タイアップ記事なんて、なくなればいい


ViViと自民党。元凶はタイアップ文化?

講談社のWeb版ViViと自民党が制作したPR記事がちょっと話題になりました。事の詳細をここで書くのはもう面倒なのでここにリンクを貼って置くだけにして省略しますが(ファッション誌「ViVi 」の自民党コラボ企画が物議、シンボルマーク入りTシャツに意見も/ FASHION SNAP .COM)、私は、あれを制作したViViサイドの人たちはそれなりに抵抗したんじゃないかなと思っています。何よりもあのダサいTシャツがそれを物語っていると思います。

誰もが認めるあのダサさをViVi サイドも気づかないはずがないと思います。

インスタグラムの反応をみてもまったく盛り上がっていないですし、インスタのViVi公式アカウントに至っては自民党Tシャツキャンペーンを完全にスルーしています。ViViサイドには今回のプロモーションを積極的にプッシュしようという意気込みが感じられません。

やる気がないのなら断ればいいと思う人もいるかもしれませんが、出版業界と広告業界の力学を考えればそれはまず無理でしょう。講談社にもちかけたのは大手広告代理店のようですが、ViViぐらいの広告売上高の多い雑誌となると、大手広告代理店の役割は大きく、たとえば毎月2千万円や3千万円といった広告が入る分のスペースを「電通枠」や「博報堂枠」として広告代理店はあらかじめ押さえておき、そこに彼らは予算を入れてくれるのですが、この「枠」を保証しないと言われてしまったら、月刊誌は完全に干上がってしまいます。

またViViだけでなく講談社が発行している他の雑誌の「大手広告代理店枠」も保証しないとほのめかされる可能性もあります。

大手広告代理店は大手クライアントの財布(年間予算やプロジェクト予算)を預かっていて、彼らはその財布の中から自分たちの計画に従って各媒体にその予算を配っていきます。

今回のViVi のケースは、広告を持ちかけたのは政権与党と大手広告代理店であり、受けるのは日本一の規模を持つ大出版社ですので、ViVi編集長や編集部といった末端の現場の意志などはまず通らない案件です。やりたくなければ会社を辞めるしかないでしょう。

※6月20日発売の『週刊文春』(文藝春秋)によると、この件について雑誌版『ViVi』は編集長も編集部員もまったく事前に知らされておらず「とばっちりだ」と不満を漏らしているそうです。たしかに、これだけの規模のメディアの場合、紙と電子版は制作チームが違うことがほとんどです。また電子版の場合は、「編集部」が存在せず、1つのセクションが各雑誌の電子版を横断的に制作している場合もあります。そうした可能性もあるため、本稿では当初からTシャツを作ったのは「ViViサイド」として、あえて「編集部」という表現を避けていました。 


あのTシャツがダサくなくて、本気で若い女性読者の気持ちを掴むつもりで作られたものだったら、結果は違っていたのではと思います。たとえば人気アパレルブランドとのダブルネームにするとか、有名デザイナーが手がけるとか、カリスマ性の強いインフルエンサーが着るといった強力な仕掛けがあれば、若い女性の気持ちはかなり持っていかれたかもしれません。

そして、政党の政治信条を浸透させるのは難しいかもしれませんが、シンプルに「自民党って感じがいい」という好感度の高さを植え付けることはできたかもしれませんし、政党にとってはそれだけで効果は十分といえると思います。

自民党が元号「令和」がスタートしたときに行ったキャンペーンで人気アーティスト天野喜孝を起用した際には、そのインパクトの強さに震撼した人が多かったようですが、政党があのぐらいのスケールとクオリティで若者向けキャンペーンをメディアを使って展開したら、かなりの効果はあると思います。

