コミュニオン上半身2018_4_13

戦国Web小説『コミュニオン』第10話「今よ、続け」

第10話 「今よ、続け」

 

 倒れたまま動かない少年。静まり返る会場。

 突然、すっと立ち上がる少年。折れたままの竹刀を持ったまま隼介を見すえ構える。誰も声を出せない。少年と目が合った・・・ように思ったが、焦点が合っていない。防具ごしでよくは分からないが、一筋の赤いラインが見える。・・・ん?・・血??

隼介 「・・・・・。」

 長く感じる3秒間が流れる。そして力尽き、その場に倒れる少年。ふと我に返った審判が叫ぶ。

審判 「一本! 勝負あり!」

 会場が歓声と拍手に包まれる。少年はすぐに搬送される。隼介は、勝ったのだ。こうして興奮さめやらぬ人々の熱狂とともに一大イベントは幕を閉じた。


 その日は夜遅くまで宴が続いていた。選手たちを囲んで、多くの道場関係者らが、彼らの健闘をたたえた。道場主の藤堂翔馬はいつになくご機嫌で、すでに酔っていた。

 当然である。初の地方大会出場という快挙を成し遂げたのだから。残念ながら今回は負けてしまったが、来年の全国大会も視野に入ってきた。

 翔馬は笑いながら少年少女らに酒をすすめる。遠慮する者もいれば、せっかくなので、と飲む者もいた。酔った翔馬は新しい飲み友達ができた気になって嬉しい様子。くだらない話や、下ネタなどを口にしだす。

 その様子を息子の和馬は苦笑いしながら見ていた。正直、見られたくはなかった父の一面である。とても恥ずかしい。が、選手たちにはそれが好評のようだった。まさか師範にこんな顔があるなど知るよしもなく、親しみやすい印象を与えた。

 

 

 深夜、ようやく宴が終わり解散となった。和馬のすすめで、隼介は道場に泊まることになった。酒は飲んでなかったが、疲れていることもあり言葉に甘えた。

 実は、この余韻にひたっていたいという思いもあった。来年こそは全国大会。これに勝てば優勝である。全国一である。弱小道場からの出発。そこからの全国制覇。まさに青春の真っただ中にいる!今まさに青春!!

 

 そしてこんな思いも抱いていた。年に一度の大会。あと一回。来年の大会で、おそらく最後である。まだまだ先があるようで、本当はすぐに終わってしまうような切ない気もしていた。

 この青春が終わってしまったら、どうなるんだろう? その先には、何があるんだろう?

沙耶 「和馬。」

和馬 「ん?」

沙耶 「私もいいかな、泊まっても。」

和馬 「うん、もちろん。涼平は?」

涼平 「俺は帰るよ。ありがとう。」

 涼平は帰っていった。肩の荷がおりた三人は、とても気分が良かった。「やりきった」という清々しい気持ちであった。来年で終わりかも知れないけど、来年も出たい。大会に出たい。そう思っていた。その後は・・・徴兵か・・・。

 想像もつかなかった。自分が経験したことのない世界は。だから、それまでに、今しかできないことをしておきたかった。今しか味わえないことを・・・。

 

