2017-タイトル2

2017年の記事を振り返ってみようか・前編(2017アーカイブ)

 茉莉花堂です。

 今年も残すところあと二日。ということで、この二日間で今年一年の記事を振り返ってみようと思います。
 今日は「たくさん読まれた記事BEST10」というテーマで、描いた当時のことを思い出しながら振り返ってみます。

 記事のタイトルにリンクをはっておきますので、気になった記事がありましたらタイトルをクリックして本編を読んでみてくださいね。

 では、まずは10位から。

第10位 寂しくないの?

 みんなとキャッキャウフフしてると楽しそうだし、ポツンとひとりでマンガ描いてると寂しそうに見えたんでしょうね。まあ、中学生くらいだとそういう基準なのかもしれません。「ぼっち」が避けたいことがらのひとつになるくらいですしね。
 「寂しさ」はどこから来るんでしょう。
 「寂しいのはイヤだ、悲しい」という感情は誰もが持っているんだと思います。でもその寂しさを感じる基準は人それぞれで。
 私にとっての「寂しさ」は、誰かと一緒にいても、それが自分の大切な人であったとしても、消えるものではなくて、根のようなものだと感じています。
 「家族がいるのに寂しさを感じるのか?薄情じゃないか。不満があるのか?」と、その寂しさを否定してたこともありますが、家族に不満がある・なしにかかわらず、寂しさは私の隣にあるんだと思う。

第9位 悔いなき選択とは言うけれど

 父親の延命治療の選択に絡めて「悔いなき選択」なんて本当にあるのか?と思って描いた話です。
 選択のタイミングはいつも突然で、それが事前に確認を重ねてきた選択だったとしても、あらかじめ考えていたカードをその場で出すことができるとは限らないんですよね。それくらい、人の心は揺れるものだと思うんです。

第8位 読んでくれてありがとうございます

 「考えちゃう自分」について振り返った話です。
 作中でも描いたように、考えることについて肯定されたことがなかったので、ネット上での反応に結構おどろいてます。この記事がかなりの人に読まれたことも驚いてます(笑)最終回っぽいタイトルだったからかな。

第7位 「疲れたね」と話しかければ「疲れたね」と答える人のいるあたたかさ

 ついつい自分の感情を他者と相対的にみて善悪判定してしまうなーと思って、いましめみたいな気持ちで描いた話。
 「つらい」と言ったら本当につらくなる、「疲れた」と言ったら本当に疲れる。「人は口に出した言葉の通りになる」という話もありますね。この言葉にも、私は振り回されることがあります。
 そういうときは「いや、でも、本当も何も、今つらいなら今の気持ちが本当でしょ・・・・」と意識して自分の気持ちを受け止めてあげるようしています。意識的にならないとどんどん引きずられちゃうんです(*_*;
 
 

第6位 テキトーが一番難しい

 終わらない宿題と子ども・・・・どうバランスを取ればいいのか悩んだときのお話です。テキトー・・・・。私は融通がきかないので、今でもテキトーが一番難しいですね。仕事ができる人は「テキトーでいいよ」という指示は出さないですけどね。


第5位 私の隣を歩く人

 こうして振り返ってみると、この話と7位の「疲れたね・・・・」の話は対になってますね。「疲れたね」と話かける隣りの人のことを考えたことがありますか?という話ですね。ここで言う「隣りの人」は、実際に自分の隣にいる人のことでもあり、自分の気持ちに寄り添う自分のことでもあります。
 余裕がないときは、ほんの少しの会話でも難しいのかもしれない。でも、そう思ってる限り、余裕のある日はきっと来ない。


第4位 親は子どもに救われている・・・・場合じゃない

 これは徹底的に自分へのいましめですね。
 自分の子どもは自分じゃない。
 自分もそれをわかってると思っていたけど、言葉で言うほどカンタンなことじゃなかったです。わかってねーんです。
 

第3位 その人生は正解ですか

 この話も、振り返ると9位の「悔いなき選択とは言うけれど」と対になってますね。
 最善手が欲しいんです。必死で探してるんです。でも、誰も「それが最短で勝ちに行く一手だ」と言ってくれないんです。
 最短で勝ちに行こうとすると、無駄はない方がいい。身になるものだけ身につけたい。でも、それが一体何かわからないから、検索ばかりしてる。
 自分が選んだその答えが、正解だったと誰かに言ってほしいのかよ?
 ・・・そう、スマホ片手に調べてる自分に対しての問いかけですね。


第2位 親の言うことなんか聞かなくたっていいんだよ

 親の「こうしたい」「こうあってほしい」はときとして本当にうざったくて、子どもがそれなりに大きければ「うるせー!」と言い返されるんですが、小さい子どもは「親のこうしたいと自分のこうしたいが違う」「こうあってほしいと思われているのにこうなれない自分」に無自覚に悩みますね。
 自分自身が、親の「こうあってほしい」姿に添えない自分に苦しんできたのに、それを自分の子に落とし込めない。だからむしろ、自分に対してわからせるために口に出すようにしました、というお話です。それで本当に、自分のやりたいようにやればいいんだと思ってくれるかどうかはわからないのですが。
 

第1位 正義の扱い方をどう伝えればいいんだろう

 今年一番たくさんの方々に読んでいただいた記事はコレでした。
 自分の正義と他人の正義がぶつかるとき、どうすればいいんでしょう。トラブルの大半は「正義」が絡んでますよね。
 子どもはわりと白か黒か、はっきりさせたい。でも、世の中の大半は濃淡様々なグレーで、そのグレーをどう伝えるか。落としドコロって何か。難しいですね。

 ・・・・というわけで、「今年たくさん読まれた記事BEST10」を振り返ってみました。
 なんか・・・・10連で来ると重いわ・・・・。
 重い話をいつも読んでくださってありがとうございます・・・・。

 明日は後編をお送りします。

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