戦国Web小説『コミュニオン』第14話「羽虫の群れ」

第14話 「羽虫の群れ」

 

 羽虫の群れはゆっくりと迫ってくるように見えた。それが矢の形だと認識できた瞬間、

「バババババババッ!!!!」

 周りにいた少年少女たちが一斉に地面に叩きつけられた。無数の矢が、彼らを貫いた。ほとんどの者が射貫かれ、地にくぎ付けにされた者も多い。

 運よく矢が当たらなかった数名だけが、ただ呆然と立ち尽くしていた。隼介も立っていた。無傷で。

 うめき声があちこちから聞こえてくる。なにが起こったのか誰も理解できないまま、悲痛な叫び声だけが重なり合った。

 隼介は完全に固まっている。じょじょに状況が理解できてくる。矢だ。矢に射貫かれた。城壁の弓兵は・・・味方じゃない??

 頭の中ではいろいろな思考が目まぐるしく巡っているのに、一向に体は動かない。

 「隼介!」

 声が聞こえた。

 「隼介! 何ぼーっとしてるの! 走れ!」

 誰かが隼介の背中をたたく。ふと我に返ったように、隼介の体は呪縛から解かれた。

静流 「隼介、逃げるよ!」

隼介 「・・あ、あぁ。」

 静流、走り出そうにも、なかなか走れない。隼介も、まだ恐怖によりうまく動くことができない。静流、何度か倒れながらも立ち上がり、少しづつ城壁から離れていく。

 隼介、振り返る。地に伏した無数の少年少女たち。即死した者もいれば、生きている者もいる。運よく難を逃れた者も、ようやく危機的状況であることに気づき、まだ生きている友達を救おうと肩を貸す。

 早くここから逃げなければ。誰もがこの地獄から逃れようともがいていた。血まみれになりながら、地を這ってでも逃げようとする者たちも。

 隼介、わずかな理性が自分を彼らのもとへ戻らせようとする。が、城壁を見ると、弓兵たちが二発目の矢を弓につがえていた。

 視線を落とすと、血を流し涙を流し、必死に逃げようとするも、這うことすらままならない少年少女が目に映る。さっきまで笑顔ではしゃいでいた彼ら彼女ら・・・

 弓兵たちが矢を放つのが見えた。

 

静流 「隼介ぇ!!」

 隼介、彼らを視界から外し、逃げ出す。早く、早く弓矢の射程から抜け出さなければ。走る。走る。が、転んでしまう。

 「バババババババッ!!!!」

 すぐ後ろで音がした。恐る恐る後ろを振り向・・・

静流 「見るな! 立て!」

 その声に、振り向くのをやめる。が、立てない。静流が隼介に肩をかす。なんとか立ち上がる。そして走る二人。

 またも静流が倒れる。片足のふくらはぎから血が流れ出ている。隼介、ようやく静流がケガをしていることに気づく。今度は隼介が肩をかし、逃げ続ける。

 

 弓矢の射程からは確実に逃れたであろうところまできて、二人は倒れ込む。静流の足からは、なおも血が流れ出ている。隼介、どうしていいか分からずおろおろするばかり。

 静流、包帯を取り出し、ケガをした自分の足を縛る。激しい痛みに叫ぶ。それでも止血しなければいけない。さらに力をこめて縛る。この応急処置で、とりあえず出血は止まる。

 

 隼介は静流の様子を見ていた。さっき自分に肩を貸してくれた時も、動けなかった自分を助けてくれた時も、静流はケガをしていたのだ。

隼介 「・・・・・。」

静流 「隼介もケガした? 包帯ならまだ・・痛っ・・まだあるよ。携帯・・してるから。」

隼介 「俺は大丈夫。」

静流 「そっか・・い・・うぅ・・」

隼介 「大丈夫?」

静流 「うん。」

隼介 「ありがと。」

静流 「・・うん。」

 「バババババババッ!!!!」

 やや遠くはなったが、例の音が聞こえてくる。もはやあの場所にいる者たちで、動いている者はいなかった・・・

 静流に肩を貸し、第一陣が隠れる林まで逃れる隼介と静流。第一陣の者たちも、弓兵が攻撃してくる様子を見ていた。

 訓練生はみな、戦慄していた。倒れたままの仲間たちを救うこともままならない。彼らの生存は、もはや絶望的と判断せざるをえない。

 