 酒を飲まされた沙耶は、風にあたってくると言って中庭へ向かった。和馬がついていく・・・かと思っていたが、そうはしなかった。二人きりになった隼介と和馬。

和馬 「で、どうよ。」

隼介 「何が?」

和馬 「沙耶とは。」

隼介 「どうって・・何もないよ。」

和馬 「そうなんだ。」

隼介 「うん。」

和馬 「でも、良い感じに見えるけど?」

隼介 「う~~~ん、まぁ。でも、そういう意味での良い感じじゃないから。」

和馬 「そっか。」

隼介 「友達なんだって。」

和馬 「友達?」

隼介 「沙耶にとって、俺は友達だって。気の合う友達。」

和馬 「そっか。」

隼介 「うん。そう。」

和馬 「同じだな、俺と。」

隼介 「そうなの?」

和馬 「うん。そう。」

隼介 「そっかぁ。良い感じに見えるんだけどなぁ、和馬と沙耶。」

和馬 「はたから見てると、そう見えるのかもね。」

 隼介、笑いだす。

隼介 「そうゆうもんか。そうかもなぁ~。」

和馬 「でもどうなのかな。」

隼介 「ん?」

和馬 「はっきりとしない思いってのもあるじゃん。」

隼介 「て言うと?」

和馬 「言葉にできない思いと言うか、・・う~~ん、言葉って難しいな。」

隼介 「まぁ・・ねぇ。」

和馬 「ま、いっか。」

隼介 「・・・・・。」

 そう言ったまま、和馬は黙ってしまった。無理に思ったことを言葉に換えなくてもいいか。そう思ったのかも知れない。隼介もそう思った。しばらくすると、涼平が戻ってきた。

涼平 「和馬。」

和馬 「おぅ、どした?」

涼平 「外にいたから。」

 涼平の後ろから、少女が姿を見せる。静流である。

隼介 「・・・・・。」

涼平 「ずっと待ってたみたいだから。じゃぁ、俺は帰るね。」

和馬 「・・おぅ。」

 静流は黙ったまま。隼介と和馬も声をかけれない。が、黙ったままでは気まずい空気が流れたままである。

隼介 「・・・どうしたの?」

静流 「待ってた。けど、出てこないから。」

隼介 「俺? 俺を待ってたの?」

 うなづく静流。そりゃあそうだろう。他に理由はないだろう。

隼介 「・・そう。」

 ふたたび沈黙。そこへ沙耶が戻ってくる。沙耶、静流がいることに気づいて立ち止まる。

沙耶 「・・・・・。」

 そしてまた、何事もなかったように歩いて来て、

沙耶 「遅刻だよ、静流。」

静流 「・・うん、そだね。」

 平静を装う四人。

沙耶 「観てくれた? 試合。」

静流 「ん~ん、観てない。私、本当はそうゆうの興味ないから。・・って、知ってるか。」

沙耶 「うん、知ってる。」

 隼介を見る沙耶。「一緒に帰らなくていいの?」と言ってるように見えた。しかし隼介はここにいたかった。少しでも今の余韻にひたっていたかった。

 ひどい話かも知れないが、この思いを共有できない人とは、少なくとも今は一緒にいたくなかった。

隼介 「俺、今日はここに泊まるから。」

静流 「・・・・・。」

 さらに気まずい空気に。

静流 「そっか。じゃぁ。」

 帰っていく静流。

隼介 「・・・・・。」

沙耶 「良かったの? あれで。」

隼介 「うん。別に、いっしょに帰る約束もしてないし。」

沙耶 「そう・・。」

 おかしなものである。静流とも、たしかに共有しているものはあるはずなのに、今は一緒にいたくない。あの子を守りたい、と思ったことはある。彼女もそんな隼介の言動に惹かれたはず。なのになんだ、今の自分の態度は? 隼介は自問自答する。

 

 静流より沙耶の方が大事だからか? いや! 違う! 今は、それとこれとは話が違う。じゃあ、なぜ? なぜ今の自分はこんなに冷たい? 静流はずっと待っていてくれたんだぞ。こんなに夜遅くまで待っていてくれた彼女を追い返してしまったのはなぜ?

 

 

 隼介、考えるのをやめる。今は今感じたものを大切にしたいだけのこと。今いたい場所にいて、今一緒にいたい人と一緒にいるだけ。それでいいじゃん。理由はそれで十分。考えるのはよそう。

 しかし、沙耶は考えてしまったのだろう。

沙耶 「ありがとね、二人とも。おかげで道場やめなくて済んだ。」

和馬 「ん? ああ。」

隼介 「良かったよ、ホントに。」

沙耶 「お母さん、すごく喜んでた。今日の私の試合観て、感動してた。言ったかどうか忘れたけど、うち、お父さん死んじゃってさ。私が生まれる前。兵士だったんだけど、淘來が攻めてきた時に・・・。だから、私には強くなってほしかったみたいで。だから、私自身も強くならなきゃって思ってて。でも、楽しかったよ、稽古。こんなに楽しいものだって知らなかった。」

