戦国Web小説『コミュニオン』第12話「昨日の敵は今日の友」
第12話 「昨日の敵は今日の友」
北部駐屯地。青龍館道場の選ばれた(?)200名がここで訓練を始めて十日ほどが過ぎた。驚いたことに、その場所は長城のすぐ横にあった。つまり、まさに国境にいたのだ。そして通称「北門」と呼ばれている拠点も目と鼻の先にあり、隣国・淘來へ続く道がそこにあった。
この駐屯地へ来たのは、青龍館の門下生だけではなかった。各地の道場や、志願してやってきた若者たちもいた。総勢1000名ほどが訓練生として集結していた。その訓練生を鍛えるのは、100名ほどの正規兵。
長く続く城壁には各所に弓兵たちが東側、つまり淘來の方を向いて立っている。北門の上には、とくに多くの弓兵たちが見張っている。
駐屯地の朝は早い。日の出とともに起床、訓練が開始される。起きたらすぐに、支給された武具を装備する。
金属製の腹当ては、腰部を守る草摺り(くさずり)がついており、軽装ながらなかなかの代物であった。それに脛当てと籠手。さすがに兜は貸してもらえなかったが、額当ても。
武器は大刀(打刀、うちがたな)と脇差、そして手槍と、支給品ながら充実していた。一般兵なので、槍は集団戦を想定した長槍かと思っていたが、場所が山岳地帯だから通常サイズの手槍なのかも知れない。
弓に関しては、一人一つづつ支給されるわけではなく、弓の訓練の時だけ貸し出されるようだ。
大至急で装備をととのえ、各隊に分かれる。ここでの訓練は道場での稽古とは違い、本物の武器を使用する。みなが苦戦したのが、槍である。木の的めがけて突くのだが、なかなか深く刺さらない。それはそうだ。今まで誰もやったことなどない。
あまりにできの悪い者は、容赦なくぶっ叩かれる。ねを上げた者も、容赦なくぶっ叩かれる。反抗した者ももちろん、容赦なくぶっ叩かれる。とにかく、ぶっ叩かれる。そんな中、例外もいた。
隼介、渾身の突きで的を貫く。隼介に何度か突かれた的は、そのうち穴だらけになり割れるか欠損して、使い物にならなくなる。刀を振らせれば、たいていの物は斬れてしまう。
抜刀した勢いで斬る芸当まで持っていた。いわゆる居合抜きである。実は、隼介は以前、本物の刀や槍を持って稽古させてもらったことがあった。翔馬に頼み込み、貸してもらったのだ。
その経験を抜きにしても、彼の武器の扱いは並外れたものがあった。が、あまりの衝撃に耐えられず、わりと早い段階で武器が壊れてしまうので、頻繁に新しいものが支給されていた。
涼平もまた、頭角を現していった。隼介には及ばないものの、現役軍人をうならせる実力を見せていった。
弓矢に関しては、和馬の右に出る者はいなかった。その狙いの正確さ、連射性、威力、そのどれもが群を抜いていた。
試しに鎧を狙わせてみたところ、みごとに射抜いてみせた。もともと弓矢の威力は凄まじく、甲冑を貫くほどの力は持っているが、和馬は完全に貫通させ、その後方にあった的の中心に当てるという妙技をも披露した。
そうこうしているうちに脱落者も出てきたが、なんとか耐えていった者たちはそれなりの実力になっていった。そのうち実力差を考慮して隊の再編成が行われ、突出した者たちだけを集めた隊を第一部隊とした。
総勢1000名いた訓練生のうち、200名がすでに脱落、上位約100名が第一部隊に配属となる。その後は第二から第八部隊に配属だが、ここに実力差はほとんどない。
再編成して初めて集合した時、見覚えのある顔があった。玄武館道場の門下生たちである。試合で戦った、あの7人である。
その中にはもちろん、隼介・和馬・涼平と対戦したあの三人もいた。隼介には及ばずとも、恵まれた体格と筋力を誇る大山(おおやま)。凄まじい胆力を武器に、持久戦で涼平をうち破った剛田(ごうだ)。そして、達人の域に至る技と速さをそなえ 隼介を追いつめた皇(すめらぎ)。
当然のことながら、向こうも隼介たちの存在に気づいていた。それからの訓練は隼介にとって、刺激的で、そして有意義なものに感じた。みな、優秀な者たちだったからだ。
