戦国Web小説『コミュニオン』第39話「交感」

第39話 「交感」

 

 抜刀した沙耶。隼介は動きを止めたまま。二人は構えたまま見つめ合う。またも数秒間の対峙を経た後、静から動へ。大きく踏み込んだ隼介の突き!

 横へかわす沙耶。この瞬間、

 ・・・!?反撃できる!

 と直感した。直後、隼介は防御の構えをとった。やはり隼介の腕は確かである。一瞬の判断ミスが死に直結するであろうことを改めて思い知らされる沙耶。

 

 ・・・これが真剣勝負・・・

 

 またも隼介の連撃が始まる。こちらも真剣になったからとて、まともに受けてはいけないことに変わりない。そんなことをすればこちらの刀は弾かれるか圧しきられるか、もしかしたら折られるであろう。

 先ほどと同じように、流すようにさばいていく。だが、それでも隼介の筋力は凄まじく、ときおり刀が弾き飛ばされそうになる。そこをぐっとこらえ持ち直す、といったギリギリのラインでの対応を余儀なくされる。

 周りで見ていた兵士たちは驚愕する。この鎧武者が強いことは分かった。そもそも見るからに強そうである。だが、この少女もまた何者なんだ!?

 こちらは見た目ではまったく分からなかった。まさかこの化け物のような武者の容赦ない攻撃をここまで凌げるなんて。もしこれが我々であったなら、すでに何人死んでいるか分かったものではない。死と隣り合わせの緊張感とともに、「この二人は何者なんだ!?」そういった視線が二人の戦いに注がれていく。

 

 

 隼介の連撃は続く。おそらくは本気だろう。しかし、極度の疲労が蓄積しているであろうことにも沙耶は気づく。沙耶の直感は正しかった。北門での戦闘は苛烈を極めた。切り傷は浅かったが、四発の矢、そして頭部への衝撃は深刻であった。

 加えて長時間の肉体的・精神的疲労は確実に彼の命を削っていた。にもかかわらず、数日にもわたり飲まず食わずで歩き続けてここまで来た。

 それだけでも彼の生命力は常人の比ではないことが分かる。だが、限界はある。その限界は、もはやすぐ近くまで来ている。しかし彼は戦いをやめないだろう。このまま戦いを続けていれば、いずれ確実に倒れ死に至る。

 もちろん、先に沙耶が斬られてしまう可能性の方が高いだろう。どちらにせよ、この戦いはどちらかが死ぬ。先にスタミナが尽きた方が死ぬ。沙耶は覚悟を決める間もなく、生きるか死ぬかの真剣勝負を挑まれてしまったのである。

 

 

 見ている兵士たちも気づく。明らかに鎧武者が圧している。これはまずいと隙を突いて攻撃を試みるも、今は隙などなかった。攻撃を加えようものならすぐに反撃が飛んでくる。

 そのつど沙耶が加勢し命拾いするといった流れが二度あると、もう兵士たちは何もしなくなった。

 ・・・かえって邪魔なのかも知れない。邪魔しない方がいいのかも?

 といった感じである。兵士たちには沙耶が見えているような、隼介の疲労度合いが見えていない。だが、明らかな隙を見つければすぐにでもそこを突くであろう。

 

 

 和馬のもとに急報が入る。隼介の所在が判明した。その場所はなんと、青龍館道場。自分の家ではないか!?急いで現場へと直行する。

 そこで見たのは、なんと隼介と沙耶の真剣勝負であった。隼介があろうことか沙耶に襲いかかっている。そして、これまたあろうことか沙耶が応戦している。その光景に目を疑う。しかし、それは紛うことなき隼介と沙耶の一騎打ち。

和馬 「隼介ぇ!」

 和馬の声は、またしても隼介には届かない。弓を構える和馬。すでに矢はつがえられている。後は放つだけ。隼介までの距離、約10メートル。この距離で和馬が的を外すことはない。一瞬で相手を沈黙させられるであろう。

和馬 「・・・・・。」

 しかし、やはり放てない。相手を沈黙させるとは、殺すことを意味するからである。もちろん和馬ほどの弓の達人であれば、死なせることなく倒すことも出来るかも知れない。

 だが失敗すれば、それがかえって相手を逆上させることにもなりかねない。すでに四発の矢を浴びてなおここまで激しく攻撃してくるのだ。そうなれば死ぬのは沙耶。

 となるとやはり・・・殺すしかないではないか・・・

 

 

 

 和馬、静かに決意をかためる。

 ・・・隼介・・・今・・楽にしてやる・・・

 狙いを定めんと隼介の動きに集中する。

 

和馬 「・・・・・。」

 が、和馬は違和感に気づく。・・・今・・隙を見逃した?

