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戦国Web小説『コミュニオン』第8話 「共有できるもの」

第8話 「共有できるもの」

 

 静流は黙って二人を見ている。隼介と沙耶も言葉が出ない。

静流 「・・・・・。」

 静流、きびすを返し走り去ろうとする。隼介、やはり何も言えない。

沙耶 「静流!待って!!」

 立ち止まる静流。

沙耶 「私が悪かった! ごめん!!」

 振り返る静流。

静流 「・・・・・。」

沙耶 「私、静流のこと、全然分かってない。静流がどれだけ苦しかったのか、・・というか、今もどれだけ苦しいのか・・。私のせい・・だよね。」

静流 「沙耶だけのせいじゃない。・・というか、沙耶は本当は・・悪くない。あの日のこととか、そうゆうのは、しょうがないって言うか・・沙耶のせいじゃない。」

沙耶 「・・でも・・ごめん。」

静流 「今のは、どうゆう意味のごめんなの?」

沙耶 「その、」

静流 「何に対してのごめんなの?」

沙耶 「・・・・・。」

静流 「黙るな!」

沙耶 「・・ごめん。」

静流 「隼介のことはどう思ってんの!?」

沙耶 「・・・・・。」

隼介 「・・・・・。」

静流 「どう思ってんのよ。」

沙耶 「・・・すごく・・気が合う・・友達・・・」

隼介 「・・・・・。」

静流 「友達なのね。そう思ってるのね。」

沙耶 「・・・うん・・・。」

隼介 「・・・・・。」

静流 「信じるからね、沙耶。」

沙耶 「・・・うん。じゃぁ、私、帰るね。」

隼介 「・・・・・。」

 一人歩き出す沙耶。隼介は何も言えず、立ち尽くす。沙耶は去ってしまう。

隼介 「・・・・・。」

静流 「隼介はどうなの?」

隼介 「・・・・・。」

静流 「隼介は沙耶のことどう思ってるの?」

隼介 「俺は・・・好きだよ、沙耶のこと。」

静流 「・・・・・。」

 静流、突然笑いだす。

隼介 「・・・・。」

静流 「うん、知ってる。今さらだよね。じゃぁ、私の気持ちは? 知ってる?」

隼介 「・・・・。」

静流 「知らないわけないよね。」

隼介 「ごめん。」

静流 「謝るな。」

隼介 「・・・・・。」

静流 「友達としてなら・・いいか?」

隼介 「ん?」

静流 「今まで通り、友達としてなら、一緒にいていいか?」

隼介 「うん。もちろん。」

静流 「・・・帰ろ。」

 歩き出す二人。いつも以上にニコニコしながら大きな声でしゃべり続ける静流。空元気なのが分かる。夜なのだから、あまり大きな声を出すのは近所迷惑だろうと隼介は思ったが、そんなことは言えず笑顔で応える。

 ぎこちない空気を払えぬまま、二人は闇に消えていった。

 

 

 

 それからまた、平和な日常が続いていく。朝道場へ行き、友達と何気ないおしゃべりをし稽古をし、昼休みにまたくだらない話で盛り上がり、午後の稽古。

 帰り際また友達と盛り上がり、夕方から夜まで沙耶と稽古。この時間が一番の楽しみだった。一日の中で一番有意義な時間だった。

 沙耶はみるみる上達し、もはや男と対戦してもひけをとらないほどになっていた。むしろ、平均的な男よりはよっぽど強いのではないかと隼介は思っている。

 それと並行して、隼介の実力も伸びていた。筋力や速さが上がったわけではないが、対戦相手へ向ける集中力は格段に上がっていた。

 相手が何を狙っているのか、戦意は高いのか低いのか、余力はどれだけ残っているのか。そういったことが以前より感知できるようになっていた。

 

 一日で一番楽しい時間を沙耶と共有する。いや、沙耶とだから一番楽しいのかも知れない。沙耶も楽しんでこの時間を過ごしている。が、稽古が終わったら一人で帰ってしまう。不用心と思いつつも隼介は「一緒に帰ろ。」などとは決して言わない。

沙耶 「今日もありがと。」

隼介 「こっちこそ。」

沙耶 「じゃあね。」

隼介 「うん、また明日。」

 去っていく沙耶。少し待ってから隼介も道場を出る。

静流 「お疲れ~。」

隼介 「おぅ。」

 隼介が帰る頃、道場のすぐ外では静流が待っている。毎日である。どれだけ稽古が長引いても、夜遅くなっても、必ず静流は隼介を待っていた。沙耶は、そんな静流に遠慮して一人で帰るのである。

