戦国Web小説『コミュニオン』第4話 「異邦人」

第4話 「異邦人」

 

 大陸における「醒陵」(せいりょう)という国は、ひじょうに恵まれた地形の中にある。西の大山脈と東の山岳地帯にはさまれ、その間に広がる平原に多くの人が住んでいる。

 大きな川が一本、そしてそこから分岐する支流がいくつか海へと流れ込んでいる。この川が平原を豊かな土壌とし、多くの実りを、そして人を育んでいる。海の幸・山の幸・野の幸に恵まれた、大陸内で一番豊かな土地と言える。

 しかしその豊かな土地を狙って、たびたび他国からの侵攻も受けてきた。そのため東の山岳地帯にて、尾根沿いに壁を築き敵の侵入を防いでいる。その長さは東の隣国との国境を完全に隔てるほどであり、『東の長城』とも言われる。

 国境付近には古くから淘來人も住んでいたが、たび重なる侵攻が彼らの立場を危うくしてしまった。間者の疑いがかけられてしまったのだ。

 

 

 隼介に対する取り調べは、そう長くはなかった。家族構成や父親の生い立ちなどを聞かれ、二時間ほどで終わった。結果、淘來の間者である疑いはないとのこと。父親は淘來人であったが、先の戦で醒陵のため尽力したことが有利な運びとなった様子。それに比べ、静流に対する取り調べは、半日たった今も終わらない。彼女の家系が純粋な淘來人であることが原因だろう。

 このような国内での大規模な取り締まりは、今回が初めてではなかった。三年前に行った一斉検挙では、多くの国内淘來人が捕まり投獄された。

 

 次の日。道場では昨日の話で持ち切りであった。が、深刻そうな者はほとんどいなかった。彼らにとってそれは怖いものではなく、普段は起こらない珍しい出来事でしかなかった。話のネタでしかなかった。彼らの多くは純粋な醒陵人である。同じ国で異邦人たちが、どのような立場にあるのかなど知りえない。知りえないゆえ、興味がない。

 だが中には極度に反応している者たちもいた。彼らは極端に淘來人に対して敵意を持っている。彼らの親は、間違いなく淘來人に敵意を持っていた。

 そんな彼らの楽しそうな、それでいてどうでも良さそうな話しぶりを、または敵愾心むき出しの罵詈雑言を、複雑な思いで聞いている三人がいた。

隼介 「・・・・・。」

和馬 「・・・・・。」

沙耶 「・・・・・。」

 静流が来ていない。いつも昼からしか来ていないので、いつも通りといえば いつも通りだが。気になって仕方ない。

厳  「うぃ~~~~っす!」

隼介 「・・・うす。」

厳  「うぃ~~~~っす!」

和馬 「おぅ。」

厳  「うぃすうぃすうぃ~~~~っす!」

沙耶 「・・・・・。」

厳  「昨日はマジ驚いたよ~。来たっしょ、みんなのとこ。来たっしょ。」

 三人、返す言葉が出てこない。

厳  「あれ? 来てない? 役人。」

 「・・・・・。」

厳  「来てないの? 俺んとこ兵隊まで来たよ。いや~~~いやいやいやぁ。甲冑ってカッコ良いね。いやさ、俺、あんまりそうゆうの興味なくてさ、軍師志望だから。でもいざ近くで見ると、心躍るわ。」

