世界征服~明日汰と吾郎~第002話

 アニメ“世界征服~謀略のズヴィズダー~”の二次創作小説です。
 投げ銭方式ですので今回の第002話は最後までお読みいただけます。
(第003話は次回のアップとなります。第001話はこちら。過去作品リストはこちら
 本作はテレビ放映版を参考にしていますが、必ずしも全ての設定が原作通りというわけではございません。
 また二次創作という性質上、原作をご存じの方に向けて書きましたので外見等の描写や説明は省いております。

世界征服~明日汰と吾郎~第002話

 東大の“赤門”、上野の“黒門”と並び賞される西ウド川の“緑門”。
 緑青を帯びた銅ぶき瓦が見事なことから緑門と呼ばれているが、元々は幕臣・鵜殿鳩翁別邸の門であった。明治時代に入ってからこの地域に移築され、現在では江戸時代の町並みを再現し時代劇撮影にも使われているテーマパーク“大ウド時代村”の入場口として年間五十万人を超える来園客を迎えている。
 まだ閉まっている緑門の前、ヤスはこれ見よがしに左腕を伸ばしてから腕時計を見た。ロレックス・デイデイトⅡ。落ちついたイエローゴールドの文字盤が九時二六分と告げている。
「分かってる? 開園まであと四分だよ? 四分。見える? あと四分」
 ヤスは腕を捻って地紋明日汰の鼻先に文字盤をさらす。
「ほら、あと四分。ほら。ほら。よく見てみろよ」
「近すぎて見えませんって!」
「そうか? 見えないか? この腕時計が」
 と明日汰から少し腕を遠ざけるヤス。得意満面の表情。
「どうよ? 昨日、買ったんだけどさぁ……やっぱホンモノは輝きが違うだろ」
「え、ええ、そうですね」
「だよなあ。やっぱホンモノの男にはホンモノの時計、オトナの男にはオトナの時計。ロレックスにも負けないこのヤス様……いいね」
 この二十分で五回は繰り返された光景だ。
 辟易していた明日汰だが、ここにきて気づいてはいけないことに気づいてしまう。
(あれ……これ“ROLEX”じゃなくて“ROI_EX”って書いてある?)
 目を凝らして見た明日汰は確信した。
(ニセモノだ! ヤスさん、ニセモノつかまされたんだ!)
 しかし事実を指摘していいものか。
「明日汰君もこういうホンモノが似合うオトナになりたまえ、このオレを手本にしてさぁ」
「ち、ちなみにいくらしたんですか?」
「ホンモノの男ってのぁなぁ、金額の自慢なんかしたりしないんだよ。さりげなく見せる、これが男。……でもまぁ、ガキの小遣いとはケタが違うね。ケタが。時計の値打ちが男の値打ちって面もあるし安物なんざ使ってられねぇよ」
(数万円……じゃ済まない値段なのか……)
 明日汰としても事実を知って落胆したヤスの姿は見たくない。まして八つ当たりの標的になんか絶対になりたくない。
「ってボウズ、時間時間。早くオヤッサン説得してきてくれよ」
 九時二七分を差すヤスのロイ・イーエックス。
「……行ってきます」
 明日汰は土塀沿いに並ぶ百メートルを超える来園者の先頭から離れ、道路を挟んだはす向かいにある土産物屋へと走り出す。
 土産物屋はコンビニエンスストアの六倍ほどの敷地で大ウド時代村の盛況ぶりをうかがわせる。そのレンガ風タイルの建物の角から鹿羽吾郎が背中の左半分を覗いていた。
 腕組みをしてうつむいている吾郎に声をかける。
「オヤジさん、そろそろ開園時間ですけど……」
「ん? んん……」
「あの……その……」
「ん? んん……」
 いつも紳士的に接してくれているとはいえ強面の吾郎である。明日汰としても強い口調にはでられない。
 二人が大ウド時代村に着いたのは九時を少し過ぎてからで、以来、吾郎はこの調子であった。
 前夜から並んでいたヤスに事情を話しても心当たりはないらしく、
「なんでもいいから早くつれてこい。時間が……」
 と自慢の腕時計を見せつけられるやり取りを繰り返すばかり。
 明日汰にも、どうして吾郎が土産物屋の陰から動こうとしないのか理解できない。
