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10年ぶりの連絡と主体性

『ご無沙汰してます!元気にされてるかなとふと気になって連絡しました。突然すみません、、』


2回のデートをして頂き、お付き合いもなく、そのままのお別れした男性からご連絡を頂きました。


うん。
これに、どうやって返信しろっていうんだ。


『ご無沙汰してます!元気です。突然で驚きました。』



以上だ!




この後の展開は、

1、そのまま終了
2、『久しぶりなのでごはんに行きましょう』

1なら、そもそも連絡なんてしないでほしい。
2なら、冒頭の会話から入れるべきだ。


お互いに社会人。
お互いの腹の探り合いをするほど、暇ではない。
時間の有限さは身をもって知るところではないのか。


· 腹を探って恋愛関係を進展したいのなら、
· 交遊関係を広げる足掛かりにしたいのなら、
そうであれば、用件や提案を盛り込むべきだ。


『お久しぶりですね。急に驚かれるかもしれませんが、お食事でもいかがですか?』
と。





探り合いをするような、
何だかドキドキするような、お遊びを求めているのであれば、わたしに連絡したのは、ハズレだ。




この、定型文的なやり取りや、
決められたお決まりの通過儀礼が嫌いだ。
ご都合うかがい、ご機嫌うかがいを何度しなければならないのだ。
この、会話の応酬に嬉々とするほど、
わたしは潤っていない。



つまりは、『君のしたいことはなんだ。』
それを聞きたいだけだ。




その連絡を1日放置して、ふと思った。

コイツ、わたしが今も独身フリーだと思って連絡してきたとしたら、
なんて、失礼極まりないのか。


わたしは世の男性陣には、相手がいると思って日々過ごしている。
だからそもそも昔に関わりがあった人に連絡を取ろうなんて思わない。


『いつかのあの人は、上手く幸せになっているんだろうなぁ。いいなぁ。』


その上で、
何も行動しない自分の体たらくさを……
嘆いたり
可愛がったり
憐れんだり
なぐさめたり
面白がったり
あきらめたり、

しているのだ……




コイツは、わたしが今も、
ぐちぐち
モヤモヤ
恋人探しでもして、それでも変わらない  何年を過ごしていると思っている




わたしが返信をしない理由

メッセージに、
意思がない
主体性がないのだ。


わたしの返信に、自分の行動を委ねているからだ。

『お久しぶりですね~、突然でびっくりしましたが、連絡をいただいて嬉しいです。』

と、わたしが返せば、

『本当ですね。折角なのでご飯に行きましょう』

と、相手はわたしを誘いやすくなる。
彼はそれを待っているのだろう。




女性側はたいてい、大人になればこの心理が分かる。誘導するかの一手が、こちらにゆだねられている。
最初から、この『ゆだねられる』やりとりをするのは正直ダルい。




誘えるように、誘導してほしい。
興味があるなら優しく返信してほしい。

甘えるな。

連絡する勇気があるなら、なぜもう一歩踏み出せないのか。
その、
判断しない
決定しない
責任を持ちたくない
失敗したくない

という 心の防衛と、想いの曖昧さ


結局、曖昧で、防衛している時点で、
この人は実のところ、何かを、わたしにしてほしい訳ではないのだ。



むしろ、この連絡から想像できる、
プライドの高さ  と   不安定さ、
配慮や思いやりのなさ、




そんな、人に興味はない。 
むしろ、こんなに考察されることになるとは思わなかっただろう。


面白い、思考のネタをありがとう。


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