戦国Web小説『コミュニオン』第38話「原点回帰」

第38話 「原点回帰」

 

 隼介の行方を追っていた捜索隊は目撃情報を得る。常人ならぬ体格の鎧武者が歩いているのを、深夜に見たという者が現れたのだ。隼介以外の何者でもない。

 しかもそれは、隼介の家がある町の近くであった。間違いない。彼は自分の町へと向かっている。何のため?それは分からないが、とにかく自分が歩いた道をたどり戻っているようである。その町も含め、近隣に外出禁止命令が出された。

 「淘來の間者が武器を持って逃げ回っている」との触れ込みとともに。蒼雲からの指示で、決して行方不明の殺人鬼の正体がバレてしまわぬよう、との手回しであった。

 町には隼介捕縛のため兵士たちが送り込まれる。彼らには、捕縛が困難だと判断したならば殺してもよいとの指示も出された。最初は必ず殺せと言っていた蒼雲の、せめてもの妥協であった。

 

 この町で隼介を捜す少年がいた。和馬である。上官に頼み込み、和馬は捜索隊に参加していた。また和馬は隼介の情報を、沙耶へと伝えていた。危険が伴うかも知れないということで、決して捜すことのないよう念を押した。その上で隼介は必ず連れ戻すと約束した。

 和馬はわざわざ沙耶に教えに行ったわけではなかった。むしろ黙っていた方が良いとさえ思っていた。だが、顔をあわせてしまったため聞かれてしまったのだ。

 沙耶はこちらへ戻ってからも、毎日道場へ通い稽古を続けていた。道場、つまり和馬の家である。父・藤堂翔馬にことの詳細を伝えに寄っただけであったが、沙耶とバッタリはち合わせてしまったという流れであった。

 

 

 居残り稽古のため道場に一人残っていた沙耶。そこで外出禁止命令が出てしまったため、帰るに帰れなくなってしまった。ここに泊めてもらったのは一度や二度ではない。まぁ、いっか。そんな感じで自主練を続ける。

 陽は沈みつつあり外は暗くなっていくが、道場内はいたるところにロウソクの灯りがともされ、稽古をするぶんには不自由がなかった。そんな中で沙耶は一人、木刀を振り続ける。沙耶の稽古法は独特であった。

 まず、隼介を思い浮かべる。木刀を持った隼介である。竹刀でもいいのだが、最近ではより実戦に近い木刀を使用。

 隼介とは対峙しており、彼に向かって攻撃をしかける。しかし隼介に攻撃は当たらない。空想上の存在なので当たり前だが、そういう意味ではない。空想上ではあっても、その動きは本物さながらである。

「今のはさばかれた。」「今のは避けられた。」「あ、今反撃された。」

 そういったことがリアルに読み取れるのである。空想上の隼介は、決して勝たせてくれない。こちらがどれだけ本気を出そうとも、相手の力量ははるかに上回っており、勝てる気がしない。

 

 だが、それでもこちらが負けるような動きもしてこない。こちらの本気度合い・速さ・力加減・コンディションなどを見ながら、絶妙に対応してくれる。

 こちらがエンジンフル回転ならば、それなりに反撃の頻度が高くなり、精度もまた高くなる。逆にスタミナが切れかかったり、どうもうまく動けない時は反撃頻度は落ち、打ち込みが緩くなる。負ける気がしないのである。

 

 勝てる気はしないが、負ける気もしない。それでも、気を抜けば「殺される!」と思う瞬間がある。緊張感を抜いてしまうとヤバいだろう。そんな状態を一定に保ってくれるから、本気で挑んでいくことが出来る。

 気は抜けないが、ケガをすることもさせることもまずないだろうといった安心感がある。空想上の隼介は実在しないにも関わらず、今でも沙耶の能力を高め続けている。そしてそれは、実際に隼介が沙耶に対してやってくれたことでもあった。

 沙耶はそんな稽古をしてもらえたため、みるみる上達していった。そればかりか、以前より稽古が好きになった。格段に好きになった。こんなに楽しく、こんなに有意義なものはないと思えるようになった。今もまた有意義な時間を過ごしている。過ごしてはいるのだが・・・・

 正直、物足りない。相手が空想上の存在なので、当然こちらの攻めを物理的に受けてはくれないし、相手の攻めも物理的に受けることができない。本当はもっと激しくて、もっと苦しくて、もっと優しくて、もっとスリリングなのに・・・