 「ガガガガガ・・・」

 今度の音は何だ? 耳を澄まし、目を凝らす訓練生たち。ほとんどの者には遠くて見えなかったが、視力の良い者には見えていた。・・・門が開いていく。

隼介 「門が・・・北門が開きました。」

 動揺する訓練生たち。正規兵たちは戸惑う様子もなく、ただ待機を続けている。そして門の向こう側から姿を見せる、『敵』の姿。

 生まれて初めて見る、淘來軍兵士である。和の国とは違った甲冑に身を包み、右手に剣、左手に円形の盾を装備している。

 その顔は、どこか凶悪な印象を与えた。視力のいい隼介でも、さすがに顔まではよく見えないはずだが、なぜか凶悪な気がしてならない。そして、怖くて怖くてしかたない。

 淘來の兵士たちは、北門から続々と姿を現していく。

静流 「看護棟に、取り残された人がいます。」

 ふたたび戦慄がはしる。しかし考えてみれば当然のこと。第二陣の訓練生は1000名ほどいたのだ。当然、看護棟の中には逃げるに逃げれなくなってしまった少女たちが取り残されている。

隼介 「救援を!」

 しかし、正規兵は即答する。「だめだ。」あそこは敵弓兵の射程距離。うかつに攻めるのではなく、ここで待ち伏せて奇襲するべきだ。と主張する。

隼介 「見殺しにするんですか!!!」

正規兵「黙れ!」

 にらみあう隼介と正規兵。

和馬 「誠に失礼ながら、指導員の方ではありませんよね。新たにこちらへこられた部隊の方々かとお見受けいたしますが。」

正規兵「貴様に言う必要はない。とにかく我々の指示に従え。ここで待ち伏せする。」

和馬 「しかしながら、」

 すかさず、いつもの指導員がかけよってくる。そして和馬の顔を殴りつける。

指導員「余計なことは言うな。」

 そうこうしている間にも、淘來軍兵士はその数を増しこちらへ向かってくる。もちろん看護棟にも迫りつつあった。その数、ゆうに300人は越えている。それでも門からは、まだまだ敵兵が出現してくる。

 いったい何人出てくるんだ? もしかして、城壁の向こう側には何千何万の敵がひしめいているんじゃないのか?

 

 恐ろしい想像は膨らむ一方。それでも、ただ見ていることしかできない訓練生たち。そして驚いたことに、倒れていた者たちの何人かがまだ動いていることに気づいた隼介。

 彼らはなす術もなく、尽きかける命を燃やしながら、それでも生きようともがいていた。そんな彼らを甲冑姿の敵兵が見下ろす。

隼介 「・・・・・。」

 そして、手に持つ剣で突きさす。敵兵たちは、倒れている者たちを手あたりしだい刺していく。本当に死んでいるのか確認しているのだ。

 そして宿舎に順次突入していく。悲鳴が聞こえてくる。宿舎に隠れていた者もまた、しらみつぶしに殺されているのは疑いようがない。耳に張りつく阿鼻叫喚が、それを物語っている。

 そして看護棟もまた敵兵に囲まれる。宿舎に比べ大きめの建物のためか、敵はやや警戒しているようにも見える。沙耶もあそこにいるはずである。しかし、なにも出来ない隼介たち。