 疲労のためか、沙耶の動きが鈍くなっている。そのため幾度も隙を生じさせていた。だが、その瞬間に乗じて隼介は攻撃をしかけなかった。

 

 ・・・あ、また。

 またも沙耶の隙を隼介は見逃した・・ように見えた。隼介もまた疲労で鈍っているだけなのかも知れない。しかし、隙がない時に限って容赦ない攻めが始まっているようにも見えなくはない。

 

 

 和馬が気づいたことに、沙耶もまた気づいていた。戦いが始まってからしばらくして、どうも隼介の攻め方が変わってきたように感じられる。

 依然として勝てる気はしないのだが、なぜか負ける気もしなくなってきた。気のせいかも知れない・・・が、この感覚はどこか懐かしくもあった。

 

 

 当の隼介本人。隼介もまた、体中で懐かしさを感じていた。目の前の少女の視線、動き、息づかいが、隼介の五感から記憶を引き出していく。

 それが何なのかは思い出せないが、心地良いものであることだけは感じていた。

 ・・・もう少し・・・目的地まではもう少しだ・・・

 隼介が還りたかった場所は、すぐそこまで迫っていると予感させた。

 

 

 沙耶、反撃をくり出す。突然の反撃にも関わらず、難なく対応する隼介。距離をとる沙耶。隼介の追撃を警戒したが、動きを止めている。

 両者見つめ合う。ゼイゼイと息を切らしている沙耶。隼介もまた息を切らしているが、沙耶の呼吸の方が荒かった。それでも隼介は攻撃をしかけてこない。

 対峙すること約二十秒、沙耶の呼吸がある程度整った。その間隼介は何もしてこなかった。まるで沙耶の回復を待っていてくれたように。

沙耶 「・・・・・。」

隼介 「・・・・・。」

 周りの兵士たちも、隼介の変化に気づいた。

 ・・・あれ、おとなしくなった・・・

 ・・・狂った殺人鬼に見えてたけど、もしかして、理性が戻って来た?

 

 隙があるのかないのかよく分からない状態だが、隙をうかがっていたことすら忘れてしまっていた。それほどまでに隼介捕縛よりも、隼介の変化に意識が向いていた。そして隼介と沙耶がつくりだす空気に魅入っていた。目をそらせない、どこか神聖的な空気に。

 

 

 大きく深呼吸する沙耶。そして、突進!今度は沙耶から攻撃をしかける。大きく踏み込んでの真っ向斬り。難なく受け止める隼介。

 構わず連撃へと繋げる沙耶。それらも難なくさばいていく隼介。そして、沙耶は隼介ののどに狙いを定める。そのまま突き!これも難なくさばかれる。さばかれることは分かっていた。分かった上での攻めであった。

 

 その連撃で消耗した沙耶に、一瞬の隙が。隼介はワンテンポ遅れて攻撃する。隙を突いたとも突いてないとも言える攻撃であった。沙耶はそれをなんとかさばく。もし完全に隙を突かれていたら対応できなかったであろう。

 そしてまたも連撃をしかけていく沙耶。それをさばいていく隼介。沙耶の疲労はずいぶんと蓄積されていたが、それでもあえてスピードを上げていく。それに合わせて隼介もスピードを上げていく。両者の疲労はもはやピークを超えているはずだ。それでも二人は、命を削るように激しく打ち合いを続けていく。

 

 

 沙耶は心の中で隼介に問いかける。

 「これは、殺し合いじゃないんだよね?」

 「楽しいからやってるんだよね?」

 それは問いかけというよりは、確認であった。

 

 

 隼介の五感は歓喜に満ちていた。全身を切り裂く苦痛にも増して、歓喜が隼介の中から湧き上がっていた。それは沙耶の問いかけに対して、「YES」と答えたことになるのかも知れない。

