戦国Web小説『コミュニオン』第6話 「基本こそ奥義」

第6話 「基本こそ奥義」

 

 隼介の意識は現在に戻っていた。いつの間にか雨はやんでいた。沙耶との約束があったが、さすがに今の静流を放っておくわけにはいかない。静流はずっと無言だったが、気分は落ち着いたようである。

静流 「帰ろ。」

隼介 「・・・・・。」

 さすがに沙耶はもう帰ってしまっただろう。それとも、今日も道場に泊まるのだろうか。和馬と二人で・・・。いや、二人なわけではないが。いずれにしても、静流をこのまま一人にするわけにはいかないか・・・。

隼介 「うん。」

 隼介と静流は帰路につく。雨はあがったが、もうすぐ夜である。辺りはなかなかに暗い。なんと声をかけていいか分からない隼介。静流もなにも話さない。雨上がりの道を無言で歩く二人。

 二人は神社にさしかかる。意外にも、神社は明るかった。いくつものたいまつに照らされながら、複数の人が何やら作業をしていた。二十名はいるだろうか。

隼介 「あれ? 何やってんだろ。」

静流 「明日の準備じゃない?」

隼介 「明日って?」

静流 「だから、夏祭りの。」

隼介 「あ、明日なんだ。」

静流 「そうだよ。」

隼介 「そっかぁ・・明日だったんだ。」

 確かに、よく見ると準備されているのは、祭りに必要なものばかりだった。太鼓用の櫓や、催し物用の舞台、そして提灯や屋台がいそいそと組み立てられていく。しばらくその様子を見ていると、作業をしている若者の一人がこちらに気づいた。そして、

若者 「おぉ! 隼介か。」

 声をかけてきた若い男。だが暗くて誰だかよく分からない。

隼介 「えぇ~~っと。」

 たいまつの明かりを頼りによく顔を見る。

隼介 「あ、先輩?」

若者 「おぅ、オレオレ。」

隼介 「お久しぶりです。」

 どうやら、かつて道場で世話になった兄弟子のようだ。

若者 「おぅ。ちょうど良いところに来た。手伝ってくれよ。」

隼介 「えぇ~~。」

若者 「頼むわ。雨がよぉ~、中途半端な時間にやんじまったから急いで準備してんだわ。」

隼介 「あぁ、それでこんな時間に。」

若者 「すんげ~土砂降りだったから、みんな延期になると思ってたんだけどよぉ、結局明日やることになってよ。」

隼介 「ご苦労様です。」

若者 「うわぁ~~、めっちゃ他人事ぉ~~。て・・あ、彼女づれか。」

隼介 「あ、いえ。」

若者 「そっか。ごめんごめん、無理だわな。」

静流 「いいですよ!手伝います。」

若者 「ホントに!?」

静流 「隼介、いいでしょ。やろうよ。」

隼介 「えぇ、いやぁ、」

静流 「やろうよ~。」

若者 「彼女もこう言ってるよん。」

隼介 「いや、べつに・・・。」

静流 「彼女もこう言ってるよん。」

隼介 「・・・・・。」

静流 「ダメ?」

隼介 「・・・まぁ、いいけど・・・。」

 そんなわけで、急遽手伝うこととなった隼介と静流。静流は楽しそうに作業している。重い角材を運んだり組み立てたり、男でも大変な仕事を喜々としてやっている。そんな静流を、隼介と先輩の若者は休憩がてら眺めていた。