私が今回の騒ぎをみていて感じたのは、日本に根付いてしまった「タイアップ文化」が結局は元凶だなということです。

まず、政党広告は純広告という手法でやるべきだと思います。

メディアの名前、そのブランドを借りた「タイアップ」という手法には疑問を感じます。というか、こういう「タイアップ」にはハッキリ言って反対です。またこれは、政党だからという理由だけでなく、「タイアップ広告」という手法そのものがなくなればいいと私は思っています。

アメリカには「タイアップ」はない

「アメリカの雑誌はタイアップ記事を作らない。そもそも『タイアップ』という概念が存在しない」。私にこう教えてくれたのは、中央公論社雑誌編集局長の白井和彦さんでした。

1993年、中央公論社は世界ナンバーワンの雑誌出版社、 アメリカのコンデナスト社と提携してGQ 日本版(GQ Japan)を発行することになりますが、発行前に中央公論社広告局長として白井さんがニューヨークのコンデナスト本社で研修を受けた際に、コンデナストの広告責任者から「アメリカの雑誌にはタイアップというものは存在しない」と言われたそうです。

白井さんが「それって建前ですよね? ほんとはやっぱりタイアップはあるんでしょう?」と重ねて質問したら「絶対にない」と言い切られたそうです。

私が白井さんにこの話をうかがったのは白井さんが『GQ Japan』編集長のときでした。白井和彦さんは、1980年代に女性雑誌『マリ・クレール・ジャポン』の編集長を務めた人です。

1982年創刊の『マリ・クレール』の発行部数が3万部を切る事態になったときに3代目編集長に起用された白井さんは、文芸誌『海』編集長の安原顯さんを副編集長に据えますが、「このままだと休刊になっちゃうので、どうせなら好きなことをやっちゃおうぜ。女性誌とか男性誌とかはもうこの際関係ない」と開き直ったら、それが当たってしまいました。

大人気だった淀川長治、蓮實重彦、山田宏一による映画鼎談をはじめ、辻邦生の紀行エッセイや吉本隆明による書評、村上春樹の特別寄稿など、トップクラスの文化人を執筆者に起用して音楽、映画、アート、文芸——文化全般について語らせる記事を展開させる編集方針が、読み応えのあるハイ・カルチャー記事を女性誌に待ち望んでいた読者に支持され(男性読者も多かった)、その後の女性誌のスタイルに大きな影響を与えました。

発行部数のピークは9万9千部。

「ほんとは10万部刷れないことはないんだが、それをやるとお前がつけ上がるのでしてやらない」と当時の中央公論社会長、嶋中鵬二から言われたと白井さんが私に話してくれたことがあります。

吉本ばななや村上春樹などたくさんの大物作家を担当し、自らを「スーパーエディター」と称して各方面に執筆し、著書もある安原顯さんをマリクレール編集長と誤解している人も多いようですが、彼を管理していたのはずっと白井さんでした。

また、『マリ・クレール』のファッション・ディレクターとして、伊勢丹研究所を経て独立していた小指敦子(こざすあつこ)さんを起用したのも白井さんでした。小指さんは川久保玲と旭化成時代の同僚で、ビジネス面での川久保のブレーン的存在となり、山本耀司の才能もいちはやく認め、川久保と山本のパリコレでの成功を支えた人です。小指さんによってこの2人のインタビュー記事が『マリ・クレール』に掲載されたのをはじめ、新進気鋭のジャン=ポール・ゴルチエや、カール・ラガーフェルドがデザイナーに就任したばかりのココ・シャネルの特集を他誌に先駆けて取り組むなど、文芸やアートだけではなくモード・ファッションの先端を取り上げる雑誌としても注目されました。

小指さんは93年に亡くなりますが、白井さんは「小指さんにはファッションがどういうものであるかを教えてもらった。あれだけの見識を持ったファッション・ジャーナリストはいない」と何度も述懐していました。

白井さんがマリクレール編集長を務めていたころ、淀川長治さんに会うといつも「あ、動物園の園長さんが来た。猛獣や珍獣を飼いならすあなたは園長さんね」と淀川さんがおっしゃったそうです。淀川さんは、後年私に会ったときにも「園長さんはお元気?」と尋ねられました。淀川さんの「動物園の園長」というたとえは、個性の強い雑誌編集者たちを束ねる編集長という仕事や雑誌編集部という職場を的確に言い当てた言葉だなと思います。

