戦国Web小説『コミュニオン』第29話「見たなら殺せ」

第29話 「見たなら殺せ」

 

 敵本拠地に向け進軍を続ける楠将軍率いる北部攻略部隊。二度にわたる大規模戦の末、敵に大打撃を与えることに成功した後は、小規模な戦闘がときおりあるぐらいであった。敵はじょじょに数を減らしながら南下していく。

 このまま順調に戦争は終わりを迎えるのだろう。と、願うも、やっているのは殺し合い。追い込まれた側は手段を選んでなどいられない。となると、追い込む側も手段を選んでなどいられなくなっていく・・・

 

 

 行軍中、廃墟と化した町を通過することとなる。建物はすべて焼かれ、多くの人間が倒れていた。皆死んでいる。それを横目に歩き続ける隼介。もはや死体など珍しくもなくなってしまった。斬られ、貫かれ、殴打され、焼かれ・・・

 そりゃあ死ぬわ。淡々とした、そんな感覚となってしまっていた。

 が、それでも今見ている光景は隼介を動揺させた。女性まで倒れている。子供まで倒れている。老人まで倒れている。

 しかもその中には、剣や弩を持っている者もいるのだ。つまり戦って死んだのである。まだ十歳ほどの男の子が倒れている。手には弩が・・・

 立ち止まる隼介。見なかったことにして再び歩き出す。が、見てしまったのだ。確かに見てしまったのだ。隼介、立ち止まり嘔吐する。四つん這いになって吐く。

 不快な思いが腹の底から込み上げてくる。そして、吐く。吐く。吐く・・・

 ふと視線を上げると、少女が倒れていた。隼介と同い年ぐらいであろうか。彼女は武器を持ってはいない。それでも殺された。武器を持っていなくても彼女は殺された・・・

隼介 「・・・・・。」

 

 

 さかのぼること三日、ちょうど隼介らが奇襲を受けていた頃。この町に来た部隊もまた奇襲を受けていた。しかも敵は町人になりすましており、こちらが油断した隙を突いてきた。

 さらには元々の町人までもがそれに加担し、襲いかかってきた。もはや誰が敵で誰が敵でないのか判断がつかなくなった醒陵軍は、誰彼かまわず見つけしだい攻撃してしまう。現場は混乱を極め、ついに殲滅命令が出てしまった。殲滅、つまり皆殺しである。

 そして、この有様。怖かっただろう。皆怖かったはずだ。町の人たちは敵が、つまり醒陵軍が来たら何をされるのか分かったものではない、と思ったに違いない。「危害は加えない。」などと言われて、信用などできない。

 かといって抵抗すれば、それこそ何をされるか分からない。表向きだけでも受け入れざるを得なかったはずだ。

 もしかしたら淘來軍に脅された可能性もなくはない。「協力しなければ殺す。」と言われて、泣く泣く奇襲に加担したのかも知れない。

 醒陵側の兵士も怖かったはずだ。受け入れてくれたはずの者たちが、実は自分たちを殺そうとしていたと知ったら、そりゃあ恐ろしい。もはや誰も信用できない。

 

 でも、これは・・・ダメだ・・・。

 なんてことを思っても、綺麗ごとを言ったところで何ともならない。隼介もまた、同じ立場に立たされるかも知れないのだ。隼介は相手を「敵」だと断ずることで殺めることを自分に許した。敵ならばしかたないだろ、と。躊躇していたら自分が殺されるだろ、と。でも、

 

 子供でも敵だったら殺す?

 女性だったら?