若者 「思い出した。静流ちゃんだよね。」

隼介 「そうですよ。」

若者 「そうだそうだ、あの元気な子だ。変わってないなぁ~、そうゆうところ。」

隼介 「そうなんですよ、変わってないんですよ、あいつ。」

若者 「でも可愛くなったよね~。うん、可愛くなった。」

隼介 「そうですか。」

若者 「おぅ、マジで可愛い。でも意外だったなぁ~。」

隼介 「何がですか。」

若者 「いやぁ、まさか隼介と静流ちゃんがくっつくとはなぁ~~って。」

隼介 「いや、違いますよ。」

若者 「違うんだ。」

隼介 「はい、そうゆうんじゃないんです。」

若者 「つき合ってるわけじゃないの?」

隼介 「はい。」

若者 「ってことは、やっぱりあの子?」

隼介 「あの子って。」

若者 「あの・・あの、あの子。名前なんつったかな。わりと背ぇ高い・・えぇ~っと、」

隼介 「沙耶?」

若者 「そうそう! 沙耶ちゃん。沙耶ちゃんと付き合ってんの?」

隼介 「違いますよ。」

若者 「そっか。」

隼介 「はい。」

若者 「そうなんだ。」

隼介 「はい。」

若者 「でも、好きだったんでしょ。」

隼介 「え!?」

若者 「あれ、違った?」

隼介 「・・・・・。」

若者 「俺、隼介ずっと沙耶ちゃんのこと好きなんだと思ってた。」

隼介 「・・そう・・見えました?」

若者 「うん。だって隼介、ちょくちょくあの子のこと見てたじゃん。」

隼介 「え・・そうでした?」

若者 「うん、見てた、ように見えた。」

隼介 「・・・・・。」

若者 「気のせいか。いや、だからさ、俺らの代のみんな噂してたよ。」

隼介 「どんな?」

若者 「隼介いつ告るんだろって。」

隼介 「えぇ!? マジですか?」

若者 「マジで。そっか、違うのか。」

隼介 「・・・・・。」

若者 「あの子、確かめっちゃモテたじゃん。知り合いも何人か告ったけど、ことごとく撃沈だったからさ、実はもう密かにデキてんじゃねって噂もあったくらい。」

隼介 「俺とですか。」

若者 「おぅ。」

隼介 「・・・・・。」

若者 「まぁ、なんにせよ、良いね。若いってのは。青春だねぇ。」


 隼介らの手伝いもあり、なんとか作業は終了する。もう深夜である。

若者 「ほんっと~~~っに! ありがとう。マジで助かったよ。」

隼介 「いえいえ。」

静流 「楽しかったです。」

若者 「ありがと。そう言ってもらえると助かるわ。明日は来るでしょ。」

隼介 「それが、」

静流 「はい! もちろんです。」

隼介 「おい。」

静流 「隼介と二人で来ます。」

若者 「おぅ、来て来て。待ってる。」

静流 「はい。」

隼介 「・・・・・。」

 ふたたび岐路につく二人。もう完全に夜である。先輩のすすめで一応たいまつを一本もらってきた。隼介はわりと夜目が効くので多少暗くても平気だが、静流のことを考えて一応もらっておいた。

静流 「明日、行くんだからね。」

隼介 「・・・・・。」

静流 「行くんだからね。私と。」

隼介 「・・・・・。」

静流 「嫌い? 私のこと。」

隼介 「そんなわけないじゃん。」

静流 「じゃあ好き?」

隼介 「・・・・・。」

静流 「黙るな!」

 その後は、他愛のない会話を交わし歩き続ける。途中川沿いの道を歩き、橋を渡る。わりと川幅があるので、この橋もそれなりの長さがある。30メートルはあるだろうか。橋を渡って少し歩けばすぐに静流の家である。

隼介 「じゃ、また明日。」

静流 「うん。ありがとね。」

隼介 「うん。」

 一人で歩き出す隼介。橋の中央にさしかかったところで立ち止まる。たいまつを川に投げ入れる隼介。

隼介 「・・・・・。」

 夜目が効く隼介は、わざわざたいまつを持って歩くのは面倒だった。水面に落ちたたいまつの火は「ジュッ」という音をたて、一瞬で消える。

 雨上がりにも関わらず月が出ており、このわずかな月明かりだけでも隼介にとっては十分だった。火の消えたたいまつが水面に浮かびながら流れていくのが見える。橋を渡り切り、川沿いのもと来た道を一人戻っていく。

 

 さっきまで静流と一緒にいた隼介だが、心の中には沙耶が映っていた。三年前の『あの日』の沙耶が。朝会ってから街へと向かう道中が。

 明るくて清々しい、素敵な未来を予感させる時間。あの日からだ。あの日から隼介は沙耶のことが気になっていったのだ。日に日に沙耶の存在が隼介の中で大きくなっていったのだ。