 大ウド時代村へ行くのが決まったのはズヴィズダーにしては珍しく一週間も前の話であった。
 吾郎の娘・鹿羽逸花が高校の勤労体験学習として大ウド時代村の一日スタッフになると決まったその日、ズヴィズダー首領の星宮ケイトが、
「ならば父兄参観をせねばなるまい!」
 という鶴の一声でズヴィズダー主要構成員による父兄参観も決めてしまったのだ。
 それからの吾郎はといえば特に変わったところもなく、今日、秘密基地を出てから来るまでの間にやたらとチョコやアメを勧めてくる以外は紳士そのものであった。
 困り果てた明日汰は緑門前のヤスを見る。
 ヤスは両手を挙げ、左腕を叩くと指二本立てた右手を大きく振った。
「あと二分で開園みたいですけど……どうしましょう」
「ん? んん……」
「じゃあ先にヤスさん一人で入ってもらって、僕らは午後に来るケイトたちと合流してからにしましょうか」
 父兄参観を言い出したケイトであったが今朝になって漢字の書き取りをサボったのがバレてしまい、二日分の書き取りが終わるまで事実上の外出禁止をくらっていた。ナターシャとロボ子はケイトに付き添い、朝一番に来た明日汰と吾郎の男二人を徹夜組のヤスが迎えた。
 明日汰としては思いつく最善の策を提示したが吾郎は相変わらず、
「ん? んん……」
 と曖昧な返事をするばかり。
(もう、しかたないなあ)
 明日汰は吾郎の説得を諦め、どこかに午後まで時間を潰せるところはないかと探し始める。
「逸花さんも、初めてオヤジさんが父兄参観にくるって楽しみにしてたのに……」
 わずかに顔をあげる吾郎。
「あー……あそこのマックしかないみたいですね。まだ時間が早いから他の店はしまってるっぽいし……いいですか?」
 同意を求めようと吾郎へ向き直る明日汰だが、吾郎の変化には気づかない。
「ん……んん……」
「じゃあちょっとヤスさんに話してきますね」
「ん……ボウズ」
「はい?」
「……いや、なんでもねぇ」
「あの……僕でよければお話し聞きますよ?」
「そうか? なら訊くが……江川先生と斎藤先生、俺はどちらの衣装が似合うと思う?」
「誰っ!?」
 いうと同時に明日汰は、
(そんなことで悩んでたの!?)
 驚きと呆れに襲われた。
 大ウド時代村は時代劇用衣装の貸し出しも行っていて、事前に確認した公式ホームページには明日汰が聞いたこともない人物の衣装ばかりが並んでいた。吾郎があげた名前も聞き覚えがない。
「韮山代官の江川太郎左衛門先生と神道無念流の斎藤弥九老先生だ」
「は、はぁ」
 今度は明日汰が煮え切らない返事をする番になってしまった。
「ご両名とも剣術だけに飽き足らず、当時最新の西洋技術を追い求めてだな……」
「は、はぁ」
「衣装を借りるのならこの両先生しかねぇんだが……どちらにしたものか……」
(さっきから先生先生って……オヤジさんが歴史好きだったとは)
「いくら考えても決まらねぇ」
「もしかして、さっきからずっとそのことで悩んでたんですか?」
「……ああ」
 吾郎の頬がほんのり赤く染まった。
「江川さんでも斎藤さんでも! そんなのどっちでもいいじゃないですかっ!!」
 と感情にまかせて明日汰はすぐに後悔させられる。
 吾郎の冷酷な視線が明日汰の顔をとらえたのだ。
「ボウズ……いま、どっちでもいい……っていったな」
「い、いえ……」
 明日汰は顔を背けて視線を外す。
「江川先生と……斎藤先生を……どっちでもいいと……いいやがったな?」
 覗き込んでくる吾郎。
 明日汰は必死に首を動かして、
「そ、そんなことはぁ……な、ない、かなぁ……」
 ウソをつく勇気すらなく、曖昧な返事しかできない。
「それに“先生”ではなく“さん”と呼んだな? ……な?」
「あ……そ、そのぅ……」
 その時である。
 緑門から声がした。
 もちろんヤスの声ではない。
『ご来園のみなさま、たいへんお待たせいたしました! これより開園となります!』
 新選組の羽織をまとった大ウド時代村のスタッフが拡声器で説明を始めたのだ。