 隼介はいつ帰ってくるのだろう。

 沙耶は木刀を置き、道場の隅に置いてあった竹刀袋を手に取る。そして中からとり出したのは竹刀・・・ではなかった。刀。大刀であった。本物の真剣である。

沙耶 「・・・・・。」

 沙耶はあの、はからずも初陣の日となってしまったあの日、初めてこれを手にした。自分の周りで次々と仲間たちが殺されていった。隼介のおかげでなんとか命拾いはしたものの、いつまた襲われるか分からない、緊迫した時間が続いていた。

 戦場となってしまったあの場所に、これは落ちていた。誰の物かも分からない、おそらく持ち主は死んでしまったであろう、この刀。

 あの後、戦いが終わっても、怖くてずっとこれを持っていた。本当は自分が持っていてはいけないのかも知れないが、とてもじゃないが手放せなかった。

 そして、持って帰ってきてしまった。今では沙耶にとってお守りのような存在となっている。刀を見つめる沙耶。

沙耶 「・・・・・。」

 稽古はこんなに楽しいのに、でも、本質は多分こっち・・・。

 隼介は無事であろうか・・・

 

 

 隼介を追っていた和馬のもとに、新たな情報が入る。町の入り口にて警備していた兵士が何者かに殺されたというのだ。生き残った兵士が言うには、犯人は巨体の鎧武者とのこと。間違いなく隼介である。

 町に入ろうとする隼介を兵士は呼び止めた。その声に一度は立ち止まる。しかし、言葉を理解していたのかどうかまでは分からない。兵士は「何者だ。」と問いかけたが答えない。何を聞いても答えない。

 いらだった兵士は、あろうことか槍を向けてしまった。切っ先が向けられた瞬間、槍は弾かれた。隼介の右手には刀が。居合抜きをされたことに気づく間もなく、その兵士ののどに剣先が刺さっていた。

 他の兵士たちが呆然とその様子を見ている前で、隼介は何事もなかったかのように納刀する。数秒後、我に返った兵士たちが一斉に取り押さえようと試みるも、今度は槍を奪われ反撃されてしまう。それは見事な動きであった。

 槍を向けると、なんと踏み込んでその柄を掴まれる。あまりに速くて対応できなかった。そしてその剛力で引っ張る。引っ張られた兵士の顔面に裏拳が炸裂。

 彼はこの一撃で失神。槍が奪われた、と思った時には兵士の一人は顔面を突かれていた。即座に引き抜かれた槍は物凄い速さで振り回される。残った兵士たちも、ほんの数秒で打ち倒されてしまった。

 死亡者2名、重傷者8名。10名もいたが、全く歯が立たなかった。いや、相手が隼介だと知っていれば、たった10名では挑まなかったかも知れない。

 そう、実は知らされていないのである。ここへ派遣された兵士たちの中で、ことの詳細を聞かされているのはほんの一握り。

 大半が、「逃亡中の危険人物を捕縛せよ」としか聞いていないのである。これもまた蒼雲の意向であった。

 

 

 報告を聞いた和馬は動揺する。隼介はもうこの町に来ている。ここには隼介の顔を知っている人たちが大勢いる。もし彼らの前で何かやらかしてしまったら、もし彼らに危害を加えてしまったら、隼介はもう、この町には居られなくなってしまうかも知れない。

 いや、それどころではない。事態はもっと深刻である。またも殺してしまったのだ。今度こそ抹殺命令がはねのけられなくなるかも知れない。そうなっては和馬はおろか、守備隊長ですらどうすることもできない。

 もうすでに陽は落ち、闇が町を覆っている。闇の中で和馬は考える。隼介はどこに向かっている?そして隼介を見つけられたとして、どうする?

 とても話が通じるとは思えない。以前戦場で向き合った際、錯乱した隼介は自分の顔を見てわずかながら正気をとり戻してくれた。

 だが、あの時はたまたま運が良かっただけなのかも知れない。本当はあの時、自分は死んでいたのかも知れない。

 錯乱する前に最後に交わした会話を思い出す。隼介はこう言っていた。

 「このままだと、取り返しのつかないことになりそう。」

 「怖い。」「そうなる前に、お前が俺を殺してくれ。」

 隼介が恐れていた通り、取り返しのつかないことになってしまった。このままだと、悪いことは繰り返され、どんどん膨らんでいくに違いない。

 和馬は手に持つ弓を握りしめる。あの時はできなかった。戦場で錯乱し、味方を殺し、隼介は歩いてきた。あの時やろうと思えばできた。殺そうと思えば殺せた。でも、できなかった。

 和馬は闇を見つめ、隼介に問いかける。

 ・・・隼介、どうして欲しい?

