おはなし:コーヒーカップと不思議な実【前編】

『今年に限って勢いよく実るじゃないか。

 ありがたいけど、こんなに実ってくれても食べきれる気がしないよ。

 一体、わたしに何歳まで生きろというんだ(笑)

なあ?』


そう、晴れ渡った空に向かってひとりごちて、ふう、と一息ついた。息が吐き出されるのと共に、自分の顔がおだやかに緩むのを感じる。

あいかわらず自分は、君と共に暮らしをしているんだな。

ふと言葉になる前のイメージが頭のどこかに生まれた。すると、心のまんなかにふうわり暖かい空気が吹き込んでくる。その後、イメージは言葉になってさらにわたしを心強く幸せな気分にさせた。

そして、浮かび上がってくる汗の匂い。今まで歩くことに集中して、内に引きこもっていた意識がゆっくりと外界と接続される。周りの景色まで意識が拡張され、風景が現れ出す。

それにしてもこの一本道は何にもないな。改めて、空の青と草原の緑と足元の細かい灰色の砂利を眺めて広さを感じた。外はまだ寒いというのに、自分はじんわり汗ばんでいるようだ。温まっている自分とひんやりとした外の空気の境界線にある膜のようなものを感覚が捉えた。

こんなにたくさん収穫できるのなら、ちゃんとカゴを持ってくればよかったか。まあ、仕方ない。最初は散歩のつもりで外に出ただけなのだから。そしたら、あの庭園の事が気になって、行ってしまったのだから。

うん、仕方ない。そして、この寒い空の下に豊かに実ったこの子達を見つけたら、心の底から嬉しさが湧き出してしまって、このままここに置いておくのはかわいそうだ、ダメにならないようにしないと、と、半ば使命感のようなものに取り憑かれて、嬉しさと守ってあげたい気持ちが先行して夢中で全部刈り取って、気がついたら今だ。

広大な風景の中に両手いっぱいの枝を抱きしめて、よろよろと家に帰る老人がひとり。モネだかマネに書いてもらったらなかなかいい作品に仕上がりそうな(いや少し滑稽すぎるか)そんな風景が出来上がってしまった。

実だけとってくればよかったかな。玄関に何本か枝ごと飾ったら良さそうだなんて考えて、根元から全部刈り取ったのが失敗だったか。とはいえ、今ここでしゃがみこんで実だけとっても、残った枝は・・・どこに置くんだ。この何にもない道に置き去りにするのも気がひける。

そんな反省を1人巡らせて、立ち止まっていたら、また体が冷えはじめてきてしまった。はじめてしまったことは仕方がない。あと15分もすれば家につく。この新年最初の小さな失敗を携えて、家に着いたら風呂を沸かして、豪勢に休息しよう。そうだ、それがいい。

すすめ、自分。歩みを開始するのだ。

少しばかりのやってしまったな感を感じながら、また、ふうと微笑みがこぼれ、歩き始めた。

もし君がいたら、帰った途端「だから言ったじゃない」と責める気持ちを沈めながら優しい声でそう言われて、その笑顔に誘われるまま「お茶でもいかが?」と何事もなかったように自分は癒されてしまうのだろうなとまた温かい想像の世界に意識を移行しながらテクテクと歩く。

すると、ベンチに座る人が見えてきた。あそこはバス停だったか。正月のこんな時間にもバスは通るのかと小さく考えが生まれながら、なんだかその人の事が気になって引き寄せられるように歩みを進めた。

近くまで来ると、その人もこちらに気がついたようで顔を上げ、『こんにちは』と飾り気のない笑顔でやわらかく発声した。

つられて自分も話し出す。

「こんにちは。バス、やってるんですね。」

『たぶん・・・、来るはずなんですけどね(笑)iPhoneの充電切れちゃってわかんなくて。1時間待って来なかったら次の対策を練らなきゃと思っていたところなんです。』

その人は、自分からちょっと視線をずらして、くしゃっとした笑顔でそう言った。まるで先ほどの自分のようだ。新年早々、やってしまった感を感じている同士のように感じられて親近感がわいた。

『なんですか?それ。大荷物。』

両手いっぱいの枝を抱え、その脇からその人を見る自分をみて、その人はそう言った。

「ああ、これね。この辺では長寿の実って言われていて、5年に1回なるかならないかの縁起のいい不思議な木の実なんだよ。しかも、なるタイミングは三が日の間だけっていうね。今年はどうかな?なんて思って見に行ったらわんさか生えてて、嬉しくなって欲張った結果が今、というわけ(笑)」

その話だけでその人は、今、なぜこんな大量の枝を両手いっぱいに抱えて1人で歩いているかの背景も、その結果今どんな心地の中にいるかも察したらしく、声にならない笑い声と共に、『新年早々いいハプニングですね』と返してくれた。

『どこまで運ぶんですか?手伝いましょうか?

 バス、来るかどうかよくわかんないし。』

そう申し出てもらって、それもありかなという選択肢も去来したが、この人を家に招いて、お茶を淹れて居間で語らうイメージを瞬間で想像して、いや、なんだか今日はひとりで(いや正確には君と2人で)静かな1日を過ごしたい気持ちが優るなあと思い、

「いや、大丈夫。ありがとうね。」と返した。

その人も、笑顔で首だけこくんと前に倒して、こちらの心の中で起きた選択を尊重してくれたようだ。

それでは、と立ち去ろうとしたが、まだその場には少しばかりの引力が発生していてこのシーンが終わるイメージが湧かなかった。

「もう少し話していくのはいかが?」と場に誘われた。

その人も同じ引力を感じているようで、次は何の話をしますか?という顔をして、こっちを向いたまま時を待っていた。

「ちょっと、隣座ってもいいかい?」

そう告げると、ベンチの横に置いてあった大きめのカバンをよいせ、と下におろし、少しばかり端に腰を移動させてその人はこちらにふいっと眼差しを向けた。

きっとこのシーンはあらかた決まっていた流れなんだろう。お互い何の疑問もなくことは自然に運ばれていく。

その人の行動と視線の返答がわりに、ありがとう、という眼差しを返して、かすかな会釈と共に、その人の横に座った。

(後編に続く)


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広大な仮想空間の中でこんにちは。サポートもらった分また実験して新しい景色を作ります。

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