隼介 「お願いします。助けてください。このままじゃ、」

 しかし、指導員を含めた醒陵軍兵士たちは無言のまま。

隼介 「お願いします。」

指導員「黙れ。」

隼介 「・・・・・。」

 そして、ついに看護棟に突入する敵兵士たち。新たな悲鳴が加わる。間違いなくあそこでも殺戮が行われている。と、突然、敵が突入したところとは反対側の出入り口から、どっと少女たちが逃げ出してきた。

 が! 看護棟はすでに包囲されている。彼女たちも容赦なく斬られ貫かれ倒れていく。そんなことになっているとは思いもよらない者たちが、次々と看護棟から走り出してきては、同じ末路をたどっていく。

隼介 「・・・・・。」

 隼介、指導員らの顔を見る。こんな光景が目の前で繰り広げられているのに、顔色一つ変えない。そして、見つけてしまう。沙耶の姿を。

 沙耶、なんとか逃げ出そうと看護棟から出てきたのはいいものの、ここに来てようやく敵に囲まれていることを知る。

 しかし、じっとしていれば確実に殺される! 万に一つの可能性にかけ、走り出す。沙耶だけではない。ここに隠れていた者はたくさんいたのだ。

 30人40人、いや、もっと。多くの少女たちが一斉に走り出した。その数が、彼女たちの生存率を上げた。皮肉なことに、偶然その集団の内側にいた者は外側の者たちが盾になる形で守られた。

 犠牲者を出しつつも、彼女たちは走り続けるしかない。止まったら最期、無情な刃にメッタ刺しにされる他ない。沙耶は、偶然にもその集団の内側にいた。

 隼介、気づいた時には走り出していた。大きな雄叫びを上げながら、沙耶のもとへ走っていた。敵兵、その雄叫びに振り返る。見ればそこに、屈強な大男が突進してきてるではないか。しかも、武装している。一目で醒陵軍の兵士だと認識したもよう。皆、一斉に隼介を迎撃する体勢をとる。

 その隙に、生存者たちは逃げる。外に出るに出られなかった者たちも、どっと看護棟からあふれ出るように現れ走り出す。

 敵兵は逃げる者には目もくれず、隼介をにらみつけていた。そして、隼介の進行方向に立ちふさがる。その数に、思わず立ち止まってしまう隼介。

 隼介、敵兵の鋭い視線を感じる。どの顔も凶悪に見えてくる。事実、人を殺すことになんの抵抗もない者たちである。その視線とともに、いろいろな要素が圧力となって隼介に伝わってくる。剣先の鋭角。研がれた刃。まだ付着したばかりの血。固そうな盾。固そうな鎧、そして兜。今までの稽古とは、伝わってくるものが全く違う。

 気づいたら周りは敵兵に取り囲まれていた。もはや逃げ道はなくなっていた。背後から迫る敵兵。とっさに振り向き、槍を振り回す。敵は立ち止まる。

 しかし今度はその背後から迫る敵兵。慌ててそれを槍で牽制、動きを封じる。幸いにも、敵の武器は剣であったため、間合いは隼介の方が有利であった。

 しかし、こうまで数の差が歴然としていては、いずれ接近されやられてしまうだろう。隼介、敵の剣を槍で弾く。その筋力に驚く敵兵だが、それだけでは怯まない。隼介自身も、恐怖のためいつもの力は微塵も出せていなかった。人を殺すことを何とも思わない人間を前に、萎縮していた。

 そうこうしているうちに、包囲網がじわじわと狭められていく。隼介、思い切って踏み込んで薙ぎ払うも、敵は盾を持った状態で密集しているため、当たってもその衝撃は削がれてしまう。

 今度は突いてみる。突かれた敵は盾ごと後ろへ倒れ込んだ。効いた! やはり一点に攻撃を集中すれば効果がある。

 ・・・と、思ったのもつかの間、その両隣の敵兵が迫り斬りつけてくる。しまった! 慌てて槍を左右に打ち込み、彼らを薙ぎ倒すも、囲んでいた他の兵士たちが同時に襲いかかってくる。