 道場での稽古の日々。その日々の始まりは、沙耶を想う日々の始まりでもあった。満たされているような、同時に枯渇しているような、そんな日々であった。

 しかし、それにしても・・・

隼介 「あ~~あ・・マジかよ・・・。」

 ・・・そうか、見ていたのか、自分は沙耶のことを。周りのみんなは知ってたのか、そのことを。少なくとも、年上の人たちには気づかれていた。

 今更ながら、恥ずかしくなってくる。誰にも気づかれてはいないと思っていたのに。そんなことを考えながら、一人夜道を帰っていく。

 

 

 

 次の日。道場へ向かう隼介。隼介の心は沈んでいた。今日、どうゆう顔して沙耶や和馬や静流に会えばいいのだろう。さすがに昨日までと同じというわけにはいかないよなぁ・・・。

 モヤモヤしながら道場に入る。稽古着に着替える。すでに多くの門下生が来ており、稽古前のおしゃべりを楽しんでいる。

 人だかりの中、沙耶と和馬を探す。さすがに静流は午後からしか来ないだろう。そもそも来るかどうかも分からない。

和馬 「隼介。」

 振り向くと和馬がいた。

隼介 「おはよ。」

和馬 「うん、おはよ。」

 笑顔の和馬。だが、あいさつを交わした後、沈黙する二人。

和馬 「どんな感じだった?」

 ざっくりとした質問だった。もちろん静流のことだろう。

隼介 「うん・・・そうだねぇ・・・泣いてた。」

和馬 「そっか。」

隼介 「思い出しちゃったみたいでさ、あの日のこと。それと、沙耶と喧嘩したみたいだね。喧嘩ってのともちょっと違うけど。」

和馬 「あぁ・・・。」

隼介 「沙耶は?」

和馬 「うん。それがさぁ、・・何でもないって言うんだよ。」

隼介 「え。」

和馬 「何でもないから、その話はしないで・・みたいな。」

隼介 「うわぁ~~、そう。」

和馬 「うん、そう。」

沙耶 「隼介。」

 いつものように、沙耶が明るくあいさつをして近くに来る。

隼介 「おぅ。」

沙耶 「おはよ。」

隼介 「おはよ。」

沙耶 「体、どう?」

隼介 「ん?」

沙耶 「体調。ケガとかしてない?」

隼介 「ケガは・・ないかな。筋肉痛はあるけど。」

沙耶 「そっか。」

隼介 「いや、ほとんど毎日だよ、筋肉痛は。」

沙耶 「鍛えてるねぇ。」

隼介 「まぁ、好きでやってるから。」

沙耶 「じゃぁ、今日からでも大丈夫かな。」

隼介 「何が?・・あぁ、稽古ね。」

沙耶 「うん。じゃぁよろしく。」

 それから雑談が続く。いつも通りの会話。本当にいつも通りの、昨日までと同じような感じで話す沙耶。笑顔で応じつつ、内心戸惑う隼介と和馬。そうこうしているうちに稽古が始まる。本当にいつも通りの一日が始まってしまった。

 午前の稽古が終わり、昼休み。和馬らと合流しようと人だかりの中を歩きながら探す隼介。そこへ静流がやってきた。稽古着ではない。普段着である。そして、いつも通りの笑顔。

静流 「隼介。」

隼介 「おぅ。」

静流 「神社で待ってるから。」

隼介 「・・・・・。」

静流 「稽古が終わったら、すぐ来てね。じゃ。」

隼介 「・・・・・。」

 静流、帰ってしまう。他の門下生にもあいさつを交わしていたが、沙耶のところへは行かなかった。やはり確執があるのだろうか。和馬が寄ってくる。

和馬 「来てたよね、静流。」

隼介 「うん。」

和馬 「帰っちゃった?」

隼介 「うん。」

和馬 「何か言ってた?」

隼介 「待ってるって。」

和馬 「待ってる。何を。」

隼介 「俺を。」

和馬 「え。」

隼介 「今日の祭りに来いってさ。」

和馬 「・・・どうすんの。」

隼介 「行かないよ。沙耶に稽古つける約束してあるから。」

和馬 「そっか。」

 そして午後の稽古が始まり、終わる。そして恒例の百人抜き稽古。隼介、昨日ほどではないが、全然調子がでない。相手をどうしていいのか分からない。

 ぶちのめす? いやいや。

 どうしてぶちのめす必要が?

 そもそも、ぶちのめすという表現が違うだろ。稽古だろ稽古。

 なんのための稽古? 稽古は稽古だろ。だからなんのための?