和馬 「・・そっか。」

厳  「重そうだよね~~、あれ。ってか、あれ着て戦うってしんどいよね。」

和馬 「だろうね。」

厳  「まぁ、隼介だったら余裕だろうけど。」

隼介 「ん?うん・・・」

厳  「着たことある?」

隼介 「いや。」

厳  「ないわな、そりゃ。あれってさぁ、徴兵されたら着ることあるのかな。」

和馬 「あるかもね。」

厳  「マジか~~~。着たくはないな。」

和馬 「(苦笑)カッコいいんじゃないの。」

厳  「見るぶんにはね。」

静流 「おっはよ~~~~!!!」

 静流が現れた。いつも以上に元気な明るい声。隼介たちはあっけにとられる。

厳  「おぉ~~~! 静流! お前朝から何やってんの!??」

静流 「何って何?」

厳  「なんで朝から来てんの?」

静流 「別にいいじゃん。」

厳  「珍しいなあ。」

静流 「なんかね、みんなに会いたくて。」

厳  「なんだそれ。さみしがり屋か。」

静流 「そ~だよ。」

厳  「さみしがり屋なのか。」

静流 「そ~だよ。」

厳  「ってことはもしかしてお前さみしがり屋なのか?」

静流 「うっせ~~よ。みんなぁ、おはよ。」

沙耶 「おはよ。」

和馬 「おはよ。」

隼介 「・・・・・。」

静流 「お~は~よ~。」

隼介 「ぉぅ。」

 屈託のない笑顔を見せる静流。その笑顔に戸惑う三人。ほかの友達にも挨拶をしてまわり、そのまま話し込みだした。

 いつもの静流だ。なにか言葉をかけないと・・・とは思う三人だったが、何も言えないまま稽古時間が始まってしまう。


 午前の稽古中、雨が降り出した。中庭で稽古していた面々は次々に屋内へ避難してくる。この道場ではめずらしく稽古熱心な数少ない門下生たちは、それでも外で意地で稽古を続けていたが、そのうち諦めて中断する。

隼介 「・・・・・。」

 隼介、どことなく憂鬱な気分にさいなまれていく。昨日の出来事、静流の態度、そして・・・雨。それらがことごとく『あの日』を思い出させるのだ。

 そう、あの日も雨が降っていた・・・

 どんよりとした天候は夕方まで続き、隼介の心もまた同じであった。

 この日の百人抜き稽古は最悪であった。一人目を倒すのに、二分ほどかかっていた。周りも隼介の異常に気がつく。どうにも攻めれないのだ。いつもならいとも簡単に、手加減しながらでも余裕で勝てるのに、どうしても攻めの手に力が入らない。これではいかんと、ふいに気力を昂ぶらせ、ようやく一人目を倒すが、二人目も同様な有様であった。

 再び無理に気力を昂ぶらせ二人目も倒すが、審判をしていた師範代は稽古を一時中断し、隼介に問いかける。

 「大丈夫か? 続けれるか?」

 隼介は悩んだ。「稽古はあくまで稽古、不調な時にまで無理してやるものではない」という思いと、「いや、不調の時の稽古こそ、実戦で役に立つ」という思いが交錯していた。

 加えて「そもそも実戦なんて本当に起こり得るのか?」という疑問と「起こらないとは限らない。むしろ・・・」といった思いもせめぎ合っていた。しかし、体を壊したわけでもなく、ただただ精神的な乱れを言い訳にして稽古を休むのが嫌だった。

隼介 「やります。」

 百人抜き稽古は再開された。隼介は心を切り替えた。

 何をウジウジしてんだ!

 やってやりゃいいじゃん!!

 本気でぶちかましてやりゃいいじゃん!!

 本当だったら余裕でぶっ倒せる相手ばかりだろ!!!

 隼介、三人目の対戦相手を開始直後に大きく踏み込んでの強烈な突きで突き飛ばす。全体重を込めて喉を突かれ飛ばされた相手は平行に宙を舞い、床に落ちる。落ちても慣性の力により床を少し滑って止まる。当然、意識は失っている。そこにいた皆、目を点にして沈黙してしまった。

隼介 「・・・次。」

 四人目もまた、開始直後に大きく踏み込んでの強烈な突きを繰り出す隼介。対戦相手、なんとかその脅威の切っ先をさばくものの、次の瞬間にぶつかってきた隼介の巨躯まではさばききれず、やはり吹っ飛ばされる。やや宙を舞い床に落ち滑り、止まる。意識ははっきりしているものの、立ち上がれない。