 瞬く間に防具のない部分を斬りつけられた。無我夢中で槍を振り回す隼介。敵ともみくちゃになりながらも、なんとか強引に引き離した。敵はふたたび一定の間合いをあけ、包囲する。

 地面には、何人かの敵兵が倒れていた。見た目通りの怪力を持っている。敵も隼介のその筋力に脅威を感じたもよう。しかし、圧倒的に不利な状況は変わっていない。

 隼介、今のやりとりで、何ヶ所も切り傷を負っていた。冷や汗と血を流しながら、全方位を警戒する。稽古の時の隼介とは、明らかに違っていた。

 華麗な槍さばきも卓越した技もあったものではない。ただただ武器を振り回し、威圧して牽制して、敵を近寄らせまいとするしかない。もはや、隼介も最期の時を待つばかりである。

 隼介が敵を引きつけている間に、逃走に成功した者たちの多くは、林の中の第一陣の訓練生、そして醒陵軍兵士たちと合流していた。

 そして和馬らは、隼介の孤軍奮闘を断腸の思いで見ていた。

和馬 「・・・・・。」

 近くの指導員を見ても、置き盾の後ろに控える兵士たちを見ても、軍人たちは誰一人動こうとする気配はない。そして、静かに意を決する和馬・・・

和馬 「訓練生のみんな、聞いてほしい!」

 突然の声に皆、驚く。

和馬 「我々訓練生は、なんのためにここへ来た!? 日々鍛錬を積んでいるのは何のためだ!? 強くなるため? そう、その通り! 我々は強くなるためにここへ来た! ではそれは何のためだ!? 大事なものを、守りたいからじゃないのか!?」

 和馬の言葉を黙って聞いている訓練生たち。軍人たちも、なぜかそれを止めない。

和馬 「俺は仲間を守りたい! 頼む! 力を貸してくれ! もし、もし賛同してくれる者がいるのなら、俺の願いを聞いてほしい! ・・・俺は・・・行く。」

 和馬、弓を構え走り出す。残された一同、無言のまま。

 敵兵は戦法を変えてきた。密集し、盾で防御したまま剣を水平にした状態に。まさに剣の生えた壁に囲まれた状態の隼介。その壁は、じょじょに迫ってくる。

 とっさに敵の足を薙ぎ払う。これは効いた! 盾の下側はほぼ無防備なのだ。足甲をつけてはいたが、隼介の一撃はその上からでもダメージを与えられた。

 が、一人が倒れて壁に穴が開いても、すぐにその代わりの兵士が穴を埋める。必死に敵の足を薙ぎ払う隼介。しかし、倒しても倒しても迫ってくる剣の壁。なんとかここまで持ちこたえた隼介だが、もはやこれまでである。

和馬 「隼介———!!!」

 和馬の声。和馬が助けに来てくれた! 即座に理解した隼介、その方向に進むように、敵の足を薙ぎ払う。

 

 一方その反対側、和馬からの視点。和馬の放った矢が敵を貫く。隼介の方を向いていた敵だったが、和馬にもその視線が向く。そして一斉にかかってくる。

 弓に矢をつがえ放つ。その間およそ2秒。驚異的な速射力で一人、また一人と敵を倒していく和馬。和馬の放つ矢は破壊力抜群。一撃で敵を鎧ごと貫く。

 しかし敵は、その圧倒的な物量を武器に攻め寄せてくる。一人づつ確実に敵を戦闘不能に追い込んでいくが、押し寄せる人波は止まらない。

 その先陣が、ついに和馬に到達しようかという瞬間、そこに槍を持って突っ込む男がいた。涼平である。涼平の槍は、敵兵ののどに突き刺さる。即座に抜いて隣の敵兵を突く。

 が、盾で防がれる。その隙をつかれ、別の敵兵が斬りかかる。なんとかそれをさばくが、同時に別の敵が斬りかかってくる。さがりながら対処するが、さらにべつの敵が側面から斬りかかる。