 お前に不快感を与えた「あいつら」をぶちのめすためじゃないのか!

 待て待て。違う違う。そもそも「あいつら」って誰?

 誰かは分からない。誰でもないなら「何か」でいい。

 とにかくその何かをぶちのめしたいんだろ?

 

 頭の中では自問自答が繰り返される。心ここにあらずのまま、体は自動的に動き続ける。と、その時、

 「パシィ~~ン!」

審判 「一本!」

 綺麗な一撃が入っていた。隼介にである。なんと、負けたのである。隼介は6人目の相手に、あっさり負けてしまった。いつもなら余裕で勝てる相手にである。

 ざわめきが起こる。誰も予想していなかった展開に、この場に居た全員が唖然としている。隼介、そして勝った本人でさえ。

 まだ観客、もとい稽古後にいつも立ち寄ってくる門下生たちが集まる前にである。こんなことは初めてであった。

 

 

 何はともあれ、今日の稽古は終わってしまった。隼介は約束通り、沙耶に稽古をつけるために道場に残っていた。居残り稽古の許可はすでにとってある。

 隼介、一人道場で正座し、沙耶を待っていた。その間、考えていた。沙耶に何を教えるべきなのか。

 静流のことには・・・触れない方がいいのか? 余計なことを言ってしまっては稽古どころではなくなってしまう可能性もある。うん、稽古のことだけ考えよう。そうこうしているうちに、沙耶がやってくる。

沙耶 「お待たせ。」

隼介 「うん。じゃ、始める?」

沙耶 「うん。」

隼介 「お願いします。」

沙耶 「お願いします。」

 礼をする二人。

隼介 「じゃあ、俺にかかってきて。」

沙耶 「あ、防具いる?」

隼介 「いらない。自由にかかってきて。」

沙耶 「はい。」

 竹刀を持つ二人。沙耶、隼介に攻めかかる。わりと軽めの連撃。

隼介 「本気出していいよ。」

 沙耶の動きが速くなる。さきほどは様子見だったのか、3割増しほどの速さ。しかし、そのすべてをさばいていく隼介。

 こう見るといかにも実力差がある二人だが、沙耶もまた、女性にしてはかなり強い方である。そのうち沙耶の息が切れてくる。隼介はまだまだ余裕である。

隼介 「はい、そこまで。」

 その場で立ち尽くし、ぜぃぜぃと息を切らす沙耶。沙耶の息が整うのを待って、隼介が話し始める。

隼介 「うん、いいね。いい動きしてる。」

沙耶 「ありがと。」

隼介 「ただ、ここぞというところでの力がない。たとえ相手が男でも、怯んだ瞬間に攻勢をかければ勝てる。さっきも何度か好機があったけど気づいたかな?」

沙耶 「え、怯んだ? さっき。」

隼介 「怯んではないけど、ここで攻めてこられたら嫌だなって瞬間は何度かあった。」

沙耶 「・・・気づかなかった。」

隼介 「感じ取って、相手を。体の動きもだけど、心の動きも。」

沙耶 「はい。」

 稽古再開。さきほどと同じように、攻めかかる沙耶。同じようにさばいていく隼介。沙耶が強めに竹刀を打てば、当然その分それを受けた隼介の竹刀は大きく弾かれる。無論、隼介の筋力であるから、弾かれると呼べるほどのものではないが。それでも、攻め手の動きが受け手の反応に影響を及ぼしていることは実感できる。

 沙耶、意図的に攻めの手に力を込める。力だけでなく速さも上げていく。それでも隼介、それらをことごとくさばいていく。余力を考えず全力で攻め続けたため、一気に体力の限界が訪れる沙耶。

