「レディ・プレイヤー・ワン」最高だったね、のわかりあいから考える - サードプレイスとしてのネット空間の必要性について

人生でいちばん遊んだFPSはゴールデンアイです。ミラティブ赤川です。

さて、新機能のApple審査通過を見届けたところで、話題のスピルバーグ監督最新作、VR映画こと「レディ・プレイヤー・ワン」を見てきました。(以下、特に #映画 の大きなネタバレはないはずです)

ネタバレを避ける範囲であらすじを書くと、舞台は2045年、VR Chatみたいなアバター空間で皆が遊んでいる時代。ジョブス以上とも言われる創設者の遺言で残された巨額のバーチャル空間運営権をかけて、主人公のオタク少年や大企業も入り乱れての争いの先に待つものは…?というお話。

アニメ・ゲーム・映画のあんなキャラやこんなキャラが次々と飛び出し、80sの名曲がこれでもかと鳴り響く(そしてJoy DivisionのTシャツをワシは見逃さない)、過剰なノスタルジーがまぶされながら、VR・ARが当たり前になった未来へのインスピレーションがどんどん湧いてくる最高の娯楽映画でした。

いわば、サブカル青春時代を全肯定してくれる映画、かつそれがオタク向けでなくエンタメ映画としても完璧に成立していて(偏愛こそがマスになる、というトレンド、ありますよね)、「ああ、元ネタがある程度わかる、ゲームとネットとサブカルにまみれた青春時代で本当によかったな」と感動してしまいました。見た人とわかりあいたいヤツや、、、と思い一筆をとった次第。

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> 突然の自分語り <
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自分は、仕事を始めてからは没頭できてたまたま成果も出たことで、何となくこぎれいなキャリアになってしまったのですが、もとをただせばただのひょろひょろのいじめられっこでした。小中学校と野球やってたけど全然うまくなく中学からは補欠で、延々とパワプロでオールAを作り続けることで何とかアイデンティティを保っていました。(Jリーグが開幕した頃もサッカー大好きなのに超ヘタで、エキサイトステージとプレミアゴールだけ激強だったな…)

ミラティブ創業の原体験に書いた「友達ん家でドラクエやってる感じ」の他にも、ゲームがあってよかったなぁ、と思う瞬間は多いです。父親の仕事の都合で、中1の時に3か月だけボストンにいたことがあったのですが、英語がロクに話せない中、ストZERO2のおかげでたくさん周りとわかりあえました。英語×(パワプロ風)でもちゃんと学校に行けたので、音楽の授業でビートルズ歌わされてハマって人生変わったのも運命的。

自分で最初に公開したホームページは、geocitiesでのサカつく2の攻略サイトだったと記憶しています。teacupの掲示板だけだと流れていっちゃうから、自分のためにもインデックスして保管したかった、という自分が欲しいものを作った型でした。チームを募集して、大会とかもやっていました。
自分主催で、みんなにありがとうと言ってもらえるような「場」が作りたかったんですよね。

「レディ・プレイヤー・ワン」の劇中にも「人々をつなげるゲーム」という単語が出てきて、グッときてしまいました。
ゲーム(ビデオゲームに限らず、野球や将棋も含め)って、ただゲームとしてだけじゃなくて、一緒に遊んだり話題になったりすることで人をつなげる側面があるよなぁ、と。

そして、よくよく考えると、「レディ・プレイヤー・ワン」は構造自体が、「誰かがゲームやっているさまを見る」というゲーム実況的な要素・メタ消費であることにも思い至ってハッとしました。
共感覚的な体験がいろんなレイヤーで起こることで、「人々がつながる」んだなと。

サードプレイスとしてのバーチャル空間

Mirrativはゲーム実況を中心としたコミュニケーションサービスなのですが、最近、「サードプレイス」としてのMirrativの役割について考えることが増えました。

学校でいじめられていたり、「取り立てて取り柄がないと思われている日常」を生きている人が、荒野行動やクラロワがむちゃくちゃ上手いというだけでMirrativでちょっとした人気者になれる、という構図は、僕にとってはとても美しい光景で、自分がインターネットに救われたのと同じことがいろんな形・いろんな文脈で巻き起こっているんだなと実感します。
(でもこれを見ているミラティブユーザのみんながもしいたら、リアルでむしゃくしゃしてもネットで荒らしはダメ絶対だぞい)

結構な頻度でクソゲーな瞬間がある現実を、楽しく生きるためのサードプレイスが誰にでも必要だと思います。

10代やある環境においてはきっとそれは切実なものだし(僕もいじめられっこだったので、いじめで命を絶つような人にもし逃げられる場所があったなら、と思います。いじめで転校する少年と、シンドラーのリストで描かれる移住に、本質的な違いは何もないはず)、男子校生徒だった僕の10代にとってのそれはゲームとネットのチャットルームでした。
とはいえ、大人になっても、しがらみは多く、知らず知らずのうちに自分の名前や身体に縛られて生きていると日々実感します。

自分も、Twitterくらい雑にポストしていても、なんだかんだ「ミラティブの赤川」として振舞ってしまいがちなんですよね。(←以前はDeNAのなんかバリバリの赤川、だったので、3年前くらいに役職を降りて一番やってよかったことの一つはTwitter再開したこと、また雑なクソリプ飛ばすようになったことだと本当に思っています。別に禁止されてたとかは一切ないんだけどね。人はマジメだから勝手に自分を律するんだなぁと。)

その負荷を当たり前のようにしていく中にも成長があるのだけども、同時に、過去の自分と全く違う自分として生きたい願望が誰の中にもあるのだと思うし、リセマラこそ難しいけど、人がある日から違う自分として生きられない理由って本質的にはないよなと思います。

VTuberの波も、自分は、一過性のものではなく「人が誰でもない誰かになれる」大きな流れととらえているからこそエキサイトしていて、それがMirrativやゲーム実況と境界を溶かしながら混ざっていっている様子をとても楽しく見ています。(昨日からにじさんじさんと新しい取り組みも始めました。にじさんじ、革命的に面白いんで未知の方は委員長だけでもぜひ…)

ということで、「レディ・プレイヤー・ワン」は、笑いアリ涙アリのジェットコースター展開の中で、VR空間の「サードプレイス」で誰でもない誰かになれた、からこその出来事が興奮の中心に常にあって、自分もエンタメや文化の力を信じながらそんな場所が作れるようにやっていこ、と思えたよき映画でした。おススメです。

ゴールデンウィークも楽しく働きつつ、ガンダムORIGIN劇場版最終話が最大の楽しみの私です。シャア、ルウムでどんくらい無双するんやろか。見たら誰かと語りたい。

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akagawa.junichi

ミラティブという会社・Mirrativというライブストリーミングの事業をやっています。 https://www.mirrativ.co.jp/
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