 涼平の頭部に直撃! だがかろうじて額当てのおかげで傷は浅い。が、攻撃を受けた衝撃で下を向いた状態。大きな隙ができてしまった。そこを狙い、高く剣を振り上げる敵兵。

 次の瞬間、その脇には槍が刺さっていた。鎧の隙間である。その槍の使い手は皇であった。皇は槍を即座に抜いて、べつの敵の顔面を突く。危機を脱した涼平もふたたび攻めかかる。

 彼らを側面から襲おうとする敵目がけて、和馬が矢を速射する。混戦のさなかでも、和馬は決して狙いを外さない。

 それでもなお数でおしてくる敵の大軍は、彼らを包囲すべく広く展開しながら迫ってくる。そうはさせじと、剛田と大山が応戦する。彼らに続いて、訓練生たちが次々に参戦していく。



 みな、そのことを考える余裕もないまま「一線」を越えていく。人を殺めるという一線を・・・。考えてはいけない。考えていては自分が殺される。考えてはいけない。考えてはいけないのである。

 だが、ここに考えてしまっている者がいる。いや、彼にとっては考える余地もないほど恐ろしいことなのだ。その一線を越えることが。隼介である。

 いや、本当はすでに越えている。三年前に越えているはずなのに、隼介の中ではどこか、「あれはなかったこと」としてある。『あの日』のことだけは非日常の、夢の中の世界のような、本当にあったかどうかも怪しい出来事のようにとらえている。

 現実逃避である。逃げて逃げて逃げ続ければ、あるいは逃げ切れるかも知れないと。嘘をつき通せば真実になるかも知れないと。

 だから、越えたくはない。この一線だけは、どうしても越えたくはない。ここで越えてしまったら、二度と戻っては来れない気がする。

 今はただ悪い夢を見ているだけなのだ。一線を越えてしまったら最後、この悪夢の方が現実になってしまうのだ。

 この混乱のさなか、彼はまだ誰一人として殺めてはいなかった。刃を向けられてなお、怖くてそれができなかった。

 必死で敵の足を薙ぎ払う隼介。少しづつ、少しづつ仲間たちのもとへ近づいていく。しかし、

 「バキッ」

 槍の先端が折れる。ここぞとばかりに敵の壁がぶつかってくる。剣だけは避けなければ! とっさにかがむ隼介。

 「ガガガッ!」

 無数の剣が、同じく無数の盾にぶつかる。敵もあまりに密集していたため、すぐに剣先をさげることができなかった。

 隼介、思い切り折れたままの槍で敵の足を薙ぐ。薙ぐと言っても、もう刃はついていない。しかもかがんだ状態で、さらに敵の盾がいくつか接触しているほどせまい場所での一撃。

 しかしそれでも人一人を転倒させるには十分だった。その一点に突っ込むような形で、無我夢中で前に進む隼介。

 これには敵も意表を突かれた。本来は接近戦で有利に戦えるはずの剣と盾の装備。しかし、密集しすぎたのが裏目に出た。最前列の隼介を囲んでいた者だけは剣を水平にできたが、その後ろの者は剣を動かす隙間すらなかったのだ。

 隼介はその筋力で強引に敵を薙ぎ倒しながら前進する。そして、包囲網を突破。しかし急に目の前の壁が途切れたことで、勢いあまって倒れてしまう。慌てて後ろを振り向く。すると、そこにはすでに剣を振り上げた敵兵がいた。

 しかし、振り上げた剣を降ろしてはこない。・・・その敵兵の胸に、矢が刺さっていることにようやく気づく。剣を落とす敵。そして倒れる。慌てて立ち上がる隼介。振り返ると和馬が立っている。