ウィキペディアの『マリ・クレール・ジャポン』の項目を見ると「安原顯副編集長」の名前はあっても「白井和彦編集長」の名前はありません。白井さんは嶋中鵬二会長の「編集者は黒子に徹せよ」という教えを忠実に守って、自身の名前をアピールすることを極端に嫌った編集者でしたが、こうしたありさまをみると、歴史って言ったもの勝ちだなと思います。

私が白井さんと知り合ったのは1996年に中央公論社の「GQ編集部」に派遣社員として配属されたときです。当時、白井さんは雑誌編集局長でした。翌年、中央公論社社長の嶋中行雄さんが解任され、GQ Japanは、GQ創刊プロジェクトの発案者だった嶋中行雄社長が経営する系列会社の中央公論インターナショナル(のちに嶋中書店と改名)に編集部が転籍することになります。

『マリ・クレール・ジャポン』の創刊を発案し、プロジェクトを推進したのが嶋中社長だったというつながりもあり、白井さんは自らGQ編集長に名乗りを挙げ、中央公論社雑誌編集局長を退職して中央公論インターショナルに入社します。そのときに私も白井さんに誘われて、中央公論社から出向派遣社員というかたちで新 GQ編集部に移りました(のちに同社の正社員となり、次長、副編集長を務めました)。

月刊誌『GQ Japan』を発行の延期も休刊もすることなく別会社の新編集部で発行しつづけるのは、けっこうたいへんでした。旧編集部員で中央公論社から転籍してくる人はいなく、彼らはそれまでの連載記事をすべて終了させました。突然編集者から連載打ち切りを申しわたされた執筆者たちの中には、いまだに新編集部の人間が終了させたと思っている人もいるかもしれません。

新編集部の構成は、白井さんと私と新しく入ったファッション・ディレクター1名と中央公論社を定年退職した元校閲部部長、それから中央公論インターナショナルが制作していた『藤子不二雄ランド(FFランド)』(中央公論社、嶋中書店)などの漫画単行本が専門の書籍編集者2名でした。

白井編集長の編集スタイルはちょっと変わっていて、第1特集の内容をあらかじめほとんど決めないというものでした。通常は何本かテーマを決めておいて、何カ月かの時間をかけて作り上げていくものですが、白井さんの場合は、校了最終日のあとに次の号の特集を決めていました。白井さんは中央公論社入社当時『週刊公論』編集部に配属されたのですが、特集を直前まで決めない、または直前になって内容を差し替えるというスタイルは、この週刊誌編集者時代に身についたものではないかと思います。

ちなみにこの『週刊公論』は1959年に創刊、わずか2年足らずで廃刊となりますが、当時の嶋中鵬二社長が編集長を兼任し、編集部員だった『婦人公論』元編集長水口義朗さんの『「週刊コウロン」波乱・短命顛末記」(中央公論新社)によると、その編集方針は「スキャンダルは扱わない」「人を傷つけてはいけない」「トップ屋は原則として使わず、編集者が取材して書く」「特集記事の責任を明らかにするため署名を入れる」であったといいます。

当時の「GQ」に話を戻しますと、月刊誌の場合、校了日から次の号の原稿を印刷所に入稿する期間は約2〜3週間ぐらいです。「GQ」は特集主義を謳っていて、第1特集のページ数が毎号50ページ前後あるのですが、これだけのヴォリュームのコンテツを企画立案、原稿依頼、取材と原稿書き、デザイン入稿、デザインアップまでをわずか2〜3週間でやるのは、キツイというレベルを超えたものがあります。その特集の大半を白井さんと私の2人で作っていました。もちろん他の連載記事やタイアップ記事なども抱えています。