隼介 「・・うん。俺も楽しかった。」

沙耶 「昔から好きだよね、隼介は。そうゆうの。」

隼介 「うん、好き。」

沙耶 「和馬もきっとそうなんだろうね。」

和馬 「多分ね。」

沙耶 「なんか、その時になってみないと分からないことってあるよなぁ~って思った。良いことも悪いこともさ。」

和馬 「うん。」

沙耶 「その人の立場になってみないと分からないこと、思ってる以上に多いんだろうな。」

和馬 「だろうね。」

沙耶 「静流・・・。」

隼介 「・・・・・。」

沙耶 「私のこと、どう思ってたのかな。もう、友達じゃないのかな・・・。」

隼介 「・・・・・。」

和馬 「それは、自分がどう思うか、じゃない?」

沙耶 「・・・・・。」

和馬 「相手がどう思ってるかは、どうにもなんないからさ。」

沙耶 「そうだね。・・いまさらだけど、隼介も・・ごめんね。」

隼介 「なにが。」

沙耶 「ひどいこと言って。」

隼介 「え。」

沙耶 「だから、ひどいこと言って、ごめん。」

隼介 「言われたっけ? ひどいこと。」

沙耶 「・・・覚えてない?」

隼介 「・・・ホントは・・覚えてる。」

沙耶 「・・・・・。」

隼介 「・・昔の話じゃん。それに、それはお互いさまだし。沙耶の気持ちは沙耶にしか分からないわけだから。」

沙耶 「・・ありがと。」

隼介 「あと、一応言っとくけど。」

沙耶 「うん。」

隼介 「俺の父さん、淘來人だけど、この国の兵士として戦ったんだからね。」

沙耶 「・・・・・。」

隼介 「この国の兵士として戦って、死んだんだからね。」

沙耶 「・・・うん。」

 沙耶、涙がこぼれる。

隼介 「・・あ、ごめん。」

沙耶 「ん~ん、ごめん。」

 せっかく余韻にひたっていたかったのに、いろんな感情が押し寄せてきて、結局それどころではなくなってしまった。こんな話をしたかったわけじゃない。

 もっと楽しいことを話そう。もっと今を、今しかできないことを。

隼介 「明日からも、いいかな?」

沙耶 「何が。」

隼介 「稽古につき合ってくれない?」

沙耶 「いいの?」

隼介 「うん、ぜひ。」

沙耶 「もちろん。」

和馬 「・・・・・。」

 そして夜はふけていく。楽しい話やくだらない話、武道の話などで盛り上がる三人。話は尽きず、眠りについたのは明け方ごろであった。

 隼介はまどろみの中で、沙耶といた。14歳の誕生日の、あの日の沙耶。清々しい朝の、美しい少女。しばらくすると和馬も現れた。が、なぜか14歳には見えなかった。もっともっと幼い頃の和馬。これは、10年ほど前の記憶であろうか。

 弓を持って走り回っては突然立ち止まり、おもちゃのような矢を放つ幼い和馬。そのたびに怒られていたやんちゃな男の子。いつの間にかその隣には、同じく幼い頃の隼介がいた。隼介も同じように叱られている。叱っているのは、今よりちょっと若い翔馬先生。

 反省の色のない隼介少年と和馬少年。それを見ながらニヤニヤしている幼い女の子が二人。沙耶と静流だ。そうかと思えば、道場に入門した日の映像が流れだす。

 年上の人たちを圧倒する同い年の少年がいる。「なんだかこいつ凄ぇ~」と思って声をかける。彼は涼平と名乗った。そしてかけよってくる元気な男の子がいる。

 「こいつに勝てる奴はいないぜ」とか言い出す。「こいつに勝てるのは俺ぐらい」とも言っている。涼平に戦いを申し込んだ。苦戦したが、なんとか勝った。こんなに強い同世代の子は初めてだったから嬉しくなった。

 元気な男の子が「ついに俺の出番か」とか言って挑戦してきたので受けて立った。圧勝だった。超弱かった。でも彼は「まぁ、こんな日もある」とか言っていた。厳と名乗ったその少年、おかしなことばかり言うが、とてもいい奴だった。

 

 記憶の中を巡っていく隼介。そのどれもが、心地良い記憶であった。いろいろな時間と場所、それぞれの「今」に隼介がいた。

 

 

 

 目が覚めると、騒がしいのが分かる。和馬と沙耶はもう起きていた。

隼介 「ん? なにごと?」

 眠そうに問いかける隼介。

和馬 「入門希望者。」

隼介 「え。」

和馬 「押し寄せてきてる。ここに入りたいって人が。」

隼介 「・・え。」

和馬 「好評みたいだよ、昨日の試合。」

隼介 「・・そう。」

 まだ眠そうな隼介。

 

