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自家製麺、秘伝の醤油、極上野菜の名門「細田ラーメン」ただし、ダシを入れ忘れた。「竜とそばかすの姫」感想

悶々とした思いを心に抱えたまま、夕方の町を自転車で進んでいた時にふと思いついたこのタイトル。決してしばらくの睡眠不足続きでぶっ壊れたテンションで書いているわけではなく、エンドロール後に残ったモヤモヤをどうにか言語化したくて頭を捻った結果の産物だ。

そんなわけで、僕は先日「竜とそばかすの姫」を劇場に観にいった。「サマーウォーズ」「時をかける少女」などの人気作を生み出した細田監督の最新作として話題となっていた本作だが、しかし実のところ、僕は細田監督作品にそこまで興味がなく、これまで一度も作品を観たことがなかった。予告映像やキービジュアルには非常に惹かれるものがあったが、はじめは観に行くかどうか迷っていた。
そんな折、僕は友人にこの映画を見に行かないかと誘われた。この一押しがなければ、火力発電の燃焼炉に八つ当たりをしたくなるような夏の暑さに負けて、見に行かないまま終わっていただろう。

かくして、僕は初めて劇場で細田作品を見た。先に金曜ロードショーで放映されたサマーウォーズしか見ていなかったが、本作が面白ければ、この夏休みは過去作を観て時間を潰すのも悪くない、そんなことを考えていた。
結果はといえば、僕はなんとも言えない悶々としたものを抱えて劇場を後にすることとなった。この映画を1人で観に行かなかったのは我ながら英断だと思う。帰り際に感想を言い合うことができなかったら、煙のようにふわふわとまとまりのない感想にしかならなかっただろう。

※以下、ネタバレを含みます

本作は、自らの神経をデバイスと接続することで、インターネット上の仮想世界「U」の中で、もう1人の自分を生きる1人の少女「すず」を描いている。高い歌唱能力を持ちながら、現実世界では歌えなかったすずは、Uの世界にもう1人の自分「ベル」として飛び込む。Uの世界では歌えた彼女は、友人の弘香(ヒロちゃん)の助けの元、ぐんぐんとその人気を伸ばしていく。
と、ストーリーだけを見れば非常に王道的な内容である。しかし本作はその王道の導入とは裏腹に、異様とも言うべき点が序盤から押し出されてくる。

1つはUの世界でのベルによる歌唱シーンだ。これは序盤に限る話ではないが、本作はとにかくこのシーンのレベルが非常に高い。魅了される独特で高いセンスの歌と、それに見劣りしない、レベルが非常に高く美しい歌声はもちろんのこと、それを彩る映像の演出レベルが非常に高い。アニメ調でありながらも美しさが凄まじく、細部へのこだわりも感じる映像と、カメラワークやギミックを駆使した演出、これらが一体化した歌唱シーンは、映画館という空間によってさらにその質が向上し、観る人皆の心を奪う素晴らしいものだった。家のテレビで見ては味わえない、映画館で見てこその迫力は、それだけで観にきてよかったと思わせるほどのそれだ。あれほどまでのクオリティを見せられると、もはや異様とまで言えてくる、それほどのものだった。
そして、そんな美しいシーンと対をなすようにあるもう1つの要素、それはかなり生々しく描かれる、インターネットの闇の部分だ。

すずは幼少のころ、事故で母親を失う。増水した川の中州に取り残された子供を助けに行き、そのまま流されてしまった。

そのシーンの直後、誰しもがYahoo!ニュースのコメント欄とわかる画像が出てきて、母親の行動を批判する匿名の投稿が大量に映され、読み上げられる。
さらに、すずがベルとしてデビューした直後は、ファンが一定数ついてくるのと比例するように、中傷的なコメントが浴びせられる。これはだんだんと弱まっていくのだが、それと同時に増えたのが、ベルの前に人気だったペギースーへの、曰く「古い」といった中傷だ。

誇れることではないが、僕は幼少のころからインターネットに人生の多くを費やしていた。その身としては、こういうシーンはある種見慣れたとも言えるそれだ。しかし、このようないわゆるネットの闇部分が、映画館で全国公開されるフィクション作品の中で描かれるのは珍しい。まして有名な細田監督の作品だ。
監督の代表作「サマーウォーズ」でも、本作と同じく近未来的なインターネット社会が描かれていた。公開された2009年と言えば、ようやっと携帯電話で日本語版Twitterが見られるようになったころ。初代iPhoneの発表から1年程度しか経っていないころだ。そんな時代に公開された本作の先見性は目を見張るものがあるが、一方でそれは、一人一人のユーザーが、その匿名性を盾にマナーの悪い行動に走る、というものではなかった。

この十数年でのインターネットの進化はめざましいものがある。そんな中で本作は、近未来的な肉体と精神を飛び込ませる仮想世界と、現在のインターネットに蔓延る人の悪しき行動の2つを組み合わせて「U」の世界を描いていた。

