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米国メディアで吹き荒れる大量解雇の嵐

7月1日、2019年下半期を迎えたこの日、Bloombergによるこんな記事がアメリカの報道業界を駆け巡りました:

報道業界の雇用状況、リーマンショック以降最悪に
今年5月末までにニュース業界でレイオフ(一時解雇)された、または早期退職を促された従業員の数が3,000名を超え[訳注:アメリカ国内での数字]、このペースで行くと2019年は直近10年で最悪の人員削減が業界を襲った年になりそうだ。(Bloomberg: Journalism Job Cuts Haven’t Been This Bad Since the Recession

オンラインメディアの普及とともに購読視聴者数・広告収入が激減し、「斜陽産業」と言われて久しい報道業界ですが、世界最大級の業界規模とNew York Times・CNNなど数多くの有力媒体を擁するアメリカですらこのような現状です。後述のように「新聞社が大打撃を受ける中放送媒体は横ばい」「最近ではネット専門メディアでもリストラ」など様々な傾向が見られますが、業界総体としては間違いなく縮小しています。

これまでJanguardでは「ブロックチェーンのジャーナリズムへの応用」など、テクノロジーによる報道のイノベーションについて語ってきました。没落の中にあって、こうした華々しい動きは確かにとても期待を膨らませてくれます。しかし一方で、"bright, shiny things"(英Reuters Institue報告書)との揶揄もあるように、革新的すぎて目の前の問題への実効性に乏しいようにも思えますし、そもそもニュース業界の課題が何なのかはっきり理解しないとこれらのプロジェクトの目指すものが見えてこないと思います。

そんなわけで今回は腰を落ち着け、いち経済学徒らしく、アメリカのニュースメディアの現状を「労働市場」「人材」の面から紹介していきたいと思います。(小宮貫太郎)

10年来のメディア業界氷河期

先述のBloomberg報道では、アメリカ全体での失業率が過去50年で最低水準という好調なマクロ経済状況の中、例外的にニュースメディア業界では人員削減が進んでいることを強調しています。つまり、リーマンショックによる一時的な人員整理とは明らかに異なるパターンで、規模が縮小しているのです。

翌7月2日、業界誌Columbia Journalism Reviewのデイリーニュースレターもこの問題を取り上げました。

「メディア、特に紙媒体における雇用の縮小は、全く目新しい現象ではない」ものの、2019年は「特に残酷」な年と語っています。今年1月後半からは旧来の新聞・出版だけでなくネットメディアでも人員削減が目立っており、CJRによれば、 Buzzfeedで200人・Viceで250人・HuffpostやYahooなどVerizonグループ傘下メディアで800人がレイオフされたとのこと。もちろん他に千数百人が各地の新聞・雑誌・ネットメディアで整理されています。

ローカルメディアの危機

アメリカ各地で巻き起こる報道業界リストラ嵐の中でも特筆すべきものとして、オハイオ州で都市圏人口60万人を誇る中規模都市、Youngstownで唯一の新聞「The Vindicator」が発表した8月末での「廃刊」があります。

これまで既に人員削減・編集や印刷の外注など様々な手を打ってきたものの、オーナーが新たな買い手が見つからないことから廃刊に踏み切ったようで、地域社会を取材していた24人のジャーナリストを含む144人の雇用が完全に失われることになります(NiemanLab)。

こうした動きは決して珍しいものではなくなりつつあり、時を同じくしてルイジアナ州最大都市ニューオーリンズでも長年競合関係にあった有力2紙が経営難から合併し、人員削減が行われました(Poynter)。識者からは、2020年大統領選を前に、地方都市から報道機関が消滅していくことのデモクラシーへの悪影響を懸念する声が上がっています(Philadelphia Inquirer)。

地理的・歴史的要因から国内のニュースメディア生態系におけるローカルメディアの割合が大きいアメリカでは、こうしたトレンドは業界内での生き残り競争の面だけでなく、地域コミュニティ内での情報インフラの荒廃、そして郡・州レベルの権力監視機能の低下の問題としても捉えられています。7月3日には、ハーバード大学公共政策大学院内のショレンスタインセンターがローカルメディアの経営状況を概観するレポート「A Landscape Study of Local News Models Across America 」を上梓しました。こういった点についてもいずれ解説していければと思います。

雇用統計から見る米メディアの人員削減

上記Bloomberg報道の翌週、シンクタンクでありジャーナリズム関連の統計も継続的に発表しているPew Resarch Centerが、2008-2018年の報道業界雇用の推移を記事化しました。