白井さんは、私のことをいつも「くーさん」と呼んでいたのですが、毎日夕方になるとデスクで酒を飲み始める白井さんが、校了紙を眺めながら「また1冊作っちゃった。くーさん、こんどは何を作ろうか?」と話しかけてくるのには、もう、あきらめてただ笑うしかありませんでした。

GQの場合はUS版とUK版があるので、それを翻訳転載すればなんとかなると白井さんは考えていたのかもしれませんが、海外版の記事はクオリティが高くても日本のマーケットでは読まれそうにないものも多く、結局は日本独自の編集記事を作って組み合わせないと売り物になるような特集にはなりませんでした。中央公論社で小指敦子さんや安原顯さんの下で働いていた小林圭太さん(いまはCCCメディアハウス社長)が新編集長に替わるまでの約3年間、私は毎月、白井さんの「次は何を作ろうか?」に付き合わされることになりました。当時の私はまだ30代で、体力は十分にあったのでなんとかなったのだと思います。

白井さんの校了時の癖には信じられないものがいくつかありましたが、その中のひとつが「次号予告」の原稿を入れるときでした。先にも書きましたが、校了時にはまだ次号の特集はまだ何も決まっていません。だから特集タイトルなどはぜんぶ仮定のものを入れてしまうのです。ほとんどが影も形もない、架空のものです。白井さんに何度かそういうやり方を正すようにお願いしたのですが、「予告は予告。発行した際に内容が変更されていてもまったく問題ない」と改めません。

現コンデナスト・ジャパン社長の北田淳さんがGQの広告を創刊以来ずっと担当していたのですが、校了日になると彼が編集部にやってきて、白井さんが捏造した次号予告原稿を見ながら「僕は毎号これを読むのが楽しみなんですよ。しかし白井さん、これはヒドいじゃないですか」と笑いながらあきれていました。広告営業的には、特集内容に合わせて広告代理店やクライアントに提案するのが通常なので、次号の特集内容すらもわからないという状況には、北田さんは笑ってはいても、ほとほと困り果てていたことと思います。

タイアップ禁止。コンデナスト本社からの通達

『GQ Japan』の編集部が系列会社に転籍しても広告営業は中央公論社広告局が担当していました。新編集部に変わってからしばらくの期間は雑誌のクオリティが低下するなど、クライアントの信頼を失いかねないことがいろいろあったのですが、クライアントや電通などの大手広告代理店への説明をしっかりやってその支持をつなぎとめてくれたのは北田さんの力によるところが大きかったと思います。たしか新編集部に移ってから、GQ Japan創刊以来最高の広告売上を達成したこともあったと思います。

その北田さんが日経コンデナスト(現コンデナスト・ジャパン)に転職して『ヴォーグ・ニッポン』(現ヴォーグ・ジャパン)の創刊を手がけるにようになるのですが、創刊されてまもない頃、GQ編集部に遊びにきて、アメリカのコンデナスト本社のレギュレーションについて話したことがありました。

「いやあ、参りました。アメリカのコンデナストから通達があって、タイアップは禁止、ヨイショ記事もなし、定価からの値下げもダメ。どうやって営業すればいいんですかね…」こんな内容でした。

白井さんが以前コンデナスト本社で説明を受けたように、やはり「タイアップ」という広告手法は認められていなかったのです。

そのレギュレーションを守るために北田さんたち『ヴォーグ・ニッポン』創刊時のスタッフたちがやったことは、とにかく媒体のクオリティの高さを追求してそれをクライアントに理解してもらう、ということでした。

『ヴォーグ・ニッポン』の当時の広告掲載料は4色1ページで定価200万円ぐらいでしたが、1ページ200万円を越える女性誌はなかったと思います。この価格で値下げなし、さらにヨイショ記事なしで営業するのはかなりたいへんです。 