隼介 「はい、そこまで。」

 その場で立ち尽くし、ぜぃぜぃと息を切らす沙耶。さっきよりも疲労している。沙耶の息が整うのを待って、隼介が話し始める。

隼介 「どうだったかな。」

沙耶 「う~~~ん、勝てる気がしない。」

隼介 「そっか。でも、なかなかの攻めだったよ。あれがもっと長い時間続けられたら、相手に隙をつくれるから、今のを稽古するといいよ。」

沙耶 「今のをって・・持久力をってこと?」

隼介 「持久力と、筋力。筋力って言っても、ただの力じゃなくて、打ち込むための筋力。技から速さを生み出すこと。」

沙耶 「はい。」

隼介 「大事なこと言うね。」

沙耶 「はい。」

隼介 「基本こそ奥義。」

沙耶 「・・・・・。」

隼介 「何よりまず基本。基本こそ奥義。復唱して。」

沙耶 「基本こそ奥義。」

隼介 「うん。じゃぁもう一回。」

 ふたたび同じ稽古が始まる。ひたすらに単調な稽古が続けられ、沙耶はもう立っているのがやっとの様子。

隼介 「はい、そこまで。じゃぁ、今日の稽古はここまで。」

 沙耶、まだ息を切らしている。

沙耶 「・・・ありがとう・・・ございました・・・。」

隼介 「お疲れぇ~。」

沙耶 「お疲れ。・・ありがと・・疲れた。」

隼介 「ホントお疲れさん。」

沙耶 「ん~~ん、隼介こそ。疲れてるだろうに、本当にありがと。」

 結局、この日沙耶は隼介に一発も当てられずに終わってしまった。だが、確かな手ごたえを感じていた。ばたりと床に倒れ込む。

沙耶 「あ~~~~、気持ちいい。」

隼介 「良かった。」

沙耶 「やっぱ隼介にお願いして良かった。強くなれそう。」

隼介 「ありがと。でも沙耶、もともと筋がいいよ。」

沙耶 「どうも~。」

 遠くの方から、祭りの音が聞こえてくる。お囃子(おはやし)の太鼓や笛の音が、かすかに、それでいて確かに聞こえている。いまごろ、門下生の仲間たちの多くもあの音の中で楽しんでいることだろう。でも、自分にとってはこっちの方がしっくりきている。

 心地良い疲労感の中、二人はそう感じていた。隼介も沙耶も、同じことを感じていた。とは言え、感じていることは同じでも思っていることは違っていた。

 隼介は、自分がなぜ稽古をするのか、その理由を再確認していた。楽しいから。単純に、それだけなのだ。武道だとか自己を高めるだとか、そんなことは後づけだし、ましてや「何か」をぶちのめすためだとか、そんなことはどうでもいい。

 もしかしたらまた、そんな邪念が湧いてくることもあるかもしれない。その時はまた基本に立ちかえればいい。

 『基本こそ奥義』とは、よく言ったものだ。沙耶と共有した時間は、隼介にとって大事なものを取り戻すかけがえのないものとなった。

 また沙耶にとっても、かけがえのない時間となった。ただただ強くなるために始めた道場での稽古。しかし隼介の教えから、強くなることとは別のものを得た。

 考えてみれば当たり前だが、自分の動きが相手と連動していることに感動を覚えた。体の動きはもちろんのこと、心の動きに至っても。

 そして、相手の心の些細な動きを感じとろうとする繊細な意識。静かで心地よい集中力。1秒を100分割して、その一つ一つの形や色を感じ取るイメージ。

 この集中力を維持して稽古を続ければ、いずれ見える世界が変わっていく。そんな気さえしていた。もはや試合に勝ちたいとか、強くなりたいとか、そんな次元のことなどどうでも良く・・・はないが、隼介と一緒にいる時間が、とても貴重なものに思えた。

隼介 「じゃぁ明日からは俺も反撃するから。」

沙耶 「あ、そっか。相手は反撃してくるんだった。」

隼介 「当然。」

 沙耶といっしょに道場を出る。帰り道、いつも以上に笑顔の二人がいた。そして沙耶の家に到着。

沙耶 「本当にありがとうね。」

隼介 「うん。じゃ、また。」

沙耶 「うん、また明日ね。」

 隼介、一人で帰路につく。風が心地良い。祭りの音が近づいてくる。神社の横まで来た。祭りはまだまだ盛り上がりを見せていた。

 すでにけっこうな時刻のはずだが、いったい何時まで続けるつもりなのだろう。そして、神社を後に歩き出そうとした時、

静流 「隼介。」

 隼介は忘れていた。すっかり忘れていた。静流のことを。しかし、はじめから決めていたのだ。祭りには行かないと。

静流 「ねぇ、隼介!」

隼介 「・・・・・。」

ゆっくり振り返る隼介。静流が立っていた。

隼介 「・・・おぅ。」

 祭りの音が、鮮やかに鳴り続けていた。




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