 そんなこんなで帰りはいつも静流と帰るようになっていた。勝手に静流が隼介を待っているだけなのだが、隼介も嫌な顔はしない。

 隼介も内心、静流の好意を嬉しく思ってはいた。とは言うものの、沙耶への思いも断ち切ることができず、静流に心変わりしそうな気配もない。

 隼介のことは友達だと思ってると沙耶に言われ、それ以上踏み込む勇気がくじかれたこともあるが、べつに今のままでも幸せなんじゃないか? という思いを隼介は抱いていた。

 現に毎日、沙耶と二人で過ごす時間は最高のものとなっていた。これ以上何かを望むのは、まぁ、いいかなと思うようになっていた。

 そして、静流も一緒にいると楽しい存在であった。明るく活発な彼女の言動は、時に自己中で、時にわがままで、時に横暴でさえあった。

 根がまじめな隼介にとっては、どこか意表を突かれるようなところがあり、疲れることもあるが、悪い気はしない。

 それと、静流としか共有できない何かを感じていたのも大きい。彼女と自分の出自。この世に生を受けた瞬間、否応なく背負わされた過去。

 どこか陰鬱で、憎悪に満ちていて、でもそれを隠さなければいけない、抑え込んで生きていかなくてはならない。

 沙耶とはまた質の違うものだが、確かに静流とも共有する大切な何かを感じている。

 

 な~~んてことを誰かに言ったら、怒られるだろうか。そんな中途半端な関係はやめなさいと、説教されてしまうだろうか。

 一応、考えた。静流に対して、今の自分は失礼なことをしているのかも知れない。好きな人がいるのに、別の人の側にいるのは良くないのかも知れない。

 沙耶のことが好きなら、自分の本当の気持ちを本人に打ち明けるべきなのかも知れない。

 

 でも、これはこれで良い。考えた結果、そう結論づけた。なるようになるのだ。その中で最善を尽くすのだ。今、幸せなのだ。

 他の誰かは「そんなの幸せじゃない。」と言うかも知れないが、自分はそんな「他の誰か」ではないのだ。だから、これはこれでいいのだ。

 自分は今、幸せなのだ。

 隼介は毎夜、そんなことを考えながら一日を終える。布団に入り、眠りに落ちるか落ちないかのまどろみの中で、考えるともなく考える。もはや夢なのか現実なのかよく分からない時空にただよいながら。

 以前大人から聞かされた青春の日々を想像してみた。なんとも楽しそうで、有意義な日々のように思えた。仲間とともに夢を追いかけ、恋をして、くだらない話で盛り上がり、泣いて笑った十代の少年少女の物語。

 今、はたして自分は、青春してるのかな?

 大人になったら分かるのかな?

 まぁいいや、今、幸せだから・・・

 

 

 そして、試合当日の朝がやってきた。一年の中で、隼介が一番思い入れのある行事である。この日のために、長い間稽古を重ねてきた。それは隼介一人ではない。和馬・沙耶・涼平をはじめとする7人の参加者全員である。対戦相手を合わせれば14人。

 試合ではないが、型や演武を披露する者たちも含めると、その数はさらに増える。会場は青龍館道場にて行われ、多くの観客がここに集まり少年たちの雄姿を見ようと押し寄せる。

 

 

 隼介が道場に着いた頃には、すでに人だかりができていた。その多くが観客である。まだまだ開会式まで時間があるにも関わらず、敷地内に入りきれなかった人たちが道場の入り口から列をなしていた。

 今年は例年以上に盛況のようである。それもそのはず。対戦相手は、この国でも屈指の強豪道場『玄武館道場』なのである。

 ここは本物志向の武術道場であり、友達づくりのために入る者が大半の青龍館道場とは、根本的に違うのである。しかしながら相葉隼介という規格外の猛者がいることも有名で、その戦いの行方が気になる者が多いのであろう。

