戦国Web小説『コミュニオン』第32話「再生」

第32話 「再生」

 

 蒼雲は去っていった。「お前には、じき将軍になってもらいたい。」その言葉を残して。本気か?いやいや、きっと誰にでも言ってるに違いない。

 お偉いさんはそうやって、人を持ち上げるものだ。・・・でも、蒼雲ほどの大人物が、わざわざこんなところまで出向いてきたのだ。それに、隼介は確かにこの戦争にて活躍し、その結果多くの志願兵を集めることにも繋がった。

 でも・・・あの時の蒼雲の顔は怖かった。いや、もともと怖いのだけれど。威圧的な怖さの上に、裏がありそうな怖さが加わっていた。あの人には関わらない方がいいのでは・・・という思いも感じた。

 

 しかし隼介は、それとともに「将軍になれるのか?」「いいかも。」とも思ってしまっていた。別に悪いことではないではないか。隼介は蒼雲への不信感を感じつつも、将軍に関して思いを巡らしていた。

 隼介はもともと軍事にはうとかった。実戦をくぐり抜け多くの経験を得た今でさえ、組織的なことには詳しくない。戦場での、「今攻めれば圧せる!」とか、「ここは退くべきだ!」とか「この兵種相手にはこう対応すべし」といった戦術レベルに関して言えばもはやかなりの域であるが、大局的な戦略や階級といったことにはあまり意識を向けたことがなかった。

 

 隼介は考える。将軍ってそもそも何?楠将軍は確か左将軍。でもって軍では上から3番目に偉いと誰かが言っていたような。同じ階級で確か右将軍・前将軍・後将軍がいたはず。

 その下にもいくつか、なんとか将軍って役職があったような。じゃあ上は?前・後・左・右の四将軍の上は・・・大将軍?あれ、じゃあ大将軍はナンバー2?それともナンバー1?

 いずれにせよ、自分が将軍になるってことは、こういった軍のトップクラスの人らの仲間入りするってこと?

 わずかながら高揚してきた隼介だったが、

 

 ・・・いや、よそう。こんなことを考えていたら、自分は思わぬ方向へ向かってしまいそうだ。と、思い直す。あらためて考えるまでもなく、隼介は出世に興味がある方ではないことを自覚している。

 第二の門から出る。そして歩き出す。

沙耶 「隼介。」

 沙耶がいた。話が終わるのを待っていてくれていたようである。

隼介 「うん、ごめん。」

 合流して、また二人で歩き出す。

沙耶 「話、なんだった?」

隼介 「う~~~ん・・・よく分かんない。なんだかでっかい話だった。」

沙耶 「そっか。」

 それ以上、沙耶はこの件について聞いたりはしなかった。聞いたところで、楽しい答えが返ってくるわけではないと、薄々気づいていたのかも知れない。しかし、隼介の方から語り出した。

隼介 「戦って・・・」

沙耶 「ん?」

隼介 「誰が始めるんだろうね。」

沙耶 「・・誰だろうね。」

 そして隼介は蒼雲から聞かされた話、そしてそれを聞いて思ったことを話し始めた。人に話しても良かったのかな?とは思ったのだが、言うなとも言われていなかったので話してしまった。黙ってはいられなかった。

 自分が戦ったことで、多くの若者も自ら戦場へと向かっていったこと。淘來との戦争が終わっても、新たな戦争が始まるであろうこと。淘來には遠征中の主力軍がいること。

 そもそもこの戦争の始まりは不自然な気がすること。ゆくゆくは自分に将軍になってもらいたいと言われたが、それが良いことなのか悪いことなのか分からないこと。などなど。一通り話し終えて、隼介は大きくため息をついた。沙耶はよく分からないといった感じながら、真剣な顔で聞いていた。

