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鬼についての考察:節分と雑煮の起源

鬼について考えている 

 鬼や桃太郎伝説を巡る考察をしたいと考えているが、考えるほどに、あちこちにテーマが広がってしまう。

 また、いろいろ調べ、考えるほどに、鬼や神話について、いかに無知かに気づかされる。

 よって、大系だったものではないが、その都度、鬼をめぐる考察や情報を書いていきたいと思う。

私のスタンス

 鬼のテーマに限らず、私は意図的にフェイクニュースを流すことはしない。

 勘違いや調査不足による不正確な情報を出すことはままあるが(後で気づく)、基本的には、真実だと思われることか、自分でやってみて確かだとわかったことを書くようにしている。

 そもそも、自分自身としても、明らかに嘘とわかることを書いていても、全く気持ちのいいものではない。

節分の起源

 さて、節分と雑煮の起源は、ご存知の方はおられるだろうが、私は最近、初めて知って、とても驚いた。

 「都市伝説の裏の裏」というyoutubeチャンネルの2021/02/01(月)にアップされた「緊急生放送!節分SP!呪詛を解き放て!日本の守護神は鬼だった!?」で、これらの起源を知った。

 以下は、番組内でクロ戌氏が話されていたことのメモである。

 1985年8月12日、群馬県多野郡上野村にある高天原山の尾根(通称御巣鷹の尾根)に日本航空123便が墜落した事故があった。

 番組では、この事故の詳細について述べられると共に、高天原山に伝わるいくつかの伝承が紹介された。

 節分と雑煮の起源について述べるのが趣旨なので、事故の詳細には触れない。

 高天原山にあったいくつかの伝承は、太古にあった「天の岩戸閉め」を伝えたものだという。

 「古事記、日本書紀でも、天地創造の神代七代における大地の神とされている、人類共通の御祖とも言える国之常立命。その大恩ある神様に対して、反逆し、天の岩戸に閉じこめて、そして、注連縄を張り、さらに引退を決められたこの神様に対して、「炒り豆に花が咲く頃に出てこい」と言って、去ってゆかれる神様の背中に豆を投げつけて、呪詛をかけたのです。」

 炒り豆には花が咲かない。

 「炒り豆に花が咲く頃に出てこい」とは、「二度と永遠に出て来るな。天の岩戸から」という意味の呪詛である。

 それが日本では、今日までの節分の豆まきという風習となって、続いてきている。

 この話を知った時、絶句した。

 我々の多くは、起源を知らないまま、毎年、節分に、我々の先祖に対する呪詛を言い続けていることになる。

 これを、おそらく何千年、何万年とくり返してきたのではないか。

 また、この伝承を聞きながら、天照大神の「天の岩戸開き」も、再考が必要ではないかと、感じた。

雑煮の起源

 豆まきの起源に続けて、雑煮の起源が、述べられた。

 「戦いに勝った邪神、福の神たちは、政権交代に大喜びして、酒盛りを始めます。

  日本の守護神であるその龍体を切り刻み、その臓腑を煮て食べたところから、「お雑煮」が始まっている。

   また、柊のトゲで、神様の龍体の目を串刺しにして、イワシのように柊を刺して、門前に飾る風習もそこから来ている。」

 もしかすると、「お雑煮」は、元々、「お臓煮」と表記したのかもしれない。

 何とも、グロテスクな起源に、嘔吐を覚えるようだった。
 
 こうした壮大な陰謀を仕掛けた邪神福の神は、「鬼は外、福は内」と無邪気に言い、また旨そうに雑煮を食べる我々を見て、あざ笑っていただろうと思うと、強い憤りを感じたものである。

 これは、DS(Deep State)による洗脳によって、互いに争い合い、添加物塗れのものを食べ物と思い、嘘の情報を本当と思い込んで、生を営む人類と、それを見て、あざ笑っているDSとも重なることかもしれない。

 このことからも、真実を知らないことが、いかに自分や周りの人々、神様にとって害になるかを表わしてないだろうか。

出雲の国譲りは、国奪い?

