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羊蹄山を望んで、強風の中、旭が丘を歩く

 スキーのメッカ“ニセコ”は、そのスケールの大きさ、コースのバリエーション、雪質と、どれをとっても申しぶんないが、正面に羊蹄山を見て滑る爽快さが特に素晴らしい。ニセコアンヌプリ山の南東斜面に広がるひらふ・東山・アンヌプリの各ゲレンデは上部でつながっており、天候が良いときには互いに行き来できる。何日いても飽きることがない。
 今シーズン限りでアルペンスキーはやめようかと思っている。愛用している“OLIN”の板もそろそろくたびれてきたし、ブーツも買い替える時期に来ている。ちょうど良い機会だから、新しいのを買わずにクロスカントリーとテレマークに専念しようというのだ。でも、旧友から「久しぶりに北海道へ行かないか」とか、ひょっとして「オートルートはどうだ」などという電話でもあれば、誘惑にはとても勝てそうもないので、公言はしない。煙草をやめたときのように、こっそりやめようと思う。それで、「最後の一服」という訳で、息子を連れてニセコに行くことにした。私の内心を知らない息子はお喜び。そろそろ桜の便りも聞けそうな春の日、冬支度で小松空港から旅立った。
 ニセコで2泊、札幌で1泊の予定だが、安く上げるためにニセコはひらふに宿をとった。1日目はひらふで滑ったが、雪が降り始めたのでナイターも早々に引き揚げた。3月も終わりだというのに寒いこと、寒いこと。2日目は連絡バスで東山へ。ひらふは4回目、アンヌプリでも1回滑ったが、東山は初めてだ。昨夜の雪が積もっていて、絶好のコンディション。それに、日曜だというのにあまり混んでいない。斜度もちょうど良い(ウェーデルンができない息子にはちょっときつそうだったが)。大満足で宿に戻った。
 翌日は午後のバスで札幌に向かうので、それまでひらふで滑る予定だったが、息子がクロスカントリーをやろうという。普通なら一も二もなく賛成するのだが、今回は違う。最後なのだから、嫌になるくらいアルペンをやりたいのだ。しかし息子は承知してくれない。本心を告白するわけにも行かず、倶知安に“旭が丘コース”というのがあり、スキーも役場で貸してくれると本に書いてあったことを、しぶしぶながら白状した。
 朝食もそこそこに、バスで倶知安の町に出た。バス停から少し歩いて体育館へ行き、クロスカントリーのスキーを借りたいというと、申込書に住所・氏名を記入してくれという。氏名を書き、住所を書こうとすると、住所欄にはすでに倶知安町と印刷してある。「あのう、住所は倶知安ではないんですが」と言うと、中年の女性の職員が「倶知安町民でないとお貸しできないんですよ」と申し訳なさそうに言って、われわれ親子を改めて見た。いかにも残念そうなわれわれを見て、その職員は奥の男子の職員のところへ行って何やら相談した後、戻ってきて、「今日中に返していただけるならお貸ししましょう」と言ってくれた。「昼過ぎにはお返しします」と答えると、中に通してくれて男性職員が板と靴を一緒に選んでくれた。だいぶ使い古された感じだが、むろん不平を言える義理ではない。ありがたく拝借して旭が丘に向かう。1キロ少々歩いただろうか、ニセコワイススキー場への道を右に折れると、旭が丘公園があり、クロスカントリースキーコースの案内図が立っていた。本には3キロ・5キロ・10キロの3コースがあると書いてあったはずだが、3キロと5キロのコースしかない。まあ良いかと、グランド脇のクラブハウスのかげで靴を履き換え、早速歩き出す。グランドを半周するように回ってから、山道を登る。ときどき開脚登坂や階段登坂を交えてしばらく登ると、3キロコースと5キロコースの分岐点に着く。3キロコースはそのまま登るが、5キロコースは左に折れて下り、広い平坦地に出る。吹きさらしの雪原では、朝からの風がますます強くなったように感じる。アルパカの鍔広の帽子が飛ばされそうだ。倶知安の町の向こうに羊蹄山が姿を見せている。頭には雪の綿帽子をかぶって、白無垢の花嫁のようだ。
 平地をぐるっと回って、再び丘を登る。登りきったところで、均された少し広い道のようなところに出た。そしてその向こうには小規模なゲレンデが広がっていた。旭が丘スキー場だ。しかし、滑っている人は誰もいない。晴れていても、平日ではローカルの小さなスキー場には来る人もいないのだろう。
 クロスカントリーコースはゲレンデに出ず、この道を少し下ってから分かれて緩い登りになる。この小さな丘は町を見おろす墓地らしい。そこからは麓までまっすぐな下りになっている。こういう場所ではノーエッジのスキーは止まるには転ぶしかないので、スピードが出すぎないようにストックを股に挟んで腰を下ろすように体重をかける。体重のかけ方でスピードがコントロールできる。そしてプルークボーゲンで方向を変えることもできる。前方に羊蹄山を見ながらゆっくり滑るのは実に快適。やっぱり来て良かったと思った。
 スキーセットを返して、倶知安駅前で遅い昼食を食べて、バスでニセコへ帰ると、何だか少し様子がおかしい。リフトの乗り場の掲示を見ると、強風のため一番下のリフトしか動いていない。もちろんゴンドラも。「やった、大正解っ」という息子に賛成。「今夜はビール園に連れてってよ。今まで何回か北海道に来たけど、未成年だったから一度も行ったことがないんだ」と言うので、二つ返事でオーケー。そこでの乾杯を約束した。

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