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『ドリブルデザイン』な身体操作論

サッカー界で話題となっている新書、『ドリブルデザイン』を読んだ。著者は”ドリブルデザイナー”として知られる岡部将和氏。
選手にとってもトレーナーにとっても非常に多くの示唆に富んだ内容であり、有益な書籍だと感じたので、私の観点から少し考察しようと思う。
*前提条件として、岡部氏とはあるJリーガーの指導を通じて親交があり、このことが彼の著書を読み込む上でバイアスにならないように注意を要した。


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■『ドリブルデザイン』はハウツー本ではなく”対人反応”の原理原則を提示するもの

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結論から言うと、サッカーにとどまらず多くの競技にとって有効なものだった。
特に相手が直接的にアクションの遂行を妨害できるルールの競技にとっては知っておくと練習の方向性を考察していく上で良き指針となるものと思われる。


<相手が直接的にアクションの遂行を妨害できるルールの競技例>
サッカー、フットサル、バスケ、ラクロス、ラグビーなど


なぜなら、「原理原則」が提示されているからである。
原理原則というのは、「人間の動きにはこういう特性がある」「人とはこういう反応をする」ということを意味しており、それを踏まえてどうすれば妨害者を封じることができるかというもの。

”ドリブルデザイナー”という名称、そして彼の動画でのインパクトのある数々のドリブルによって、どうしてもそのテクニックに注意が向きがちだが、この本の最も重要な部分はそこではないと断言できる。

DFにとってはこの原理原則が出回るのは迷惑なことかもしれない。
しかしロジックが書籍として公開されたことで、逆にDF自身もそれを知ることができるという現象が興味深い。
今後どのような”矛と盾”が生まれるのかが楽しみ。



■最も重要な部分は、第1章-ロジック編-

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私がこの本で最も重要だと感じた部分。
それは、これまで”間合い”など抽象的な概念を数学的にカテゴライズしてその構造と要素間の関係性をはっきりと定義した点である。


例:間合い = 距離 × 角度


また、具体的に見えて実は捉え方が様々になりがちな「距離」や「角度」といった”一般用語的な”構成要素についてもはっきり定義している。


距離:ボールを奪われないためのもの
角度:ディフェンスを抜くためのもの


書籍の中では、これらは「サッカーという前提条件」の下にさらに詳細に定義される。”相手の脚が届く距離”などがそれに該当する。
これらの考え方を、読み手が自分の競技に当てはめて同じ構図を作り上げることができれば別競技にとっても使えるロジックにアレンジ可能となる。
”サッカーのテクニック”という階層に囚われてはもったいない。



■テクニックは、自由度が高い位置付け

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第2章からはテクニックが紹介されている。
ロジックを実行できるのであれば、それを実行するための手段は自由だというスタンス。


-引用-
しかし、ここで述べるテクニックは、僕自身が経験的に身につけたもので「絶対に正しい」という確証があるわけではありません。
(中略)
つまり、ロジックが実現さえできれば、手段(テクニック)は問わないということです。


このスタンスは、形を過剰に重視して選手の自由な発想や独特のパフォーマンスの発揮を妨げることもある現在の日本のスポーツ界全体にとって重要なものである。

紹介されている数々のテクニックは、シンプルかつ汎用性の高いものであり、その組み合わせによって様々な複雑なテクニックにつながるものと思われる。
しかし同時に感じたことは、シンプルであるが故に、実践者の「質」に大きく影響を受ける性質があるものということだ。
ここでいう「質」とは、身体操作のことである。



■身体操作とテクニックの関係

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上述した”手段は自由”についても当てはまるが、選手のパフォーマンスはベース部分とスキル部分で構成される。
身体操作能力はベース部分に該当する。
いくら”手段は自由”とはいえ、その競技の枠組みの中で成果を出すにはベース部分の能力の高さは全体に影響を及ぼす非常に重要なファクターとなる。


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高校では圧倒的に通用したテクニックがプロでは通用しなくなる、などの現象もこれに当てはまる。
周囲のレベルアップによって相対的にパフォーマンスが低下するという現象である。
同じテクニック・同じ実践者なのに、予備動作・動き出し・スピード・パワー・バランスなどベース部分の差がこの現象を起こす一つの要因となる。
これまでは察知されなかった動き出しが、上のカテゴリーでは察知される対象となる。
この部分を担うのが身体操作能力である。