沙耶 「そっか。」

隼介 「・・・うん。」

沙耶 「そっかぁ。」

隼介 「うん。どうなのかな。」

沙耶 「正直、なんて言っていいのか分かんない。」

隼介 「だよね。」

沙耶 「ただ、あれだね。」

隼介 「何。」

沙耶 「変わったね、隼介。」

隼介 「そう?」

沙耶 「うん、考えることが。」

隼介 「・・そう。」

沙耶 「難しいこと考えるようになったな~って。」

隼介 「そっか。」

沙耶 「なんか・・苦しそう。」

隼介 「・・そう・・だね。苦しいわ。」

 苦笑いする隼介。そして立ち止まる隼介。今立っている場所に見覚えがある。そりゃあ以前いた場所なのだから当たり前だが、何か嫌な記憶とリンクしているのが分かる。血のにおい・・・を感じた気がした。

 

 隼介の脳内に声が響く。

 「1000人殺せ。出来るか?」

 思い出す隼介。今自分が立っている場所は以前、捕虜を処刑していた場所だ。その時の映像が鮮明に浮かび上がる。そしてあの時の会話までもが、リアルに脳内に響いてくる。

楠  「ざっと・・300人か。」

隼介 「・・・・・。」

楠  「300人殺せるか?」

隼介 「え?」

楠  「敵ならいいんだよな。この300人の捕虜を救う代わりに、300人の敵を殺せ。」

隼介 「300人・・ですか。」

楠  「もちろん捕虜が増えるたびにそれも増える。捕虜が1000人になったら1000人殺せ。出来るか?」

隼介 「・・・・・。」

楠  「できるなら許す。」

隼介 「・・・敵だったら・・・敵だったら・・・」

楠  「できるんだな。」

隼介 「・・・はい。て・・敵だったら。」

楠  「数えさせるからな。誰も見てなかったら、その分はなしだぞ。分かったな。」

隼介 「・・・はい。」

楠  「声が小さい!」

隼介 「はい!」

楠  「声が小さい!!」

隼介 「はい!!分かりました!!」

楠  「殺せるんだな!!!」

隼介 「殺します!!!」

楠  「殺せるんだな!!!」

隼介 「はい!!殺します!!!」

楠  「・・・・・。」

隼介 「・・・・・。」

楠  「よろしい。」

 ・・・あぁ、そうだった・・・そんな約束までしていた・・・

 すっかり忘れていた。楠将軍とここで交わした約束を。戦慄する隼介。まさか、本当に数えてるわけないよな?

 いや、数えてるのか?バカげてる。殺した数を数えるなんて。俺は覚えてやしないぞ。でも、多分・・・300人は超えてる気がする・・・

沙耶 「隼介?」

隼介 「・・・・・。」

 隼介、慌ててその記憶を霧散させる。忘れようとする。

隼介 「なんでもない。大丈夫。」

沙耶 「・・・・・。」

隼介 「あの人たちは、どうなったのかな。」

沙耶 「あの人たち?」

 隼介の言ったあの人たちとは、捕虜のことであった。しかし沙耶はそんなこと知るよしもない。ここの警備をしている兵士に聞いて、彼らのことを教えてもらった。

 彼らは強制労働させられていた。森の樹木を伐採し、運び出す仕事だ。切った木材は兵舎などの材料となり、拓いた土地もまた利用する。

 多くの醒陵軍兵士が監視する中、彼らは黙々と重労働をこなしていた。監視兵たちが隼介に気づく。そして驚きの表情とともに尊敬の眼差し。

 ここにいる兵にも、隼介に憧れて軍に入った者が多い。なので、彼らにしてみれば英雄の登場に他ならない。

 

 兵士たちの空気が変わったのを感じとったのか、労働中の捕虜たちも様子をうかがう。そして隼介の姿を見るなり動きを止めてしまった。じっと隼介を見ている

 そのうち一人が頭を下げる。続いて他の者たちも頭を下げる。土下座する者らまで現れた。中には涙を流している者もいる。

隼介 「・・・・・。」

沙耶 「・・・・・。」

 捕虜が許可もなく仕事を中断してしまったにも関わらず、監視兵たちは誰一人としてそれを咎めなかった。それどころか、彼らのその行動を肯定しているような空気すら感じる。

 ここにいる捕虜たちは、処刑される寸前に隼介に命を救われた者たちである。いわば命の恩人である。隼介に対する感謝の念が痛烈に伝わってくる。

 監視兵もまた、そのことを理解しているようである。監視する者される者、労働を強いる者強いられる者が、隼介を介してひとつにまとまっている空気すら感じさせた。沙耶は淘來人が嫌いだったが、この光景この空気には悪い気がしなかった。