 もう・・楽になりたいか?

 どうしようもないって言うのなら・・言うのなら、

 楽にしてやってもいいぞ・・・

 ・・でも・・・本当にそれでいいのか?

 

 ・・俺は・・嫌だぞ・・・

 ・・・俺は・・・そんなの・・・嫌だ・・・

 でも・・・どうしようもないって・・お前が言うのなら・・・

 和馬は大きなため息を吐く。息が白い。白い息は黒い闇の中へ消えていった。

 

 

 闇夜を見つめる沙耶。道場の中庭から外を眺め、一人息を切らし立っている。熱い。稽古に熱中し、体が火照っていた。あまりに熱かったので風に当たっていた。吐く息が白い。

 ・・・もうすぐ冬か・・・

 あの夏が遠く思える。仲良し四人、ここで泊まってここで語った。くだらない話も、大事な話もした。祭りにも行かず、ここで稽古した。大会もここだった。ここには思い出がつまっている。とても輝いている。今になって、それが光を増して沙耶を照らしている。

 それはすぐそこにあった。手を伸ばせば触れるんじゃないかと思えるほど。しかし、決して触れることはできない。こんなに近いのに、もう二度と戻れない。そんなことは分かっている。前に進まねば。

 でも・・・前って、どっち?

 

 道場へ戻る。するとそこに・・・誰かいた。ロウソクの灯りだけが頼りのやや暗がりの中、誰かが立っている。鎧を着ている。かなり背が高い。背中には・・・矢?

 矢が三本・・いや、四本刺さっている。もしや・・・隼介?

隼介 「・・・・・。」

沙耶 「・・・・・。」

 間違いなく隼介であった。隼介の視界にも沙耶が入っているはずだが、何の反応も見せず立ち尽くしている。

沙耶 「・・・隼介?」

隼介 「・・・・・。」

 声をかけても反応しない。こちらを見ようともしない。隼介との距離は十メートルほど。彼は道場の真ん中に立ち、どこを見るともなく真っ直ぐ前を向いていた。沙耶はゆっくりと隼介に歩み寄る。

 できるだけ相手を刺激しないよう、恐る恐る近づく。二人の距離が5メートルほどに狭まった時、隼介が初めて反応を示した。突如沙耶の方を向く。思わず足を止める沙耶。

 まだ間合いには入っていない。だがこれ以上近づくのはまずいかも知れない。沙耶は和馬から聞かされていた。隼介が今どのような状態なのかを。

 近づいただけで攻撃してくる危険があることも。しかし話を聞く限り、刺激したり近づかなければ攻撃されることもないように思えた。

 

 隼介本人。彼は今、比較的穏やかな精神状態であった。目的地にたどり着いた・・・のか?といった感覚であった。五感に残る記憶だけを頼りに歩き続け、たどり着いたのがここ。

 確かにここが目的地である気はするが、まだまだ遠いような気もする。ここはどこだ?という感覚と、ここ以外に行くところはない、という感覚が同居していた。

 幸い今、「見たなら殺せ」というルールには従っていないようである。目的地が近づくにつれ、少しづつ安心感が蘇ってきたのかも知れない。戦いなど知らなかった頃の感覚を思い出したのかも知れない。

 だが、正気をとり戻したとは到底呼べない。記憶もなければ言葉も通じない。今の隼介には、感覚がすべてであった。何がきっかけで暴れだすか、想像もつかない。どうしていいのか分からず、沙耶もまた立ち尽くす・・・。

 

 突如、隼介の表情が変わった。沙耶もまた何かに気づいた。

 ・・・誰か来る。しかも大勢。

 道場は今、多くの兵士たちに囲まれていた。隼介の所在を突き止めた捜索隊と兵士たちがつめかけたのだ。そして、一気に突入してきた。瞬く間にとり囲まれる隼介。隼介は見るからに神経が逆なでされていた。神聖な場所に、土足で上がりこまれたかのような感覚であった。それを察した沙耶は危険を感じる。

沙耶 「ダメ!刺激しないでください。」

 しかし兵士たちは、槍を手に隼介をにらみつけている。隼介の巨体に驚きつつも、さすがにこの数なら観念するだろといった甘さがあった。彼らはこの鎧武者が百戦錬磨の豪傑だということに気づいていない。10人でダメでも100人なら大丈夫だろうと思っている。

