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ぼくのJ2ライフのはじまり(ジェフを応援し続ける理由)

これはジェフユナイテッド市原・千葉のアドベントカレンダー2021(https://adventar.org/calendars/6852)の記事です。

ジェフを愛する皆さま、こんにちは。今年はジェフ千葉にとってクラブ設立30周年、古河電工サッカー部創部75周年のメモリアルイヤーでした。

#ジェフと私の30年  というハッシュタグでSNSに投稿された他のサポーターの方々の思い出に触発されたので、(公式のSNSキャンペーン期間中には書けなかったのですが)僕も恥ずかしい昔の記憶を披露してみようと思います。

2008年の「奇跡」

2008年のスタートは最悪だった。

ジェフではなく、僕自身の話だ。

社会人としてのスタートを切ったばかりだった僕は、仕事の忙しさなどを言い訳にして、以前から付き合っていた彼女を大切にしなかった結果、向こうから別れを告げられた。そこから相手を翻意させようと、あの手この手を使って必死に説得を試みたが、失敗に終わった。

今こうして振り返るとしょうもない話なのだが、当時の自分にとっては大ショックで、その後は、しばらく何をしても楽しく感じることができなくなってしまった。今考えると少し病的だが、当時は何をしても別れた彼女を思い出して辛くなってしまうので、ただひたすら仕事に打ち込むようにしていた。(そのおかげで、会社では、深夜も土日も嫌がらず働く兵隊という、ありがたくない評価を頂戴した。)

そんな状態の中でも、1つだけ、引き続き気になるチームがあった。ジェフ千葉である。その年のジェフは、オフの主力の大量流出もあり、開幕から11戦勝ちなし(2分9敗)と最悪のスタートを切って、J2降格最有力候補と目されていた。

応援するチームと自分自身を重ね合わせるのは、スポーツファンの「あるある」だと思うが、僕もどん底の精神状態の自分と当時のジェフを勝手に重ね合わて、試合結果を熱心に追うようになっていった。

2008年のジェフは、開幕から11戦勝ちなし(2分9敗)と最悪のスタートを切るも、5月に監督が交代してからは少しずつ調子を上げ、9月から10月にかけては5連勝を達成するなど、残留の可能性も見える状況になってきた。しかし、そこから5戦勝ちなし(2分3敗)と再びつまずき、降格圏内の17位で最終節を迎えた。

最終節では、対戦相手のFC東京に2点を先制されるも、後半25分を過ぎてから4点を連取し、4-2で逆転勝利。他会場の結果も味方して、土壇場で自動残留圏内の15位でフィニッシュした。かの有名な「奇跡の残留」だ。

ジェフと自分を重ね合わせて「いける」「やっぱりダメかもしれない」と一喜一憂していた僕は、この結果にすごく勇気をもらった。少し大げさかもしれないけど、「諦めずに努力を続ければ、夢は叶う」ということを、巻をはじめとする当時のジェフの選手たちから学ばせてもらった気がして、自分も頑張ろうと強く思ったのを今でも覚えている。

余談だが、クラブ設立30周年記念の対談で、勇人と羽生と深井が、土壇場で残留したことを美談にしてはいけなかったという趣旨のことを話していた。それはその通りだと思う。でも、当時の自分はこの「奇跡」に感動し、救われた気がした。

2009年の「誓い」

こうして「奇跡の残留」に大いに勇気づけられたわけだが、実は、僕はこの試合を現地はおろか、リアルタイムでも見ていない。

当時はスカパーがJリーグの全試合を放映していたが、まだそこまで熱心なサポーターではなかった僕はスカパーに加入していなかった。そこで、翌年からスカパーに加入してジェフの全試合を見ようと決めた。これが1つ目の誓い。

2つ目の誓いは、ジェフのJ2降格が決まった11月8日。すっかりジェフの応援にのめり込んだ僕は、その日ハットトリックを決めたレナチーニョが「崖の上のポニョ」を歌う声が響く等々力陸上競技場のゴール裏にいた。

謝罪するようにゴール裏に頭を下げるジェフの選手たちを見ながら、僕は1年前にジェフに勇気をもらったので、今度はジェフがJ1に昇格するまで応援し続けよう、J1昇格決定の瞬間も必ず現地で見届けようと心に誓った。(今考えれば、やめておいた方が良かったかもしれないが…)

そしてJ2沼へ

それから12年が経った。昇格まであと一歩だった年もあるが、ジェフはずっとJ2のままだ。

その間に、僕は結婚して子供もできた。生活の状況は変化したが、今でもジェフの試合だけは見続けている。

2009年当時にジェフに所属していた選手は、もう米倉1人しか残っていない。元々、赤の他人の試合だ。無理して見続ける必要はないし、自分の趣味や仕事を優先して、大事な人を大切にしないという以前と同じ過ちを繰り返してはいけないという思いもある。

それでもジェフを応援し続けている理由は、1つだけではないし、「好きだから」のひと言に尽きるのかもしれないけれど、やはり2008年の落ち込んでいた時期に勇気づけられたことは大きいと思う。もしあれがなければ、別れた彼女と復縁して結婚することもなかったかもしれない。

今年は図らずも京都サンガの12年ぶりのJ1昇格の瞬間を目の前で見せられることになってしまった。ただ、ジェフも今年の終盤は13戦無敗(8勝5分)と調子が良く、尹晶煥監督の3年目となる続投も決まった。

来年こそはジェフの昇格が見られるだろうか。そのとき、どのような感情が待っているのだろうか。少なくともそれを知るまでは、ジェフの応援をやめられそうにない。

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