(なお同記事の日本語解説はMedia InnovationのMaho Nishidaさんが既に出しています:「米国でニュースルームの雇用が2008年から25%減少・・・主な要因は新聞業界」)

合衆国労働統計局のデータを基に、新聞・ラジオ・テレビ(放送/ケーブル)・その他(主にネットメディア)のニューズルーム従業員(=記者・編集者・カメラマン)の雇用統計を調べたところ、業界全体の雇用規模は2008年の約114,000人から2018年の約86,000人へと25%縮小しているとのことです。

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(Source: Pew Research Center)

上のグラフが如実に示すように、この縮小の主要因は新聞業界にあり、この10年でアメリカの新聞社に勤めるジャーナリストの数はなんとほぼ半減しています。一方でテレビ局に関しては放送・ケーブル共にほぼ横ばいで推移、ラジオは全体に占める割合がごくわずかですがそれでも25%の職が失われています。

ネットメディアで働くジャーナリストは82%の増加となっていますが、実増は約6,100人と、同期間に新聞社を離れた従業員約33,000人のわずか1/5を満たす程度であり、ニュース業界全体としての縮小には抗えていません。

また、雇用統計とは別にPew Centerが昨年行った調査によれば、回答したネットメディアの実に25%近くが、2017年1月〜2018年4月の間にレイオフに踏み切ったとのことです。上述のような「リーマンショック以降最悪」の2019年上半期を含めないでこの結果なので、ネットメディアでも決してジャーナリストの雇用は安定的とはいえず、人員削減が今後も起こりうる状態と言えます。

なぜアメリカの新聞記者は10年で半減したのか

なぜアメリカの新聞記者・編集者・カメラマンが10年で半減するような事態に陥ったのか、その最も主たる原因は、新聞社の広告収入激減に帰することができると思います。

同じくPew Centerが7月9日に更新した「新聞のトレンドとファクト」には、アメリカの新聞業界の伝統的な2大収益源である、広告収入と購読収入の推移がこのように表されています(2013年以降は業界団体がデータを公表しなくなったため推計値)。

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(Source: Pew Research Center)

2018年の業界全体の広告収入は約$143億であり、これは最盛期の2005年の約$494億の3分の1にも満たない額です。購読収入に関しては2000年代初頭からほぼ変わらないのに対し、広告収入の激減が新聞社にとって大打撃を与え続けていることがわかります。

ちなみに同データによれば2018年のアメリカ新聞業界の広告収入の35%はデジタル広告ですが、アメリカのデジタル広告市場は現在そのシェアの6割ほどをGoogleとFacebookが占めていると言われており(eMarketer)、デジタル化の最先鋒であるThe New York TimesやWashington Postのような最大手新聞が近ごろ健闘(TechCrunch)しているとはいえ、非常に崩し難いプラットフォーマーという牙城がニュースメディアの収益を圧迫し続けていることは確かです。

脱線が続きますが、このような事情から「シリコンバレーのGoogleやFacebookがジャーナリズム(の雇用)を殺した張本人」と見る向きがアメリカの報道業界では連綿と続いています。特に2019年初頭から吹き荒れるネットメディアでの人員削減の嵐の中でこうした声が高まっているようで、自身もレイオフに遭った元BuzzFeed NewsワシントンDC支局長などが中心となって、6月に「Save Journalism Project」を立ち上げ「巨大テック企業の独占力に対抗する」と声明を出すなどの動きがあります(The Hill)。

逆に、GoogleやFacebookがそれぞれGoogle News Initiative、Facebook Journalism Projectという組織を作り、日本も含めグローバルに報道機関やそこで働くジャーナリスト支援に乗り出しているという面白い動き(CJR)もあるので、Janguardでも追って解説記事を出していく予定です。

※2020年3月追記:Google News Initiative内のNews Labで日本の報道機関支援を担当している井上直樹さんが、SmartNewsのメディアチームのブログ「Media x Tech」にてその役割について書かれています。井上さんは熊本日日新聞・西日本新聞記者/ビジネス開発局を経て、2018年にGoogleに移籍された方。

※2020年1月追記:
本記事は「米国メディア大量解雇問題と、人材としてのジャーナリストの今後(前編)」から改題しました。本記事の後編として、
・ようやく始まったネットメディアの労働組合
・「ヤメ記者」の再就職・再雇用
・「ジャーナリスト」とは誰か
・学生に現実論を説くジャーナリズム教授たち
・多様な「ジャーナリスト」を求める人材戦略
ジャーナリスト⇄起業家という可能性
といった点について解説する予定でしたが、また別の機会に書いていきたいと思います。