君の話  三秋 縋

なんていうか、優しかったんだよね。最初から最後まで。千尋君がとにかく優しくて。ぼろぼろな千尋君はぼろぼろのまま優しかったし、灯花ちゃんを「見つけて」から強くなった後も、強くてやっぱり優しかった。私は「愛し方」を学ぶ過程っていうのはピラミッド型だと思ってる。安定した愛の土台の上に少しずつ愛を足していく過程で、人は人を信じることを学び、人を愛することを学ぶんじゃないかって思ってる。大抵の人は幼児期にその土台を作る。でも、千尋君にはその土台が無い。それでも千尋君が人を愛することを学ぶことができたのは現実的ではないとも言えるし、あるいはそれは奇跡的だとも言えると思う。灯花ちゃんが本当に千尋君の運命の相手ならピラミッドの土台を灯花ちゃんがたった一人で作ることなんて簡単なことだったんだろうな。

二人の出逢いは意図的だった。でもだからってそれが運命になりえないとは限らない。そもそも、人との出逢いなんて全部意図的で全部恣意的なものじゃないの。偶然なのかそうでないのかなんて誰にもわからないし、それはそんなに大切なことではないと思う。どんな出逢い方だとしても、運命は運命だし。絶対に逃してはいけない運命の人っていうのは直感的にわかるの。恋愛だけじゃない。私は、たとえ最低だと思う出逢いでもその相手が自分を成長させてくれる場合それは運命だと思うようにしている。正直、気分は悪いけど。
恋愛の場合、一人に限定した方が美しいのかもしれないけれど、そうやって幅広く考えれば、運命の相手は一人じゃない。忘れられない大好きな人も忘れられない大嫌いな人もみんな運命の人なんじゃないかな。

私はメタファーを盲目的に信仰している自覚がある。それも最高級のメタファーでないと受け付けない。メタファーの無いストーリーを読むことはミルフィーユの一番上の一枚目だけを食べるようなもので、全くお腹は満たされない。でも、このストーリーを読んで、重厚感の無いストーリーでもここまで読者を引っ張っていけるってすごいって感動した。本当にどうなるのどうなるのって最後まで手を引っ張られながら本のページをくったから。

茅野姉妹の話はでも、もう何層か欲しかったな。千尋君の気持ちの葛藤だけでなくて、その後の展開の伏線だと思って読んでいたんだけど、そうではなかったみたいで、ほんの少しだけがっかりした。でも、義憶技工士はメタファーを使わないんだよね。矛盾したように聞こえるけど、「こうあるべきだった」という記憶をできるだけ「写実的」に作るのがその仕事だから、作者はきっと敢えて大きなメタファーは使わないスタイルで全体のストーリーを書いたんじゃないかなって思って納得してる。

若い作家さんは大抵の人がそうだと思うけど、村上春樹の影響は拭えない。私は村上春樹もちろん大好きだけど、ここまできたら書く人にとっては呪いのようなものだと思う。自分のスタイルを見つけたと思って頑張って書いても村上春樹にしか見えないんだから。このストーリーの中にもその影響は多く見られた。でも、この作家さんには自分のスタイルもあるからこれから楽しみだなって思った。この人の作品はずっと読んでいこうと思った。

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Jessica Dumbell

色んなことに手出しすぎて意味がわからなくなってる。教育、認知科学、文学、芸術、起業に興味がある。英語教育をやってるけど、英語よりもクリティカルシンキングやライティングを教える方が好きだし得意。娘をホームスクール中。パートナーは変人。楽しいことはとりあえず何でも全部やってみる。
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