 隼介の心は否定する。・・・それは・・・ダメだ。と。しかし体(本能?)は肯定する。そうするしかないだろ、と。

 そして隼介は考えるのをやめる。こんなことを考えていたら、そのうち心が壊れると思ったから。ただでさえ隼介は、精神に異常をきたしていた。もうこれ以上、負荷をかけたくなかった。

 隼介の現実逃避は日に日にひどくなっていった。いつの間にか気づかぬ間に、意識は思い出と空想の中に迷いこんでいた。いくら声をかけても意識が戻らないこともあり、さすがに身近な者たちは心配しだした。隼介に限界が近づいているのは明らかであった。

 だが、今ここで隼介に戦線離脱させるわけにはいかない。

 

 敵は大斬刀の悪鬼を恐れていた。隼介がいなくなったと知れば、敵の反撃が激しくなることも懸念される。優勢とは言え、残党軍はまだ近くにいて反撃の機を狙っている。

 さらには敵の中には名もなき猛者が埋もれている。そんな奴が先日のようにこちらの虚を突いて攻めてきては、手痛い仕打ちを受ける。それに対抗するためにも、隼介にはもう少し働いてもらわなければならない。

 そして命令が下る。

 

 殲滅戦。

 

 最初で最後の殲滅戦をもって、隼介には醒陵へ帰還するよう命令が下った・・・

 

 

 

 その日は曇り空だった。作戦はその日の午後に開始されることが決定した。作戦に至った経緯はこう。約2キロ先にある町に敵残党軍が集結しているという情報が入った。ここは敵本拠地に一番近い町である。ここを占領してしまえば淘來軍ののど元に刃を突きつけたも同然である。

 しかし当然敵もそれを承知している。なんとしても死守せんと激しく抵抗することが予想される。もちろん手段は選ばないだろう。

 この間のような手も使ってくると見た方が良い。もはや町の人に受け入れてもらった上で、などと悠長なことは言っていられない。町で会った者すべてを敵であるとみなし攻撃対象とする。

 

 つまり、「見たなら殺せ。」である。

 それに背けば命令違反として処罰される・・・

 

 

 曇り空を眺めながら、隼介が一人呆然としながら荒野に座っていた。そこへ和馬が。

和馬 「・・・・・。」

隼介 「・・・・・。」

和馬 「隼介。」

隼介 「・・・・・。」

 隼介、反応がない。和馬の声も届いてないように見える。和馬、隼介の隣に座る。しばらく二人して曇り空を眺める。

隼介 「・・・あの日・・・」

和馬 「・・・え?」

隼介 「沙耶と二人で、初めて出かけてさ・・・」

和馬 「・・うん。」

隼介 「すごく良い日だった。」

和馬 「・・うん。」

 和馬、隼介が何を言っているのか分からないが、穏やかにあいづちをうつ。

隼介 「初めて・・人・・本気で殴ったらさ・・・」

和馬 「うん。」

隼介 「死んだ。」

和馬 「・・・・・。」

隼介 「・・・ハハッ、」

 隼介、自虐的な笑い。話の展開についていけないが、それでも隼介の心を読み取ろうと、彼の言葉に意識を集中する和馬。

和馬 「そっか。」

隼介 「誰が悪いのか分かんないんだけどさ・・・」

和馬 「うん。」

隼介 「怖いわ。人も・・・自分も・・・」

和馬 「うん。」

隼介 「敵って・・何だろ?」

和馬 「・・何だろな。」

隼介 「俺・・・このままじゃ・・・みさかいなくなっちゃうと思う・・・」

和馬 「・・大丈夫。」

隼介 「取り返しのつかないことになりそうで・・・怖いわ・・・」

和馬 「・・・・・大丈夫。」

隼介 「そうなったら・・・そうなる前に・・・お前が俺を・・・」

和馬 「大丈夫!」

隼介 「殺してくれ。」

 立ち上がる和馬。なんと返していいのか分からない。隼介は変わらず呆然と曇り空を眺めている。和馬、何か言おうとするも結局何も言えず去っていく。

 

 そして始まる殲滅戦。まずは弓兵隊による一斉攻撃。矢の雨が町へと降り注ぐ。反撃はなかった。が、これで敵を倒せたとは思えない。おそらくは隠れているに違いない。今度は無数の火矢が放たれ、町のあちこちで火の手が上がる。

 そして突入していく醒陵軍。長槍は市街戦には不向きなため、長槍隊は町の外にて包囲。町から逃走した敵兵を討ちもらすことのないよう配備されている。実際に突入していくのは通常サイズの槍を持った歩兵部隊の兵士たち。