 隼介と沙耶は、この場所をあとにした。

 

 

 看護棟に戻った隼介と沙耶。もう陽も傾き、夕方になろうかといった時刻。無言の二人。言葉はなかったが、穏やかな時間が流れていた。二人は先ほどの光景の余韻に浸っていた。尊敬と感謝が隼介の一身に注がれていた、あの光景。

 

沙耶 「変わってないね、隼介。」

隼介 「そう?」

沙耶 「うん、変わってない。」

隼介 「そっか。」

沙耶 「愛されてるね。」

隼介 「・・・・・。」

沙耶 「みんなから愛されてる。隼介は隼介らしくあれば、それでいい。」

隼介 「・・ありがと。」

 言いたいことは伝わった。素直に嬉しい。もちろん隼介は理解していた。300人を救った裏側で、300人を殺したことを。

 多くの人に愛されている裏側で、多くの人に憎まれていることを。尊敬されている裏側で、恐れられていることを・・・

 でも、それが相葉隼介という存在なんだ。今の自分なんだ。

 

 もっと余韻に浸っていたかったが、沙耶は「じゃ、また明日。」と言って去っていった。いつもこの時刻に沙耶は去っていく。いつもなら隼介も「うん、また明日。」と言って見送るのだが、今日は別れを言ったあとも沙耶が去ったあとを見つめたままだった。そして立ち上がり、追いかける。

 

 沙耶は看護棟を出てすぐのところにいた。そこで隼介は追いついた。足音に気づいて振り返ろうとした時、隼介が背中から抱きしめた。沙耶もそれが隼介だということにすぐ気づく。

隼介 「・・・・・。」

沙耶 「・・・・・。」

 夕陽に照らされて、二人はしばらくそのまま立っていた。もう少し余韻に浸らせてほしい。もう少しこのままでいてほしい・・・

 いろいろあって壊れてしまいそうだったけど、いや、壊れてしまったけど、それでも

 「隼介は隼介らしくあれば、それでいい。」

 その言葉ですべてが再生していくような感覚を覚えた。嬉しかった。この人といると、癒されていくのが分かる。一緒にいたい。だから、もう少しこのままでいてほしい・・・

 

 

 

 夜の看護棟。隼介の傍らには沙耶がいた。静流はいない。隼介と沙耶が一緒にいる時には入ってこない。いや、入ってこれない。隼介と沙耶は何げない話をしながら笑顔をかわす。幸せな時間だった。静流のことは忘れてしまっていた。

 もちろん、沙耶が夕方には出ていかなければならないというルールなどない。静流だって、入りたければ入ればいいだけなのだ。静流は隼介の病室のすぐ近くにいた。いつになったら沙耶は帰るのかと、ずっと待っていた。