隼介 「・・・次。」

 皆、隼介の変化に絶句してしまった。いつものあの人を気づかう優しさが欠けてしまったように映っていた。そして、どこか怒っているようにも見えた。いや、べつに怒っているわけではないだろう。むしろ、これが本来の隼介の実力で、隼介にとって一番効果的な戦い方をようやくしだしたと言っていい。が・・・

 それでもやはり、全身からほとばしる鋭い闘気に怒りが混ざっているようにも見えなくはない。

 

 

 隼介、次々と対戦相手を蹴散らしていく。すでに四十人を抜いたが、まだ余力を持っている。そして四十一人目、対戦相手は・・・梶涼平。

 開始直後、隼介、大きく踏み込み涼平の竹刀を打ちつける。涼平は竹刀を弾かれながらも即座に退いて体勢を崩さない。隼介、それでも執拗に攻め立て、相手の竹刀を叩いていく。この相手は簡単にはいかぬと見て、なんとか隙をつくろうとしているのが見てとれる。そうはさせじと涼平は退きながらさばいていく。

 この小刻みな攻防がしばらく続く。珍しいことに、隼介はイラ立ちはじめた。さっさと勝負を決めたかった。じょじょに冷静さを欠いていく隼介。その隙を突かれ、涼平の突然の反撃!

 涼平の竹刀が逆に隼介の竹刀を強く弾いた。不覚にも右手は竹刀から離れ、左手一本でなんとか持っている状態。しかもかなり左上に竹刀は動かされてしまった。大きな隙である。この隙を涼平が見逃すはずはない。すかさずトドメの一撃を涼平が放つ・・・直前・・・。

 隼介の脳裏に、次の瞬間の映像が浮かんだ。こちらに向かってくる涼平の胸に、右足で蹴り込んでいる自分の姿だった。蹴られた涼平は勢いよく吹き飛ばされるのが分かる。その映像が一瞬・・・ほんの一瞬のうちに脳裏に浮かんだ。

 が、次の瞬間そうはならなかった。

 涼平は隼介の間合いにはいなかった。涼平はここぞという場で攻めるのではなく退いたのだ。それを見ていた周りのほとんどの者は、涼平の動きが理解できなかった。

 おそらくは、見えていたのだろう。隼介が見た映像を、涼平もまた・・・。

 和馬にも見えていた。出来る者同士にしか共有できない映像であったのかも知れない。

 涼平、さらに一歩退き、その場で構えたまま動きを止める。いつもの隼介ではない、もはやいつもの稽古ではない、いつ反則技が飛び出してくるか分からない。それを理解していた。あくまで冷静だった。

 それに引きかえ、隼介の精神は乱れに乱れていた。

 ・・・まさか・・・俺が蹴りを出そうとした?・・・俺が反則しようとした??

 罪悪感と自分に対する不信感がとめどなくあふれ、大いに混乱していた。

 そして三秒後・・・面が入っていた。涼平の綺麗な一本が決まる。隼介はただただ立ち尽くしていた。微塵も動けなかった。みな呆然としている。

 ふと我に返った師範代が叫ぶ。

師範代「・・い! 一本!!」

 稽古は終了し、生徒たちは帰り支度を始める。何人かの友人が隼介を心配して声をかけてきてくれた。隼介は憔悴した顔で、それでも苦笑いを浮かべ

 「いやぁ、大丈夫 大丈夫」「なんか、張りきり過ぎたかも」「最後・・なんか・・疲れちゃって動けなかったわ」などと返していく。

 それを聞いて友人たちも

 「そっか。明日も頑張れよ。」「そろそろ百人抜きいけそうだね。」「でも対戦するのはこえ~な~。」などと笑い、帰っていった。

 外を見ると、まだ雨が降っている。一向にやむ気配がない。傘を持ってきていない生徒たちも多く、ずぶ濡れになりながら帰っていく。その様子をぼんやり眺めながら、実際には何も見えていないような感じの隼介。涼平が近づいてきた。