さて、そうもすれば本作は、美しく魅力的な第二の世界Uを通して、現代社会に顕在化しだした、インターネットは如何に在るべきかという問題を問いかけていく作品になる・・・と、思っていた。
正しく言えば、確かにその問いの投げかけは行われてはいた。だが問題は、その問いが投げられたまま、特に回収されずに終わってしまったことにある。

他の方のレビューにもある通り、本作は脚本に難ありの作品である。「作品の登場人物が何を考えているのか」「この作品は何を伝えたいのか」脚本において重要なこの2点が、終始パッとしないまま話が展開されていくのだ。

なお、ここからは単に僕が理解力不足であるせいで作品に込められたメッセージを読み解けていないだけ、という可能性があることを前提として読んでいただきたい。
本作のキーパーソンである「竜」は、Uの世界で無法に暴れまわる、いわば「荒らし」のような存在として序盤は描かれる。桝太一アナウンサーの特別出演も印象的なベルの大規模ライブに侵入してきて(最も、状況的には追われて逃げ込んできたというのが正しいのだが)ライブを台無しにしてしまう。そんな竜の正体を探るのが本作のストーリーとなっていくわけだが、確かに作品の最後でその正体、そしてその強さの秘密などは明らかにされる。しかし、「なぜ暴れていたのか」という点について、ほぼ触れられずに終わってしまうのだ。
彼が他のユーザーに比べてその戦闘力が抜きん出て高い理由は、十分な説得力とともに示されるのだが、ではなぜその力を荒らし行為のような形で振るってしまうのか、そこを明らかにしない限り、この話が収まることはないように思える。だが結局それを回収することはなく、かなり強引に話を解決に向かわせてしまった。いや、そもそもあれで本当に解決したと言えるのだろうか?という終わり方になってしまっていたのだ。

このように、本作ではキーパーソンがなぜそのような行動を起こすのか、なぜそのような言動をするのかがよくわからないというシーンが多い。なぜ竜は暴れたのか?なぜすずはUの世界では歌えたのか?なぜそうも竜の正体を知りたがるのか?なぜベルはそうも竜に惹かれるのか?理由がわかるようなわからないような、そんなままで話がどんどん進んでいき、視聴者が置いてけぼりにされているような感覚があった。

また、本作のテーマの一つはインターネットの匿名性だ。先に書いた匿名性故起こる無責任な誹謗中傷に加え、竜を追いかける自警集団「ジャスティス」のリーダーは、「アンベイル」と呼ばれる、U内部での姿を生成されたアバターから本来の姿に変えることができる武器を持っている。彼はこの武器を用い、竜の正体を白日の下にすることで、竜をUから追い出そうとする。
また、ベルは終盤、自らのアバターの姿と匿名性を捨て、顔にそばかすがある田舎の女子学生の姿をUの中で晒して歌うことで竜に呼びかけようとする。
匿名性とはすなわち秘密である。そのことを考えると、序盤で竜の正体ではないかと疑われたアーティストと野球選手が、中盤で自らの秘密を明かしたのもまた、自らの匿名性を捨てたという行為であったともいえるだろう。
そうしてインターネットと、その匿名性の在り方をテーマとしたのはいい・・・のだが、それをテーマとしたのであれば、作品で何らかの答えを出さなければならないだろう。しかし、結局本作では、それが示されることがなく終わってしまった。
強いて言うならば、最後にすずが自らの匿名性を捨てたのは、匿名では駄目だ、自らの正体を晒さないと、伝わらないことがある、というメッセージの表れかもしれない。だが、これはどうも説得力に欠けるように思えるのだ。人間だれしも一つぐらいは、秘密にしたい、知られたくないことがあるだろう。それを晒すことは、確かに時に人を繋ぐこともあるかもしれないが、秘密のままであったほうが良いこともある。そもそもインターネットはその匿名性故に発展したことは否定できない事実だ。もしnoteの記事やTwitterの投稿が匿名でできなければ、恐らく僕はこれらのサービスを使うことはなかっただろう。その上で匿名性を批判するならば、もっと作中の展開で説得力を持たせてほしいと感じる。

タイトルの件に戻れば、結局、本作にはダシが無かったのだ。味にこだわる必要はなく、市販のレトルト品でいいから、当たり障りない程度のものを入れてくれれば、全く問題はなかっただろう。
とは言え、細田監督がこのインターネットの問題を、自らの作品を通して訴えたかった、という思いは伝わってきた。なればこそこれをフィクションで取り上げるのは時期尚早であったのではないかとも思う。この問題の議論は各所で行われているが、まだ発展途上の段階だろう。ドキュメンタリーとしてその問題を報じるならともかく、ある一つの「答え」を出すことは、現状では誰にとってもハードルが高かったのではないだろうか。

さて、何かと脚本面に色々と言う記事になってしまったが、僕は本作を見たことを一切後悔していない。劇場の大スクリーンでの映像体験は一生心に残るほどのものであったし、それだけでも僕の数千円と120分を使うだけの価値は十分にあった。ネタバレ記事だったのでここまで読んでいただいた方は既に劇場でご覧になっているのだろうが、もしそうでないという方がいれば、ぜひ日程を調整して劇場に足を運んでいただきたい作品であった。

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