 少人数でチームを組み、民家に突入していく醒陵軍。しばらくは何も起きなかったが、数軒目に突入した民家にて戦闘が発生する。敵兵が隠れていたのだ。

 瞬く間に斬殺される。他の民家でも、次々と敵兵が見つかり戦闘となる。だが、数はこちらが圧倒的に多く装備も充実しているため、有利に展開していく。

 中には手ごわい相手に苦戦する場面もあったが、すぐに応援の兵がかけつけ着実に敵を抹殺していった。

 

 隼介はこの戦いにおいても大斬刀を得物として選んだ。市街戦ともなれば狭い場所も多く、あまり長柄でない方が有利かも知れないが、やはりこの武器が一番信用できる。いざ不利となれば、戦法を変えるまでだ。

 実際、これまで隼介は臨機応変な戦いを繰り広げ、そのために多くの戦功をあげ危機も脱してきたのだ。またこの武器を選んだ時点で隼介は、単独行動することを部下に告げた。狭い場所で大斬刀を振り回せば、味方に当たる危険もあるからである。

 隼介も民家に突入する。が、誰もいなかった。当たり外れがあるようで、人がいる時もあればいない時もある。いるのが当たりなのか、いないのが当たりなのかは分からないが、隼介は3軒の民家に突入し3軒とも誰もいなかった。そして4軒目に突入・・・する直前、気配を感じた。

 ・・・これは、いるな・・・

 思いっきり大斬刀を入口の右側の壁にぶち当てる。無数の木片とともに鮮血が舞う。民家に入る隼介。やはりいた。隠れて不意打ちを狙っていたであろう敵兵は倒れていた。まだ息があり、這いながら隼介から逃れようとする。だが、

 出血がひどく間もなく絶命するだろう。隼介は民家の中へと歩を進める。その視線の先には二人の敵兵がいた。絶望的な目をした男たちが剣を持って構えている。

 淘來兵がよく円形の盾とセットで持っている、片手持ちのやや短い剣だ。盾はどうしたのか? 鎧も着ていない。売ったのか捨てたのか、いや、もしかしたら兵士ではなく町人なのかも知れない。

 もしくは、兵士が町人に扮して騙し討ちしようと企てるも、問答無用で殺しに来たのでやむなくこうなったのか。本当のところは分からないが、そんなことはどうでもいい。

 とにかく、

 

 「見たなら殺せ。」

 

 である。狭い屋内で思いっきり大斬刀を振り回す隼介。一回転させた勢いを乗せて薙ぎ払う。二人の男は吹っ飛ばされ、壁に激突して落ちる。うち1人は、上半身と下半身がちぎれかかっていた。もちろん即死である。

 ・・・やっぱり鎧を着てないともろいな。ま、着てても両断したことあるけど・・・

 などと、乾いた感想が隼介の脳裏に浮かぶ。自分を殺そうとした者は敵である。敵に対しては容赦しない。民家を出る隼介。そして次の民家へ突入する。

 今度もいた。またも三人。突入と同時に斬りかかってきたが、隼介は難なく対応。大斬刀の一撃で三人は吹っ飛ばされ、やはり壁に激突して落ちる。

 淡々と仕事をこなし、また外へ出た隼介。この調子で作戦を遂行し、はやくこの地獄から逃げ帰りたい。難しいことではない。さっさと殺って、さっさと帰ろう。またも乾いたことを考える・・・が・・・

 

 

 視線のさき、やや離れたところに命乞いしている者がいた。老人だった。老夫婦らしき二人だった。隼介の中に、じわじわと慈悲の心が湧いてくる。さすがにこんな人たちを攻撃するのはどうかと思えてくる。