涼平 「俺、負けてた。」

 珍しく、涼平から話しかけてきた。いつも仲の良い集団の一人だが、実はそれほど話したことはない。が、なんというか、言葉がなくても分かり合えている部分がある。特に武道に関して。それが隼介から見た涼平の存在であった。

隼介 「え? いやいや、俺が負けたんじゃん。」

涼平 「本気出してたら、俺負けてた。」

隼介 「本気だって、俺。」

涼平 「そうじゃなくて。実戦。本当の戦場だったら負けてたってこと。」

隼介 「・・・そう?」

 隼介、わずかに動揺するが、相手に悟られまいと微笑む。

涼平 「うん。強いね。隼介はかなり強い。稽古とかじゃなく、実戦派。」

隼介 「ん?」

涼平 「隼介は実戦派だと思う。」

隼介 「実戦派?」

涼平 「実際の戦いの方が得意ってこと。」

隼介 「・・・う~~~ん、いやぁ~~~、どう・・かなぁ・・・」

 明らかに困惑している隼介。それを見かねた和馬。

和馬 「そうだとしても、似合わないな。」

隼介 「・・・・・。」

和馬 「まぁ、実際強いだろうけどさ、いつもの隼介が性に合ってるよ。」

隼介 「・・あ・・はは・・そっか。だって。」

涼平 「見てみたい。」

隼介 「え。」

涼平 「本気の隼介。」

隼介 「・・・・・。」

涼平 「手加減なしの、何でもありの隼介を見てみたい。」

隼介 「・・ちょ・・なんか怖いこと言うなぁ涼平。」

 和馬、無理して笑う。

和馬 「困ってるよ、隼介。」

涼平 「そうなのか? ごめん。」

隼介 「いや、全然。」

 涼平、一人帰ろうとする。

和馬 「あ、帰る?」

涼平 「うん。帰って稽古する。」

和馬 「これから?」

涼平 「うん。」

和馬 「頑張るね。」

涼平 「うん。じゃ。厳が来たら帰ったって言っておいて。」

和馬 「おぉ。」

 涼平、一人で帰っていく。

和馬 「あいつ、ホント武道が好きなんだろうな~。」

隼介 「みたいだね。」

和馬 「火ぃつけたみたいだな、お前が。」

隼介 「ははは・・・。参っちゃうな。」

和馬 「なんか・・・熱かったね、今日の。」

隼介 「俺?」

和馬 「うん。」

隼介 「そう・・だね。」

和馬 「・・大丈夫?」

隼介 「うん、俺は平気。それより、静流の方が・・・」

和馬 「そうなんだよな~。いつも通りなんだけど、・・違うわな。」

隼介 「うん。まぁ、どうしようもないけど。」

和馬 「まぁ・・な。」

 そこへ静流がやってくる。

静流 「やっほぉ~。」

和馬 「あれ、沙耶は?」

静流 「向こうにいるよ。」

和馬 「一緒じゃないんだ。」

静流 「・・うん。」

和馬 「そ。」

 沈黙。

静流 「行ってあげたら?」

和馬 「え。」

静流 「沙耶んとこ。」

和馬 「待ってたら来るでしょ、ここ。」

静流 「来ないよ。」

和馬 「なんで。」

静流 「あ、今日は私、泊まれないから。」

和馬 「あぁ、帰る?」

静流 「うん。」

和馬 「で、沙耶は?」

静流 「だから来ないって、ここには。」

和馬 「・・・・・。」

静流 「ほら。行ってあげなよ。待ってんだって、向こうで。」

 よくは分からないが、何かを察してその場を去る和馬。広い道場に、隼介と静流、二人だけが残される。

隼介 「俺たちも行こうか。」

静流 「ん~ん。行かない。」

隼介 「なんで?」

静流 「なんでも。」

 わけが分からず、静流を無視して行こうとする。

静流 「行かないで。」

隼介 「だから何で。」

静流 「・・・・・。」

隼介 「俺、稽古つけてあげる約束してあるから。」

静流 「いいの。」

隼介 「は?」

静流 「行かなくていい。」

