昔インドネシアの推しのバンドのCDを日本で出した話 ーDISCUSに関するあれこれー(4)

「インドネシアから世界最高水準のプログレバンド登場!」
2003年6月某日、ピンク色の帯の煽り文句と共に、世界に先駆けDiscusの日本盤がCDショップに卸されました。

SNSはまだ普及せず、ブログすら黎明期の時代、発売後の目立った反響を直接知る術はありませんでしたが、西新宿の有名店GardenshedではWebsiteトップページで紹介され、大手チェーン店では、店頭で再生されるとその場で売れるなど、所謂「辺境プログレ」の愛好家の間では相応の注目を集めたと思います。少なくともこの「日本盤」はほぼ半年の間に完売となったことを考えると悪くない反応だったと言えるでしょう。
もっとも本格的な知名度の上昇は2011年の「某番組」を待つことになるのですが・・・。

発売直後に同作を紹介していただいたホームページ
①皆様おなじみ、大御所ばばんこさんのGates of Dawn 
gdawn.music.coocan.jp/HTML/Discus.htm

②Cottonwoodhill Web本館 第2世代
http://cottonwoodhill.web.fc2.com/music/2000/Discus.html

*他にもありましたら申告お待ちしております


1.「日本盤」の仕様

音楽的な内容に関しては、サブスクでいくらでも聴ける時代、敢えて特徴を記す必要もないと思いますが、恐らく知る人も少なくなっているであろう、日本盤CDの仕様について補足します。

GOHAN RECORDS からリリースされた日本盤。

ボーナストラック

日本盤のお約束、ボートラ。ベーシストのKiki Calohによる”Misfortune Lunatic”と言う曲が収められています。アンビエントポップ+スキゾイドマンのインプロパート、という感じで、元々はアルバムに収める予定すら無かったそうです。サイコホラー風の歌詞はアルバム2曲目のBreatheや後のコンピ盤に収録されるThe Machineにも似た如何にもKikiというテイストの良曲。

ライナーノーツ

これも日本盤のお約束。著作権は自分にあるとはいえ、中身を丸ごと公開では手持ちの方の興も覚めてしまうでしょうから、概容と補足だけ改めて。
以前「ホムペ」でも触れましたが、1枚2面を使ったライナーノーツ、所謂「表面」はグループの来歴と各曲の特徴、特に歌詞概容と音に関する特記事項などを記載しました。
例えば1曲目のSystem Manipulationにおけるダヤック族の民謡の引用や、

アルバムタイトルの「元ネタ」であり、且つ4曲目のテーマとなった歴史的人物「R.A.カルティニ」に関する簡易な解説等。
カルティニ」Wikipedia

そして「裏面」には2003年時点で知っていた範囲での「インドネシアのプログレシーン概要」の解説文。今なら皆さん知っているような情報ばかりですが、当時はこれが精いっぱい。すこしはお役に立てたかな・・・。

ライナー裏面、インドネシアのプログレシーン概容。


2.インドネシア盤と国内での反響

インドネシア本国では日本に遅れること4か月、大手であるSony Music Entertainment Indonesia=SMEIから発売され、更にSMEIがプログレ専門レーベル「PRSレコーズ」を興すなど、相応に熱の入った動きとなりました。

SMEIから発売されたインドネシア版カセット。
カセットでブックレットが付いているのは珍しいと思います。
CDも勿論発売されました。

売れ行き

2003年末にアンディー・ジュリアスやイワン・ハサンに面会する機会があり、この時に売れ行きについても聞くことができました。アンディー・ジュリアス曰く、12月上旬現在、発売2ヶ月を経過した時点出で既に数千コピー程度の売上。因みにこの話はその場にいたイワン・ハサンも初めて聞いた様で、意外そうな顔をしていました。
実際のところ派手な広告を打つわけでもなくローコスト故、この時点でコストは回収済、更にマニアック/良質な商品も扱うということでブランドイメージにもプラスに働き、SonyのDirector(ヤン・ジュハナ)もまんざらではないとの話を聞いています。

メディアでの紹介① The Jakarta Post

また英字新聞Jakarta Postや一般雑誌TEMPOといった雑誌にも記事が掲載されました。特にTEMPOではDiscusのみならず、プログレ専門レーベルPRSレコーズについても触れられています。以下に当時のホムペに載せた3つの記事の翻訳を引用します。

--Prog Rock going from niche to the mainstream--
(プログ・ロック、ニッチから主流へ)

