仙士

山人一如。心身一如。

祈るから手離せる

祈るから手離せる

祈ることによって
尽くしたから手離せるとも言える。

祈り手離すから
上手く事が運ぶケースは多いように思う。

手離したからといって気にしないわけではない
が、基本的にはあとは天にお任せする。

お任せできないときは
自分が尽くせていなかった

手離せなければ
それは執着になり
事を変に縛りをうむ。

縛り付けられれば事は上手く運ばない。

祈り手離

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自分の中心は

他人や周りに期待してばかりだと
辛くなる。
しかし外の世界は期待には応えてくれない。

外に期待する根底には自分に対する
「ゆるし」がないから。

自分で自分を認められなくなると
外に期待を求める。

そして自分をゆるせなくなるのは
自分の魂に妥協するから。
自分の生き方に妥協するともいえる。

あらゆることにおいて
ストイックである必要はないけど

自分の生き方に妥協しない

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年末の呟きですが

遅ればせながら明けましておめでとうございます。年末に頭に浮かんできたこと、大事なことなのでいまさらですがここでもご紹介しさせて頂きます。

〜暮れの山伏のひとりごと〜

神さまにお願いするのはいいけどなぁ

お願いする神さまが何の神さまかも知らないで
お願いしてもなぁ

吉野家でドヤ顔で「ピザ!!(╹◡╹)」とか言ってるようなもんだよなぁ。

そんな奴には百歩譲っても
お冷しか出て

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大山阿夫利神社

2018ねん12月24日、静寂の大山にて。

カレーライスとライスカレー

陰中の陽、陽中の陰。
これはお互いの中にも反対の性質は存在する、それくらいに思っていた。

でも実は「陰」よりも「陽中の陰」のほうが如実に本質を表していて、大事なことがわかってきた。

お互いの間には対照力が働く。それぞれのエネルギーはこの対照力を理解することでよりスムーズに働く。

これをわかりやすく例えれば、
カレーライスとライスカレー。

カレーはライスの対照力があるからこそ

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自分事に徹する

調子が良くない時ほど
「自分事」に徹する。

これが基本。

自分のエネルギーが低い状態で
「他人事」に首を突っ込んでも
ロクな結果にはならない。

しかしなぜか人によっては
エネルギーが下がり始めてる時に
他人事に首を突っ込みがちな気が。。。

不調の時は猫のようにどこかへ隠れて
つつましく体力回復に努めるのが吉なり。