フランスは真の民主主義国家なのか?フランスの歴史を紐解きながら民主主義とは何かを考える『フランスほど愚かな国はない』

『フランスほど愚かな国はない -民主主義国家を自称しつつ民主主義から一番遠い国家を紐解く』                       著: 荒俣裕也                            八百万出版 2019年1月出版

花の都パリ、おいしいフランス料理、美しいフランス語。

フランスにいいイメージを持っている日本人は多いだろう。

「絶対王政で国王に虐げられてきたフランス国民たちは自由を手にするために立ち上がり、革命を行い自らの自由や人権を手にした」

フランス革命に対して日本人が持っているイメージはこんなところだろうか。これまたいいイメージである。

しかしながら、果たしてフランスは本当にいい国なのか。「民主主義」をキーワードにフランスの本当の国家像に迫った話題の1冊。

自由と責任の関係

フランスは愚かな国家である。

この国は自由と責任を完全にはき違えている。自由が際限なく溢れ、それに対する責任は負わなくてもいいと考えている。

元来、自由と責任は表裏一体の関係にある。自由を行使すれば責任が伴う。自由を行使した結果、問題が起こればその責任を負うことは当然である。フランス人はことあるごとに“自由”というものを掲げる。表現の自由、発言の自由、思想の自由。自由は確かに人間の認められた不可侵の権利である。

しかしながら、認められた不可侵の権利だからといってそれを際限なく行使していいのだろうか。著者は「フランス人は自由という権利を乱用しているのではないだろうか?」と考える。

2015年にフランスの新聞社でイスラム過激派によるテロが起きた。この新聞社は過激な風刺を掲載する新聞を販売していることで有名だった。その新聞社が掲載したイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画にイスラム過激派が怒り、テロを起こした。

テロが起こった翌日、著者はフランス人の教授と意見を交わした。彼は「テロは絶対に許せない行為だが、新聞社にも落ち度はある。他人が傷つくような侮辱的な風刺画は掲載するべきではない」といった。

すると彼女は、「表現の自由だ。どんな表現をしようと表現者の勝手だ。嫌な人はその風刺画を見なければいい」と主張した。つまり、彼女にとっては表現の自由が最も重要で他者への配慮は二の次なのである。

自分が1番で他者はその次。それが本来の人間の姿であるから、フランス人は人間の本来の姿に忠実に従って生きているといえる。

彼らは表現の自由を行使し、過激で侮辱的な風刺画を掲載した。その風刺画はイスラム教徒に不快感や怒りを与えた。その結果、イスラム教徒が新聞社を襲撃し、彼らは表現の自由を行使した責任をとったのである。

テロという行為は行き過ぎであるし断じて許されるものではないが、この一連の流れは自由と責任の関係を考えれば当然のことである。

自由があるからといって他人を傷つけていいとは限らない。むしろ、自由だからこそ、自身の行為・行動に最新の注意を払わなければならない。フランス人の新聞社襲撃事件へのリアクションを見るとその部分が抜け落ちているように感じられた。自由だけを追い求め、責任は取らない。

それは伝統的なフランスの姿勢である。

フランス革命は愚かな革命

フランスは絶対王政の国であった。王の命令には絶対に従わなければならず、自由なんてものはなかった。それに業を煮やしたフランス国民たちが国王をギロチン台に送り、処刑した。フランス革命である。

そして、国民の自由を謳った“人間と市民の権利の宣言”、いわゆるフランス人権宣言を採択した。

今日、フランス人は自分たちの先祖が行ったこのフランス革命を、そしてそれによって得た自由を謳った人権宣言を誇りに思っている。先祖は自由のために戦い、勝利し、得たのだと。

フランスの国旗はトリコロールという3色の国旗であるが、それぞれの色に意味がある。1つは平等、1つは博愛、そして1つは自由である。これでフランス人がいかに“自由”というものに固執しているかがわかるだろう。

しかし、自由を手にしたフランスはその後どうなったのだろうか。フランスは絶対王政を打倒しブルボン朝が終焉した後、第1共和制に移行する。共和制とは民主主義の国家ということである。

では、第1共和制のフランスは本当に民主主義国家になれたのであろうか。答えは否である。

共和制とは名ばかりで、ジャコバン派という政治党派がジロンド派という政治党派を公会から追放したり、ロベスピエールという政治家が台頭し、気に入らないものは次々に処刑していく恐怖政治を展開した。

国内の状況も国外の状況もフランスにとっては最悪だった。革命の影響を恐れたオーストリアを中心としたヨーロッパ諸国が対仏大同盟を結成、フランス革命によってできた政権を打倒するために立ち上がった。

対仏大同盟という強大な敵に立ち向かわなければならなかったフランスだが、国内はまとまらず、一枚岩になれなかった。そんな中で軍人のナポレオンが台頭。そして、1804年ナポレオンは皇帝に即位する。第1帝政の始まりである。帝政とは皇帝による独裁体制のことである。

つまり、フランスは王による独裁を拒否し、自由を手にするために革命を起こし、王制を打倒し、自由を手にしたものの、自由をコントロールすることができず、わずか10年で皇帝による独裁体制である帝政に移行したのである。彼らは“自由”を自ら放棄したのである。

レビュー ★★★★★

これを読めばフランスに対してもっているいいイメージが変わるだろう。もちろんいいイメージを抱くことは重要である。しかしながら、漠然としたポジティブなイメージはそれぞれの国が持つ本当の姿を見えなくする。

今日の国際情勢を読み解くには国家がかぶる偽りの仮面の内側にある本当の顔を見なくてはならない。本書はフランスの本当の顔を見るための1冊である。

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Papico

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