The Jakarta Post 2003年10月26日 第17面

進歩的な"PROG”ロックの定義や優れた点を問うと、皆が皆違う答えを出してくる。 勿論このジャンルのファンは知的で洗練されたジャンルだと言う。がそうでない人々は 「サイケデリックの仰々しい延長」だの「優秀な演奏家が中身の無い演奏を10分以上続けるでっち上げ 」だの「"進歩的過ぎ”で、結局その正体が誰にもわからないもの」だのと馬鹿にする。
”The Guinness Rockopedia”はもっと歯切れが悪い。曰く「1960年代に英国に出現し、 その特徴とは、カンやファウストといった クラウト・ロックの実験性、あるいは長髪の不細工なオトコ達...であり、ゴングやホークウィンドと いった頑固一徹なグループによって守られていたが、1977年、パンク・ムーヴメントに取って代られた。」 ・・とある。
だが実際にはそんなに単純にパンクに追いやられて無くなってしまったのかといえば決してそうではなく、 その灯は熱心なファン達によって今日までしっかりと守られてきた。

インドネシア・プログレ協会(IPS)のアンディー・ジュリアスはイエス、ジェネシスあるいは他の70年代のグループを 例に挙げ、他の国や地域では今だファンも市場も存在することを強調する。
「IPSには200人以上の会員が所属しているが、実際にはもっと多くのプログレ・ファンがいると思う。」
アンディーとプログレ愛好家達によって2000年に設立されたIPSは実際にプログレ系のアーティストの 作品発表の援助もその目標としている。
「2001年と2002年のプログレ・フェスを通して、既に幾つかの実力のあるバンドを発見した。 これでアーティストも市場もあるということが確信できたし、あとは販売元になれるレーベルを探すだけ」
とアンディーは語る。

IPSは度重なるネゴの結果遂にSony Music Entertainment Indonesia(SMEI)を説得することに成功、昨木曜日 (2003年10月22日)専門レーベルPRSレコードの立ち上げを敢行する。アンディーはこれについて、「基本的にはIPSが材料(=バンド)の提供を行い、それをSMEIがディストリビュートする事になる」とコメントしている。
SMEIは1997年の設立以来幾多のローカル・アーティストを送り出してきたがその殆どはポップスだ。 なかでもSheila on 7やPADIといったグループは大成功し、今や100万コピーを売り上げるほどの 存在である。
SMEIの上級役員であるヤン・ジュハナはこう語る。
「市場や販売という点においては、この類の音楽(プログレ)はポップスほど大きくなく非常に限定された領域のものだ。だが我々はこうした 音楽をも共存させていこうと考えている」
PRSレコーズは最初のステップとして最近DISCUSとINMEMORIAMという二つの プログレバンドのアルバムをリリースした。また近日中に更に二つのバンドIMANISSIMOとPURGATORYの アルバムをリリースする予定でいる。2つのバンドはINMEMORIAM同様まだ20代前半の若者達である。
一方でDISCUSは既にそれなりの歴史を持っており、1999年にはインディーズレーベルChico&Ira Production より1stアルバムをリリース、既にProgDay2000やBajaProg2001といった2回の国際ロック・フェスにも 出演して(海外で)好評を得ている。

・・・さて、こうしたバンド達はどのような方向性を提示しているのか?彼らの曲が長尺であることは確かでDiscusは19分の"Anne"をはじめ平均12分、Inmemoriamの"Overture"は13分という具合。音楽的にはDiscusはジャズ、クラシック、フォーク、ロック、更にインドネシアの伝統音楽までと幅広い要素を融合しており、クラリネットからハープギター、バリの伝統楽器やフルートまで、と膨大な量の楽器を用いている。控えめに言えば、多くの知的な"プログレ・バンド"の例に倣って歌詞にも重きをおいており、国家英雄であるカルティニの著書「闇を越えて光へ」に基づきの彼女の人生の旅路の探索にも挑戦している。「まず、彼女のあまり知られていない面について考えることから出発したんだ」 ヴォーカリストでもあるファディール・インドラはカルティニの書簡集について語っている。一方で「Anne」はケチャを挿入したアンネ・フランクの物語だ。

Inmemoriamはゴシック・ロックとラップ、パンク、ヒップ・ホップの混合物を提示する一方で、ImanissimoとPurgatoryはメタル路線を志向する。
メジャーレーベルによる配給にもかかわらず、こうしたバンド達はプロモツアーも行わなければヴィデオクリップも作成しない。「プロモーションはお金が掛かりすぎる。大体ヴィデオ・クリップを作るには曲が長すぎるよ」(アンディー・ジュリアス)。彼らはその代わりにインターネットや口コミをプロモートの手段として用いている。バンドにとってはどんな集まりでもそれが彼らの作品を提示できる場に他ならない。
「IPSに参加して本当に良かったと思う。レコーディングもでき、色々な人達に我々の音楽を理解してもらうことができた。もうだれも我々の音楽を"変だ"なんて言わなくなったしね。」In Memoriamのレイモンドは語っている。

