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すきやき

「ズボウってしってるか?」

おっちゃんが唐突に耳慣れない単語を発したので、僕はあきらかによくわかりませんという表情をしていたと思う。

数年前の10月末頃、松茸のシーズンだった。


僕の住むこのあたり、一部の地域では毎年山の管理を抽選で決め、管理をする人たちで山へ入り松茸を採ってくる。
秋の時期の小遣い稼ぎになるようで倍率は高いらしい。
ただ山には松茸以外のきのこも多く、いつも豊作ではない。
収穫した売り物になる以外の食べられる大ぶりの雑きのこのことを「ズボウ」と呼んでいるらしい。

当時、僕は大手ファーストフードチェーンの店長になりたてで、おっちゃんはその店のアルバイトスタッフだった。

「ズボウがとれたんだ。俺の店で飲もう。」

アルバイトスタッフだったおっちゃんだったが、夜は家族で経営している飲み屋のオーナー。
息子ほど年が離れている僕をきのこを肴に飲もうぜと誘ってくれた。

当日自宅まで迎えに来てくれたおっちゃん。
行きの車内でお店のあれやこれやと話をした。
当時、その店には僕よりも経歴の長いKさんという年上の部下がおり、その人との関係もうまく行っていなくてそういう話もした。

手ぶらで行くのは失礼と思ったので、お酒もまだ良く知らなかったけれど、これが良いかと適当に買っていった日本酒をおっちゃんに渡した。

おっちゃんの店ではズボウと豚肉ですき焼きをした。
日本酒を沢山飲んで酔い酔いになったおっちゃん。

「今日はKさんも誘ったんだけどな。」

本当は年上の部下も誘っていたのだと教えてくれた。
店の運営やこれからのことを心配をしていたのだろう。
とても嬉しかった。
平日の朝はおっちゃんと話すことも多く、お店のことや人生の色んなアドバイスを受けたりした。
実の父とも近い年齢だったので、頼りになる親父のような存在だった。

その後、僕はその店で3年ほど務めそして退職した。

僕の子供とおっちゃんの孫が同じ小学校ということも有り、運動会なんかでは何回か会うことはあったけど飲みに行くことは無かった。

そうして数年が過ぎ

2日前おっちゃんは亡くなった。

今日はおっちゃんの葬式だった。
数ヶ月前に心筋梗塞で意識が戻らなくなったと聞いていた。だから失礼かもしれないが、心構えはできていたはず。だった。

自宅から車でお寺に向かった。
着いて靴を脱ぐ。
ご仏前を受付の方に渡す。
促され遺影が置かれた焼香台で焼香をする。
一連の動作を終えて隣にいたご家族と挨拶をする。


なにか一言でも喋ろうと思ったが、家族の皆さんの顔を見た瞬間に思い出がフラッシュバックした。

「あ、あ、、」言葉にならない。


「言葉にならないですね。」
と言いたかったがそれすらも言葉にならない。

結局会釈しかできず何も言えなかった。
泣いてしまって涙が止まらなそうだったから。


そのまま帰ろうと支度をしているとおっちゃんの奥さんに

「そのまま帰したら、お父さんに怒られるから食事をして行って。」

そう促され、ひとりお寺で食事を頂いてそして帰ってきた。

帰りの道、おっちゃんの店の前を通った。
ズボウはまだとれない季節だけれど、明日は豚肉のすき焼きにしようと思う。
日本酒も忘れない。


おっちゃんありがとう。

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