 和馬と目が合う。言葉が出ない。が、言葉をかわしている場合でもなかった。和馬はすぐに視線を外し、ふたたび矢を放つ。

 辺りを見渡すと、そこは戦場であった。さっきから戦場だったが、今度は戦場らしい戦場だ。戦うつもりの者が、同じく戦うつもりの者と戦っている。

 しかもみな、訓練生だった。みな、どこか激昂しているようでもあった。いや、どうにかして自分を昂ぶらせなければ、こんなことは出来ないのだろう。初めて「一線」を越えるのだから。

 中には、そうでない者も少なからずいた。涼平と皇もそういう類の人間らしい。淡々と刃を、人ののどや脇や顔面にぶつけられるようだ。

 と、他事を考えている余裕はなかった。敵は隼介にも襲いかかる。しかし、隼介には、それだけはできなかった。もはやただの棒となった槍で、敵を殴打し戦闘不能にしていく。

 訓練生たちは半数が参戦したもよう。それを見ていた軍人たちは冷めた目で彼らの行動をののしった。

 バカなことをしたものだ。たかだか400人そこらで、敵に挑んでしまうとは。戦闘中も敵の数は増え続け、ざっと見た限りでも1000人はいる。しかも、奥にはさらにどれだけの兵が控えているか予想もつかない。

 といった現実的な思考とは裏腹に、彼らの心に和馬の言葉が響いていた。口にするだけなら何とでも言える。しかし、彼らの戦いを目の当たりにしていると、それらの言葉が、どんどん重みを増していく。

 しかし、彼らは動くわけにはいかない。上からの命令は、待ち伏せての急襲なのだから。それが、あらかじめ用意されていた作戦なのだから・・・



 訓練生たちの初陣は、かなり華々しいものだった。初めての実戦であるにもかかわらず、敵と互角の戦いを展開していた。その理由は、各々の実力・・・とは言い難かった。集団戦などやったこともなく、その訓練もしていなかった。

 事実、勢いよくぶつかっていくのは勇ましいが、なんとも隙だらけであった。その弱点を補ったのは和馬であった。和馬の放つ矢が、仲間の危機をすんでのところで救っていた。それを理解した弓持ちの訓練生らも、同じように仲間を援護する形で矢を放つ。彼らもまた、和馬に及ばずとも弓矢の達人なのである。

 交戦中の敵の中には飛び道具を持った者はいなかった。城壁の上の弓兵たちも、矢を放ってはこない。射程内ではあるが、敵味方入り乱れて戦っているため、うかつに矢を放てないのだ。

 いつの間にか和馬と数人の弓持ちは看護棟の屋上に立ち、矢を放っていた。高いところから見下ろし、敵の指揮官らしき者を見つけては狙い撃ちしていく。じょじょに優勢になっていく自軍。と、突然敵兵が一斉に敗走を始めた。

「よし!勝てる!」と、誰もが思っただろう。みな、一斉に追撃を始める。が、

和馬 「追うな! 罠だ!」

 みな、立ち止まる。

和馬 「わざと逃げたんだ!」

 城壁の上の弓兵たちが、弓に矢をつがえる。

和馬 「弓矢だ! ひけぇ!!」

 みな、状況を理解して一斉に走り出す。城壁から離れるよう一目散に。弓兵たちが矢を放つ。

 

「バババババババッ!!!!」

 矢の雨が一気に地面に降り注いだ。和馬のおかげで誰一人、矢に当たる者はいなかった。しかし、今度は看護棟にいた和馬らが孤立してしまうこととなる。

 この場所は敵弓兵の射程範囲内にあるので、うかつに逃げ出すこともできない。看護棟を中間地点に、敵とにらみ合う形となる。隼介は置き盾をとりに林に戻る。するとそこには・・・

 

 