 老夫婦は数人の兵士ににらまれながら、

 「敵じゃないから見逃してくれ。」と懇願しているように見えた。兵士たちは彼らをにらみつつも、困惑していた。そうなのかも知れない。

 でも、そうじゃないかも知れない。見逃して背を見せた瞬間、斬りかかってこないとも限らない。

 じつは彼らは囮で、隙をつくって不意打ちを狙っている者がいるのかも知れない。いや、まさかな。そんなことは、さすがにないだろう。

 と、隼介が兵士のすぐ後ろに目をやると・・・いた。彼らの死角となる家と家の間の狭い路地から、弩を持った男が二人忍び寄っていた。

 ・・・マジかよ。マジで囮でマジで不意打ちかよ・・・

 隼介は走り出した。そして大きく跳んだ。高く振り上げられた大斬刀が、狭い路地に振り落とされた。刃は地に刺さる。叩きつけられた男は、もちろん即死。

 もう一人は慌てて走り去っていった。隼介の足元に血だまりができていく。ようやく兵士は自分たちが狙われていたことに気づく。

 老夫婦は慌てていた。「そいつらは知らない。無関係だ。」と自分たちに敵意がないことを必死に主張する。だが、兵士たちは戦慄していた。当然である。

 もし隼介が助けに来てくれなかったら、自分たちが死んでいたのだ。老夫婦が言っていることは本当なのかも知れない。しかしやはり、嘘なのかも知れない。

 もう余計なことは考えない方がいい。兵士たちも覚悟を決め、この作戦のルールに従う。「見たなら殺せ」というルールに・・・

 

 

 逃げてくれ。頼むから逃げてくれ。敵じゃないと言うのなら、視界に入らないでくれ。隼介は心でそうつぶやきながら、大斬刀を赤く染めていく。

 分からないんだよ。マジで分からない。敵かどうかが分からない。武器を持っていようがいまいが、それだけでは判断できない。口では何とでも言える。

 「敵じゃない。」って言われても、逆に疑わしく思えてしまう。

 

 民家の間の路地を抜けると、少し広い道に出た。幅 数メートルの道を挟んで正面にも民家が並んでいる。民家と民家の間には、いま自分が通ってきたような路地がいくつも見える。隠れる場所がたくさんあることになる。

 こういった地形は注意が必要だ。敵が潜んでいる可能性がある。この辺りには火の手が上がってなく、静かであった。戦闘が続いている場所から少し離れたようだ。隼介が一人、先行しすぎてしまったのかも知れない。注意深く辺りに気を配りながら歩を進める。

 

 気配を感じる隼介。辺りを警戒していると、路地から突如幼い少年が出てくる。10歳ぐらいであろうか。・・・なんだ? と思っていると、すぐにわらわらと子供たちが姿を現す。どの子もこの少年と同じく10歳ぐらい。

 もっと幼い子や女の子までいる。怖がる様子もなく、子供たちは隼介を囲んだ。隼介、どう対処していいのか分からない。どう見ても敵ではない。だとしたら、逃げてもらわないと困る。

隼介 「逃げた方がいいよ。ここはもう危ないから。」

 隼介が話しかけても何も答えてくれない。子供たちは皆、黙って隼介の顔を見ている。

 

 ・・・怖いのかな? そりゃあそうだろうな。見知らぬ大人たちがいきなり沢山やってきて、しかもこんな大きな体をしたやつが現れては、さすがに怖いよな・・・。

 でもそれだったら逃げるか。珍しいのかな? 他の国の人が。いや、こんなでかい人間が珍しいのか?

 さて、どうしたものか。

隼介 「・・・・・。」

 とりあえず大斬刀を置く。が、それだけでは子供たちの表情は変わらない。笑顔にしないと、と思った隼介。が、笑えない。笑顔の作り方を忘れてしまった。

 ひきつった笑顔すら見せることができず、ずっと真顔の隼介。「ここにいては危ない」ということを、何とか伝えたい隼介だが、どうすればいいのか分からない。

 

 突然、背中に激痛がはしる。無意識にそこに手を触れる。背中の右側、手の届くところに何かがあった。

 ・・・矢である。鎧を貫き矢が刺さっている。

 ふと斜め後ろを見ると、子供の一人が弩を持ってこっちを見ている。

 ・・・子供に、撃たれた?