 「鬼は外、福は内」の真実として、番組ではこんなことも紹介されていた。

 「その昔、大倭(表記が間違っているかも)、この日本の国を治めていたのは、『決して争いをしない』と誓ったまさに「和をもって尊しとなす」、そんな一族でした。

  アシア族であり、武士(もののふ)の一族。

  そこへ南の方からやってきた一族が、『この島を俺たちに譲れ。さもなければ、血を見ることになるぞ』と脅しました。話し合いで収まるような相手でもなく、この大倭、日本の国を治めていた一族は、政権交代を受け入れました。

  相手の血も、自分たちの血も流すことない決断、それしか、なかったんだ。

  これが「出雲の国譲り」になる。

  そして、「ただいつの日か、この国をもう一度、私たちに返してくれるように」と、頼みました。

  南からやってきた一族は、それを承諾しました。

  「そして、それはいつになったら返してくれるのか」

  そう問うと、

  「炒り豆から芽が出た時だ」と答えました。

  炒った豆から芽が出るはずもないのに。

  それから元々、この国を治めていた一族は、日の陰、山の陰、森の奥へと追いやられ、いつの間にか彼らは、「鬼」と呼ばれるようになったのです。

なぜ節分に豆まきを行うか

  なぜ節目の節分に行うかというと、新しい節目には流れが変わりやすいからと、言われていますよね。

  よって、「流れが変わらないように」と、その日に、福の神たちは鬼を追い出すのです。

  そういったことを知っている鬼にまつわる一族や地域は、まだまだ現存していて、この時期になると、

  「鬼は内、福も内、悪魔外」と言うんです。」

 これが本当であれば、「出雲の国譲り」は美談ではなく、実質的には「出雲の国奪い」ということになる。

岡山の温羅伝説

 これに似た話を思い出した。

 昨年、友人たちと、岡山の神社を巡る旅をした。

 その際、吉備津彦神社に立ち寄った。

 桃太郎伝説のモデルとなった大吉備津彦命を祀る神社である。

 吉備津彦が戦った鬼ノ城の温羅(うら)は、古代吉備地方の統治者であった。

 温羅伝説では、温羅は明らかに悪者に描かれているが、桃太郎伝説で、鬼が一方的にジェノサイドされること、また「鬼は悪い奴をやっつける存在」という定義があることを考えると、これをそのまま受け入れるのは、危険であると思われる。

 おそらく、温羅は良い統治者であったが、都から来た吉備津彦が侵略に来たのだろう。

 それを、「実は温羅は悪い領主だった」というフェイクニュースを、物語の形にして、流布させたのではないか、そんな想像をしてしまう。

 「歴史は勝者が作る」の倣いの通り、勝った吉備津彦にとって都合のいい話が作られたことは、充分、あり得ると思う。

 しかし、現時点では、資料がないので、憶測の域を出ない。

 資料でもWebサイトでも、何か、ご存知の方がいたら、教えていただけると幸いである。

 ただ、岡山辺りの鬼の伝承については、じっくり調べてみるのはいいかもしれないと、思い始めている。

 実は、去年、初めて岡山に行ったのだが、父方の、元々の故郷が岡山らしいのである。

 鬼というテーマがやってきたのもご縁、これを深めてみるのもいいかもしれない。

ただ真実が知りたい

 私は研究者ではないので、研究発表がしたいのではない。

 鬼の件もそうだが、とにかく真実が知りたい、その一心である。

 昔からそうだった。

 私が教えられてきた地球の歴史、世界史、日本史には、かなりの部分、嘘であると、最近、強く感じる。
 
 地層とか地震の痕とか、海面上昇の痕跡など、何らかの物証があればともかく、神話となると、それがなかなかむずかしい。

 信頼できると思われる情報をちょっとずつ集めて、辿っていくしかないのかもしれない。

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