 が、一向に帰らないのに業を煮やして意を決する。そして病室へと入る。

静流 「隼介。」

隼介 「・・おぉ。」

沙耶 「・・・じゃ、私帰るね。」

隼介 「うん。」

沙耶 「また明日。」

隼介 「また明日。」

 沙耶は去っていった。沈黙。静流の気持ちを察し、今さらながら後ろめたさを感じる隼介。別に後ろめたさを感じることもないのだが。重苦しい静寂が続いた。

静流 「私はさあ、」

隼介 「・・・え?」

静流 「何かできることある?」

隼介 「・・いや、十分やってくれてるよ。」

静流 「・・・・・。」

隼介 「感謝してるよ。」

静流 「・・なら、いいんだけどさ。」

 静流、寂しそうに笑う。隼介、どこか罪悪感を感じてしまう。またも重苦しい静寂が始まる。

静流 「でも、良かったよ。」

隼介 「え。」

静流 「生きててさ。」

隼介 「あぁ。」

静流 「傷、すごいよ。」

隼介 「まぁ。」

静流 「鎧、穴だらけなんだってね。」

隼介 「そう・・だね。」

静流 「まだ・・痛む?」

隼介 「・・うん。」

静流 「そっか。そうだよね。」

隼介 「そんなすぐには治んないわな。」

静流 「うん。でも隼介、回復もすごい。」

隼介 「ほんと?」

静流 「うん。普通ならこんなに早く良くなんないよ。」

隼介 「そっか。」

静流 「・・・もう・・・」

隼介 「ん?」

静流 「行かなくていい?」

隼介 「どこに。」

静流 「戦争。」

隼介 「・・・・・。」

静流 「もういいんだよね。もう大丈夫なんだよね。」

隼介 「・・・分からない。」

静流 「でも、帰って来たってことは、そうゆうことなんだよね。」

隼介 「・・・戦いは、まだ終わってない。和馬も涼平も、みんなまだ戦ってる。」

静流 「・・・・・。」

隼介 「俺がどうして一人だけ戻ってきたのか・・その・・聞いてる?」

静流 「・・・うん。」

隼介 「そっか・・・聞いてるんだ・・・参るなぁ・・・。」

静流 「・・・・・。」

隼介 「うん。そう。壊れちゃったんだよ、心が。体はこの通り頑丈なんだけどさ、心がね、どうも弱いみたいで。情けないね。」

静流 「そんなことない。優しいんだよ、隼介は。」

隼介 「・・・・・。」

 優しい・・か。隼介はその単語の裏に、正反対の何かも付随しているように思えてならない。もちろん静流は本心でそう言ったことは分かっている。

 しかし「あなたは優しい」と告げられた隼介の脳裏には、己が敵にしてきた行いが浮かぶ。大斬刀で、槍で、刀で、脇差で、素手で、さまざまな武器や手段で敵と断じた人間を次々と葬ってきた。「優しいね」と言われたのに「残酷だね」と脳内で変換されてしまう。事実、残酷である。

隼介 「・・ありがと・・・。」

 こう答えるしかなかった。

隼介 「多分、傷が癒えたら、また戦場に行くことになると思う。」

静流 「・・・・・。」

隼介 「多分、そうなると思う。」

静流 「また壊れるよ。」

隼介 「・・・・・。」

静流 「もう元に戻れなくなるかも知れないよ。」

隼介 「でも戻れた。」

静流 「次は分かんない。」

隼介 「頑丈だから、この体。」

静流 「体のことじゃない!心のことだよ!」

隼介 「・・・・・。」

静流 「殺しちゃったんでしょ、味方を。」

隼介 「・・・・・。」

静流 「敵と味方の区別もつかなくなったんでしょ!」

隼介 「・・・・・。」

 静流はあえて露骨な表現をした。「味方を殺した」と。あえて本当のことを言った。「敵と味方の区別もつかなくなった」と。

 隼介、心臓が止まるかと思うほどショックを受ける。彼は、「敵だからしょうがない」という隠れ蓑があったからこそ、人を殺めることができた。敵でないのに殺したとなると、今の自分は・・・

 

 おそらくは隼介がショックを受けるであろうことは分かっていた。分かってはいたが、静流はあえて言った。それはもちろん、彼にはもう戦場へ行って欲しくないという、切なる願いがあったからである。隼介にもそれは伝わった。

 確かに重要なことである。とても重要なことである。が、またしても静流は、隼介の中の『陰』の部分に触れてしまった。

静流 「隼介、聞いて。大事な話。隼介診てくれた医者の先生が言ってた話だから、よく聞いて。」

隼介 「・・・うん。」

静流 「次また同じような状態になったら、本当に元に戻れなくなるかも知れない。」

隼介 「・・え。」

静流 「ずっと錯乱したまま、死ぬまで暴れ続けるって。」

隼介 「そんな・・・」

静流 「もちろん可能性の話だよ。でもね、そうなる可能性があるってことだよ。」

隼介 「・・・・・。」

静流 「もうやめよ。戦うのはやめよ。もう十分だよ。隼介は十分戦ったよ。」

隼介 「・・・・・。」

 再生は始まっているというのに、崩壊が終わってくれない・・・

 

 

 

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