「アクティブラーニング」と、どう付き合っていく?①

「一方的な講義=悪」は本当?

 「主体的に他者と対話し、協働する力を養う」という理念のもと、学習指導要領が改定され、アクティブラーニング(的学習)が称揚されるようになりました。関連書籍も多く出版され、授業実践も多くなされています。
その中ではICTとの連携を取りながら、「双方向型の授業」のスタイルが推奨され、その対立軸として「一方的な講義型授業」が設定されます。

 何かが新しくなるときに、旧来の概念の価値を下げ、新しいものの価値を保障するという手法は歴史のいたるところで使われています。明治政府が前近代の生活を否定したように、戦後社会が戦前社会を否定したように、古きを貶め、新しきを称揚するのは人間の常套手段です。

 講義調の授業は、知識注入、知識伝授の授業とも言い換えられる。生徒は授業の「主役」ではなく、教師の語りを聞く「聴衆」と化してしまうことが懸念される。反面、教師は教壇に立って自らが語る「主役」だと勘違いしてしまいかねない。(大滝一登『高校国語 新学習指導要領をふまえた授業づくり理論編』 明治書院)

 もちろん、一理ある言説である。生徒の思考を停滞させる授業はおそらくいろんな学校で展開されている(私もその中の一人だ)。ただ、「講義調の授業」は本当に「悪」としての側面しか持たないのか?

揺らぐ主体と客体

 たとえば、「本を読むこと」はどうだろう。
 本を読むことほど「一方的に知識を伝授されている瞬間」はない。読者は文章を読んで、そこに書いてあることを受け取る。しかし、読者がいかに本に語りかけても、本は書いてある文章以外の言葉を吐いたり、文章が読者の語りかけによって逐次変化するわけでもない。
 ただ、本を読むことを「受動的に知識が伝授されているだけ」と非難する人は少ないし(ショーペンハウエルは痛烈に批判している)、「読者になる」ことが大滝のいう「聴衆と化す」とマイナスで捉えられることは少ない。

 また、学習とは少し離れるが、観劇や音楽鑑賞、絵画鑑賞はどうだろうか。
 もちろん、舞台を観る人や音楽を聴く人は文字通り「聴衆」だ。ただ、こちらも「聴衆=受動的な客体」と認識する人は少ない。特に演劇に関しては「演じる者と聴衆」の関係の間にある「主体と客体」の関係は揺らぐことが多い。「演じる主体と演じられる客体」から「観る主体と観られる客体」と、その対立軸も多様に変化するのだ。

 このように「講義をしている教員=主体、講義を聴く生徒=客体」という公式がいつでも成り立つわけではない。「講義を聴く生徒=主体、講義を聴かれる客体=教員」という公式が成り立つこともありうるのだ。

他者による跳躍

 そして、読書や観劇もそうだが、その中では「他者によって新しい世界に飛ばされる」という体験をすることができる。自分が観たことのない世界、自分の力だけだけでは考えつくことのなかった言葉や思想、論理。それらを読書や観劇は見せてくれる。「講義調の授業」も同じことが言えるのではないだろうか。

 たとえば、歴史の授業でいえば、古代に起きた事象と現代社会がどう繋がっているのか、どのような共通点があって、どのような差異があるのか、と教科書には書いていない歴史の見方を教えてくれる。
 たとえば、小説の授業でいえば、テクスト論、作家論、作品論、カルチュアル・スタディーズ、様々な観点から一つの小説を解釈する術を教えてくれる。
 たとえば、数学の授業であれば、より簡潔で美しい解法を教えてくれる。

 そんな新しい視点や景色を提供してくれるのが「講義調の授業」の特徴であり、良い点なのではないか。そして、その多様な知識を生徒は「主体」として聴き、情報を捉え、新たな視点を獲得していく。話しているのは教員だけでも、受講している生徒の中には様々な内的ダイナミックスが生じているのだ。
 その視点の獲得があって初めて、アクティブラーニングで主体的に思考ができるのである。

 良質な講義型授業を生徒に提供し続けることは非常に難しい。綿密な教材研究や授業計画が求められ、生徒のニーズにも答えるバランス力も持たなければ、ただ生徒が取り残される授業が展開されてしまう。大滝も「高校の授業は平易な大学の講義ではない」と批判しているが、まさにその通りで、理論を振りかざすだけでは生徒はついてこない。そのバランスを見極めることは難しいということは留意しなければならない。

講義とALの和解を

 だからといって全ての教育が「講義調の授業」では生徒の主体性を伸ばすことはできない。大切なのは、講義型授業とアクティブラーニングの良いところを組み合わせて授業を展開していくということだ。 
 無用な二項対立は対立を生むだけで、より良い授業は生み出せない。「Aはだめで、Bの方がいい」という言説ではなく「Aのこの部分とBのこの部分を組み合わせて新しい価値を生み出そう」という発想をもって授業を展開していきたい。

 多分シリーズものになると思うのだけど、次の記事では去年度まで行ってきた「双方向型授業」「生徒中心の授業」についての実践をまとめたいと思う(やる気があれば)。

5.5 追記
たくさんの人に記事を読んでいただけているので、一応最終回の記事も貼っておきます。私が掲げているアクティブラーニングの最終目標みたいなことが書いてあるので、読んでみてください。


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神楽坂いづみ

教員をやったり子どもを養ったり趣味に没頭したりするアラサー男子。最近レディースの服を買い揃えることにはまっていて、もうどこに行こうとしているのかよくわかりまてん。

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