(By Hera Diani / The Jakarta Post 2003年10月26日 第17面 )


因みに文中に出てくるSMEIのヤン・ジュハナという人、目利きのプロデューサーであり、90~00年代のインドネシア最大のポップスバンドDEWA19を発掘した人でもあります。


メディアでの紹介② TEMPO

お次は雑誌から。Tempo Magazineは簡単に言えばインドネシア版TIME。

ーMembangunkan Kartini dengan 'Rock'ー
(ロックでカルティニを目覚めさせる)

ソニーとインドネシアプログレ協会、
4つのインドネシア産のプログレッシヴロックを発進 -

Tempo 2003年10月20~26日号 85ページ

1911年、オランダ領東インドの文化省及び産業省の大臣であったJ.H.アベンダノンは「door duisternis tot licht(闇を越えて光へ)」と題されるカルティニの書簡集を発表した。その後、私達は有名なアルミジン・パネの翻訳「Habis Gelap, Terbitlah Terang」を通してこの"プリンセス"の苦悩を知ることになる。
・・・彼女がかかえていた本当の内なる葛藤を除いて。

だがDiscusはだれも触れなかったこの「内なる葛藤」を12分を越える楽曲をもって、大手のレーベルであるソニーから我々の前に指し示した。
「彼女の滅多に触れられない面について考えることから出発した」とDiscusのファディールは語る。彼はカルティニ自身の個人的な闘い - 1夫多妻性を含む - に関する本を何冊も読んだそうだ。

「これは理想に向かうプロジェクトだ」と語るソニーインドネシアの上級役員ヤン・ジュハナは今後、ディスクスのみならず、プログレッシヴ・ロック・ソニー(PRS)レコーズの名に於いて幾つもの新しいインドネシアの”プログレッシヴ・ロック"のリリースを計画している。今現在この"魚(Discus)"と共闘するのはInMemoriam、Imanissimo、Purgatoryといったグループ達だ。1997年に設立されたソニー・ミュージック・エンターテイメント・インドネシアは基本的に売上の安定したポップス系のローカルアーティストを扱ってきた。ヤン・ジュハナは「これら(プログレ)は極めてセグメンタルな商品であることは確かだ」と語る。
PRSレコーズの設立は確かに非常に勇気のある1歩であり、2001年1月28日に設立されたインドネシア・プログレ協会(IPS)とのネゴなしに語ることはできない。IPSの使命の一つはプログレ系のミュージシャンのレコーディングを手助けすることにある。2001年と2002年の四月には手弁当でジャカルタ、スナヤンのタマン・リアでプログレ・フェスティヴァルを開催し、実際このイヴェントでバンドの絞り込みを行っている。結果としてIPSはInmemoriamとImanissimoのレコーディング費用を援助することにした。「曲が完成されているグループを選んでいるよ」IPSの会長であるアンディー・ユリアスは語る。因みにDiscusはイントレピッド・ミュージックが、Purgatoryは自前でそのレコーディング費用を負担している。IPSはこうしたグループをソニーに推薦したわけである。