楠  「・・・・・。」

隼介 「・・・楠将軍・・・」

楠  「余計なことをしてくれた。」

隼介 「・・・・・。」

楠  「もうここに兵が潜んでいることはばれておるだろうな。」

隼介 「私は・・・決して間違ったことは・・・」

楠  「うむ! しておらん! そして、・・見事な初陣であった。」

隼介 「・・・・・。」

楠  「まだ終わっておらんがな。」

隼介 「・・・和馬が、戦場にいます。どうしたら・・・」

楠  「あとは俺たちに任せろ。」

隼介 「私も、戦います。」

楠  「うむ。・・・それは交換した方がいいぞ。」

 楠、折れた槍を見ながら言った。隼介、盾のことしか頭になく、槍が折れていたことをすっかり忘れていた。槍を新しいものと交換する。

楠  「よし・・・いくか。」

 楠の近くに控えていた兵士が叫ぶ。

兵士 「前進!」

 陣太鼓が鳴り響く。待機していた兵士たちは皆立ち上がり、ぞろぞろと林から出てくる。林の奥の見えないところからも、湧いてくるように姿を現す兵士たち。

 予想以上に多くの兵士たちがいたことに驚く隼介たち。訓練生たちは皆唖然としている。これだけの数がいるのなら、最初から出てこればいいものを。そうすれば、被害はもっと少なくできたかも知れないのに・・・。

 

 指導員は、彼ら正規兵とともに前進するよう命令。訓練生たちもふたたび、目と鼻の先にある前線へ向けて歩き出す。わずかばかり歩いただけで、停止命令。もう敵弓兵の攻撃範囲ぎりぎりの地点なのである。

 

 正規兵たちはその数もさることながら、装備も訓練生のものより上質な者も多数いる。隼介らと同じく、袖・草摺りつきの胴当てに額当て、籠手に足甲、大刀・脇差をさして手槍を持った者が約四分の一。

 手槍の代わりに長槍を持った者が約半数。大弓を持った者が約四分の一。それらの各部隊を指揮する、甲冑一式を装備した者らが数十名はいる。置き盾を持って移動を始めた兵士たちまで含めれば、ざっと1000名は越えているように見える。

 

・・・これだけの戦力を有していながら、なぜ?

楠  「余計なことは口にするなよ。」

隼介 「・・・・・。」

楠  「と、言いたいところだが、奮戦してくれた労いを兼ねて教えてやる。こっちの方が数が上に見えるかも知れんが、それは分からん。相手も我々がしたように、兵を隠しているかも知れん。そして、地の利。」

 北門の上を指さす楠。

楠  「あそこ。それに、」

 その指を右側に、城壁上部に沿って動かし、

楠  「南側も、」

 今度は左側に城壁上部をなぞるように動かす。

楠  「北側も、高所は敵の弓兵で埋め尽くされておる。うかつに攻めても勝ち目はない。」

隼介 「・・では、」

楠  「奇襲は無理だと判断して、次の作戦がすでに始まっておる。城壁の南側と北側、その両方から兵をさしむけている。城壁の上で戦闘が始まったら、敵の混乱に乗じて我らも一気に攻めかかる。それまでは待機だ。」

隼介 「はい。」

 醒陵軍の兵士がどっと姿を見せたことに触発されてか、敵・淘來軍の兵士も威嚇しながらじょじょに迫ってくる。やはり敵も相当な数である。

 高所に陣取る弓兵も合わせれば、こちらと大差ない。しかし、地の利に加え、城壁の向こうにいるであろう兵力を加味すれば、明らかに不利な状況である。

 

 と、突然、敵の最前列の兵士が一人、倒れる。数秒後、また一人倒れる。そして三人目、この兵士に矢が刺さっているのが見えた。もしかして・・・

 隼介はとっさに看護棟を見る。そのまさかだった。屋上に立ち、矢を放っている和馬の姿がある。さすがに弓の達人である。常人ではおそらく届かない距離での攻撃を、持ち前の腕でそれをやってのけていた。皆それに気づき、歓声が上がる。

 