たとえば純広告1ページを定価の200万円でクライアントが買っても、それにヨイショ記事(広告料金が発生しないが実質はPR記事)2ページをオマケとして付ければ、200万円を3ページで割ると1ページあたりの価格は約70万円になります。つまり実質的なダンピングです。しかしヨイショ記事が禁止となると、正真正銘、1ページ200万円で売るしかありません。こうなると、もう、品質の高さをクライアントに納得してもらうしかありません。 

たとえば当時の『ヴォーグ・ニッポン』にはプリンティング・ディレクターがいました。大手印刷会社のプリンティング・ディレクターをスカウトして、『ヴォーク・ニッポン』の印刷の品質管理を徹底したのです。

印刷というのはアナログ作業なので、それを管理する人や出力する機械によって印刷の出来上がりに差がでます。『ヴォーグ・ニッポン』の印刷は大日本印刷が引き受けていますが、プリンティング・ディレクターは専門家なので、本社市ヶ谷工場の何号機の出力の調子がいちばんいいといったことを把握しています。その機械を2〜3日間抑えて印刷に詳しいスタッフが泊まり込みで出張校正をしてその品質を管理しますとクライアントにアピールしたそうです。

当時はまだそこまで印刷の管理をしている女性ファッション誌は珍しかったと思います。ファッション系クライアントは、広告原稿の色や階調が要望どおりに印刷に反映されることを最も求めています。こうした説明は媒体の信頼を得るためには効果が大きかったと思います。

私が北田さんから聞いた話はもう20年以上前のことなので、現在がどのような状況であるのかは知りません。ただ、アメリカではタイアップという概念はないというのは間違いありません。これはGQやヴォーグに限らず、ハーパースバザーやエスクワイアなどの他社の雑誌、そしてニューヨーク・タイムズなどの新聞社も同じです。

メディアのコンテンツには編集記事と広告、この2つしか存在しない。これがアメリカの常識なのです。そしてアメリカだけではなく、欧米全般にあてはまることのようです。これは考えてみれば当然のことです。お金をもらって制作する記事の内容が完全に中立性が保てるかどうか、これは誰が考えても明らかなことですから。

巧妙に埋め込まれた広告

アメリカと違って、日本では編集記事と広告のみというわけではありません。雑誌の場合は、コンテンツの種類は以下のように複雑に分かれています。

① 編集記事  広告料金をもらっていない、編集部制作による記事。

② 純広告   クライアントが広告会社に制作させた記事。

③ 記事広告  クライアントが掲載する媒体の編集記事の体裁に似せて制作した記事。PR記事ともいう。「PR」「広告」表示をする。

④ タイアップ記事  クライアントが編集部に企画立案させて制作させた記事。広告料金が発生する。また、広告料金は発生しないが広告サイドからの要請により編集部が制作する記事。「PR」「広告」表示がない場合が多い。

⑤ ヨイショ記事   広告料金は発生しないが、広告へのサービスとして編集部が制作する記事。編集サイドから自発的に制作するものも多い。編集記事と見た目は変わらず、編集記事として扱われるので読者にはその裏に広告が関係しているかどうかはわからない。

③記事広告④タイアップ広告ですが、最近ではタイアップ記事=記事広告という感じになっていて、両者の区別はほとんどなく、まったく同じ意味として使われています。私の経験では10年ぐらい前までは違っていたのですが。

かつては③記事広告とは、編集部が制作することはなく、広告会社かもしくは出版社内の広告制作専門チームが記事を完全パッケージで校了時に入稿するものでした。いっぽう④タイアップ記事の場合は、制作のイニシアチブは編集部がとって、クライアントはそれに追従するというものでした。このため、「PR」や「広告」の表示がつくことは少なく、編集記事のようにみえる体裁のものが大半でした。

もともとはタイアップというのは、編集とクライアントが対等の関係で記事を作るものでした。しかし今では③記事広告と同じものになってしまい、クライアントの意見が最優先となっているようです。とくにウェブメディアの場合は、「タイアップ記事」という言葉には「編集とクライアントは対等」という意味はまったくないようです。