以前から、こんな仲間たちと切磋琢磨したいと思ってきた。それが、思わぬ形で実現したのだ。訓練中はもちろん、休憩中に話しかけることもなかったが、お互いは意識しあい刺激しあい成長していった。
再編成から数日後、ようやく両道場門下生の交流が始まった。意外にも、その発端は涼平が切り拓いた。休憩中の三人に話しかけたのだ。
涼平 「お疲れ。」
剛田 「うす。」
涼平 「まさかね、ここで会うとは思わなかった。」
剛田 「おぅ、俺も驚いたわ。」
涼平 「やっぱり凄いね、君たち。」
剛田 「お前らもな。ヤバいのそろってんね。」
涼平 「えぇっと、剛田君だったっけ。」
剛田 「おぅ。剛田。梶・・だっけか。」
涼平 「うん。涼平でいいよ。」
剛田 「分かった。俺も剛田でいいから。」
大山 「お。なんか強そうなの来たぞ。」
涼平 「君だって。」
大山 「俺は大山ね。よろしく。」
涼平 「よろしく。」
大山 「一応言っとくけど、同い年だかんね。」
涼平 「分かった。」
大山 「おぉ~~い、皇ぃ~~! 青龍館の人来てくれたぞ~~!」
近くで日向ぼっこしていた少年がこっちを向く。この声に気づいて隼介と和馬も合流してくる。少年も笑顔でかけよってくる。
皇 「どうも~。」
涼平 「どうも。」
皇 「何? 自己紹介的な感じ?」
大山 「的な感じ。」
皇 「僕、皇。一応言っとくけど、大山君と同い年ね。見えないと思うけど。」
和やかな雰囲気。初めて会った、あの試合の時は威圧感を感じたが、こうしてしゃべってみると、自分たちと同じなんだと思える。やっぱり敵対するのと仲間として接するのとでは、受ける印象がかなり変わってくる。まぁ、当たり前のことではあるが。
涼平 「俺は梶涼平。」
和馬 「・・あ、俺か。和馬。藤堂和馬。」
隼介 「俺は、」
皇 「相葉君だよね。相葉隼介君。」
隼介 「うん。」
皇 「有名だからね、相葉君。」
剛田 「じゃ、あらためて。俺は剛田。で、こっちが大山。」
大山 「よろしく~。」
剛田 「分かりやすいよな、この見た目でこの名前。まさに大山って感じ。」
大山 「いやぁ、彼に会っちゃったら印象薄くなっちゃうわ。」
隼介 「あ、俺?」
和馬 「確かに隼介ほどでかい奴、そうそういないからね。」
大山 「今日から俺、中山って名前にしようかな。」
隼介 「じゃ、俺が大山になるわけだ。」
皇 「じゃぁ、僕は小山か。」
本当に思いがけない程すんなりと馴染んでいく六人。自分と同じく武道に心血を注ぐ者とは、通ずるものがあるのかもしれない。そうでなくとも、もともと友好的な少年たちだったのかも知れない。
さらに数日後。この六人は行動をともにするようになっていた。とは言っても、自由に行動できるのは、休憩時間だけであったが。それでも、はたから見れば数年来の友だちのように見えた。この日も何気ない会話をしていた。
皇 「でもまぁ、一番上のお二人が仲悪いからねぇ。」
隼介 「ん? 二人って?」
皇 「元二大将軍の。」
隼介 「・・・・・。」
皇 「ほら、今は長老会の。」
隼介 「えぇ~~っと・・・」
皇 「直太丸(じかたまる)様と蒼雲(そううん)様だよ。」
隼介 「あぁ! 蒼雲様は知ってる。」
皇 「直太丸様は?」
隼介 「う~~ん。」
皇 「え! 知らないの?」
隼介 「知らない。偉いの?」
皇 「偉いよ。蒼雲様と同じぐらい偉いよ。」
隼介 「俺、そうゆうの、うといからさぁ。」
皇 「みたいだね。」
隼介 「楠(くすのき)将軍よりも上?」
皇 「上。あの人は左将軍だから、けっきょくは駒・・・なんて言ったら怒られるけど。」
隼介 「将軍より偉いんだ。」
皇 「実際には何の権限もないみたいだけど。でも、あの人らの意見が通るらしいよ、軍隊では。」
大山 「ちょ、ちょ、ちょ、」
皇 「ん?」
大山 「ちょっと待って。俺もよく分かんない。」
皇 「あれぇ。みんな意外と興味ないのかぁ、政治のこと。」
大山 「少なくともお前ほどは。」
皇 「そっか。気にならないのかな、そうゆうの。」