さていよいよ彼ら(Discus)の"実験"の結果を見てみることにしよう。アベンダノンとステラ・ゼーハンデラールに向けられたカルティニの手紙はアント・プラブの"デス声"(ヘヴィーメタルのヴォーカリストのスタイル)によって朗読されている。・・・何故女性ヴォーカリストであるノニではないのか?ファディールはこれについて「"デス声"はカルティニのメンタリティーが抵抗の状態にある時の表現」と説明している。冒頭部は1879年のジャワとは必ずしも想像できない雰囲気に満ちている。「(時代を) 遡っている感じかな」ファディールは語る。
Discusは民族楽器の使用にも熱心だ。アルバム「...tot licht!」のイワン・ハサンによるオープニング曲「Sytem Manipulation」では冒頭、ヴォーカルのリフレインをギターの咆哮が一撃にする。「あれは西カリマンタンのダヤック・オトゥ・ダヌムのヴォーカルスタイルだよ」とイワンは語る。
In memoriamのキーボード奏者レイノルドはインドネシア音楽基金のピアノ教師でもある。彼は西欧クラシック転換期の作曲家であるシェーンベルグの作曲法に影響されたと告白する。バンドはゴシックの要素にポストロマン主義やラップ、パンク、ヒップホップなどを混ぜたものだ。「僕らの曲は不協和音だらけだよ」レイノルドは語る。アルバム"The Ultimate Terrorizing Aura Of Unlogic Mind"は脳の露出した頭部が描かれ、最長の曲"Overture”は12分58秒である。
Imanissimoについて述べると彼らの方向性はサイケデリック・メタル、一方でPurgatoryはデスメタル路線である。ヤン・ジュハナによればPurgatoryのアルバムでは1曲GodblessのEet Syahraniが参加している曲もあるそうだ。
楽器について言えば、恐らくDiscusが最もヴァリエーションに富んでいるといえよう。その種類はクラリネット、バス・クラ、フルート、サックス、21弦ハープギター、バリの竹琴、スリン、グンデル、クンプリ(ボナンの1種)、といった具合。
因みにこれら4つのバンドの総合プロデュースはアンディー・ジュリアスが行っているが「余計な口出しはせず、曲をシャープにするのを手助けしただけ」と語る。
「"Anne"はノースカロライナのフェス(ProgDay2000)やメキシコのバハ・プログ・フェスで最も好評だった曲だよ」とイワン・ハサンは嬉しそうに語る。中間部でケチャが挿入されるこの曲はユダヤ少女アンネフランクを描いたものだ。

ジャカルタのサバン通りにあるCDショップ"Duta Suara"ではDiscusのカセットは結構売れているようだ。これはこの種の音楽の愛好する一団が確かに居ることの実証であり、ソニーが(こうした音楽を扱うことに)積極的になることも決してありえない話ではない。ヤン・ジュハナはこれに対し「そうだね。うまくいけばね。」と語る。
いずれにせよPRSレコーズの出発が、新たなプログレ・バンドの出現を促すことに期待しようではないか。
"闇の中の軍団をじっと見つめて待っている"- Anne -の様に。

(By Seno Joko Suyono / Tempo 2003年10月20~26日号 85ページ)


お次もTempo。こっちはディスクスについて。2ページあります。

’Rock' Majemuk Sang Ikan (お魚のハイブリッド・ロック)

ー豊かな音楽性、R.A.カルティニやアンネ・フランクを物語る歌詞。
グルー・ジプシー以来の最良の国産プログレッシヴ・ロック・アルバム ー

Tempo 2003年10月20~26日号 p86

Sheila on 7、Padi、Cokelatといった百万単位の売り上げを誇る大物グループの育成に成功したソニー・ミュージック・エンターテイメント・インドネシアは今回、新しい"玩具"を手に入れた。プログレッシヴ・ロック・ソニー;略してPRSは主流ポップと同じ土俵には決して乗らない;言わば狭間のグループを扱うサブ・レーベルだ。
そして彼ら ―マーケットの要請とは合い入れない理想を追求する為に音楽産業から全く相手にされなかったグループ― が、ソニー・ミュージック・インドネシアの関心を惹きつけた。

PRSの商品であるDiscus、彼らは既に海外で2度のプログレ・イヴェントに出演しており、最初のアルバムもイタリアのインディペンデント・レーベル、メロウレコーズから全世界向けに発売されている。今回の2ndアルバム「tot licht」に関しては、インドネシアでのPRSからの発売以外に、日本では既にGOHANレコーズ、そしてフランスではMUSEAレコーズからリリースが予定されている。
イワン・ハサンを中心とするこのグループは1999年にChico & Ira プロダクションからリリースされた1stアルバム同様、多様な音楽要素の融合というスタイルを貫いている。グループを構成する8人ミュージシャン達は、ロックをベースにジャズ、クラシック、インドネシアン・エスニックといった要素を混合させる。今回では更にメタルの要素までも取り込む貪欲さだ。イワン・ハサンの分厚く鋭いディストーションギターのリフ、ハユナジのパワフルなドラミングは"Breathe"で客演するデスメタル・ヴォーカリスト、オンバット・ナスティオンの怒声に拮抗する。
これらのさまざまな音楽要素はある種の象徴としての役割も担う。社会批評性の顕著な"System Manipulation"や"Breathe"といった曲においてはメタルの要素は明らかに怒りの表現と捉えられることが可能だ。別の場面ではバリやカリマンタン、トラジャ等のエスニック・サウンドに満ちた空間を作る。
実を言うと、彼らは洋の東西の楽器の"婚姻"にそれほど真剣に取り組んでいるわけではない。伝統楽器はあくまで効果として用いているというのが本当のところだろう。これは嘗てイ・ワヤン・サドラの音楽に見られた"伝統楽器を使いたい様に使ってしまおう”という解釈に近く、逆にドイツのエバハルト・シューナーが1976年に"Bali Agung"で試みたロックとバリ・ガムランの完全なる融合とは大きく異なっている。