「タイアップ」がなぜ生まれたのか。それは純広告では読者へのアプローチが弱いと考えられたからです。読者がもっとも信頼する記事は、広告料金が発生していない、編集部が独自の切り口で制作したページです。このため、広告記事も、広告会社に依頼して作ってもらうよりも、編集部に作ってもらったほうが読者により面白く受け止められる記事ができると考えたからです。

言い方を換えると、編集部のお知恵を拝借して自分たち(クライアント)の商品の宣伝をしてもらおうという発想です。そうなりますと本来は、クライアントは、まずは編集部の意向を優先して、それをチェックしながら受け入れていくというかたちになります。

実はこういう考えにもとづくタイアップという手法には、クライアントの思い通りの記事ができないというリスクがつきまといます。そして広告代理店もそういうリスクを恐れて、昔はタイアップをあまり積極的にクライアントには提案しませんでした。広告代理店にとってクライアントに最優先に誘導したいのは純広告で、タイアップ広告はできれば避けたいというところがありました。

たとえば高級腕時計のタイアップ記事を作るとします。広告の世界では、腕時計の撮影の仕方にはいくつかレギュレーションがあって、時計の針は「10時10分」を指してないといけないというものがあります。それは10時10分のかたちが時計の文字盤がいちばん美しく見えるという経験則にもとづくものです。

しかし、クリエイター(フォトグラファーやスタイリスト)/編集部の発想というのは、必ずしもそうではないんですね。8時20分や5時50分ではなぜいけないのか、という意見が必ず出てきたりします。クリエイター/編集部とクライアントの間を調整する役目の広告代理店は、この両者の意見の食い違いを調整してプロジェクトをソフトランディングさせないといけません。

似たような例をさらに挙げると、たとえば洋服やバッグの場合でしたら、クライアントには「この服やバッグはこういう色や形で撮ってもらわないと困る」という要望があります。しかしクリエイター/編集部が、「洋服やバッグの色が実物と違っていたりクライアントが見せたい形とは違っていても、ヴィジュアル的には自分たちが撮影したもののほうが断然カッコいいだろう」と主張してそれを曲げないこともあります。

また、自動車の場合でしたら、自社のクルマを撮影する場合は地面と車体の間が空いてるように見えないとダメという決まりごとを大事にしているメーカーもあるのに、クリエイター/編集部はそんなものはおかまいなしの角度で撮影することもあります。

タイアップという手法には、このようにクリエイター/編集部とクライアントとの間に「闘い」があるのが本来でした。

これは『GQ』とは別の人気雑誌の話ですが、タイアップ記事を制作している過程で「ぐだぐだ言わずに黙ってオレたちの言うとおりに作らせればいいんだよ。そのほうが必ずいいものを作ってあげられるんだから」と編集部員が広告部員に噛み付いている場を見たことがあります。

このようにタイアップというのは、本来はクライアントや広告代理店にとっては「めんどくさい」ものだったんです。めんどうくさければ、広告代理店がみずからファッション雑誌の版元になればいいように思いますが、いまだかつてそれを実行した広告代理店はありません。

なぜなら、彼らは、広告会社が制作するコンテンツと出版社(編集部)が制作するコンテンツとの間には、読者により深くアピールするという点で越えることのできない一線があることをよく承知しているからです。編集部をおだてたり、なだめすかしたりしながら、コンテンツを制作してもらうしかなかったのです。

いまでもファッション雑誌の場合はこうしたせめぎあいがあるのかもしれませんが、しかし通常のメディアの「タイアップ」ではこのような「闘い」はもはや珍しく、クライアント側の要望が一方的に通ってしまうのが実態ではないでしょうか。

タイアップ記事のデメリット

最近ではタイアップ広告が以前にもまして増えているように感じます。とくにウェブメディアはそれが顕著で、「ネイティブ広告」という手法による編集記事と区別をつけづらい記事広告が氾濫しているように感じます。