『本日は特別に先着二十名様に限り、貸衣装は無料とさせていただきます!
 さらに新製品のかき氷・醍醐味(だいごあじ)もセットでおつけします!』
 明日汰の髪が風になびいた。
「あ、あれ?」
 目の前にいたはずの吾郎の姿がない。
 代わりに吾郎の怒声が緑門前から響いてきた。
「おいボウズっ! グズグズすんな! おいてくぞっ!!」
「はいぃ!? は、はいっ!」
 ダッシュで緑門に向かう明日汰。胸中は安堵と憤りが入り乱れていたが、この日最初の来園者として緑門をくぐった途端、モヤモヤとしていたものが、
「うわぁ……」
 溢れ出た感嘆の声に消し去られた。
 敷地の東端に位置する緑門から真っ直ぐ西へ伸びる大通りは宿場町エリアとなっていて旅籠や酒場など大小の建物が並んでいる。まだ人気のない宿場町の果てに見えるのは城下町エリアの屋敷群が織りなす瓦屋根の波。そしてそこから突き出た白い巨大な天守閣が大ウド時代村の象徴“大ウド城”だ。
 ただしこの大ウド城は純粋に外観撮影用のハリボテで、中は骨組みばかりの空洞である。それでも陽光を浴びて輝く姿は明日汰の心を奪うのに充分であった。
 ここからは見えないが向かって左にあたる南部には多摩川から水を引いた倉町エリア、実際に米の田植えから収穫まで行っている村落エリア、屋内撮影棟と機材倉庫がいくつも並んだスタジオエリアの三エリアがあり、計五つのエリアで一大テーマパークを形成している。
 明日汰は吾郎に、
「おい。さっさと着替えてかき氷もらいにいくぞ」
 と声をかけられて我に返った。普段通りの頼もしい吾郎の声を聞いて、
(江川さんと斎藤さんのどっちにするか決まったのかな)
 などと思いもしたが、蛇が飛び出してきそうな藪を無闇につつく理由もなく、
「ヤスさん、行きますよ」
 キョロキョロと辺りを見回しているヤスを促した。
「お、ああ……うん」
「誰か探してるんですか?」
「そういうわけじゃないけど……ところで、オマエは誰の衣装借りんの?」
(この人は余計なことをーーっ!!)
 吾郎が話を蒸し返したりしないかと戦々恐々とする明日汰と、そんなこととはつゆしらず、
「なんか新選組の衣装の奴ばっかだなぁ」
 と話を進めるヤス。
 答える明日汰は怒りと恐怖で声が震えてしまう。
「ソ、ソウデスネ。新選組ノ衣装ハ、スタッフ=サン専用デ貸シ出シハシテナイラシイデスヨ」
「なんだ、そうなのかよぅ。新選組のコスプレして『牙突っ!』とかやってみたかったんだけどなぁ」
「ヤス=サン、似合イソウデスネ」
「おっ!」
 とヤスは動きを止めた。そして、
「えっへっへっへっへ。アッシぁちょいと寄る所ができたんで、二人は先に行っててください。あとで合流しましょう。んじゃそういうことで~」
 返事も待たず、そそくさと行ってしまった。
「どうしたんだろう」
 明日汰はヤスが良からぬことを企んでいるのではないかと不安になったが、吾郎は何かを察したのか、
「気にするな」
 と鼻で笑い飛ばす。
(オヤジさんがまた貸衣装で悩み出す前に!)
 明日汰はパンフレットを開き、
「えーと、かき氷屋はどこかなぁ」
 わざわざ口に出して遠回しに吾郎の機嫌をとりながら、先に着替えに行く貸衣装店とかき氷屋の両方の場所を確認するのであった。


世界征服~明日汰と吾郎~第003話(次回) へ続く


 お読みいただきありがとうございました。なんとか今週中に続きができて本当によかった……。
 とりあえず第010話くらいまでは続きますが、それ以降も続くか否かはスキやコメント、投げ銭次第となっております。

 投げ銭していただけるととても嬉しいですが全何話になるか未定で、もし途中打ち切りにならず最終回を迎えると100話以上になりかねませんので投げ銭してくださる方は毎回ではなく適度に間をおいてくださるとありがたいです。

(以降、ご入金いただいてもテキストはございません)

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