 しかし敵も黙ってはいない。一斉に弓矢が放たれる。すぐに身を隠す和馬。一気に数百の矢が看護棟に突き刺さる。息をのんだが、おそらくは無事であろう。

 が、次はなんと、火矢が飛んできた。数百の火矢が、一気に看護棟にぶち当たる。燃え上がるのにそこまで時間はかからなかった。炎に包まれる看護棟。そして、淘來兵が動き出した。瞬く間に敵に囲まれる看護棟。

隼介 「・・・・・。」

 思わず動き出そうとした隼介を止める楠。

楠  「まだだ。まだダメだ。」

隼介 「・・・・・。」

 看護棟を包む炎は、どんどん勢いを増していく。それを取り囲んでいる淘來兵の最前列が、またしても突如倒れる。屋内から矢を放ったのだ。和馬は炎の中から攻撃を続ける。しかし、看護棟は今にも焼け落ちそうであった。

 隼介、楠をふりきって走り出す。

隼介 「和馬———!!!」

楠  「隼介ぇ!」

 一人走り出した隼介の左右斜め後ろに、それを追って走る者たちがいた。涼平と皇である。そのすぐ斜め後ろには大山と剛田が続き、5人は三角錐を保った陣形で敵軍に突っ込んだ。

 先端の隼介が敵を蹴散らし、壁に穴を開ける。その穴を広げるように涼平と皇が敵を蹴散らし、やや大きくなった穴をさらに広げるように大山と剛田が敵を蹴散らした。

 彼らの衝動的行動に触発されて、多くの訓練生がそれに続き突撃していく。はからずも、錘行の陣(すいこうのじん)となって少年たちは敵軍を切り裂いていった。

楠  「行くな! まだ早い!」

 しかし時すでにおそく、訓練生のほとんどが突っ込んでいた。みごとに錘行の陣が炸裂したことによって、敵は多くの死傷者を出した。しかし、それで怯むほど敵も弱くはなかった。すぐに立て直し、応戦してくる。

 しばらくして突撃の勢いは止まり、乱戦に持ち込まれてしまう。集団戦になれていないこちら側が、圧倒的に不利であった。

楠  「・・致し方ない。突撃———!!!」

 楠の攻撃命令がとどろき、正規軍が戦闘に加わる。彼らは陣形を保った状態で攻め込む。長槍隊はその長い無数の槍で槍衾(やりぶすま)を形成。敵につけ入る隙を与えず押し込んでいく。

 混戦のさなか、大声で指示を出す指導員たち。「長槍隊の後ろに後退せよ!」と大声で叫ぶが、戦場の真っただ中ではほとんど聞こえない。それでもそのうちに指示を聞き取った者から長槍隊の後ろへとまわる。

 

 訓練生の多くが後退する中で、隼介ら強豪者はいまだ敵中で個人的武勇を振るっていた。そして、燃え盛る看護棟へ一歩また一歩と近づいていた。そして、ついに辿り着くも、炎の熱さで近づけない。それほどまでに炎の勢いは凄まじかった。

隼介 「和馬———!!!」

 返事はない。すぐに背後から淘來兵が襲いかかる。即座に槍で敵の腕を斬りつける。そして足を打ちつけて転倒させる。隼介は、この期に及んでも相手を殺すことはできなかった。幸いにも、こんな状況でもそれを可能にする実力があったからとも言える。事実、いまの攻撃で相手を戦闘不能に追い込んだ。

 

 隼介は敵を殺さなかったが、敵は容赦なく襲いかかってくる。同時に斬りかかってくる三人の淘來兵。とっさに槍を水平にしてその三撃を受け止める。

 背後で何かが崩れ落ちていく音。何かとは、まぎれもなく看護棟である。隼介、受け止めている三本の剣を槍で押し返す。三人は力負けして後ろへ倒れ込む。隼介が振り返ると・・・すでに入口が崩れていた。呆然とする隼介。

 一部が崩れたことによりそこに支えられていた部分も歪みはじめ、あとは一気に倒壊していった。中に和馬を残したまま・・・

 

 

 隼介は・・・キレた・・・

 

 

 

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