このような記事広告が増えている原因のひとつとしては、通常の純広告を制作するよりも予算が安上がりという点もあると思います。

昔は編集記事(エディトリアル)と広告(プロモーション)では、ギャラに大きな違いがありました。クリエイターの自由な意志でその個性を発揮できる編集記事よりも、クライアントの指示に従って自身の個性をときには消して制作しなければならない純広告のほうが割高でした。場合によっては金額が1桁違うということも珍しくはありませんでした。

ところがいまでは、タイアップ記事とはいっても、外部スタッフへのギャラは編集記事とほとんど変わらなくなってきているのではないでしょうか。

また編集部員が制作する場合は、純広告よりもタイアップ広告のほうが、広告料金の単価は多少割高とはいえ、原稿の制作料金はかなり割安になるはずです。

編集部員にとってつらいのは、タイアップ広告を制作しても金銭的なインセンティブは何もないという点です。本来なら自社の編集コンテンツの制作を作る仕事への対価として給与が支払われるべきなのですが、それに加えて他社の広告制作物を作らされることも給与の中に含まれてしまっています。

自社コンテンツの制作と違ってタイアップ広告の場合は、クライアントの要望に答えるためにより負荷のかかった作業を強いられますが、それにもかかわらず特別な手当が支給されるわけではありません。一方クライアントにとっては広告会社を使うよりも割安で制作できるというメリットがあります。これは媒体側にとってデメリットといっていいはずなのですが、ほとんど見過ごされているのが現状ではないでしょうか。

媒体側にとってのタイアップ広告のデメリットをさらに挙げると、なんといっても、純粋な編集記事よりもいくぶん面白みにかける記事を読者に読ませてしまうことに尽きると思います。

編集部が独自の視点と切り口で展開する記事と、クライアントの要望に従った記事では、前者のほうがより読者に面白いと感じてもらえることは自明です。

「いや、たとえ広告記事であっても、作り手側がそのテーマに心から賛同して積極的に制作に携わる場合は、むしろ幸福な関係といえるのではないか」という反論もあるでしょう。

たしかにそういう面もあるでしょう。ただ、タイアップ記事の場合は、クライアント側から、取り上げる商品のどこをアピールしたいのか、どんな点を賛美してほしいのかという指示が出されることがほとんどです。

編集記事なら、作り手側がその商品のどこが魅力的なのかを自分の目で見つけて自分のやり方でアピールします。しかしタイアップ記事の場合はそうした「自由」が許されないということです。

たとえば電力消費量を従来よりも30%削減した電化製品があったとすると、クライアントが記事でアピールしてほしいのはその省エネ特徴であって、その製品の形や色がかわいいといったことを第一にアピールしてしまうと修正を要求されることになります。ただ商品を紹介したり褒めればいいというわけではなく、紹介の仕方や褒め方が違う記事は許されないということです。

そこまで表現してほしいことがあらかじめ決まっているなら、いっそのこと自分たちで表現すればいいのにと思うのですが、クライアントにとってはメディアという第三者が商品をリコメンドしているという体裁をつくりたいということです。

クライアント側からのコントロールがこのように入ると、どのメディアの記事も似たようなものになってしまうという現象が起きます。ひとつの製品を各メディアがそれぞれの切り口で語るのではなく、たしかにメディアの名前は違っているかもしれませんが、アピールしているポイントや結論は似たりよったりになります。

こうした状況を読者が歓迎するかというと、そんなはずはないですね。SNSなどで一般ユーザーが商品を取り上げるほうが影響力があると考えられるようになった大きな原因は、このタイアップ記事の氾濫にあるのではないかと思います。

メディアは読者を取り戻せるのか

メディアが読者を取り戻すためには、「タイアップ広告をなくす」というのがきわめて有効な方法ではないかと私は考えています。いつの時代でも「正直なメディア」が読者から支持されるからです。

