ゾンビ対策部 第X+1話

 これは尊陽女子高等学校(そんよう──)ゾンビ対策部に入部した一年生三人組がネタバレありの無駄話をする学校帰りの一コマである。


ゾンビ対策部 第X+1話
『バンク・オブ・ザ・デッド』

 普段はロイヤルホストでドリンクバー分だけ、気分のいいときですらフライドポテトの割り勘分を追加する程度の森尾愛留(もりお・めぐる)が、この日は率先して、
「今日は不二家にする?」
 といいだしたのが始まりで、
「アタシはいいけどミュー、どうする?」
 西真紀(にし・まき)の問いに答える仙道美優(せんどう・みゆ)。
「マッキーがいいなら、あたしもいいよ。ていうかメグ、珍しいね」
「私だってたまにはケーキ食べたい日があるのよ。ニシマキみたいに毎日じゃないけどね」
 尊陽女子の最寄り駅である京王井の頭線西永福。高校生が学校帰りにゆっくりと無駄話を楽しめる店はロイヤルホストと不二家レストランの二店。西永福を最寄り駅とする高校はもう一校あり、放課後時の両店は高校生で混雑するのが常だ。ミューの家は学校から十分ほどの場所で三人は第三の選択肢として活用しているが、幸いこの日は不二家のテーブルが空いていた。
 席に着いて一番にメニューを手にしたのはマッキー。ところが開きかけたメニューを閉じるとうな垂れてしまう。自慢のツインテールもマッキーの心情を表すかのようにグッタリしている。
「……アタシ、イベント近いからドリンクだけかなー」
「ニシマキはもっと食べた方がいいんじゃない? 私のケーキ、少しあげようか?」
「……メグみたいに大きくなれる? 背も……胸も!」
「うん」
「ぐ……あ、甘い言葉に負けそうだ……」
「マッキー、メグのいってるのウソだからね。ケーキ食べても大きくならないよ」
「わかってる……アタシ負けない! 負けないんだから……負けないよ?」
「マッキーの目が白旗あげてるんだけど、あたしの気のせいかな?」
「気のせい気のせい! アタシは神に誓ってレモンスカッシュにする!」
「んー……あたしもクリームソーダかなー。今日の夕飯はコロッケだから」
「お、ミューパパのコロッケいいなー」
「私もミューのお父さんのコロッケ食べたい」
「じゃあ帰りにウチ寄ってく? たぶんいっぱい作ってるから」
「だからアタシはダイエットが……」
「私は今日、お母さんが遅番だから早めに帰って夕飯作らないと……」
「え? じゃあ不二家とかマズかったんじゃない?」
「もう弟たちがアジの干物と納豆、買ってると思うから……少しゆっくりできるけどコロッケまでは……」
「夕飯のおかずに弟くんとお母さんの分も作っといてもらおっか? 電話しておけば帰りに渡せると思うよ?」
 メグはうつむいた顔を上げてメニューを開く。
「大丈夫。納豆とコロッケは合わないから……でも私も負けない」
「そっか」
「……ショートケーキにする。ショートケーキとコーヒー」
「ホット?」
「うん。ホットにする」
 とメグは呼び鈴のボタンを押した。
 三人分の注文をまとめてするのはいつも通りメグである。
 マッキーとミューは自身の注文分にうなづきながら聞いている。
 店員が注文を受けて立ち去ったあと、最初に口を開いたのはマッキー。
「今日のやつ、微妙だったよね?」
『今日のやつ』とは映画『バンク・オブ・ザ・デッド』のことである。ゾンビ対策部はゾンビ対策の参考にと週に二、三回ゾンビ映画の上映会を行っていて今日はバンク・オブ・ザ・デッドであった。

 田舎町の銀行に強盗が立て籠もっている間に外はゾンビで溢れかえってしまう。店内にいるのは強盗団、人質の支店長、偶然居合わせて人質になった保安官助手。そこにゾンビの正体を知るという謎の男が合流し……という内容である。
「そうかな? 私はいいと思うけど」
 と返したのはメグで、ミューはニコニコと様子を見ている。
「メグは走るゾンビ好きだから気にならないんだろうけど……あたしくらいになると、ちょっとねー」
 そういうマッキーもゲーム、マンガ、アニメではゾンビに触れてきたが実写映画デビューはメグ同様、ゾンビ対策部に入部してからである。
「やっぱさー、映画のゾンビは歩いてないと。それに半分以上、強盗の話じゃなかった? もうゾンビが出てくる必然性がなかったよ」
「そこがいいのに。ちゃんと出てくる人たちの事情を見せてくれたから、その後で山ほど襲ってくるゾンビを一撃で倒していくのにも説得力が出てきたんじゃない」
「走ってくる相手の心臓に当てるなんて強盗とか保安官程度じゃムリだって。って、そうだよ。あれさ、ゾンビってゆーか吸血鬼っぽかったよね? ゾンビじゃなくない?」
「あんまり設定に縛られてない自由な感じも面白いのに。ねえミュー?」
「うん。ゾンビハンターの人がどうしてあそこにいたのかわからなかったけど、戦ってる理由はなんとなくわかったし、ゾンビ映画としては面白い方だと思うよ。それにもともとモダンゾンビ映画の生みの親のロメロだって吸血鬼映画から新しいゾンビ像を生み出したんだし、あんまりこだわらなくてもいいんじゃないかな?」
「ガーン……ゾンビマスターのミュー様が邪道ゾンビを褒めるなんて……」
「ほら。ニシマキみたいに古くさい考えはダメだってさ」
「古くないもん! 王道だもん! ロメロ最高っ! ウォーキング・デッド最高っ!」
「ウォーキング・デッドは面白いと思うけど……あんまり『うわっ』って怖いところはなくない? やっぱり走ってる方がいいよ。ねえミュー?」
「あたしは面白ければどっちでも……って注文きたよ♪」
 不二家レストランの制服姿のウェイトレスは三人の注文を確認しながら品物をそれぞれの前に置いた。
「あ……アタシもショートケーキ頼めばよかったかな?」
 マッキーはメグの前に置かれた白い生クリームの山を見て、ダイエットなんていいだした自分を呪った。
 不二家レストランのショートケーキは半球形のホールを切り分けもので、外縁にいくにしたが曲線を描いて下っている。なめらかな生クリームの上に乗ったイチゴが室内灯の明かりを浴びて瑞々しく輝き、みているだけで唾液がわいてくる一品であった。
「ひとくちあげようか? ……今日の映画が面白かったって認めれば」
「メグ様! 面白かったです! 最高でした!」
「はい、よくできました。じゃあ、あーんして」
「あーん……」
 微笑ましい二人のやり取りを見ながらミューは、
(二人は幸せだよ。ゾンビ映画の本当の恐ろしさを知らないんだから。部長たち、これからヒドいの観せてくるんだろうなー……)
 クリームソーダのアイスを薄緑色の炭酸水に沈めるのであった。

 to be continued──


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