 振り返る。そして気づく。背中側にいた子供たちは皆、弩を持っている。と、気づいた時には矢が放たれていた。数発の矢が隼介めがけて発射された。

 ふたたび激痛がはしり、後ろへ二歩さがる隼介。胸には三発の矢が命中。またしても鎧を貫き隼介の体まで届いていた。

 

 走り去っていく子供たち。しかし、一人だけ残っていた。最初に現れた少年だ。少年は短刀をとりだす。そして隼介に跳びかかってきた。状況が理解できず、不覚にも太ももに短刀を突き立てられる。

 が、佩楯(はいだて。足の防具)に阻まれ刺さらない。そして突然現れる淘來人の男たち。手には剣を持っている。淘來兵の剣である。隼介、ようやく状況を察する。

 奇襲だ! 奇襲を受けたんだ! が、痛みに意識が向いていて対応が遅れる。素手の隼介に剣を突き立ててくる男たち。鎧の隙間である脇を狙ってきた。

 とっさに身をひねってかわすも、べつの男が反対側の脇を狙って剣を突き立てる。さすがにかわしきれず、せめて脇をしめて防御する。腕をかすった刃が傷を刻みつける。

 が、その傷よりも先に弩で受けた四つの傷の方が痛む。間をおかず三人目が首を目がけて突いてくる。これを食らっては一巻の終わりである。

 激痛を無視して体が勝手に動く。敵の剣を持ったその手を掴み、振り回す。

 それにぶつかって、最初に攻撃してきた敵が倒れる。今度は反対側に、掴んだ男を振り回す。男の腕は折れ、剣を落とす。そしてそのまま投げつける。

 それにぶつかって倒れる二人目の男。敵の攻撃が途絶えたことで、状況をさらに把握する隼介。

 

 敵は三人。うち一人はほぼ戦闘不能。と、思ったのもつかの間、べつの一人に太ももを後ろから刺された。佩楯のない部分だ。刺したのは、あの幼い少年。

 怯んだ隼介に跳びかかってくる男たち。不意を突かれたため、倒れ込んでしまう隼介。背中に刺さっていた矢が、さらに深く食い込む。激痛。しかしそれどころではない。剣を突き立てようとした男を反射的に蹴り飛ばす。

 起き上がろうとした隼介に飛び乗る少年。ふたたび背中の矢が、深く刺さる。馬乗りになった少年が、左手で隼介の首を抑えつける。そして短刀を持った右手を振り上げる。切っ先は下を向いている。

 反射的に右腕が動く。少年を叩き飛ばさんと本能が猛る! 素手であろうがこんなのが直撃すれば、即死はまぬがれない。そして直撃!

 隼介はついに、子供を殺めてしまった・・・かに見えた。

 

 激痛。

 右腕に激しい痛みがはしり力が抜ける。そのため叩き飛ばされた少年が受けたダメージは大きく軽減された。地に落ち、転がっていった少年。

 すぐに隼介は起きあがり、斬りかかってくる男を左手で殴り飛ばす。その拳はすぐに横へ振られる。横から襲ってきた男の顔面に拳はぶち当たる。

 隼介の裏拳が炸裂した男は吹っ飛ばされる。腕を折られ何も出来ない男が立ち上がり逃げていった。

 

 少年は?

 少年が飛ばされた方を見る。・・・姿がない。・・・そうか、逃げたか。逃げてくれたのか・・・

隼介 「・・・・・。」

 隼介、しばらく黙ったまま立ち尽くす。そして歩き出す。痛みがはしる。矢が刺さったままであった。鎧のおかげで傷は深くはなかった。

 鎧がなければ、おそらく隼介はここで死んでいただろう。矢を抜く隼介。二本目、三本目。そして四本目。そのたびに激痛がはしったが、命に至る傷ではないことが実感として分かる。

 

 ・・・つくづく頑丈な体・・・

 隼介は我ながら自分の肉体の強さに唖然としていた。体というより、命? 命そのものが、隼介の意識の範疇を越えて生きようとしている感覚。

 耐久力もさることながら、激痛のなかでも反射的に動けてしまうのもまた凄い。

 ・・・とは言え、合点がいかないこともあった。右腕の痛みだ。今はもう痛くない。本能的に少年を殺そうとしたあの瞬間だけ、痛みがはしって動きを抑えた。痛くても動ける深い傷もあるのに、浅くても動けない傷があるなんて・・・