テクニックを”使える”状態にするために必要なのが身体操作能力。
上のカテゴリーに上がった段階では特に身体操作能力の差が”実力発揮”の阻害因子となる。



この現象はカテゴリーが上がる度に必ず立ちはだかる問題であるため、常に身体操作能力は高め続けておく必要がある。
*もちろん戦術的なところも関与するが本題をシンプルにするために省略する。



■ドリブルデザイナーの腕に着目せよ

このことはドリブルのテクニックにも当てはまる。
この書籍で紹介されているテクニックと身体操作の関係性を一つ紹介してみる。


▶︎ササクレタッチ
”ヨーイドン”で相手を抜くフェーズに持ち込む際に使われるテクニックとして紹介されているテクニックである。
詳細は書籍を参照していただきたいが、要するにボールを蹴らずに「接触面積および接触時間を増やしてボールを身体から離さずに運ぶことを目的とした技術」と言える。
そして進行方向の後ろ側の足でこれを実行する。
この動きの特性から考えて静止に近い状態から動き出すときに有効と考えられるが、このときのポイントを例として2つあげる。

ササクレタッチの身体操作的ポイント例
①察知されにくいこと
②動き出しが速いこと


▶︎①②どちらにも共通するポイント例
ササクレタッチでボールを移動させる「前」に、それに先立ってどれだけ素早くスムーズに上半身を進行方向に傾けられるかがポイント。
この時、腕が重要な役割を担う。
上半身を傾けると先に重心移動を起こし、ボールを移動させる前に先にスタートダッシュを切れる作用がある。*その際の脇腹の角度が重要(ここでは詳細は省略)



▶︎②のポイント例
ササクレタッチを後ろ足(本書では蹴り足とされる)で”運ぶ”際、後ろ足で地面を蹴るパターンを持っているとうまくできない。
この時の駆動力は上半身・腕・前側の足(股関節・モモ裏)となる。
これらが使えるか否かで、”ヨーイドン”や”ササクレタッチ”の質はかなり変わる。
これらが使えるようにトレーニングするのが身体操作である。


これらはほんの一例だが、身体操作は決してただの”強化”ではないし、単なる”怪我予防”でもない。
もちろんそういった要素も含まれるが、テクニックと密接に結びつくものでもあるのだ。


***



ちなみに岡部氏はこれらの中でも特に腕の協力のさせ方(使い方)が非常にうまい。
どうしても足元に目が奪われがちだが、彼の動きの中で最もチェックすべきところは「腕」である。
察知されにくさ、動き出しのスピードの両方に重要な役割を果たしている。
DFであれば、彼の足元に目を奪われたとき、すでに術中にはまっていると言える。


■分析について

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そういう意味では、この書籍最終部分のトップ選手のドリブル分析はまだ伸びしろがある。いや続きがある。
それはそのドリブルを引き起こしている構造(運動など複数ファクターの組み合わせ)についてまだ深くは触れられておらず、まだ「質」を高めていく上での提示はされていない。(書籍そのもののコンセプトの影響もあると思うが…)
これだけの原理原則を提示できるからこそ、身体操作への理解の深まりが楽しみである。
*こちらが驚くようなハイレベルの分析もあった。見習わないといけない。


最後に。
冒頭部分で手品のタネの話が出てくるが、偶然だが私も同じことを考え手品のタネ明かし動画をたくさん見ていたので驚いた。
対人スポーツである以上、察知されるかどうかは非常に重要なファクターとなり、そのベースには人間の認知機能がある。
専門的に脳の勉強をすることも大事なのだが、「どうやって人の認知をずらすか」というお題についての教材としては手品のテクニック・タネはものすごく使えるのだ。

書で繰り返し登場する言葉だが、ドリブルは”チャレンジする心”を体現するための教材と位置付けられている。
いくらテクニックを磨いても、いくらフィジカルが強くてもチャレンジできないと成果には繋がらない。
このことはやはり本質であり、スポーツを通してテクニックばかりでなくそういうことを学んで欲しいと強く願う。




中野 崇 @nakanobodysync

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1980年生まれ
フィジカルコーチ・スポーツトレーナー・理学療法士
JARTA 代表
株式会社JARTA international 代表取締役
イタリアAPFトレーナー協会講師
イタリアプロラグビーFiammeOroコーチ
ブラインドサッカー日本代表フィジカルコーチ|2017-
プロアスリートを中心に多種目のトレーニング指導を担う。
Instagram:https://www.instagram.com/tak.nakano/
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