大山 「で、話戻して悪いんだけど、その軍で一番影響力ある二人が、仲悪いの?」
皇 「そう。仲悪いって言うか、意見が割れてるの。」
大山 「ほう。」
皇 「直太丸様はハト派で、蒼雲様はタカ派だから。」
大山 「・・・・・。」
隼介 「聞き慣れない単語の連続で、よく分かんない。って言いたいんだよね。」
大山 「うん、隼介と同じでな。」
皇 「ハト派は穏健派、タカ派は強硬派。・・て言えば分かる?」
大山 「さっきよりは。」
隼介 「いまいち。」
皇 「直太丸様は、国境警備に最善を尽くすべきだと主張してるけど、蒼雲様は、敵を殲滅(せんめつ)すべきだって主張してる。」
隼介 「殲滅って・・全部倒すってこと?」
皇 「そう。」
隼介 「無理でしょ。」
皇 「それをやろうとしてるから怖いんだよねぇ~。」
隼介 「確かに顔は怖いけど。」
皇・大「え。」
隼介 「ん?」
大山 「お前、会ったことあんの?」
隼介 「あるよ。一回だけだけど。」
大山 「えぇ~~~!!!」
皇 「ホントに!?」
隼介 「うん。」
皇 「・・・・・なんで?」
隼介 「見に来たから、道場に。」
皇 「青龍館に?」
隼介 「うん。」
皇と大山、声が出ない。
隼介 「で、いいとこ見せようと思ったけど、負けちゃった。楠将軍に。」
皇 「いやいやいや。え?え??」
隼介 「だからぁ、蒼雲様が俺のこと見に来てぇ、で、楠将軍と立ち合うことになって、で、負けたの。」
皇 「何で何で何で? 何で長老会の前で左将軍とやりあってるわけ?」
隼介 「なんか・・そうゆう流れになって。」
「それ、どうゆう流れ?」と思ったが、またも声が出ない皇と大山。
皇 「・・まぁ、それはいいとして。よくないけどいいとして。とにかく、なんかヤバい流れになりそうで怖い。いまは蒼雲様の方が支持されてるみたいだから。」
大山 「へ~。」
皇 「一斉検挙もそうだよ。」
大山 「ん?」
皇 「間者(かんじゃ)を一斉に捕まえて投獄しちゃったのも、あの人。」
大山 「それは別にいいでしょ。」
皇 「どうかなぁ。」
大山 「間者って、敵に情報売る、あの間者でしょ。」
皇 「うん。」
大山 「じゃぁいいじゃん。」
皇 「本当にそれが間者ならね。」
大山 「違うの?」
皇 「違うと思うよ、大部分は。」
大山 「マジで?」
皇 「あれでかなり反感買っちゃったはずだよ。国内にいる淘來の人。」
隼介 「・・・・・。」
皇 「あれのせいで本当にこの国裏切って淘來側にまわっちゃった人も多いって聞いた。」
隼介 「・・・・・。」
皇 「しかも淘來への敵愾心たきつけまくってるでしょ、あの人。」
大山 「そうかな?」
皇 「やたらと「あいつら悪だ!」「あいつら殺せ!」ってさ。正直、ちょっと落ち着こうよって思っちゃう。否定するわけじゃないんだけど。」
大山 「皇・・・」
皇 「なに。」
大山 「やたらと淘來の肩もつね?」
皇 「・・・・・。」
隼介 「公平にもの見ようとしてんだよね、皇は。」
大山 「俺は・・・蒼雲様を支持するけど。」
皇 「・・そっか。」
休憩時間は終わり、訓練へ。あとで聞いた話だが、大山は淘來のことが大嫌いらしい。もちろん淘來人も。
彼の家系はかつての淘來との戦いで、死者がたくさん出たとのこと。だから無理もないことかも知れない。
一斉検挙。・・・あの日を、『あの日』にしてしまった事件。ふと己の手を見た。あの時よりも、さらにゴツゴツに硬くなった拳。分厚くなった掌の皮膚。嫌な感覚が蘇ってくる。もう二度とあんな思いはしたくない。
殺気立った男たちが脳裏に映る。彼らは隼介をにらみつけている。狂ったような目をしている。勝ち誇ったような顔をしたかと思えば、怯えきった顔に。そのどれもがおぞましく見えた。
「昨日の敵は今日の友」
とても良い言葉だと思う。皇たちとの再会が良い例だ。でもそれは他人との関係など、状況次第でいとも簡単に変わってしまうことも意味する。
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