無聊のまぐろ

 前職を辞め、次の仕事に就くまでの期間を有給消化に充てた為、二週間のプチ無職体験パックを過ごした。突入した当初は、昼間からまぐろのぶつを食べて瓶ビールを飲んでやろうとか、満喫でキングダムを読破しようと考えていたのだが、転職先の会社から「貴様が貴様であると証明するために国から必要な書類を手配せよ」との通達が届き、大学をきちんと卒業されましたか、であるとか、車を運転して人を殺してはいませんか、など証明するための煩雑な手続きに追われ、自転車で区役所やら警察署やら回わなければならない日が多く、前職場から「お前の引き継ぎが不徹底だから迷惑しております。」との連絡もあったのでひねもす何も考えずに好き放題出来たのは二日程度しかなかった。
 その二日のうちの或る一日、昼間から飲もうと新世界に出かけた。平日、日中の大阪は殆どがキャリーバッグを引き摺り、足首を出して歩いている東アジアからの観光客ばかりである。地球一太いんじゃないか?というようなフォントでギラついている串カツ屋なんかはそのような客ばかりで落ち着かないので、ジャンジャン横丁にあるあまり浮ついていないような佇まい、カウンターだけの海鮮系居酒屋に入った。11時ごろで、先客は店主と知り合いと思しき若いカップルが一組。「自分こんなに美味しい肝食べたことないす!」と店主に話かけつつ楽しそうに飲んでいる。平日の昼間に肝が美味しくて良かったね。
 まぐろのぶつ、が食べたかったのだけれども、店にはお造りしか置いていなかった。中とろや大とろではなく赤身、それから瓶ビールを注文。無職体験パックで真っ先にやりたかった昼飲み。働いていなくても酒はうまい。むしろ明日も明後日もお尻を出して寝ていても文句は言われないのであるから、明日仕事があるよりもまっすぐお酒が飲める。しかし、正真正銘ライセンスを持った無職の方々とは違いこちらは所詮体験パックである。焦燥のない状態だから呑気なことも言えるのだろう。
 まぐろのお造りを「まずは塩でお願いします」と店主が出してきた。素直に塩で食べてみたが、醤油のほうが美味しかった。天ぷらでは「なるほどお塩もありですね。」となるケースも多いのだが、まぐろのお造りはまぐろがどう努力しても醤油のほうが合う。店主とカップルは共通の知り合いの話などし始め、だんだんと居辛くなってきた為店を出た。中瓶とまぐろのお造りで1,350円。なかなかちゃんとお金がかかった。
 もう一軒はしごをしようかとも思ったが一人で飲むなら家に帰りゃいいか、となり、だが流石に出かけて飲んで帰るだけなのは勿体ないから只管に徘徊した。働いている時の土日と大して変わらない行動様式である。レトロゲームを並べたゲームセンターに入店し、昔ジャスコのゲーセンで遊んでいた「ロックマンパワーバトルファイターズ」の筐体に100円を入れた。小学生当時はクリアした記憶もなかったのであるが、6体のボスまではワンコインで行け、イエローデビルで1回コンティニューしたもののそのままワイリーまで倒せた。仕事を辞め、酒を飲み、逃げ惑うワイリーを射撃して懲らしめる自分の背中はまるで大きくなった気がしない。他のゲームはプレイせずに店を出た。メイド喫茶も近かったが、コミュニケーションもせずに憮然としてお金を取られるのは意味がないから辞めようと家に帰った。唯一私が成長したのはこの一点においてである。

サポートしていただけますと、ありがたいですし、嬉しいです。