みえる、みえる。

その二枚の硝子板はとにもかくにも魅力的。
ないものねだりは人の世の常。
俺は格好わるい。

「先輩それ、見えてるんですか?」

その言葉は今の状況にはひどく似つかわしく、先輩はまるで鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。外した眼鏡を持った手は、宙に浮いたままだ。

「なに、突然」
「眼鏡」
「ん?」

多分、自分なりのグット・タイミングを掴んで、俺をフローリングの床に押し倒したのであろう先輩は、段取りを崩されて少し戸惑った表情だ。まぬけ。折角の端正な顔立ちが台無し。

「見えるよ。今、顔、近いから」
「いつも?」
「いつも。俺エッチの時いつも眼鏡外すだろ」

見えなかったら外さないよ。
だなんて。

「エロ」
「エロだもん」

先輩は手際良く俺の学生服の釦を外していく。が、俺の視線の先に気付いてその手を止めた。

「なに」
「なにって……なんですか?」
「眼鏡ばっかり見てる」

先輩は不服そうな顔をして、眼鏡を俺の頭の横に置いた。すかさず、俺が片手でひょいと眼鏡を取り上げる。

「集中しなさい、もー」
「先輩いつから眼鏡掛けてるんですか?」

二つ硝子を蛍光灯に透かしてみると、擦ったような小さな傷が数箇所にあった。

「……小学校低学年……からかな。その眼鏡は四代目だよ」
「ふうん」
「なに」
「掛けてみていいですか」
「…………ど、どうぞ」

黒渕の眼鏡を掛けると、突然天井が蜃気楼のようにぐにゃりと歪んだ。

「う」

俺の頭がくらくらした瞬間、先輩の掌が胸元を滑った。

「もうそのまま掛けてなさい」
「…………あ」

先輩がこの硝子を通して見る世界はこんなにぐにゃぐにゃなのか。

「……っ…おかしい」

こんな世界見てたら頭が痛くなりそうだ。

「……何が?」

ああー、しりめつれつ。
猫がミルクを舐めるような音がしている。
身体の中心が熱い。
太股の内側が引き攣りそうだ。
視線を游がせると、前に美術の教科書で見た絵のように、部屋の壁掛け時計がぐったりと溶けていた。

「……溶け…」

溶けているのは俺の脳味噌だ。
ああ。今、俺はあんたの世界で抱かれてる。
瞬間、世界は真っ白。


「どうだった、眼鏡プレイ?」
「……………エロ」
「エロだってば」

眼鏡を外して、先輩の目元に返してやった。

「……今」
「ん?」
「何が、どんなふうに見えますか……?」

俺には世界があんなに歪んで見えましたが。

「きみが、可愛いく見えます」

そうにっこり笑った顔がやっとくっきりと見えた。

「エロ」
「えー?」

ないものねだりは、とりこしぐろう。





end.



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