隼介 「・・・さっきから言ってる意味分かんないんだけど。」

静流 「・・・・・。」

隼介 「俺は行くね。」

 去ろうとする隼介の腕を掴む静流。立ち止まる隼介。

静流 「行かないで。」

隼介 「・・・・・。」

静流 「沙耶のところには行かないで。」

隼介 「なんで。」

静流 「行ってほしくないから。」

隼介 「だから何で。」

静流 「知ってるでしょ! ねぇ、とっくに分かってるでしょ!」

隼介 「・・・・・。」

静流 「ねぇ・・・行かないでよぉ・・・」

隼介 「・・・・・ごめん。いろいろあったんだよね、静流。」

静流 「・・・・・。」

 なんと言っていいか分からない隼介。何から話してよいのやら。沙耶とのこと? 昨日のこと?・・・いや、多分両方のことを話した方がいいのだろう。

隼介 「昨日は・・・大丈夫だった?」

静流 「疑われたよぉ~。私なにも悪いことしてないのに。」

隼介 「うん。知ってる。」

静流 「一日中だよぉ。まる一日監禁してさ、しつこく同じようなこと何度も何度も聞かれてさ、こっちは知るわけないっての。」

隼介 「うん。」

静流 「っていうかさ、しゃべれないんだよ、うまく。怖くてさ。」

 静流はかすかに震えている。

隼介 「うん。」

静流 「怖くて怖くて喋れないんだっつ~の。それなのに隠しごとしてんだろとか、黙っててもいいことないぞとか、気ぃつかえよバカって感じでさ、話せることは全部話すから、その威圧的な態度なんとかしろっつ~の。」

隼介 「うん。」

静流 「だってさぁ、『あの日』だってさぁ、」

 今にも泣きだしそうな静流。

静流 「隼介が守ってくれなかったら・・・私、死んでたんだよ・・・」

 静流、泣きだしてしまう。

静流 「隼介がいなかったら・・・殺されてたんだよ・・・」

隼介 「・・・・・。」

静流 「怖いっつ~の! 普通に喋れるわけ!・・ないじゃんか・・・」

隼介 「うん。」

静流 「私が何したって・・・何したって言うのよ!」

隼介 「うん。大丈夫。大丈夫。」

静流 「・・・沙耶にさ・・・」

隼介 「ん?」

静流 「言っちゃったんだ。」

隼介 「なんて。」

静流 「本当は私のこと嫌いなんでしょって。」

隼介 「・・・・・。」

静流 「だって沙耶、昔から淘來人のこと嫌ってるもん。って言うかよく言ってたもん。」

隼介 「・・・・・。」

静流 「隼介だって覚えてるでしょ、沙耶が淘來人のこと悪く言ってたの。」

隼介 「でも、今は言ってない。」

静流 「言わないだけで思ってるよ!!今でも嫌いなんだよ!!」

隼介 「それは違うと思う。」

静流 「違わない!」

隼介 「誤解だよ。」

静流 「口に出さなくなっただけでさ、本音では」

隼介 「だとしてもそれは静流を傷つけたくないからで、」

静流 「私だけじゃない。隼介だって!」

隼介 「・・・・・。」

静流 「隼介に対する態度だって変わったでしょ。」

隼介 「変わってない。」

静流 「変わった。自分でも言ってたでしょ。認めてたでしょ。」

隼介 「それは・・・」

静流 「沙耶は嫌いなんだよ。私も・・・隼介も。」

 雨は勢いを増していく。雷鳴。静流は隼介にしがみつく。

静流 「もう・・・もう!!!」

隼介 「・・・・・。」

静流 「なんなのよ!!!」

隼介 「・・・・・。」

静流 「何も悪いことしてないのに~~~!!!」

 静流、泣き崩れる。隼介、今日の自分の不調の原因や稽古中に抱いていた感情がなんであるのかを理解する。やはりあれは怒りだったのだ。暴力をふるう者への怒り。いや、そんな分かり易いものではない。人を暴力へとかり立てる見えない何かに対する、拒絶反応。