 しかも、今の隼介にはどれだけ不利だろうがそんなのは関係はない。触れようとする者は容赦なく返り討ちにするであろうことにも気づいてはいなかった。

 遠巻きに囲んでいた兵士たちの包囲がじょじょに狭まっていく。隼介は動かない。が、沙耶には分かった。

・・・あ、今戦闘体勢に入った・・・

 隼介は動いていない。だが、沙耶の目にははっきりと違いが分かった。

 ・・・あと半歩でも近づいたら動く。多分後ろのあの兵士が最初に・・・

 と思った次の瞬間、隼介は即座に振り返る。そして沙耶が予想した通り、後ろにいた兵士目がけて踏み込・・・

 まずにまた振り返る。と沙耶が思ったら、その通りに隼介はまた元の方向へ向き直った。沙耶が隼介の動きを読めたのには理由があった。囲んでいる方はだいたい後ろにいる方から攻めかかろうとする。死角なのだから当然である。

 ということは、囲まれた方も当然後ろは警戒しているはずである。そして背を向けた方が次は死角になるから、これまたその隙を狙われるであろう。でもそうさせない。ここまでは、いわばセオリーのようなものである。

 

 兵士たちは隼介の機敏な反応に、思わずまた距離をおく。今の短いやりとりだけで、この眼前の鎧武者がただならぬ強さを持っていることを肌で感じた。だが、引き下がるわけにはいかない。

沙耶 「退いてください。危険です。」

 このままではいずれ惨劇が起きてしまうことを沙耶は分かっていた。しかし、兵士たちも隼介を捕えなくてはならない。そうこうしているうちに、隼介は刀を抜いてしまう。囲んでいる兵士たちが、また一歩下がる。

沙耶 「隼介。」

隼介 「・・・・・。」

 沙耶が名を呼んでも、やはり反応しない。まずい。これはまずい。隼介が本気を出せば、たちまちここは血の海と化す。隼介が動き出す。ゆっくりと前方の兵士に向かって歩いていく。隼介の方から動いていくということは、スイッチが入ってしまったのかも知れない。殺意という名のスイッチが・・・

 隼介、兵士の槍が間合いに入った瞬間、刀で弾き上げる。そして即座に踏み込み、その首に突きを放つ・・・直前、沙耶が木刀で打ちかかる。隼介はすぐに反応し、それを打ち返す。

 木刀の先端は斬り飛ばされる。兵士たちは隼介の動きの速さに恐れをなした。沙耶が割って入らなければ、またしても死人が出ていた。にらみあう隼介と沙耶。

 にらみ合うこと数秒、隼介の後方にいた兵士たちがまたも攻めかかる。だが、振り向きざまに彼らの槍を左右に弾いた隼介は踏み込み、兵士の一人に胴斬りを放つ・・・直前、沙耶が再度打ちかかる。隼介はまたも反応し、木刀を弾く。

 今度は刃の部分は当たらなかったようで切れはしなかったが、強い衝撃が伝わる。やはり力量が違う。

 またも命拾いした兵士たち。ようやく対峙しているこの鎧武者は自分たちでは手に負えない可能性がある、ということに気づきだした。遠巻きに囲んだまま、手出しできなくなってしまった。

 

 再びにらみあう隼介と沙耶。周りはかたずを飲んで見守る。

隼介 「・・・・・。」

沙耶 「・・・・・。」

 静から動へ。最初に動いたのは隼介。瞬足の真っ向斬り!退いてこれをかわす沙耶。そこから隼介の連撃が続く。さすがにすべては避けきれない。相手の力をまともに受けぬよう、下がりながら流すようにさばいていく。

 うまいこと刃が立たないようにさばくも、それでも木刀はじょじょに傷ついていく。そしてついに隼介の斬撃をまともに受けた木刀は、真ん中で切断されてしまった。斬られた側が床に叩きつけられ、反動で今度は高く跳び上がる。回転しながら宙を舞い、そしてまた床に落ちる。道場内の空気が凍りつく。

沙耶 「・・・・・。」

 ゆっくりと歩み寄る隼介。沙耶は構えたまま退いていく。が、ただただ追い込まれているわけではなかった。沙耶はある場所まで移動しようとしていた。

 そしてその場所へつくと、隼介を見すえたまま左手で何かを拾い上げる。それを見て立ち止まる隼介。沙耶が手にしたのは、刀であった。

 木刀を捨てた沙耶は、隼介を見つめたまま柄に手をかける。

 そして抜刀する・・・

 

 

 

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