 加えて、美男美女が多いこの道場の敷地内に入れるという不埒な特典も、なにげに集客要素になっている。

 人なみをかき分け、道場内に入る隼介。門下生たちが行事の運営に追われていた。皆、この道場ではめずらしく真面目に稽古している面々である。

 一応、いないわけではないのだ。そういった門下生たちも。全体から見ると二割ほどではあるが、千人弱の全門下生数を考えると二百人ほどはいることになる。

 ちなみに、隼介の百人抜き稽古につきあっていたのは、皆そういった仲間たちであり、それなりに本気で武道に打ち込んでいる少年たちであった。

 対戦相手である玄武館道場の選手たちはすでに来ており、今は控室にいるらしい。和馬と涼平が姿を見せる。和馬は少々緊張の面持ちだが、涼平は普段と何一つ変わらない。

和馬 「おはよ。」

隼介 「おはよ。」

和馬 「どう、調子は。」

隼介 「うん、良いよ。そっちは?」

和馬 「まぁ、良いかな。」

隼介 「涼平は?」

涼平 「普通。」

隼介 「そんな感じだね。」

 沙耶が姿を見せる。明らかに緊張している。キョロキョロしながら不安そうに歩いてくる。

和馬 「沙耶。」

沙耶 「・・・・・。」

 沙耶、気づいていない。

和馬 「沙耶。」

沙耶 「あ・・おはよ。」

和馬 「おはよ。」

隼介 「おはよ。」

沙耶 「・・・あぁ・・・。」

 ため息にも似た声。呼吸が浅いのも分かる。

和馬 「緊張してる?」

沙耶 「分かる?」

和馬 「うん。寝れた?」

沙耶 「少し。」

和馬 「そっか。大丈夫。」

沙耶 「・・うん。頑張る。」

 和馬、クスっと笑う。

沙耶 「ん?」

和馬 「珍しいなって。」

沙耶 「何が。」

和馬 「沙耶が緊張してるの。」

沙耶 「そうかな。」

和馬 「あんまり記憶にない。」

隼介 「和馬だってさっきまで緊張してたじゃん。」

和馬 「今もしてるよ。」

 空気が少し柔らかくなる。なんだかんだで、実は隼介も少し緊張していた。やっぱり一人より、誰かいた方が心強い。気分がややほぐれたところで、藤堂翔馬がやってくる。

隼介 「おはようございます。」

沙耶・涼平「おはようございます。」

 和馬は軽く礼をする。すでに挨拶はすませたのだろう。

翔馬 「うむ。おはよう。試合に出る者は集合!」

 今日の試合に出場する選手たちが集まってくる。隼介らを含め、7名全員がすぐに集まる。皆、なかなかの面構えと体格の少年たち。

翔馬 「これより、玄武館道場の選手団にあいさつに行く。皆もついてきなさい。」

 と、いうわけで、対戦相手の皆様にあいさつしに行くこととなる。控室の前で止まる一行。

翔馬 「失礼いたします。」

 翔馬に続き、皆「失礼いたします!」。控室に入る。中には、7名の門下生と引率者が1人いた。一同、深々と頭を下げ「おはようございます!」と、声をそろえる。

 顔を上げると、皆強い眼光を放っていた。が、体格や面持ちはそれぞれ異なっていた。あからさまな闘志があふれている者や、静かな瞳をしている者、隼介には及ばないものの背が高くがっしりしている者、胴回りや腰が太く胆力がありそうな者、一見すると華奢そうな細い体の者、などなど。

 詳細は知るよしもないが、強豪道場の中でも選抜された7人。その誰もが弱いはずはなく、猛者であることは想像に難くない。

引率者「本日は、どうぞよろしくお願いいたします。」

翔馬 「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」

 引率者の男は、温厚そうな顔をしていた。歳は30歳前後であろうか。深々と頭をさげ、あいさつを交わす。

 翔馬と引率者の男が会話を始める。それを横目に、対戦相手の様子をうかがう隼介。相手選手のことを、少しでも分析しようと無意識のうちに観察していたのかもしれない。が、まだ誰が誰と対戦するのか分からない。

