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歌壇/笹井宏之賞落選作

第30回歌壇賞応募作「水の遺言」

痙攣の蝶に近寄り口許の水が閃き吸水と知る

素晴らしい発明のよう祖母の癌繰り返される転移の言葉

妹はいくつと聞かれ僕が兄になった年齢から導いた

両親が喧嘩するたび喧嘩には終える理由が欲しいと思う

平凡でいる難しさ対岸に犬と散歩している老人

題名をつける時間の豊かさを想って本棚に立ち尽くす

霧のなか英語教師の日本語のあいまいになる母音の響き

机には船の落書きうつうつと海戦の年代を覚える

臨海の村で育った友人に魚を貰う 要らないからと

僕のことを妹の名で呼び始め母の衰えていく晩秋

祖母の家には水がある少し高い水で植物を育てている

親戚の火葬のときにあまりにも喉が乾いて退出をする

罅のように川は流れて右腕に静かに通う青い血脈

トンネルに耳を押さえて思いいる潜水艦にかかる水圧

夕立や双子に共に遭遇し苗字を呼んで共にうなずく

真っ直ぐに都市へ豪雨の降りしきり錆びゆく目には見えぬ速さで

方言が素敵ですねと褒められて親譲りだと笑って言った

この家の海抜を知る里じゅうが今天国に近づいている

連絡に飛び出て行った母親がその母親のために祈って

死に際の祖母が頻りに手をつかみ何か なにかを告げたがっている

雨は止まないみたいです 葬式の遺族の席でぼんやりとする

閉じてなお絵本は続き銀色の馬が窓辺で嘶いている

これからがそれからになり上手くいくことがだんだん減ってしまった

地球儀がしゃるると回るおそろしく朝がここまで来ていたのだった

このまま行くと海が見えますと言われてだいぶ省略されたと思う

妹とものさしを当て問題の海と湖の距離を測る

囀がいったん止まる珈琲は飲めるか聞かれはいと答える

大切な記憶が消える大雪にやがて水車は動きを止める

忘れもののような顔の両親と別れるときのおかしな握手

長い長い夜を歩いて一艘の舟が見えなくなるまでを見る

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第1回笹井宏之賞応募作「光りつづける記憶」

思い出を一から辿るときそっとスキップしてしまう場所がある

自転車に初めて乗れたその頃が一番前を向いていたこと

傘は色だ!階段を駆け上がってはここに来る人皆うつくしく

この町が扉のように輝いて蝶がたくさん来ればいいのに

夕焼の川にようやく拾われた吹奏楽部の大事な楽譜

夢で見た硬貨を出して店員に困った顔をされてしまった

翡翠がひゅんと消え入り綱引きは教頭のいる白組が勝つ

メモは手を辿っていってぽつぽつと窓を見つめる生徒が増える

光源を高原と書きまちがえて理科室に歓声が上がった

霧の町に午後が来るから灰色の人々がみな準備している

着水の瞬間彼が消えたのを彼に言わずにいようと思う

水中でじゃんけんをした本当に悔しがるその表情もまた

紫陽花に飛んで入れば紫陽花のことが少しは分かると思った

石英に光を当てて部屋中がほわんと円く洞窟になる

オカリナを鳥に向かって吹いているオカリナ奏者に憧れていた

少しだけ太ったかなと微笑んで母に指環の銀が閃く

退屈が口ぐせの友だちが海を見て遠いと言って泣きだす

そんなもの終わったんだと夕暮の森にみんなで捜しに向かう

手を挙げて渡る妹それはもういい角度だと感心をした

ままならぬ気持ちのときに父親が最近どうだと後ろから言う

この町も明日で最後よく晴れたベランダに出てほろりと泣いた

千切りが何度やっても太くなる大学入学祝いの手紙

出身を尋ね「東京」と答えるときの潔さにぽっとする

古都というかなしい響き出身は古都と伝えるなにがなんでも

これからもどうぞよしなに 良い言葉!よしなによしなに口ずさむ昼

本棚に入りきらない本のこと水族館の水見て帰る

大雨に逃れる鳥を匿っている人物に取材を頼む

熱気球のろりと上がるダム底にかつて配達された牛乳

くっきりと虹の輪郭まで見えて親からどっとお米が届く

止まるのが少ないと書く水際の豊かな時をゆっくり歩く

店長が帰った後にひそひそと重なり合ったテーブルと椅子

平凡の凡の鳴り方 袋から勢いよく伸びるフランスパン

露光といういかにもカメラの言葉が体の中でぱっと曇った

月に波高まりトライアングルの一点の綻びを感じる

美術館のある白い絵の前に立ち考えている人を見倣う

根幹に関わる本を読み終えてまたたくまに光りだす世界

好きだった本をあげると妹は嬉しそうにそればかりを読んだ

君はきれいな言葉を遣う空だけを映した青い写真のように

もしふたり取り残されてしまったらそのまま眠ってしまいましょうね

耳を舐めると君はすぐ発光しここで光っちゃだめだと隠す

本を読んでいると肩を寄せてくるせせらぎいつか海に出るまで

手作りの糸電話から手作りはこんなもんかと笑う声する

ぐるぐると渦巻く夜にこんなにも静かな握手があるのだろうか

木のようにばっさり振った手のひらがのちに電車の君を泣かせる

雨の中出ていく君へ追いかけて一番好きな傘を手渡す

去っていく背中に太陽が昇っていつか最初に見たと思った

青色の短い傘とすれ違いもしかしたらと思ってしまう

面白く話せばいいと思いつつ涙がばかみたいに流れる

子どもたちそこに自分を含まなくなってぐんぐん揺れるブランコ

窓の向こうそう思っていたそのとき空は流れて僕を貫く

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 落ちるとどれもだめに見えてきますが、やはり全体の統一感(特に題材とその文体の)を作るのが非常に苦手だと分かりました。短歌の連作というのは未だ難しいです。
 ところどころ面白がれるような作品を息継ぎに持っていっているものの、文体と内容とセットでスベっている感があり、落ちるのはそういう所なのだろうなと思います。自分の作風というのをいまいち把握出来ていないのでまずそこから、でしょう。というか、何が面白い短歌で何が良くて何を作りたいか全くわからなくなっているので、好きな短歌を探すところから始めなければ、と思います。
 もし読んでくださった方がいたら、わざわざありがとうございます。これからもっと頑張るので見守ってくれたら嬉しいです。

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