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パラレルキャリア -大切なこと-

晴れて?“国際イメージコンサルタント“ と名乗る様になったアタクシ。^_^;実態はサラリーマンが99%なのだが、1%に身を置いている時間が楽しい。パーソナルカラーの講座に復習参加し、色々な方の診断をさせて貰ったり、当時の師匠のサポートで政治家やエグゼクティブのコンサルティングを手伝ったり、はたまた仲間と一緒に新しいサービスを企画(妄想?)したりと。いつもよりちょっとだけ華やかな装いで、華やかな人達と過ごす空間は自分にとって凄く居心地の良いものだった。また、コンサルタントとしての嗜み?としてほんの少しかじった茶道や香道といった日本文化の世界もとても新鮮で、いつもワクワクしていた。

そんな中、2010年に私は会社で初めて小さな異動を経験することになる。同じ流通業を担当する本部内ではあったが、新人の頃から長く親しんだ繊維アパレル、大好きなファッション業界の担当から、総合商社を担当する部署に動いたのだ。当時は、出来ることならこのままファッション担当営業としてキャリアアップしたいと思っていて、若干残念な気持ちもあったが、サラリーマンとしては致し方なし。新しい部で心機一転やるか!と、切り替えにはそう時間が掛からなかった。

あっ、思い出した。。初めての異動と言ったが、それ以前に一度だけ、転勤の打診を断ったことがある。ちょうどイメージコンサルティングについて学びだしたタイミングだったからだ。行き先は四国高松。昇進含みの転勤だったが、その時はあまり迷うこともなかった。それより最近になって、唯一あった地方都市勤務のチャンスを逃したことを少し後悔したり、あの時転勤していたらどうなっていたのか・・などと思うことがある。うどん大好物だし。

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異動してみて思ったこと。それはやはり、色々な経験はした方が良いということだった。お客様は勿論のこと、社内の人間関係も一から作るといった感じに近かったが、それでも日本を代表するような巨大企業グループを担当すること、これまでとは違ったスケールの大きな商談を進めることは楽しかったし、やりがいもあった。アジア、メキシコ、イギリスなど色々な国への出張もあったし、丁度その頃、半年ほどの長い研修に参加させて貰う機会も得て、社内人脈も拡がった。決してもう若くは無かったが、それでも、新しい経験をすることは自分の成長、というより、自分が変わっていくためにとても大切だし、何より純粋に楽しい。大好きな洋服を扱うファッション業界ではあったが、この会社で営業を続けるのに以前の部署に戻りたいという気持ちはいつしか消えていった。

それでも勿論、営業の仕事はしんどいことも多く、当時はまだ良く上司部下と一緒に徹夜やそれに近い働き方をしていた。終電で帰ってシャワー浴びて始発で出社するとか。。タクシーも良く使ったし。。^_^; 今では考えられないワークスタイル。海外商談も多く担当したので、夜遅くや早朝の電話会議を頻繁にしていたことも関係している。時には、普段比較的穏やかな私が、約束を守らない現法の “おっさん” を怒鳴りつけ、近くの席の人が驚いて声を掛けてくるようなこともあった。今ではとても懐かしいけれど・・。

そんな肉体的にも精神的にもしんどい時、ある意味救いにもなったのがパラレルキャリアとしての活動だったように思う。家族の支えは常にあったが、会社とは全く別の世界、することも一緒にいる人も全く違う世界を持てていたことは、ストレスをコントロールする上でとても効果があった。会社の仕事で追い込まれ、危うく参加出来ないかも知れないと思った集まりに何とか合流したことで随分心が軽くなった、そんな場面の幾つかは今も時折フッと頭に浮かんだりする。

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その頃からだろうか。自分にとって大切なことは何か。どうしたいのか、どんな風に生きたのか。そんなことを考えるようになったのは。元来チョ~脳天気で深く考えることが苦手(嫌い?)な私は、若い頃なんて殆ど真面目に自分のことを考える・自分に問いかけるようなことって無かった。それが40歳を過ぎ、知らなかった世界・人と出会い、会社での環境や仕事上の経験も様々することで、ようやく自分と向き合う(内省ってヤツか?)ようになったのだ。

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2012年にはハワイのカンファレンスに参加した。(この時も確か友人の結婚式と言って休んだような・・ ^_^; )この先どんな風に生きたいのか、誰とどんな仕事をしたいのか。普段と違う環境に身を置くと、よりそんなコトを考えるようになり、それから暫くして、私はキャリアチェンジを決断することになる。

あ~、世界には本当に様々な人がいるのだ。Native Camp. 頑張らないと!!

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