タイアップ広告という手法では記事の中立性が保てないということについて、いまやメディア側の感覚が麻痺している一方で、読者の目はいまだに厳しいものがあります。読者はメディアが想像するよりもはるかに記事と広告の癒着に対しては潔癖な倫理観を持っていて、記事が広告と気づくと裏切られたと怒ります。メディアはこのことにもっと自覚的であるべきではないでしょうか。

また、冒頭に書いたViViと自民党とのPR記事にしても、「お金でメディアが買える」ということが日常的かつ慢性的になっていることが、こうした事態を招いた大きな原因ではないかと思います。

たとえ1本のタイアップ記事であったとしても、編集権をすべてクライアントに預けることを許してしまったら、「メディアってかんたんに買えるんだな」という認識を相手に与えてしまいます。

メディアって、ほんとうはもっと「めんどくさい」存在であるべきなんですよ。

現実の問題として、メディアがすぐにタイアップ記事をなくすことは無理でしょう。しかし、まずは作り手側には、中立性が担保されていない舞台の上で作業をするなかで、できるかぎり読者に誠実であろうという姿勢が求められると思います。

また、クライアント側には、メディアにタイアップをもちかけるときには、メディアに対して最大限のリスペクトをみせてほしいと思います。

フランスの高級宝飾ブランドであるカルティエは、日本のメディアでもタイアップはやらないことで知られています。それはカルティエの世界観をタイアップというかたちで忠実に反映させてくれるメディアはないと考え、またそれをメディアに強要するべきではないと考えているからです。ただし、年に1回程度、女性誌と男性誌それぞれ1誌とタイアップをやるといわれています(最近の事情はわかりませんが、10年ぐらい前まではそうでした)。

私はこのカルティエとのタイアップを『GQ Japan』で数回やらせていただことがありますが、それは『マリ・クレール・ジャポン』で白井編集長、小指ファッション・ディレクターとカルティエとの間に築かれた信頼関係が長年続いていたからでした。

カルティエとのタイアップは、最初にカルティエから取り上げる商品のオリエンテーションを受けた後は、編集サイドがテーマを決めて、表現手段について企画立案し、校了までの作業全般をすべて編集サイド主導で行うというものでした。カルティエ側はファクトチェックをするのみで、細かな指示や修正はほとんど入りませんでした。

私は、クライアントと編集部とのタイアップとは、本来こういう姿であるべきだと思います。こうしたやり方で作られていくことこそが、読者にもっとも深くリーチできるタイアップ記事を生み出す方法ではないかと思います。

そして、これからメディアをはじめようという人には、タイアップ広告や記事広告に頼らないビジネスモデルを模索してほしいと思います。

我田引水になりますが、私は4年前から「ジャズ喫茶案内」というウェブメディアをスタートし、半年前に『ジャズ喫茶案内』というリトルプレスを発行しましたが、これらの媒体は広告営業活動を一切していません。そしてこのことによって、完全に編集の中立性を保つことの自由さを改めて実感しています。

私はもう60歳ということもあってややエネルギー不足なので、活発な出版活動がいまのところできていませんが、バリバリとやれば十分に食べていけそうな手応えを感じています。ニッチなところで読者を着実につかんでいけば、遠回りではあってもそれなりにやっていけそうな分野はたくさんあるはずと思います。

またメジャーなフィールドでも、編集と広告の関係を原点に立ち帰らせることができれば、まだまだやっていけるはずと思います。また、読者もそれを望んでいるのではないかと私は思います。

※このnoteの反響の大きさに予想以上に驚いています。「言いたいことはわかるけど現実は正論だけでは…」という意見も多いと思います。実は私自身、コンテンツの9割が記事広告というフリーペーパーの編集長をおよそ1年間務めたことがあります。そのときの経験を踏まえて「フリーペーパーのつくりかた」というテーマで、私がこの問題にどう取り組んだかを書いてみたいと思います。近日中にアップします。( 6月20日)

photo by JAZZ CITY 


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