしても、これまでのビジュアルは「捨て」るかもしれないが、その企業の理念までは「捨て」ようとは思わない。「ゼロベース」「スクラップ&ビルド」「ピボット」などの言葉もあるが、アプリをゼロベースで考えようと言っても、その先に作るのはやはりアプリであり、進化を志向している。アプリを作る考え自体を「捨て」て建築を建てようとは思ったことがない。ここでいう「死」とは、現行の制度やシステム、前提をまるっと取り払ってみた先に立ち現れてくる、全く異なる未来をも射程に入れている。

システムが大きくなればなるほど、丸ごとそれが活動を止め、死ぬことを許容するのは難しくなる。系の社会性が増せば増すほど、それが無くなるという前提は置きづらくなる。「死の許容」は「保存」「進化」と並列に、3つ目の選択肢として、敢えて死という強烈な単語を用いて、死もありえるという議論も土俵に上げることが重要なのではないかと感じた。

死とは「虐殺ではない」

「死」というと一見、跡形もなく現行の仕組みを取り払って考えることのように見えるが、ここでの「死の許容」が持つ意味はもっと中庸的だ。例えば、誰かが亡くなったとしても、その人との思い出や影響は周りの人に残り続ける。レコードという媒体で音楽を聴く文化は(大きな潮流としては)死んだかもしれないが、音楽をいつでもどこでも聴きたい、という根源的な欲求は今に至るまで継続している。

JoはDecentralized Threadと表現したが、何かが死んでも、そこまでつながっていた糸はぷつりと切れるのではなく何らかの形で分散して残り続ける。すなわち、「死の許容」が提示する問いは「それが死んだら(取り去ったら)我々の社会はどうなってしまうのか?」ではなく、「それが死んでも引き続き何が残るのか?」であり「それが無くなった先でも我々の欲求を満たせる新しい枠組みはないのか?」である。

ダークマターと、ディープ・ダークマター 

Dan Hill[5]はこれまで述べてきた、社会レベルのデザインをストラテジック・デザインと述べ、デザインが社会の構造(Structure)・政策(Policy)・手続き(Procedure)からなる、これまで一部の政治階級により"デザイン"されてきた「ダークマター」に踏み込んで行かなければならないと論じた。

Dark Matter, 筆者が独自作成

それをもとに、Joはさらにそのダークマターを形作っている要素として個人・社会両レベルでの独自性(Identity)、(様々な意味での)力(Power), 価値観(Value)を加えた「ディープ・ダークマター」を定義した。

Deep Dark Matter, 筆者が独自作成

Joとの議論はここまでだったのだが、内容を整理するために私が独自にここまで論じてきた保存・進化・死の許容を横軸に、ディープ・ダークマターを縦軸に取り、簡単にフレームワークにしてみた。
サービスやシステムのリデザインプロジェクトの構想フェーズでの利用を想定し、縦軸のダークマター軸に対して、何を保存するべきなのか、何を進化させるべきなのか、何の死を許容するべきなのか(何を全く新しく生み出すのか)をセルに書いていくことができる。

Dark Matter Analysis Framework, 筆者が独自作成

縦軸はダークマターだとUX/UIデザインに適用するには概念が大きい気がするので、James GarrettのUX5階層とかにすればUX/UIデザインの検討にも使えるのではないか。

Let UX "die" Framework, 筆者が独自作成

繰り返しになるが、重要なのは「保存」「進化」だけでなく「死の許容」も検討の土俵に乗せることで、「これ無くしてみたらどうなんでしょうね?」という会話がプロジェクトに生まれることだと思う。

なかなか抽象的な文章で分かりづらい点もあったかと思いますが、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。フレームワークに関してはお気軽にご意見・コメント等お待ちしております!

参考文献

[1] Anthony Dunne, Fiona Raby, "Speculative Everything: Design, Fiction, and Social Dreaming", MIT Press, 2014
[2] Marc Stickdorn, "This is Service Design Thinking. Basics - Tools - Cases", BIS, 2014
[3] Terry Irwin, "Transition Design: A Proposal for a New Area of Design Practice, Study and Research", Design and Culture Journal, 2015
[4] Eric Gordon, "Civic Media: Technology, Design, Practice", MIT Press, 2016
[5] Dan Hill, "Dark Matter and Trojan Horses: A Strategic Design Vocabulary", Strelka Press, 2014

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