(承前)

Tempo 2003年10月20~26日号 p87

さてこのアルバムにおける彼らの音楽を形容すると、まるで"ジェットコースターに乗っているような”感覚といえるだろう。本当に息つく暇もない。リズムやメロディー構成は稠密極まりなく、テンポは激しく変化する。しかし彼らは何も博覧会を繰り広げようというのではない。コンスタントでないリズム、メロディー、テンポは歌詞のドラマ性を強化する為だ。この恐るべき音楽劇はフランク・ザッパの業績を頻繁に思い起こさせる。あるいはDiscusの限界を知らない音楽 -ロック、あるいはジャズからクラシックまでを駆け抜ける- は70年代のザッパは勿論、嘗て多次元の融合を試みたカンタベリーの音楽家たち、即ち;エッグ、ナショナルヘルス、カーン、ソフトマシーン、マッチングモールらに近いとも言える。
このアルバムで印象深いのは耳障りの良い"P.E.S.A.N"だ。ヴォーカル・ハーモニーはまるでPAHAMAの様である。

*PAHAMA:70年代中期に人気のあったボーカルグループ。

少なくともギターの爪弾きをバックにした、丁度アルバムの真ん中に位置するこの曲は、爆音の洪水が続くなかでの良い休息になっている。"Music 4.5 Players"においては、ヴァイオリン、21弦ハープギター、クラリネットなどによる楽器の会話を試みる。現代音楽を思わせるこの室内楽はスティーヴ・モーズのプログレ・グループ、ディキシードレッグスを思い起こさせる。
前作に比較して今作では歌詞についてもより真剣に取り組んでいる。彼らが目指すテーマの拡張は、イエスやジェネシスといった70年代のグループに顕著だった「幻想」や「神話」ではない。"System Manipulation"に明白に謳われた「政治的荒廃」という今もって国家の最重要課題となる事柄だ。

(以下数行歌詞の引用故省略)

彼らは各々別の意味で抑圧された二人の女性 -伝統に縛られたR.A.カルティニ、ナチのホロコーストに晒されたユダヤの少女アンネ・フランク- について描くことにも躊躇しない。カルティニの手紙が収められた書籍"闇を越えて光へ"は"verso Kartini -door duisternis tot licht!-"として結実し、著名なアンネの日記は19分23秒に及ぶ"Anne"のメインテーマとして用いられている。これらの歌詞はキーボードプレイヤー、ファディール・インドラによるものだ。この2曲にはナレーションや若干のオペラ色も加えられている。あるいはピート・タウンゼントによる"Tommy"やアンドリュー・ロイド・ウェーバー、ティム・ライス競作の"Jesus Christ Superstar"に匹敵する強力さを持ち合わせているとも言える。難点を言えば、2曲とも"過剰に過ぎる"というところか。ナレーションの鋭さは楽曲の鋭さに絶対的に追従している。表現の方法があまりにも明快過ぎるのだ。どうも彼らは彼らの提示するテーマがリスナーにとって解りにくい、と考えている節がある。"言葉"を用いなくても十分に音響のみでカルティニやアンネ・フランクの苦悩を伝えることができているにも関わらず、である。

ユニークな点を言えば彼らはこうした歴史的テーマを特異な方法で"翻訳"しているということだろう。例えば、ステラ・ゼーハンデラールやアベンダノン夫人に読まれるカルティニからの手紙は野太い男性の声を用いている。あるいは"Anne"に用いられたバリ・ガムランやケチャなどはクラシックではないのにヨーロッパ的な雰囲気に見事にマッチしている。
・・・そして、このアルバム"tot licht"こそ、27年前にグルー・スカルノプトラによって生み出された"グルー・ジプシー"以来の最良の国産プログレッシヴ・ロックなのだ。

(By Denny Sakrie / Tempo 2003年10月20~26日号 86~87ページ)

そして2004年、全世界に向けフランスMuseaからインターナショナル版が発売になり、認知度は徐々に高まっていきます。


さて、タイトルの「推しのバンドのCDを出した話」という点では、ここで一段落なのですが、バンドは勿論この後も活動を続け、色々なことも起こりました。BLOGでもある程度はフォローしてますが、折角ですし、訳しそこねた記事もあるので、その後のDiscusについても追って書いていきたいと思います。

(続く)


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