 そして「そっちがその気ならこっちもやってやるぞ」という好戦的な感情。今日の稽古で対戦した者たちには悪いが、それが表に出てしまったのだ。

 思い出したくもない記憶が次々と蘇ってくる。そして『あの日』が蘇ってくる。

 

 

 

 話は三年前にさかのぼる。その日、目が覚めると清々しい天気だった。しばらくぼ~っとしていると母が来てこう言った。

母  「誕生日おめでとう。」

隼介 「ありがと。」

 母は笑顔を見せると台所へ戻っていく。隼介は母と二人暮らし。母は働いており、女手一つで隼介を育てているが、国からの報奨金がまだまだ残っており、なに不自由ない暮らしをしていた。報奨金とは、かつてこの国のために戦い大いに貢献し戦死した隼介の父に、恩賞として与えられたものであった。それはそのまま遺族である隼介と母が受け取った。

 そんな環境だったため、隼介は家の手伝いをすることも働きに出ることもなく、友達が集う道場へ遊びに行くのが日課となっていた。道場へ遊びに行くというのもおかしな話だが、親友である和馬の家であるため、彼にとってはとても自然なことであった。そしてそのまま門下生たちにまぎれ、稽古まがいの遊びをする日々であった。もっとも、この日はべつの用事があったわけだが。

母  「まだ行かなくていいの?」

隼介 「ん?」

母  「沙耶ちゃんとこ。」

隼介 「・・あぁ。行くよ。」

 この日は沙耶と二人で町に買い物をする約束であった。仲は良いのだが、二人で出かけるのは、実はこれが初めてであった。もっとも、この時は沙耶に対して特別な思いは抱いていなかったのだが。

 「二人で買い物行こう」と言われたのは昨日のこと。その時もとくに何も思わず、ただ「うん、行こう」と答えただけであった。

隼介 「じゃ、行ってきま~す。」

 隼介は沙耶の家へ向かった。実はちょっとだけ遠い。途中、よくたむろする神社を通過する。「ここで待ち合わせでも良かったんだけどな~」なんて思ったりした。

 神社にはすでに何人か人がいた。あそこが憩の場所であるのは、自分たちにとってだけではなかった。夏祭りも毎年ここで行われていた。数日前に行われたこの年の夏祭りも、隼介は和馬・沙耶・静流の4人で行った。

 14歳の誕生日を控えた夏だが、身長はすでに人一倍高かった。一見すると、隼介が保護者のようにも見えなくはない。だが、顔を見るとやはりまだまだあどけない少年なので、少々不思議な光景であったかもしれない。

 沙耶の家につく。声をかける前に沙耶が出てきた。

沙耶 「おはよ。」

隼介 「おはよ。」

沙耶 「・・・・・。」

隼介 「・・・ん?」

沙耶 「ん~ん。行こっか。」

隼介 「うん。」

 二人は歩きだす。

隼介 「今日どこ行く?」

沙耶 「どこがいい?」

隼介 「う~~~~~ん・・・って言われてもなぁ。」

沙耶 「なにが欲しい?」

隼介 「そ~だね~。新しい木刀かな。」

沙耶 「ええ~~、またぁ?」

隼介 「いや、今度のは、重い奴がいい。普通のじゃなくて、もっともっと重い奴。」

沙耶 「そうゆうの好きだね。」

隼介 「うん。いやね、練習用に欲しいからさ。」

沙耶 「練習用?」

隼介 「そろそろ本当に入門しようかと思っててさ、青龍館道場。」

沙耶 「本気なんだ。」

隼介 「うん。超楽しそうだし。」

沙耶 「他には?」

隼介 「他って?」

沙耶 「他になにか欲しいものはないの?」

隼介 「う~~~ん・・今のところ・・ないかな。」

沙耶 「そっか。ないのか。」

隼介 「うん、ないね。」

沙耶 「じゃ、今日探そ。」

隼介 「え・・いや、だからないって。」

沙耶 「・・・そっか・・・。」

 沈黙。黙ったまま歩き続ける二人。まだどんな店に入るかも決まらないまま、商店街は近づいてくる。察しの悪い隼介は気づいてはいないが、沙耶は隼介の誕生日祝いを買いたくて彼を誘ったのだった。