 もちろん二人は会話を交わしたわけではない。記憶を失い言葉を失った隼介と、沙耶は交信(コミュニケーション)することはできない。それでも二人の真剣勝負は交感(コミュニオン)を生んだ。

 

 

 両者がそれを共通理解したことを試すように、沙耶は持てるすべての力を全開にし隼介にぶつけだした。顔面やのどへの突きですら、全力で繰り出していく。隼介も全力でそれに応える。

 隼介は両者が傷つかぬよう、それでいて相手が全力を出し続けられるように攻防を展開させる。沙耶、動きが止まらない。無尽蔵のごとく動き続ける。応じ続ける隼介も止まらない。そして・・・

 

 

 ガクンと膝を落とす沙耶。動けない。ゼイゼイと息を切らし続ける。限界へと到達した。隼介もまた動きを止める。息を切らしながら見つめ合う二人。

沙耶 「・・・・・。」

隼介 「・・・・・。」

 

 しばらくして苦しさが抜けてきた頃、二人に爽快感が訪れた。そして隼介は実感する。

 

 ・・・帰ってきた・・・還ってこれたんだ・・・

 

隼介 「・・・沙耶・・・」

沙耶 「・・・・・。」

隼介 「・・・ありがと・・・」

沙耶 「・・・うん。」

隼介 「・・・また、いいかな?」

 沙耶、笑顔。

沙耶 「いいよ。」

 隼介も笑顔。そして意識を失い倒れる。

 

 

 沈黙。兵士たちの誰もが呆然と隼介を見ながら立ち尽くし、沙耶の息遣いだけが道場に響く。数秒後、ふと我に返ったように兵士たちが隼介を捕縛する。

 和馬、ゆっくりと歩み寄り連行(搬送?)される隼介を見つめる。そして座り込んだまま動けない沙耶の肩に手をかける。

和馬 「・・・ありがとう。」

沙耶 「・・・うん。」

 

 

 

 連行(搬送?)された隼介は、またも療養の身となった。多くの者の嘆願で、隼介はまたも処刑されずに済んだ。が、投獄されてしまう。しかし彼が犯してしまったことを考えると、この上ないほど軽い罰である。隼介が投獄されたのは醒陵軍の本陣(本拠地)。その監獄。

 

沙耶 「隼介。」

隼介 「ん?」

沙耶 「ん~ん。」

隼介 「え、何?」

沙耶 「・・外・・出たいかなって・・・」

隼介 「別に。」

 屈託のない笑顔の隼介。それにつられて沙耶も笑う。でもどこかぎこちない。沙耶は隼介の世話係を申しつけられた。隼介の記憶を呼び覚ますことができた貴重な人材として注目を浴び、この役目に抜擢された。

 隼介に応戦し無事だったということも大きい。いざという時のストッパーとしても期待されたのだ。そのためか、沙耶の近くには刀が置かれている。

 世話係とはいっても、実際に食事などの世話をするのは兵士たちであり、沙耶はただただ話し相手をするだけ。極力隼介を刺激しないよう、基本的には沙耶以外に隼介に会うのは世話係の兵士たちのみとなっている。

 

 檻の中にいる隼介は、いつもニコニコしていた。沙耶と話せるのが嬉しいのだろうか。鉄格子を挟んで沙耶は隼介と会話する。隼介の記憶は断片的に思い出すことができた。隼介は沙耶の顔も名前も思い出せた。

 道場や同じ部隊の仲間たちのことも思い出せた・・・ように思われたが、どうもそうではないらしい。最初は誰を思い出して誰を思い出せないのか分からなかったが、沙耶はだんだんとそれが分かるようになってきた。

 

 どうも隼介の記憶は、大会の稽古に打ち込んでいた頃までは思い出せるらしい。しかし、それ以降のことはほとんど思い出せない。辛うじて大会のことをうっすらと覚えているくらいで、戦場のことなど、過酷な日々のことは覚えてはいなかった。

 そのせいか、隼介はやけに陽気で爽やかな顔になっていた。沙耶に楽しそうに話しかける隼介は、幼くも見えた。体中の傷があまりにも不相応に見える。特に額にできた比較的新しい傷が不自然であった。