 今から上の人たちが決めるのである。定番なのは、弱い人順である。一回戦、二回戦と、最初の方は弱い選手が出場し、あとになるにつれて強い選手になっていく。

 こうすることによって対戦する選手の実力が、比較的近い者どうしになっていく。が、当然評価する人によって順番は変わるし、相性というものもある。

 何はともあれ、青龍館側の順番は以下となった。

 一番手  夕凪沙耶

 五番手  藤堂和馬

 六番手  梶 涼平

 七番手  相葉隼介

 まぁ、誰もが予想した通りであった。

 控室をあとにした青龍館の面々は出場する順番を聞かされ、いよいよといった面持ちに。身も心も引き締まる。そんななか、沙耶だけは気後れしていた。

 対戦相手の姿を見て、その強さを感じ、ろうばいしていた。和馬が気休めに何か言っているが、不安はおさまらない。

隼介 「稽古思い出して。」

沙耶 「・・・・・。」

隼介 「沙耶、強いよ。多分、そのへんの男より強いよ。」

沙耶 「・・・・・。」

隼介 「練習通り、いこ。」

沙耶 「・・・隼介。」

隼介 「ん?」

沙耶 「ちょっと、向かい合ってくれるかな。」

隼介 「んん?」

沙耶 「竹刀持って。稽古の時と同じように。立つだけでいいから。」

隼介 「うん、いいよ。」

 隼介、言われたとおりにする。竹刀を持って構え、沙耶を見つめる。沙耶も竹刀を持って構え、隼介を見つめる。しばらく動かない二人。

稽古の時の心と体を呼び覚まそうとしているのだろう。黙ったまま見つめ合う二人。沙耶は心の中で隼介に打ちかかる。

 そして連撃。全力で、最速の動きで隼介にぶつかっていく。隼介もまた、全力でうちかかってくる沙耶を心の中で受け止める。

 はたから見ると、二人は止まっているようにしか見えない。事実、微動だにしていない。しかし、心の中ではまったく逆のことが起こっていた。

 しばらくそんな時間が続いたあと、突如沙耶の腕がビクッと動く。隼介もそれに反応し、とっさに動く。やはり心と体は連動している。こう動く! といった想像が、体を動かしてしまったのだろう。

 ここで二人の集中が途切れる。構えをといて、大きく深呼吸する沙耶。隼介も構えをとく。

沙耶 「ありがと。」

隼介 「うん。」

 そして開会式。道場の真ん中で道場主・藤堂翔馬や、他にも偉い人達が話を始める。その真ん中のスペースにて試合も行われることになる。周りは客席になっており、外側にいくにつれて高くなっている。門下生たちが台を組み、見やすいようにしてあるのである。客席には、多くの武道ファンやイケメンファン、関係者でひしめいており、道場は熱気と興奮に包まれている。

 開会式が終わり、青龍館の門下生が型を披露する。続いて玄武館の門下生による型披露。青龍館もなかなかのものであったが、玄武館と比べると、その差は歴然としていた。

 素人が見ても、動きのキレ・伝わってくる気迫が違っていた。早くも道場の実力差がかいま見えた気がするが、まぁ・・予想の範囲内である。

 型の披露がおわると、次は演武が始まる。これは青龍館・玄武館以外の道場から参加された選手たちが披露した。これらは勝ち負けや順位がつけられるものではないが、それぞれ素晴らしい出来であった。

 この日のために、日夜稽古を積み重ねてきたことがうかがえる。

 武道に青春をかけた少年少女たちを見た大人たち、いつの間にか忘れてしまった「あの頃」をかいま見た・・・者もいたかも知れない。

 そして、ついに試合が始まる。試合のルールは以下の通り。

 一本勝負。先に一本とった方の勝ち。

 二度の場外で一本とみなし勝負あり。

 竹刀を落す・ひざや手など、足裏以外の部分が床についた場合は場外と同じ判定をとられる。

 有効打突は、面・胴・突きの他、肩狙いの袈裟斬り・逆袈裟斬りも有効。

 また突きはのどからみぞおちにかけての正中線上であれば、どこでも有効。

 胴もまた、胴体であればどこでも有効。

 小手は無効。

 足への打突も無効。

 

 第一試合の選手たちが中央へ。対戦相手と向き合う沙耶。

審判 「一回戦! 青龍館道場! 夕凪沙耶!」

 対戦相手は男である。もともとそれは承知の上でのぞんだ試合である。わりと身長のある沙耶だが、対戦相手はさらに高い。

 防具をつけ顔にも面をつけているが、それごしでも相手の気迫が伝わってくる。が、沙耶はもう何も恐れてはいなかった。隼介との稽古でつちかった自分の強さを信じていた。心・技・体、そのどれもが以前の自分とは違う。生まれ変わったとさえ思えるぐらい、自信に満ちていた。静かな自信に満ちていた。

審判 「始めぇ!!」

 開始の合図。次の瞬間、沙耶の体は最速の一撃をくりだすべく、一直線に跳びかかっていた。




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