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瞑想と呼吸の90日チャレンジ(78日目)~チャンス掴むか見送るか、それとも・・・

78日目。
瞑想は安定してるともざわつくとも言い難い状態かな。
気持ちは落ち着いてるんだけど・・・

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「これからはこうしていければいいな」
と周りに話していた小さなチャンスが
思ったよりも早く目の前に現れてしまった。
どうしよう。
やるか、やらないか。
そう思ったけど、もうひとつ、
違う考えがふっと湧いてきた。

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昔、20歳のころに
「チャンスはゴロゴロその辺に転がっている。
気づいて掴むか、気づかず素通りしてしまうかの違いだ」
そう気づいたときは、我ながら大きな気づきだと思った。

でも、チャンスを逃さないように
がむしゃらにつかもうと生きたら
自分のキャパを超えて失敗もしたし自滅もした。

ちょっと前まで、ほんとに最近まで
チャンスだと思うとそれを逃すことで後になって
「惜しい」「もったいない」「後悔したくない」
そんな風に感じていた。

いつも「掴む」「見送る」の選択に
ものすごいエネルギーを使っていた。

「これだ、というチャンスを掴む」のではなくて
「チャンスかもしれないものは全部掴んでおく」
という、無計画きわまりない行動だったかもしれない。

コロナをきっかけに
今回「年末までは最低限のことしかしません」
と決心し、夏から瞑想(マインドフルネス瞑想だけど)を
続けてみたのだけど

そして今年も残り少なくなった今日
それはやってきた。

受けるべきか
断るべきか

チャンスをつかむべきか
見送るのか

でも、今回は気づいた。

その「掴む」か「見送る」の間に
「自分の希望に合った条件で掴めるか」
があることを。

過去に掴み続けたチャンスは
逃したくない、逃したら後悔する、
という「不安」な思いが根底にあり
自分の大切なポイントなんて無視していた。

やるかやらないか
受けるか受けないか、しかなかった。
だからやればやるほど疲弊した。
経験は上がったが
達成感や満足がなかった。

仕事を選ぶ
予定を入れる
パートナシップや人間関係を築く

全てにおいて言えるのかもしれない。
「気づき」も
時間が経てば形を変えていくものなのだね。

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