 

 大山が死んだあの戦いの時に受けた傷だ。治ったと思っていた。そしてやはり今はもう痛くないのだから、治っているようにも思える。

 ・・・大山の最期を思い出す。大山は隼介をかばって死んでいった。いま自分が生きているのは、大山のおかげだ。彼にもらった命と言えるのかも知れない。

 隼介に対し、何かメッセージめいたものを伝えようとしているのかも知れない。

 そんな気もする。が・・・

隼介 「・・・だから・・・どうしろっての・・・」

 どうしようもない。やるしかない。隼介はこの殲滅戦を遂行しなければならない。胸に痛みを抱えながら、フラフラと歩き出す隼介。何軒か民家を素通りする。気配を感じなかったため無視したのだ。もしかしたら誰かいるのかも知れないが、入る気になれなかった。

 分かりやすく敵が敵意丸出しで武器を持っていれば敵だと断ずることができる。そうすれば自分も不意を突かれることもない。出来れば入りたくない。

 民家に入ってさっきみたいな状況にはなりたくない。ならば見なければいい。「見たなら殺せ」であるのなら、見なければいいのだ。気づかなかったのならしょうがないではないか、などと言い訳を用意する。

 

 しかし、ある民家の前で立ち止まる。

 ・・・いる。この家にはいる・・・

 どうする? 無視する? しかし敵の可能性も高い。でも自分が無視したからとて、誰も見てはいない。もうあんなのはゴメンだ。とは言え、見逃したのが原因で味方が危ない目にあう可能性だってある。・・・しかたない。

 気づいてしまったのなら入るしかないか・・・

 隼介はその民家に突入した。

 

 

 幼い少年がいた。さっきと同じく10歳ぐらい。

 ・・・またか・・・黒か? 白か? 白であってほしい・・・

 と、思いたかった隼介。だが少年の手にはまたしても短刀が握られていた。そしてその切っ先は、隼介に向けられていた。限りなく黒に近いとしか言いようがない。

 いや、黒だと言わざるをえない。が、隼介は探し続ける。そうではないという理由を。この子は決して敵ではないという証を。

 少年は隼介をにらみ続ける。・・・これは正当防衛だ。誰だって知らない人間が突然現れれば危険を感じる。ましてや我々は軍隊だ。拒絶されて当然。だからこの子は敵ではない。

 しかし、隼介の中から声が聞こえてくる。

 

 「ではなぜここにいる?」

 「なぜ逃げなかった?」

 「逃げることもせず、今ここで刃を向けている者が敵ではない?」

 「それを証明するものを見せろ!!!」

 「でなければ・・・敵だ。」

 

 

 少年の後ろで何かが動く。少年にばかり意識がいっていて、その他のものが見えていなかった。少年のうしろで、誰かが寝ている。その誰かもこちらを見ている。

 長い黒髪をしたその誰かが上半身を起こす。それは、少女だった。隼介と同じぐらいの歳の少女である。少女は怯えた顔で隼介を見ている。

 どことなく病弱に見えるその少女は、どう見ても戦う人間には見えない。しかし、それでも隼介の中から聞こえてくるのはこんな言葉であった。

 「戦う人間には見えない?」

 「さっきだってそうだったろ?」

 「よけいな感情は捨てろ。」

 「死ぬぞ。」

 確かに。確かにその通り。その通りだが・・・隼介にはどうしても敵には見えなかった。

 姉弟? 友達?

 よくは分からないが、少女は逃げるに逃げれないんじゃないのか? この男の子は、彼女を置いて逃げたくなかったんじゃないのか?

 だったら合点がいく。守るためにここにいるんだ。決して、決して敵ではない。少なくとも自分はそう判断する。

 

 

 少年たちに背を向ける隼介。どうせ自分が手を下さなくとも、誰かにやられるだろう・・・

 でも、もしかしたら、万に一つでも生き残る可能性があるかも知れない。

 何もできないけど、せめて運命に委ねよう。

 

 

 

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戦国Web小説『コミュニオン』16~30話

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