 その贈り物は別に木刀でも良かったのだが、出来ることならもっと洒落たものの方が良かった。女の子からの贈り物で木刀って・・・それはどうよ?といった思いがあったのだが、どうやら隼介は本当にそれ以外に興味がなさそうに見えた。

 「男の子って、こうゆうもんなのかな・・・」

 と、少々あっけにとられていたが、初めて二人で出かけているという高揚感と、この沈黙に気まずさを感じていた。一方の隼介は、そんな沙耶の思いなどつゆ知らず、この沈黙に気まずさなど感じてはいなかった。

沙耶 「あの・・さぁ、」

隼介 「ん?」

沙耶 「楽しかったね、祭り。」

隼介 「うん。」

沙耶 「なんか・・恋人連れ、多かったね。」

隼介 「そだね。」

沙耶 「隼介はさぁ、好きな人とかいないの?」

隼介 「え・・・あぁ・・・」

沙耶 「・・・・・。」

隼介 「いないねぇ。」

沙耶 「そっか・・・。」

 再び沈黙。何か話をしないとと焦り口を開いた沙耶であったが、いきなり核心をついた質問をしてしまった。沙耶がいつもとやや様子が違うことに今さらながら気づく隼介。沙耶の想いにまで気づきはしないが、ようやく「黙ってるのも感じ悪いかな」と思った隼介。

隼介 「沙耶はモテるでしょう?」

沙耶 「え、ん~~ん。」

隼介 「いや、モテるって。だって道場の人たちも言ってたもん。」

沙耶 「なんて?」

隼介 「綺麗だよな~~って。」

沙耶 「ホントに?」

隼介 「うん。あ、一人二人じゃないよ。何人か言ってたよ。」

沙耶 「そうなんだ。」

隼介 「俺も思うし。」

沙耶 「ホント!!?隼介もそう思う!!?」

隼介 「・・おぉ。」

 隼介、沙耶の反応が突然でかくなったので驚いてしまう。

沙耶 「あぁ、なんか、ごめん。」

 沙耶、恥ずかしそうに笑う。つられて隼介も笑う。

隼介 「あぁ~~~、調子に乗ってんなぁ~~~。」

沙耶 「乗ってないよ~~~。」

隼介 「ホントかよ~~~。」

沙耶 「ホントだって~~~。って言うか、お世辞じゃないよね。」

隼介 「ホントに綺麗だと思うよ。俺、知り合いの中で沙耶が一番綺麗だと思うし。」

沙耶 「ホント!!!??」

隼介 「・・・お・・おぅ。」

 またまた反応のでかい沙耶に驚く隼介。

隼介 「ってか声でか~。」

沙耶 「あ、ごめん。」

 ふたたび笑いだす沙耶。そんな沙耶の笑顔は珍しかった。いつも愛想良くてよく笑ってはいたが、今見せている笑顔は、それまでのとはどこか違っていた。

 その笑顔に、隼介もまた嬉しくなる。この嬉しさもまた、今まで感じた類の嬉しさとは質の違うものだった。なんだか、気分が一気に高揚するような、見るものすべてが輝いて見えるような、そんな感覚だった。

 隼介が、はじめて異性を意識した瞬間であった。

 この時の沙耶の笑顔が、隼介の脳裏に鮮明に焼きついた。そして、とても素敵で心躍る未来がやってくる予感がした。


 とても素敵で心躍る未来がやってくる・・・

 予感がした・・・




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