 

 会話を続ける中で沙耶は、隼介の記憶は極端に不均衡であることにも気づく。ただ単に新しいできごとを思い出せないのではなく、負の感情に繋がる記憶が思い出せないのである。

 楽しかった記憶、嬉しかった記憶、感動・高揚・安堵といった、心地良いものばかりが蘇ってくる。その反対に、苦痛・憎悪・敵愾心・恐怖・不安・迷いといったものは一切が封印されたまま。

 隼介の脳が自己防衛のためにそうしてしまったのかも知れない。いや、そうとしか考えられない。元々隼介は繊細な人間だったのだ。その超人的な肉体とは対照的に、隼介の心は壊れやすく、非常にもろかった。精神の崩壊を防ぐには、もうこれしかないと判断されたのだろう。

 

隼介 「ねぇねぇ沙耶。」

沙耶 「ん?」

隼介 「稽古しようよ。」

沙耶 「ん~~~、ごめん。できないんだ。」

隼介 「なんで?」

沙耶 「私はそっち(牢の中)に行けないから。」

隼介 「そっか。」

 隼介はいつものように、屈託なく笑う。どうも隼介は牢獄の中が気に入っているようだった。そもそもここがどんな場所かも分かっていない。もちろんここにいる理由でさえも。ここから外には出られないが、それも悪くないといった感じである。だからであろうか、出たいとも言わない。

沙耶 「・・・隼介。」

隼介 「なに?」

沙耶 「ここから・・出たい?」

隼介 「どうして?」

沙耶 「いや・・別に。」

隼介 「ねぇ、こっち来て稽古しようよ。」

沙耶 「だから、行けないんだって。」

隼介 「そっか。」

沙耶 「隼介がここから出られたら、稽古しよ。」

隼介 「・・・・・。」

沙耶 「ね。」

隼介 「だったらいいや。」

 あれほど好きだった沙耶との稽古も、ここを出てまでやりたいとは言い出さない。

沙耶 「どうして?」

隼介 「う~~ん、なんかさ、」

沙耶 「なに?」

隼介 「出たくない。」

沙耶 「・・・そっか。」

 隼介はここ(牢獄)も悪くないどころか、ここから出たくないとまで言い出した。そんな隼介にとまどうが、それから数日が過ぎる頃には沙耶も慣れていた。

 むしろ、その方が隼介にとってはいいのかも知れないとも思えてきた。隼介がここから出れば、きっとまた戦争に利用される。散々利用されたあげく、また捨てられる。そうなるぐらいなら、このままの方がまだマシではないか。

 それに隼介は今、幸せなのだ。ここがどんな場所かも分からないまま、楽しい記憶だけを思い出し、楽しいことだけ考えていればいいのだから。

沙耶 「ねぇ隼介。」

隼介 「なに?」

沙耶 「誕生日、何が欲しい?」

隼介 「木刀。」

沙耶 「好きだね、そうゆうの。」

隼介 「・・あれ、今、何歳だっけ?」

沙耶 「いいじゃん、何歳だって。」

隼介 「そうだね。」

 沙耶もまた、この隼介との日々を楽しむことにした。そうと決めたら、心がスッと楽になった。むしろこれがお互いにとってベストな関係ではないか、と思うようになっていった。隼介にとってここは牢獄ではない。天国なのだ。

 私がそれを認めればいいだけの話なのだ。でも・・・本当に幸せなのかな?

 そう見えるだけなのかな?

 

 隼介と沙耶は今日もまた、鉄格子を挟んで楽しい会話を続ける。

 沙耶は隼介に問いかける。これだけは確認しておきたい。でなければこれからも楽しく会話などできない。

沙耶 「隼介。」

隼介 「なに?」

沙耶 「幸せ?」

隼介 「うん。」

 即答だった。沙耶の心に引っかかっていたものが外れる。

沙耶 「良かった。」

隼介 「沙耶。」

沙耶 「ん?」

隼介 「好き。」

沙耶 「知ってる。」

 見つめ合う二人は幸せそうに笑う。そして、

 牢獄と呼ばれる天国の住人となった・・・

 

 

 

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