見出し画像

Minimal ホットチョコレートチャイ

Minimalのホットチョコレートチャイが優しい味わいで、心身に沁み渡り癒やされたことを小説っぽくしました。
登場人物とその行動はフィクション、ホットチョコレートチャイの感想は筆者の本心です。なお、コンフィのくだりはフィクションです。
登場人物の人格設定がゆるいので、こんな人はこんなことしない、といった内容があるかもしれません。気にならない方は本文へどうぞ。



 昨日まで、残業続きだった。
 平凡な独身会社員たる私の、直近数週間の生活は、少々残念なものだった。平日は、仕事をして帰って寝て起きて出社して仕事を繰り返すだけ。そして、いつの間にか平日が終わり休日になっている。休日はやりたいことに手がつけられないまま日が暮れる。何をしていたのかすら定かではないのに、気がつくと日曜の夜だ。しかし、上には上がいる。だから、これがとりわけひどいとまでは思わないし、どこにでもよくいる程度の、ワークライフバランスの悪い生活の一例でしかないとは思う。辛いというほど辛いわけでもない。それでも、消耗はするのだ。
 そうして、ふと気がついた。このままでは、良くない。そして思い出した。そういえば私は散歩するのが好きだった。幸いにしてここ数日はよく晴れていて、日中も暖かかった。土曜日も同じような天気のようだ。それならばと久々に散歩に出たのが土曜日の今日だ。
 代々木公園に来てみたものの、中は人が多そうだったためその脇をぶらぶら歩く。歩道に散らばった落ち葉と、ちらほらと落ちてくる紅い葉に季節を感じながら、足下の落ち葉を踏みしめる。そうだ、今は秋だったのだ。落ち葉なんて毎日視界には入っているだろうに、そんなことにも気づけなかった。
 そうして気まぐれにふらふらと進み、商店街だの裏道だの高架橋だのを経由し、歩行者の少ない大通りを登る途中に、見つけたのだ。「ホットチョコレートチャイ」の看板を。チャイはたしか紅茶だった気がするのだが、紅茶とホットチョコレートは混ぜるものなのだろうか。そのあたりは詳しくないが、少なくとも私には馴染みがない組み合わせだ。店内は空いているようだし、せっかく目に留まったのだからこれも縁だと思って入ってみる。私は、久しぶりに、少しだけわくわくしていた。

 店内に入ってみたところ、こぢんまりとしているがなんとなくおしゃれ感がある。店内にカウンターと椅子があるし、外にはテラス席のようなものもある。イートインもできるのだろう。とりあえず表で見たホットチョコレートチャイを注文してみる。すぐそばのショーウインドウに生チョコやらチョコレートサンドクッキーとやらがあるのを見て、ようやくここがチョコレート菓子の店だったらしいと気づいた。
 好きな席で待つように言われたので、許可を得て外のテラス席で待つ。正直、こういったところは得意ではない。人目がなかったから入れたものの、なんとなく店内にいるのが忍びない。かといってせっかく来たし人もいないのだからイートインしたいという気持ちもあって、イートインはするがテラス席で、ということにした。慣れない場所には緊張するものだから仕方ないと自分に言い聞かせる。店内でいただく度胸がないことに対する言い訳だ。
 そうこうしている内に、注文したホットチョコレートチャイが運ばれてきた。スプーンと共に。私はパフェでも頼んでしまったのかと一瞬混乱したが、すぐに店員が説明をしてくれる。中にコンフィが入っているらしい。コンフィが何物かわからないことに気を取られて、細かいところは聞き逃した。店員が去ってから検索する。コンフィとは調理法らしいのだが、つまりコンフィされた何かが入っているのだろうか。それともコンフィ違いだっただろうか。これでは、完全に不意討ちだ。ちょっと変わったホットチョコレートを飲むはずだったのに、得体の知れない何かが入ったホットチョコレートでチャイな飲み物を飲まなければならなくなってしまった。クリームの上にチョコレートの欠片とココアが散っているのを見るに、甘いのだろう。ホットチョコレートなのだから当然ではあるのだが。そもそも、表の目立つところに看板を置いてあるのだから、そんなゲテモノではないだろう。
 意を決して飲んでみる。クリームが甘い。腹を括らなければならないような味はしない。少し混ぜてから飲んでみる。とても優しい味わいだ。ホットチョコレートというものはこんなに優しい味わいなのだろうか。それともチャイの味わいなのだろうか。この味わいを何と形容すればいいのかわからない。じんわりと沁み渡っていく優しい味わいに、そういえば昨日まで残念な生活をしていたんだと、しみじみと思い出す。私は今、癒やされているのだ。この優しい味わいに。私は、癒やしを必要としていたのだ。依然として形容すべき言葉は見当たらないが、少なくともこれが今の私に必要なものであったことだけはよくわかった。目の前の道路をひっきりなしに行き交う車に昨日までの生活を重ねながら、ゆっくりと、少しずつ、時間をかけて飲んでいく。

 飲み終わって一息つき、支払いを済ませて店を出る。
 優しい味わいに圧倒されて忘れていたが、“コンフィ”として入っていたのは柑橘系の果物の皮だった。生憎優秀な舌を持ち合わせていないため、その柑橘が何かはわからなかった。ホットチョコレートに柑橘類を入れるのが一般的かどうかは定かでないが、少なくともこれはよく合っていたのだと思う。あの味わいのどこに柑橘類の風味があったのか私にはわからなかったが、少なくともおいしかったことは確かだ。
 空は先刻から変わらずよく晴れていて、暖かい日差しと少しだけひんやりとした空気が織りなす秋の雰囲気を感じる。明後日からもたぶん、昨日までと同じような生活を繰り返すことになる。そうしてたどり着いた土曜日、また来ようと思った。積み上がった仕事は当面片付きそうにない。きっと来週の私にも、この癒やしは必要だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?