 そして今日の稽古が始まる。見学者がやたら多い。みな、昨日の試合を観て感銘を受けた者たちだ。純粋に武道を志す者もいれば、なんちゃってな者、さらには沙耶の美しさに惹かれただけの者、玉石混交であった。

 隼介はいつも通りに稽古をしている。そして昼休み、和馬と話していると、何やら多くの視線を感じる。稽古中も視線は感じていたが、休憩中までじろじろ見られるのは、ちょっと嫌だった。

 用があるなら話しかけろよ、とも思ったが、それにはなかなか勇気がいるようだ。その点、和馬はさすがに寛大だった。そんな見学者たちの思いを汲んで自分から歩み寄っていった。

 

 一人になってしまった。辺りを見回すと、沙耶もいたが、これまた見学者たちに囲まれていた。自分に話しかけてくる者はいない。視線はバンバン感じるのに、本当に誰一人として・・・。

 

  ・・・俺、もしかして、怖い??

 

 隼介が予想した通り、はたから見た隼介は怖かった。とても憧れる興味深い人間なのだが、さすがにこの体格はヤバかった。気軽に話しかけるには勇気がいった。好意と尊敬、そして畏怖を感じさせる眼差しの集中砲火に隼介はとまどった。

 ・・・別に、普通に話しかけてくれていいのに・・・

 内心苦笑いしている隼介だが、外面は真顔なのでやっぱり怖い。そして午後の稽古が始まる。午後もいつも通り稽古する隼介。

 試合が終わったため、和馬は弓の稽古のため中庭の弓道場に移動していた。沙耶の姿も見えない。沙耶も弓の稽古に行ったのだろうか。

この道場では、剣・槍・弓・薙刀・兵学の五種の中から好きな種目を選んで稽古できるので、その可能性もある。

 自分もそろそろ槍の稽古したいな~と思っている隼介だったが、はっきり言ってここの師範代では、隼介の相手にならないのが実情であった。

 おかしな話だが、唯一槍の稽古がまともにできるのは涼平とだけであった。先生(師範代)よりも生徒(門下生)の方が優秀なのである。

 もしかしたら師範の翔馬であれば槍を教えられる実力があるのかも知れないが、教えてくれた試しはない。

 

 

 夕方、稽古終了の時間。師範代が稽古の終了を告げる。見学者たちが、どっと涼平にかけよる。昼同様、隼介には誰も話しかけてこないが、話したそうな目で見ている多くの視線は刺さってくる。内心、苦笑いの隼介。

 そこへやってきた和馬と沙耶。これまた囲まれてしまう。興奮する見学者たちに笑顔で応じる二人。隼介と沙耶、目が合う。沙耶は苦笑い。

 「今日はやめとく? こんな感じだし。」と言っているように見えた。隼介、声には出さず「今日」と、口を動かす。沙耶、「ん?」といった顔。

 隼介、再び「今日」と、口を動かし、指でバツを描いた。沙耶には伝わったようだ。同じように指でバツを描き、うなづいた。

 

 と、言うわけで沙耶との居残り稽古はなしとなった。さて、どうしよう。と、涼平が一人、木槍を持ってきた。そして見学者がいる前で一人、稽古を始めた。どうやら、涼平も槍の稽古をしたかったようである。

 木槍を振り回す涼平。それを興味津々で観ている見学者たち。涼平の槍さばきは華麗で力強かった。皆、その動きに魅了された。

 和馬や沙耶もその動きに見入っていた。必然的に彼らと話していた者たちも見る。まだ道場に残っていた他の門下生たちも同様である。

 

 しばらく涼平の槍さばきを観ていた隼介、居ても立ってもいられなくなった。隼介も木槍を手にする。そしてゆっくりと涼平に歩み寄る。周りの目が集中する。涼平はそれに気づきながらも、動きを止めない。

隼介 「・・・・・。」

涼平 「・・・・・。」

 なおも動き続ける涼平。

隼介 「涼平。久しぶりに、やろうぜ。」

涼平 「・・・いいねぇ。」

 

 

 

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